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2025年6月17日

ハンカチの季節到来

オーストラリアは、知る人ぞ知る「ハンカチ後進国」です。

ハンカチを持ち歩く習慣が無い人が多いのですよ。ポケットティッシュすら持ち歩いていません。手を洗ったらドライヤーで乾かすかペーパータオルを使いますからハンカチが必要無いのは分かりますけど、汗を拭いたりはどうするんでしょうか。

需要が無いのでデパートのようなお店でも売っていませんから、ハンカチを売っているお店を見つけるのに苦労します。運良く見つかってもろくなハンカチはありません。無地か小さな花柄か刺繍付きか、そういうのしか無いです。

紳士物なら割と簡単に手に入ります。ビジネスマンの皆さんにとってポケットにハンカチを持っていることはエチケットのようですからね、デパートの紳士服売り場に行けばを紳士物のハンカチは売っています。

そんなオーストラリアですが、今年もまた人々がハンカチを持ち歩く季節がやって来ましたよ。

今は冬ですからね、風邪を引く人が増えるでしょ?風邪をひくと鼻水が出ます。人々は鼻水を拭いたり、もっと言うと鼻をかむために、ハンカチを持ち歩くのでございます。

昨日買い物に行った時に何人も見かけたんです。ポケットや服の袖口からシワシワになったハンカチを取り出して、ブブーと音を立てて鼻をかむ人々を。全員が白人の高齢者でした。

これはねえ、ホントにもう、私がオーストラリアに住み始めた頃のカルチャーショックの一つだったんです。このブログで何度も話題にしましたけど、私にはハンカチで鼻をかむということが理解し難いことでしたから。

しかも、鼻をかんで濡れたハンカチは、くしゃくしゃと丸めてポケットや着ている服の袖口の中に戻すんですよ。そして再び取り出して何度も使うのです。濡れていない部分を探しながら。

繰り返し使っているとハンカチはどんどんしわくちゃになって行きます。しわくちゃになったハンカチは鼻水で濡れているんですから、それが乾くとカリカリになるんです。こういう状態になったハンカチを「クランチーハンキー」(Crunchy Hankie)と呼びます。「カリカリのハンカチ」と言う意味です。

うちの夫は、カリカリになって丸まった状態のハンカチを洗濯機にポイッと入れていたんですけど、

これが私には耐えられなかった!

貴方ね、他人の鼻水(あるいは鼻汁)でカリカリになったハンカチを自分の服や下着と一緒に洗えます?私は一緒に洗いたくなかったから、お湯につけてカリカリの鼻水を柔らかくして(うわあ気持ち悪っ!)、もう大丈夫と思えるまで手洗いしてから洗濯機に入れていた時期もあるんですが、そんなことをするのは止めたんです。私がする仕事じゃあないでしょう?

手洗いするのも気持ち悪いのよ。何でこんなことを私がしなくちゃあいけないの?

そこで、私は夫に言い渡したんですよ。カリカリになったハンカチは自分で手洗いしてから洗濯機に入れろと。自分で洗わないなら捨てるとも言いました。実際にカリカリになって丸まったやつを捨てたことが何度もありますよ。

そのせいかどうかは知りませんが、夫は私のようにティッシュを使うようになりましたから、「クランチーハンキー」に遭遇することはなくなったんですけど。


この「ハンカチ鼻かみ文化」は、親から子へ、そして孫へと代々伝わりますからね、私が教えていた小学校でもハンカチで鼻をかむ子はいましたよ。小さな子供が制服の袖口から取り出したハンカチで鼻をかんだ後、くしゃくしゃと丸めて袖の中に戻しているのを見て、「文化というのはこのようにして伝わって行くのだ」と感心したものです。

うちの夫だって母親から学んだのです。夫の母は今でもハンカチで鼻をかみます。使ったハンカチは袖口に入れておく派です。そういうのを目の前で見ても、私はもう何とも思いません。「おお、やってるやってる」と思うだけです。

多民族社会のオーストラリアでは、もちろんハンカチで鼻をかんだりしない人は多いですよ。でも、ポケットティッシュを持ち歩いている人もあまりいないんだから、皆さんどうやっているんですかねえ。

ちなみにハンカチ鼻かみ派の皆さんの中には、洗って何度も使えるハンカチはティッシュよりも環境に良いという意見があります。でも、衛生面のことを考えてご覧なさいよ。鼻水には細菌やウイルスが含まれているんですからね、使い続けてしわくちゃになっているハンカチはヤバい状態なんです。

あれを親子で共有したりしているのも見かけますけど、つまりお母さんが使ったやつで子どもの鼻も拭いていたりするんだけど、細菌やウイルスも共有しているってことじゃあないの?

まあとにかく、うちの夫の家族が先祖代々引き継いで来たこのハンカチ鼻かみ文化は、夫の代で終わりです。


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2024年12月15日

ロシア式バーベキュー

うちの夫が勤めるツールショップで最近働き始めたロシア人のスタッフにロシア式バーベキューに招待されたので、昨日お邪魔して来ました。

うちの夫の話は詳細がよく間違っていることがあるんですけど、そのスタッフの方は母語がロシア語のリトアニア人だと夫は言いましたが、タジキスタン生まれのロシア人でした。ヴラジミールさんとおっしゃいます。

奥さんはキルギスタン人だと夫は言いましたが、奥さんもタジキスタン生まれのロシア人で、お二人はタジキスタンからリトアニアじゃあなくてラトビアに移り住んだのでした。奥さんはリュドミラさんとおっしゃいます。

リトアニアもラトビアもバルト三国の国ですが、ラトビアは三国のうちの真ん中の国です。

どういう経緯でタジキスタンからラトビアに引っ越したのかは知りませんけど、このお二人はロシアに住んだことがないロシア人なんです。ロシア人と聞いて想像した通りの外見のお二人でした。

ヴラジミールさんは、ボリス・エリツィンに似ていましたよ。お二人とも、おそらく私と同じくらいの歳だと思います。

奥さんは英語がそれほどお上手ではなくて、旦那さんの方はものすごいロシア訛りの英語をしゃべりますから、私は聞き取るのに苦労しました。

娘さんを連れてオーストラリアに移民されたのは1996年だそうです。うちの息子が生まれた年です。大変な苦労をして移民されました。

タジキスタンに住んでいた頃には差別など経験したことがなかったそうですが、ラトビアではロシア人に対する嫌悪と差別がひどかったそうです。1990年にソビエト連邦が崩壊してラトビアが独立を回復した後は状況が悪化して、仕事とより良い暮らしを求めてオーストラリアに移民することを決意したそうです。

移民のためのビザ取得のために弁護士に法外な費用を支払ったものの、度々だまされてお金を失ったそうですが、あきらめず何とかビザを取得しようと荷馬車のように働いてお金を稼いだそうですよ。

やっとビザを取得することが出来てメルボルンに来ましたが、到着直後の数日間はホテルに滞在するはずで宿泊費用も支払い済みだったのに、来てみたら費用は払ってなかったそうです。ホテルを手配した業者にお金を盗まれていたのです。しかも、ホテルともホステルとも呼べないような狭い部屋一つだけだったそうです。

万事がこの調子で、本当に苦労をされているんです。何とか見つけた仕事は、移民を低給で雇うことを目的にしている仕事ばかりでしたが、ヴィクトリアマーケットの店番から工事現場の重労働からタクシーの運転手まで、できる仕事は何でもやったそうですよ。

こうして苦労した経験から、資本主義社会の不平等や腐敗したシステムのことを怒りを込めて話していました。

ロシア人のお二人にとっては、医療も住宅も保育も学校教育も無料で、貧富の差を目に見える形で感じることが無かったというソビエト時代は良い時代だったそうです。「あの頃は良かった」と懐かしそうに語っておられました。そう感じているロシア人は多いのだそうです。

ソビエト連邦が崩壊し、資本主義に変化した後のラトビアでは苦労が多く、オーストラリアに来てからも、しばらくはさらに大きな苦労をすることになったわけですけど、今はお幸せそうです。

奥さんは健康問題があって苦労されています。特に歯の問題がおありなんですが、高額な費用がかかるために治療が受けられないのです。

オーストラリアでは歯科医療は公的な健康保険制度メディケアでカバーされませんからね、高額な治療費は全部自己負担になるんですよ。経済的に余裕がないと歯の治療など受けられないのです。

だから余計に、医療が全て無料だったソビエト時代を懐かしく思うんでしょう。


ロシア式バーベキューというのは、一晩タレに漬け込んだ肉を金属製の太い串にさして、それを炭火で焼くという最高に美味しいものでした。これに2種類のサラダと、トマトの上にチーズみたいなのが乗ったのと、赤パプリカを焼いたのとかピクルスとかが出ました。


お肉は鶏肉と豚肉の2種類がありましたが、どちらも大変美味しくて、食べ過ぎちゃったなあと思っていた所にオーブンから取り出されたのは、奥さん手作りのポークソーセージ。

下の写真は、私達がそれぞれ一つずつ取った後に撮りました。


ひき肉は使用せず、かたまり肉を小さく切ったのを塩と胡椒だけで味付けて豚の腸に詰めたものだそうです。これにマスタードをつけて食べたんですけど、脂がジュワッと口の中に広がって、「うわあこれは身体に悪いぞ」と思いながらも、美味し過ぎて食べるのをやめられないソーセージでした。

下の写真は自家製のドリンクです。様々なドライフルーツやベリー類を煮込んだ汁を水で薄めた飲み物だそうです。甘いですが砂糖もハチミツも甘味料は入っていません。自然の果物だけで作ったものです。


ロシア式バーベキューランチは最高でしたよ。

今度は我が家に日本食を食べに来てくださいと言ったら、二人ともちょっと変な顔をしました。生まれて今まで、一度も日本食を食べたことがないそうです。どうやら日本食にあまり良くない先入観を持っているようです。

日本酒には興味がある様子でしたけど、ウォッカとかジンといった強いお酒がお好きなお二人ですから、日本酒は物足りないかもしれませんね。

帰り際に、私へのプレゼントだと言って本革製のハンドバッグを下さいました。びっくりしました。「なんでこんな物を私に?とても受け取れません!」と遠慮したんですが、最後にはありがたく頂いて帰りました。

黒色で私の好きなデザインでしたから正直言うと嬉しかったんですけど、ロシアではこういう贈り物をする習慣があるんですかねえ。私が手土産に持参した手作りのチョコレートのお菓子はとても気に入ってくださいましたけど、差し上げたものと頂いたものの釣り合いが全く取れません。

「スパシーバ」(ありがとう)というロシア語は知っていましたから、帰り際はもう「スパシーバ」の連発でしたよ。

出してくださったお料理から想像すると、相当な時間をかけて準備されたと思います。ありがたいです。本当に「スパシーバ」です。


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2024年12月13日

ロシア語学習の成果か

うちの夫が中国語だけでなくロシア語も勉強し始めたという話は、「中国語が聞こえる我が家」という記事の中で少し触れましたが。

どうしてロシア語を勉強し始めたのかと聞いたら、夫は「Just in case we lose」(万一負けた時に備えて)と言いましたけど、夫が勤めるツールショップでロシア語が母語のスタッフが働き始めたからのようです。

このスタッフはロシア人ではなくて、リトアニア人だそうです。うちの夫くらいの年齢だそうです。奥さんはキルギス人だそうです。

どちらも旧ソビエト連邦の国でしたが、ソ連崩壊後に独立した国です。

リトアニアはバルト三国の一つですね。ロシアがウクライナへの侵略戦争を始めてから度々ニュースに登場しました。バルト三国の中では最も南にあってベラルーシやロシアの飛び地カリーニングラードと接していますから、常にロシアの脅威にさらされている国です。

キルギスはキルギスタンとも呼ばれますが、だいたいあの辺りとは分かりますけど、正確な位置は分かりません。地図で見てみるとユーラシア大陸の真ん中あたりにあります。中国と国境を接しています。シルクロードのルートの一つがこの国を通っていたそうですよ。

リトアニアもキルギスも、ソビエト連邦の国だったせいでロシア語を話す人が多いのだそうです。ツールショップのスタッフの方は母語はロシア語なんですから、ロシア系のリトアニア人なのでしょう。

うちの夫はその方にロシア語で話しかけるためにロシア語を勉強し始めたらしいのですよ。それがこの方に好印象を与えたのか、うちの夫をロシア式バーベキューに招待してくださったんだそうです。もちろん私も一緒にです。

よく知らない外国からの移民と知り合いになると楽しいので、喜んでロシア式バーベキューに行かせていただくことになりました。


以前、友人のエクリーさん夫婦のクリスマス・イブ・イブ・パーティーでイラン人(ペルシャ人)のご夫婦と知り合いになりました。初めて会った時には、日本のTVドラマ「北の国から」の話題で盛り上がったんですよ。

イランで「北の国から」が放送されて大人気だったとは、想像も出来ませんでした。

ペルシャのお正月をお祝いするバーベキューに呼んでいただいたりもしましたけど、集まったイラン人達は私がイラン人と聞いて想像する人達とは全く違いましたしね、食べ物も初めて目にするような料理が多くてとても楽しかったです。

ツールショップの元同僚のRさんは、両親がエジプトからの移民でイスラム教徒でした。Rさんの奥さんはエジプト人です。Rさん自身はオーストラリア生まれのオーストラリア人ですが、見た目も名前もエジプト人なわけです。

この方が初めて一人でエジプトを旅行された時の話には驚愕しましたよ。エジプトに入る前にはトルコにも行っているんですが、旅行中に度々テロリストと疑われてひどい経験をされているんです。

エジプトでは警察に拘束されてパスポートを取り上げられ、絶体絶命のピンチに陥りました。何とか従兄弟に連絡が取れて、その従兄弟がエジプト警察に影響力のある方だったとかで危機を脱した話は映画に出来そうでした。

リトアニアもキルギスもどんな国なのか私は全く知りませんし、ロシア式バーベキューってどんなものなんでしょうか。明日のお昼にお邪魔することになっています。とても楽しみです。


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2024年12月9日

中国語が聞こえる我が家

これを書いている今も中国語が聞こえて来ています。理由は、

うちの夫が中国語を勉強しているから!

夫が勤めるツールショップは、チャイナタウンとも呼ばれるボックスヒル(Box Hill)という街に近いこともあって中国人のお客さんが多いんです。

それで、何年か前に中国語を勉強して日常会話のフレーズが喋れるようになり、そのおかげで中国人のお客さん達に好印象を与えることが出来たなんてことがよくあったんですけど。

勉強をやめたらすぐに忘れてしまいました。それに、現在は中国語が話せるスタッフがいるので、英語が苦手な中国人のお客さんが来るとその人に任せるそうなんです。

ところが、最近そのスタッフが病気で休むことが増えていて、60歳を超えている方なので退職を考えているとかで、夫は再び中国語の勉強を始めたのですよ。

夫が使っているのは「ピンズラー」(Pimsleur)というアプリです。この名前なんですけど、日本ではピズラーと呼ばれているようですが、実際にはピズラーに近いんですよ。エム(m)の発音なんですからピズラーではないんです。

それはともかく…

ピムズラー式外国語学習は、「聴く、マネする、質問に答える」をひたすら繰り返します。つまり聞くことが基本です。うちの夫は耳がいいのか、この学習方法で驚くほど外国語を喋れるようになるんですよ。人並み以上の記憶力も助けになっているとは思いますけど。

何年か前、ドイツへの旅行を計画した時には、毎日時間さえあればピムズラー式ドイツ語学習を続けて、瞬く間に日常会話が出来るほどになりました。英語話者にはドイツ語は簡単だとも言っていましたけどね。

しかし、新型コロナのためにドイツ旅行は夢と消え、覚えたドイツ語も忘れてしまいました。

中国語も一時は日常会話のフレーズが喋れるようになっていたんですから、今回2回目の学習は順調に進んでいるようです。どのくらい上手なのかは私には分かりませんが、中国人のお客さんに通じる発音のようです。

「アジア人のお客さんにいきなり中国語で話しかけているんじゃあないでしょうね」
「それは気をつけていますよ」
「私はしょっちゅう中国語で話しかけられるけど気分悪いわよ」
「中国語で話しかけて日本人と分かったら日本語に切り替えますよ。そうすればもっとスゴイでしょ」

夫は楽しんでいるようです。


今朝も仕事に出かけるまでずっとピンズラーを聞いて中国語を話していましたが、「ナントカカントカ、サイチェン」と言いました。「サイチェン」は私も知っていますよ。「さようなら」という意味ですよね。

しかし、夫がそのフレーズを繰り返しているのを聞くと、「サイチェン」ではないんです。実際にはもう少し微妙な発音で「サイチェン」と「ザイジェン」の間の発音です。きっとネイティブに近い発音なんでしょう。

ところで、夫はロシア語の勉強も始めたそうです。ツールショップにロシア人のお客さんは来ないと思うけど、どうしてロシア語を?

「Just in case we lose」(万一負けた時に備えて)と言いました。そういうジョークをすぐに思いつくのは大したものです。

ところで、私も以前ピムズラー式に挑戦したことがあります。ドイツ旅行を計画した時に、ルーブル美術館見学のためにフランスのパリにも行く予定だったので、私はピムズラー式フランス語学習を始めたんですが、私には難し過ぎました。

聞き取った音を真似することで学ぶのは、私には難しいようです。記憶するのに、私にはビジュアル(視覚的イメージ)が必要です。


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2024年7月29日

韓国料理レストラン

物価が上がり続けているメルボルンですが、レストランやテイクアウェイのお店で売っている食べ物の値段がすごいです。

いつだったか、うちの娘が住んでいたシェアハウスに用事があって夫と一緒に行った時、娘がまだ帰宅していなかったので近所のコーヒーショップでコーヒーを買ったんですけどね。

そこはカフェとかじゃあないんです。コーヒー豆とコーヒーを淹れるための道具を売っている店で、その一角でコーヒーを売っていたんです。お店の外から小さな窓越しに買うんですけど、コーヒーを2つとクッキーを2つ買ったら、代金が17ドルと言われて驚いたことがありますよ。

ごく普通のレストランとかカフェで食事をすると、お料理1品の値段は20ドルから40ドルの間です。家族4人で食事をすると100ドル以下で済むことはありません。

食材や電気ガス料金の値上がりもあるでしょうけどね、オーストラリアは最低賃金が高いので人件費が高くつくはずですから、仕方がないことです。

とにかく、そういう事情ですから最近は滅多にレストランには行かないんですが、土曜日に娘が帰って来て韓国料理が食べたいと言うので、久しぶりに外食することにしました。息子はどういう理由か知りませんが来なかったので、3人で行きました。

行ったのは「Yoon's Kitchen」という韓国料理のお店です。私達が行ったのは、ブラックバーンサウス店(Blackburn South)で、レストランと言うよりも食堂と言った感じの小さなお店です。

うちの娘はメルボルン店で食べたビーフ・ボーン・スープ(牛骨スープ)というのが気に入っていて、それが食べたかったのだそうです。これがそのスープです。写真はオンライン注文サイトから拝借しました。


このスープにご飯がついて23ドルもするんですよ。

出てきたのは、豚骨ラーメンの汁みたいなただの白いスープ。この写真とは全く見た目が違いましたから、お母さんは思わず「具はどうしたの!」と叫びましたよ。

具は汁の下に沈んでいただけでちゃんと入っていたんですが、加熱したから量があんなに少しになっちゃったのか具をケチったのか。メルボルン店で食べたやつは、もっと具が入っていたと娘は言っていました。

私はビーフ・プルコギ・ビビンバ(19.90ドル )を注文。

「味がしない!」「なんだコレ!」と文句を言いながら食べていると、目の前に赤いソースが入った容器が置かれているのに気づきました。甘辛いソースでした。それをかけて自分の好きな味にするのかとやっと気づきました。

ソースをかけたら美味しかったですけど、随分油っぽかったです。


さて、韓国料理があまり好きではないうちの夫ですが、写真つきのメニューをパラパラとやりながら延々と時間がかかっても注文するものが決まりません。薄暗かったので、よく見えなかったのかもしれませんけど。

外食する時に夫が選ぶのはいつも肉です。かたまり肉を煮込んだやつとかステーキとか、とにかく肉です。ところが、メニューにはそういうのがないんですよ。前回来た時には、鶏の唐揚げを頼んでいましたけど。

やっと決めたのは、とんかつのセット(22.90ドル)でした。出て来たとんかつが、メニューに載っていた写真のとんかつよりも大きかったです。思っていたよりもボリュームたっぷりのが来たので、夫は嬉しそうでした。

とんかつソースをたっぷり付けて食べていましたよ。減塩のことを考えるとソースをあまり付けない方が良かったんですけど、とんかつなんて滅多に食べないんですから好きなように食べればいいです。

小さな食堂みたいなお店ですが、前回行った時も今回もお客さんでいっぱいでしたから人気がある店のようです。お客さんのほとんどが韓国人のようでしたよ。皆さん韓国語を話していましたから。

韓国人が食べたくなる韓国料理なんでしょうね。


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2023年12月30日

結核予防のBCGワクチン

日本人ならまず知らない人がいないと思うBCGワクチン。9本の針がついたスタンプみたいなので腕に接種するんですが、私は接種した跡が化膿したようになってひどいかさぶたになり、醜い跡が出来たことを思い出します。

皆さんご存知のとおり、BCGワクチンは結核予防のためのワクチンです。 日本では今でも国民全員が接種を受けることになっているそうですね。

来月から病院のリハビリテーション科で研修を受けることになっているうちの娘が、結核予防ワクチンの接種済み証明が必要だと言って来ました。

結核予防ワクチンといえばBCGですけど、私にはうちの子供達がBCGを接種した記憶がなかったんです。

オーストラリアのBCGは、ハンコみたいのでやるんじゃなくて普通の注射だったのかもしれないと思って、ワクチンの接種記録を確認しました。接種済みワクチンの証明書やハイスクールで受けたワクチン接種の記録も見てみたんですが、

BCGはどこにもない!

子供達が小さかった頃に何度か日本とオーストラリアを行ったり来たりして住むところが変わったので、接種の機会を逃したのかもしれないと思いました。

そこで、何歳のタイミングで接種するものなんだろうと思って調べましたら、日本では生後1歳までにするそうですが、

オーストラリアではBCGをやっていないんですよ!

日本では現在も年間1万人以上の新規患者が出て2千人近い人が亡くなっているそうですけど、オーストラリアでは結核という病気が非常に稀なので、BCGワクチンの全員接種は1985年に廃止されているんです。

今では必要な人だけが任意で接種を受けることができるワクチンということなんです。知らなかったわ!

ということですから、オーストラリアで生まれ育ったお子さんが日本に帰国することになった場合、どうなるんですかね。未接種のままでいいんですか?


うちの娘は、病院での研修に結核のワクチン接種証明が必要だと言ったわけですが、そもそもほとんどの国民がそんなワクチン接種は受けていないということなら、大人には効果が無いとも聞くBCGワクチンを今から接種してもらわないといけないの?

と思いましたらね、どうやら必要なのは結核に感染していないという証明なんだそうです。そこで早速、今日その検査を受けるために医者に会う予約をしたと言っていました。

オーストラリアでは結核が稀な病気だとは言え、感染者は見つかっているんですよ。移民の国ですからね、海外から多くの人がやって来ます。結核の罹患率が高くて世界の感染者の3分の1を占めるとされるインドからも大勢やって来るんですから。

オーストラリアへの渡航者は、ビザの申請の際に健康診断が必要なわけですが、日本人の場合は免除される場合がほとんどのようですけど、結核発症率の高い国に所定期間滞在したことがある人は、健康診断が必要なんだそうですね。

それにしても、オーストラリアではBCG接種をやっていないということを初めて知りましたよ。


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2023年12月16日

深刻な民族差別やいじめ

オーストラリアという国は、「白豪主義」(ホワイト・オーストラリアン・ポリシー)と呼ばれた白人優先主義とそれに基づく非白人への排除政策がある人種差別の国でした。

先住民を合法的に殺していた時代もあるのですよ。入植の邪魔になるという理由だけでなく、スポーツハンティング、つまり娯楽としても殺していたんです。

オーストラリアが、白人優先主義の政策を転換したのは1975年です。法律的に人種差別を禁止し、多文化多民族主義を国策として掲げるようになったわけですけど、その後も有色人種への差別意識は根強く残っていました。

私がオーストラリアに来た1993年当時は、まだいろいろありました。私自身、何度も差別を経験しています。

アジア人だというだけで下に見られてバカにされたり、お店で無視されたり不平等な扱いを受けたりしたのです。日本人を嫌う人達もいて、勤めていた小学校では、捕鯨問題や太平洋戦争当時のことを理由に私を非難する子供達もいました。その子達の親がそういうことを言っていたわけですよ。

こうした経験がトラウマになり、メンタルヘルスに大きな影響がありましたが、メルボルンは変わりましたよ。様々な人種や民族の子供達が通う学校で教育を受けた世代が増えるにつれて、心理的差別も減って来たと思います。

自分がアジア人だという理由で不当な扱いを受ける心配はもうありません。私達が住んでいる地域は特にアジア人が多いですしね、社会の様々な分野で活躍するアジア人が増えたこともあるでしょう。

メルボルンは住みやすくなったと私は思っていたんです。

ところが…

うちの夫の親しい友人のRさんが、この国を出たいと言っているという話を聞きました。

差別が耐え難いとの理由からです。

Rさんのことは、以前「別次元の差別と偏見」という記事に書いています。この方は、ご両親がエジプトからの移民ですけど、Rさん自身はメルボルンの南西にあるジーロング(Geelong)という街で生まれて育ったオーストラリア人です。

ただし、外見はアラブ人です。そして名前もアラブ系の名前です。

人柄が素晴らしく、ユーモアのセンスも抜群で、頭脳明晰。大学でエンジニアリングを学んだRさんは、たしか博士号も持っていらっしゃるはずですが、アラブ人だという理由でなかなか希望するエンジニアの職種で採用してもらえません。

生活のためにツールショップで働いていた時に、うちの夫と知り合いになったのです。

Rさんの奥さんはエジプト出身です。大学で薬学を勉強されていますが、オーストラリアではその資格を生かした仕事につくことが出来ません。

Rさんは、長年にわたり外見がアラブ人ということで日常的に差別を受けて来たそうです。2人の息子さんがいらっしゃるんですが、家族がより良い暮らしが出来る場所を求め、これまでに何度か引っ越しをされています。

メルボルンの近くにはアラブ人が多く住む街もあるんですけど、Rさんは外見がアラブ人でもオーストラリア生まれのオーストラリア人ですからね、そのような特殊な街に住むことは難しいそうです。

Rさんご夫婦は、以前はイスラム教徒でしたが、現在は無宗教になっています。イスラム教が持つ矛盾について深く考えた結果、イスラム教の教えに従うことは出来ないと判断したんだそうですよ。

そんなRさんですが、最近、差別がひどくなったとおっしゃっています。

パレスチナ武装組織のハマスが、イスラエル人に対するテロ攻撃を行ってからです。外見がアラブ人というだけでハマスの仲間であるかのように考える人が大勢いるわけです。

息子さん達は、毎日学校でいじめに遭っているそうです。

もう耐え難いからこの国を出て行きたいとおっしゃるんですけど、この国を出てどこに行くかが問題なんですよ。

奥さんの家族がいるエジプトやサウジアラビアは、選択肢に入っていません。アラブの国の多くでは女性の人権が制限されていますから、そんな国に行くことは出来ません。

アラブ人の外見でも差別を受けず、安全で自由で、子供達が良い教育を受けられて、人権問題のない住みやすい国って、アラブにありますか?

結局は、オーストラリアに残って、差別に立ち向かいながら頑張るしか無いんじゃあないかと思いますよ。この国は、まだまだ問題はありますけど、平和で自由で安全だし、学校教育のレベルは悪くないし、女性の人権も性的マイノリティーの人権も法律で保証されています。

それでも、Rさんはこの国を出たいそうです。

カタールとかドバイなどは、もしかしたら可能性があるでしょうかね。

アジア人に対する差別や偏見などとは比較にならないひどい状況があるということを、とても残念に思います。


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2023年12月5日

自分の子供が同性愛者だと分かったら

うちの娘が同性愛者だということは、このブログで度々話題にしています。娘が書いても良いと言ってくれているので書いているんですけどね、私の記事がどこかで悩んでいる誰かの力になることを願っています。

正直言うと、私は同性愛者やトランスジェンダーの皆さんに対して偏見を持っていた時期があります。まだ日本に住んでいた頃です。

日本という国は、LGBTQI など性的マイノリティーの人達を「普通ではない人」とまるで異常者扱いする社会でしたよ。差別的な蔑称がいろいろありました。

そして、自分の親を含めて身近な人達がそうした蔑称を平気で使ったり差別的な発言をしたりするのを聞いて育ったわけですから、私が偏見を持っていたとしても無理もないんですけど。

オーストラリアに移住して、人種も民族も宗教も異なる様々な人達がいる社会に住むようになってからは、性的指向とか性自認の多様性を知る機会も増え、同性愛者の友人もできて、いろんな人がいるんだ、人は皆んな違って当たり前なのだということを、意識して暮らすようになりました。

重要なのは、違いを理解して受け入れられるかどうかということはまた別にして、皆んな違うんだという事実を認識することです。そして、皆んな違うけど、実は皆んな同じ人間だということにも日々気付かされるわけです。

一方、社会には違いを理由に同じ権利を認められていない人達がいるという問題にも気づくのですよ。そうした違いを理由に人を差別することを宗教が教えていたりもするのです。

うちの子供達が通っていた小学校では、キリスト教会の人が来て宗教について教える宗教学習の授業があったんですけど、神様の教えに従わない子供は地獄に行くと教えられた日に、うちの娘が怯えて帰宅したことがありました。

私達はすぐに学校に連絡を取り、うちの子供達を宗教学習の授業に参加させないようにと頼みましたから、二度と神様の教えがどうのこうの地獄がどんな場所かなどという話を聞かなくて済みましたけどね。

私達家族は、子供達が小学生の頃から家庭でよく社会問題を話題にしたんです。差別や紛争の原因にもなる宗教の問題点とか、性的マイノリティーの人権問題などもよく話題にしました。

ですからね、うちの娘は自分の両親が同性愛への偏見など持っていないと知っていたはずなのに、自分の性的指向に気づいた頃から悩み続け、それを確信してからは不安に苛まれていたそうなんです。

もしかしたら、私達両親に受け入れてもらえないかもしれないという恐怖を感じていたのでしょう。

うちの娘が「私は女の子が好き」とカミングアウトした時、私は少し驚きましたけどショックなんて感じませんでしたし、そういう性的指向があるということを事実として受け入れただけでした。

その時、娘は大変感情的になっていたんですが、「あなたが好きになる人が女でも男でもその間でも、お父さんやお母さんには問題ではないことは知っているでしょ?」と言うと「うん」と言って落ち着きました。

「あなたが幸せならそれでいいのよ」と話すとやっと安心できた様子でした。

もしも、私達夫婦が同性愛者に対して偏見を持っていると知っていたら、どれほど苦しんだでしょうかね。

オーストラリアでは、2017年の12月に同性婚が合法化されたんですが、その時ある議員が「オーストラリアという国をさらに公正で平等で偏見のない国にしていきたい!」と話していましたが、実際に次々と不平等な法律は廃止されたり改正されたりして、この国はさらに前に進んでいます。

言っておきますが、議員がそういうことをやってくれるのを待っているわけではないですよ。この国では選挙が国民の義務になっていますから、政治に関する意識は高いです。

社会に問題があれば、それを解決するための法律を作り、新しい社会のあり方を作る、そういう仕事をしてくれる人を選んで議会に送り込んでいるわけですから、国を変え前に進めているのは国民なんです。


どうして今日こんなことを書いているかと言いますと、うちの娘が知り合いになった日本人の方の話を聞いたからなんです。

その方は22歳の聡明な若い女性です。同性愛者であることをご両親にカミングアウトしたんだそうです。そうしたら、ご両親はヒステリックに激昂して、この方を受け入れようとはしなかったそうです。

つらいことがたくさんあったのでしょう。この方は日本を出てオーストラリアにやって来ました。ワーキングホリデービザで来ているそうですが、もう日本に帰りたくないとおっしゃっているそうです。

多くの面で世界から遅れているように見える日本社会も、性的指向や性自認の多様性に関しては変化して来たのだろうと思っていたんですけど、まだまだ根強い偏見が残っているのですね。

この方のようにつらい経験をされている方は、きっと多いでしょう。カミングアウトをすることも出来ないまま、偽りの暮らしをしている人も大勢いらっしゃるんだろうと思います。

親を悲しませたくないからと嘘をつき続けたり隠し続けたりするのも、つらいことですよ。

日本に帰りたくないのなら、日本以外の国で生きて行けばいいと私は思いますよ。グローバルな今の世の中、様々な理由で日本社会に見切りをつけて別の国で暮らしている人は大勢いますからね。

この方の場合は、ご両親が偏見を捨てて態度を改めない限り、将来的に幸せな親子関係は望めませんから、ご自分の幸せのためにはご両親と距離を取るしか選択肢がないと思います。

苦痛や不安をもたらす親や家族とは距離を取り、安心や幸福を感じられる人間関係を別の場所で作るべきです。そのためには、自立して行きていく覚悟とそれを支える経済力が必要ですし、日本以外の国で生きて行くなら語学力も不可欠ですよ。

日本よりも生きやすい国はたくさんあります。

同性カップルが異性カップルと全く同じ権利を認められて社会生活を営めて、家族を持つことも出来て普通に子育てが出来る。特別なことではないと思いますけど、そんな当たり前のことが出来ない国に見切りをつけるのは、当然の選択です。

世界的に見ると、平均して10人に1人は自分を LGBTQI など性的マイノリティー だと自覚しているそうです。「一般的に分類されている生物学的男女で異性愛者」という枠に入らない人達が人口の1割もいるのですよ。その1割の国民を差別している国に所属し続ける必要はないでしょう。

ご両親に受け入れてもらえなかったことはお気の毒ですが、それを悲観しても仕方がないです。残念ながらあなたの親は偏見がある人達だったという事実を受け入れて、彼らとは距離を取りなさい。

あなたがしっかりと生きて、同性のパートナーとともに幸せになって行く様子を見れば、ご両親もいつか自分達の誤りに気づくかもしれません。

頑張って自分の人生をフルに生きてくださいとエールを送りたいです。


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2023年8月26日

史上最もインクルーシブな大会

この記事は、先週末の女子サッカーW杯の決勝の前に書き始めていたんですが、日曜日のお昼過ぎに白玉団子を油で揚げていたら白玉団子が大破裂しまして、熱い油で顔に火傷を負った私は、以来大変な目に遭っているのでございます。

1週間になりますけど、期待したほど火傷は良くなっていません。やはり、若い人のようには細胞が再生しないんでしょうね。治るのには時間がかかりそうです。

せっかく書き始めた記事なので、今日はこの記事を載せようと思って続きを書いています。

記事のタイトルの「インクルーシブ(Inclusive)」という言葉ですが、英語をそのままカタカナにするのは好きじゃあないので、本当は日本語で書きたかったんですけど、この言葉をうまく表現できる日本語の単語が思いつかないんですよ。

辞書を引くと「全てを含んだ、包括的な」というような言葉が並んでいますが、「包括的な」ではこの言葉の意味を表現できません。

「排他的ではない」と言い換えることも出来ますが、もっと肯定的に「一部の人を排除しないで皆んなを受け入れる」ということを意味する日本語の形容詞はないですかねえ。

近年、頻繁に耳にするようになった英語の「インクルーシブ」という言葉は、社会あるいは集団が、一部の人を何らかの理由で排除したりせずに、あらゆる人々を受け入れるという意味で使われる言葉です。

異なる人種や民族、異なる宗教を信じる人達、性的マイノリティーの人達などを、差別せずに受け入れることについて使われることが多いです。

史上最も「インクルーシブ」な大会だったと報道されているのは、2023年の女子サッカーW杯のことです。

これまで、サッカー界に性的マイノリティーの選手がほとんどいなかったのは、いなかったのではなくて隠さざるを得なかったからでしょう。自身の性的指向や性自認をチームに隠さざるを得なかったのは、性的マイノリティーの人々に対する差別と偏見が強かったからですよ。

しかし、世界的に社会が大きく変化して来たことは明らかなのでして、今年の女子W杯では参加した100人以上の選手とコーチが同性愛者であること、あるいはクィア(Queer)であることを公にしていたそうです。

これは一部の国に偏った傾向ではなく、32のチームに見られたことだったそうですよ。

ちなみに、クィア(Queer)とは、既存の男女というカテゴリに当てはまらないすべての性的マイノリティを包括する表現です。

オーストラリア女子代表チームの「マチルダズ」では、選手の半数以上が同性愛者であることを公にしているそうですから、もう同性のパートナーがいることなんて大して話題にもなりません。

選手のパートナーが異性であろうが同性であろうが、性自認が女であろうが男であろうが両方であろうが不定であろうが、そういうことはスポーツをする上で関係のないことなんですよ。

トランスジェンダーのスポーツ選手については、参加資格という点で複雑な問題がありますから、ここで話題にすることはしませんけど。

今年の女子W杯では、イスラム教徒の選手が頭を覆う布ヒジャブを着用してプレイしたことがニュースになりましたけど、これからは、ヒジャブを着用してプレイすることがニュースになったりしない時代になるでしょう。

これもまた「インクルーシブ」であることの一面です。


オーストラリア代表チームの選手の半数以上が同性愛者であることを公にしているからと言って、オーストラリアという国が素晴らしく進歩的で「インクルーシブ」な国だと言っているわけではありません。

例えば、この国で人気のあるスポーツのオーストラリアン・フットボールやラグビーでは、自身の性的指向や性自認を公にしている男性の選手はほとんどいません。

それはやはり、そうしたスポーツにおいては、チームの選手やコーチ、そしてファンといった人々の中に強い偏見があるからでしょう。隠さざるを得ないのですよ。

ラグビーのことはよく知りませんけど、オーストラリアン・フットボールのファンには、実際に差別者が多いんですよ。人種差別もひどいですから、性的マイノリティーへの差別も深刻だろうと想像できます。

勇気を持ってカミングアウトする選手がいたりもしますけど、そういうことが大ニュースになったりするんですから残念なことです。

オーストラリアは、以前よりも「インクルーシブ」な社会に変化して来ていますが、まだまだ課題は多いのです。

教会や宗教系の学校で同性愛が「罪」だとか「悪」だとか「異常」だとと教えていますからね、それも問題なんですよ。子供の頃から偏見や嫌悪を教えられて育てば「インクルーシブ」な考えを持つ人間にはなりませんから。

ところで、優勝したスペインチームの監督やスペインサッカー連盟の会長の行動が批判されていますね。サッカー連盟の会長が優勝に大喜びして、表彰式の壇上でジェニファー・エルモソ選手の唇にキスをしたことや監督が女性スタッフの胸に触っていたことなどが問題視されています。

優勝して嬉しかったとしてもですね、選手の唇にキスしたりするもんじゃあないでしょう?両手でエルモソ選手の頭をつかんでキスしているんですよ。もしも男子チームだったら、この会長は絶対に選手の唇にキスなどしていないでしょう。

してもいいと判断したところに意識の問題があります。

女性スタッフの胸に触っていた監督も、セクハラと言われてもしょうがないですよ。

スペインでは、この会長と監督は大きな批判にさらされているそうですね。スペイン政府からも責任追及の声が上がっているそうですけど。

問題行為があればしっかり批判して問題をただし、女子選手が安心してスポーツに取り組めるように組織のあり方を変えて行かなければいけませんが、これはまた別の問題ですね。


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2023年8月17日

サッカー以上に大きな意味

昨日は、オーストラリア中が大きな期待で待ちに待っていた女子W杯の準決勝オーストラリア対イングランド戦が行われました。

サッカーのW杯でオーストラリアが準決勝まで勝ち進んだことは史上初めてのことで、新聞各紙もテレビも女子代表チーム「マチルダズ」のニュースでいっぱいで、「もしかしたら決勝に行くかも」「優勝したらどうする?」みたいな希望があったのですがね。

イングランドの方が上でした。

「マチルダズ」は負けたけど、永遠に記憶されるであろうサム・カー選手のゴールがこれ。


それにしても、オーストラリア国民の熱狂ぶりを見て、時代が変わったことをつくづく実感した人は多かったのではないでしょうか。

私はオーストラリアのサッカー事情に詳しいわけではありませんけど、男子代表チームの「サッカールーズ」と変わらない注目と応援が「マチルダズ」にも向けられていることは分かります。

そもそも、現在の男子代表チームには、サム・カー選手以上のスター選手はいませんからね。

W杯での「マチルダズ」の活躍そのものに加えて、こうした社会の反応を見ている女の子達に、どれほどの影響があるだろうかと思います。

かつて、この国にも女がサッカーなんて出来るわけがないという時代がありました。サッカーに限らず、女であるというだけで様々なスポーツに取り組む機会が無かった時代です。

地域によって、現在でもそういう事情はあるでしょう。

「マチルダズ」のキャプテンであるサム・カー選手は、子供の頃は祖父や父親や兄と同じようにオーストラリアンルールのフットボールをやっていたんだそうです。女子のチームがなかったために、最初のうちは女の子であることを隠して男子チームに入っていたんだそうです。

12歳の時に男子チームでフットボールを続けることができなくなり、やむを得ずサッカーに転向したのだそうですが、たちまち稀に見る才能を発揮することになるんですけどね、女であるという理由でやりたいスポーツが出来ないことはよくあることでした。

女子用のトイレや更衣室が無いスポーツ施設も多かったのですよ。

こうした事情は大きく変わりました。

また、今回のW杯は、人種や民族そして宗教にかかわる文化や価値観の面でも、女の子達を勇気づける大きな意味がある大会になっていると言われています。

世界には、女性の人権が尊重されない国が多くありますよね。いまだに、女にはスポーツをする権利がないどころかスポーツの観戦すら出来ないような国もあるわけでしょ?

そうした国からの移民あるいは難民としてこの国にやって来た女の子達には、女でもスポーツが出来るし活躍するチャンスがあると知るだけでも大きな励ましになるわけです。

「マチルダズ」のキャプテン、サム・カー選手のおばあさんはインド人です。フォワードのメアリー・ファウラー選手のお母さんは、パプアニューギニアの小さな村の出身です。

モロッコ代表チームのデフェンダー、ヌハイラ・ベンジナ選手は、シニアの国際大会で初めてヒジャブ(イスラム教徒の女性が頭を覆う布)を着用してプレーした選手ということでニュースになりました。

こうした選手達が世界的な舞台で活躍している姿を見ることが、同じようなバックグラウンドを持つ女の子達の大きな励みになることは容易に想像できるでしょう。「自分にもやれるんだ」と思えるはずなんです。


オーストラリアの先住民アボリジニの血を引くキャシー・フリーマンという方がいらっしゃいます。この方は陸上400メートルを専門にする陸上選手でしたが、2000年のシドニーオリンピックで金メダルを獲得したんですけど、この時のフリーマン選手が非常に多くの子供達、特に女の子達に大きな影響を与えたことが知られています。

現在様々なスポーツで活躍している選手達の多くが、あの時のフリーマン選手を見て刺激を受けたと言っています。

女であるということ、人種や宗教による障壁は、まだまだ様々な分野において存在しますけど、フリーマン選手や「マチルダズ」の活躍といった出来事を契機に、社会はさらにより多様性を認める公平な社会に変わって行くのですよ。

オーストラリアの女の子達は、人種や民族や宗教の違いに関係なく、皆んな平等に機会を与えられて、差別なくスポーツに取り組めるようになっていくはずです。

多民族社会のオーストラリアは、そうならなくてはいけません。


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2023年3月14日

袖を濡らしたアカデミー賞

アカデミー賞の受賞式を見てこんなに泣いたことは無かったです。

もらい泣きの連続で、服の袖で涙を拭いていたもんですからね袖口がびしょ濡れになってしまいましたよ。

まずは助演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァンさんで大泣き。

「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」と「グーニーズ」で子役として人気者になった方ですが、その後は役に恵まれず俳優としてのキャリアをあきらめておられたそうですね。

ところが、「クレイジー・リッチ!」(Crazy Rich Asians)というアジア人俳優が出演するアジアを舞台にした映画が大ヒットしたことから、アメリカの映画界にも変化の波がやって来ていることを実感し、俳優として再挑戦することにしたんだそうですよ。

そして「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」に出演できたわけですが、出演の交渉にあたったエージェントが、今は弁護士となっている「グーニーズ」で共演したチャンク役のジェフ・コーエンという方だそうです。

涙のスピーチで、「私の人生はボートで始まった」とおっしゃっていましたね。私は、キー・ホイ・クァンさんがベトナム難民だったことは知っていました。

サイゴン陥落後の混乱の中で多くの人々がボートで国を脱出しましたが、キー・ホイ・クァンさんは、その時まだ4歳か5歳ですよ。

9人の兄弟姉妹の7番目だったそうです。国を脱出した際には、家族は2つに分かれて逃げたんだそうです。6人の子供とお父さんは香港へ、残る3人とお母さんはマレーシアへ逃げたそうです。

どういう事情だったんでしょうか。全員が同じボートには乗れなかったんでしょうかね。

キー・ホイ・クァンさんはお父さんのグループでしたから香港に逃れ、香港の難民キャンプで1年を過ごした後、インドシナ難民受け入れプログラムにより米国に難民として受け入れられたそうです。

お母さんグループとは、米国に来てから再会したそうですよ。ご両親は大変な苦労をされたのです。

感激して涙を流しながらキー・ホイ・クァンさんは感動的なスピーチをされました。これでもらい泣きしない人がいるでしょうか。私は号泣でした。

助演女優賞のジェイミー・リー・カーティスさんは、役得だったとも言えますし、彼女の人柄のせいで多くの人が彼女に票を入れたのではないかとも思いますけど、ここでももらい泣き。

主演男優賞のブレンダン・フレイザーさんも、いろいろ不幸なことがあって役に恵まれていませんでしたが、「ザ・ホエール」という映画で復活を果たしました。

私はもう涙と鼻水でぐじょぐじょ。

元々こういうのでもらい泣きしやすいたちなんですけど、アレなんですよ、抗うつ薬を飲んでいた頃は、感動してぐっと来ても涙なんて出なかったんですよ。薬のせいで脳みそにブレーキがかかって、泣くところまで感情が動かないんです。

泣けるようになって良かったわ。

そして、

いよいよ主演女優賞の発表。

主演賞のプレゼンターが非白人として初めて主演女優賞を受賞したハル・ベリーさんでしたからね、ミッシェル・ヨーさんの受賞は確信していましたが、やはりミッシェル・ヨーさんが受賞しました。

アジア人としては初、非白人としては2人目の主演女優賞の受賞でした。

ミッシェル・ヨーさんも素晴らしいスピーチをされました。この方は、アジア人俳優としては世界的に最も成功している人だと言われていますけど、アカデミー賞の受賞はまた特別の意味があります。ホントに素晴らしいです。

自分の受賞が始まりに過ぎないことを期待しているとおっしゃったそうですけど、そうなるでしょう。アジア人俳優がもっと役に恵まれて、主要な役柄で映画に出られるようになれば、当然そうなると思いますよ。


私は、ジョン・トラボルタさんにももらい泣きさせられました。

亡くなった映画関係者を追悼するコーナーでプレゼンターとして話をされたわけですが、なんとか持ちこたえて泣かなかったですけど泣きそうになっていたでしょ?

昨年亡くなったオリビア・ニュートンジョンさんとトラボルタさんは、「グリース」という映画で共演されて以来、長年とても親しい友人でいらっしゃったのですよ。

思わずこみ上げてくる感情があったのでしょう。

作品賞のプレゼンターとして登場したハリソン・フォードさんと「インディ・ジョーンズ」で共演したキー・ホイ・クァンさんが抱き合うシーンも感動して涙が出ました。


作品賞を「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が受賞したので、ステージ上でプレゼンターと出演俳優が出会うことになりますからね、このシーンは狙っていたんでしょうけど。

子供に戻ったようにハリソン・フォードさんに抱きつくキー・ホイ・クァンさんを見て、大喜びで拍手をしていたのが「インディ・ジョーンズ」シリーズの監督であるスティーブン・スピルバーグさんでした

いやあ、今年のアカデミー賞はホントに感動的な場面の連続でした。

あとね、今年のアカデミー賞会場には本当にいろいろな人種と民族の人達がいましたよね。インドの作曲家が歌曲賞を受賞しましたが、それも歴史的でした。

「Diversity」(ダイヴァースィティ)という言葉がありますけど、多様性という意味ですが、かつてはほぼ白人だけのイベントだったアカデミー賞があんなに多様な人種が集まるようになったというのも変化の波がやって来たことを表しているわけで、見ていて本当に気分が良かったです。


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2023年3月13日

対等に評価される世の中へ

今年の映画賞をほぼ総なめにしている映画と言えば、「Everything Everywhere All at Once」という映画ですね。邦題は、英語のタイトルをそのままカタカナにした「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」です。良い邦題が思いつかなかったからそうなったとしても理解できる内容の映画でした。

この映画のことを「奇想天外キテレツ映画」という記事に書いたのは1月12日のことですが、私がこの映画を見終わって最初に思ったのは、

ミッシェル・ヨーさんに何か賞をあげてください!


そうしたら、同じように感じた人は大勢いたんですよ。

ミッシェル・ヨーさんは、これまでにメジャーな映画賞の主演女優賞をほぼ全て受賞しています。例外は英国アカデミー賞(BAFTA映画賞)くらいなものでしょう。

米アカデミー賞の授賞式が、オーストラリア時間だと今日のお昼前から始まります。もちろんミッシェル・ヨーさんは主演女優賞にノミネートされていますが、アジア人女優が主演女優賞にノミネートされたのは初めてだそうです。受賞して歴史を作って欲しいです。

エンターテインメント業界では、これまでアジア人が活躍するチャンスがあまりなかったわけですが、世の中は変わって来ました。オーストラリアでもそうですよ。映画やテレビに限らず音楽の世界でも、実力のある人が評価され、機会が与えられて活躍できるようになって来ました。

アジア人だというだけで下に見られ、不平等な扱いを受けていた時代は昔のことだと言ってもいいと思います。まだ差別は無いわけじゃありませんけど、より公平な社会に変わって来ました。

現在オーストラリアで暮らしていらっしゃる若い皆さんは、アジア人という理由で差別されたことがないかもしれません。

私がオーストラリアに住み始めたのは30年も前のことですが、当時はまだいろいろありました。私自身、これまでに何度も差別を経験しています。

日本では差別されたり不当な扱いを受けたことが無かったため、こうした経験がトラウマになりましてね、メンタルヘルスに大きな影響がありました。

オーストラリアという国は、白豪主義(ホワイト・オーストラリアン・ポリシー)と呼ばれる白人優先主義とそれに基づく非白人への排除政策がある人種差別の国だったんですよ。

先住民を合法的に殺していた時代もあるのです。入植の邪魔になるという理由だけでなく、スポーツハンティング、つまり娯楽としても殺していたんです。

白人優先主義の政策を転換したのが1975年です。法律的に人種差別を禁止し、多文化多民族主義を国策として掲げるようになったわけですけど、白人至上主義的な人種差別意識は根強く残っていました。今でもそれはありますよ。

多文化多民族主義を嫌い、アジアやアフリカからの有色人種の移民が増えることを嫌悪する人はまだ大勢います。

しかし、様々な人種や民族の子供がいる学校の教室で、異なる文化や人種を尊重することの大切さを教育された世代が増えるにつれて、人種差別意識は減って来たと私は感じています。

このように変化して来た社会で、アジア人が活躍するのを見るのはうれしいですし、アジア人が正当に評価されるのは素晴らしいことです。

「奇想天外キテレツ映画」と思った「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が、米国映画界に一つの大きな変化を起こしましたよね。

これからもっと変化していきますよ。

そして、人種や皮膚の色に関係無く、異性愛者だろうが同性愛者だろうがそういうこととも関係無く、人が人として純粋にその人が成し遂げた結果で対等に評価されるのがあたりまえの世の中になって行くでしょう。

映画やテレビの賞では、そのうち演技賞が男優と女優に分けなくなるかもしれませんね。そもそも自分の性別認識が男でも女でもない人もいるんですし、すでに演技賞を男女分けしなくなっている賞もあります。

今日は、ミッシェル・ヨーさんが受賞するのを見たいです。一つの歴史的瞬間になるはずです。


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2022年12月2日

歓喜のフェデレーションスクエア

シドニーを象徴するものと言えばオペラハウスであるように、メルボルンにはフリンダース・ストリート駅というのがあります。黄色い建物で、1854年にオーストリア最初の鉄道駅として開業した当時の姿が保存されています。

メルボルンを紹介する際には必ず登場するシンボルですから、メルボルンをご存知でない方も見たことがあるかもしれません。

この駅の道路を挟んだ隣りに「フェデレーションスクエア」という場所があるんです。今から20年ほど前に完成した時には、賛否両論がありました。今でもありますけど。

お金の無駄使いだとか、場所の無駄使いだとか、デザインが良くないとか。

デザインは、オーストラリアの先住民族のアートやアウトバックの景観を連想させる大変近代的で斬新なデザインなんですけど、通りを挟んだ西側には歴史的なフリンダース・ストリート駅、北側にはセントポール大聖堂がありまして、この場所にそぐわないとか景観を損ねるとかいろいろ非難されました。

今ではメルボルンの新しいシンボルになっています。

様々な文化的施設が集まっていましてイベントに利用されていますが、「フェデレーションスクエア」がメルボルン市民に親しまれる最大の理由は、やはり人々が集まる公共広場としての役割のせいです。

サッカーとかラグビーとかオリンピックとか、国際的な大きなスポーツイベントがあると、人々はここに集まり巨大なスクリーンで観戦しながら応援するわけですよ。

昨日の朝、というか夜中ですけど、ここがすごいことになりました。

サッカーのオーストラリア代表チーム「サッカールーズ」(サッカーとカンガルーをかけ合わせている)が、なんと史上2回目の決勝トーナメント進出を決めたのです。

最後に勝ってから12年目の今大会、とにかく勝てない代表チーム、点が取れない代表チーム、ゴールが入らない代表チームということで、ファンをがっかりさせ続けてきたわけですが、先日チュニジアに勝ちましてね。

がっかりさせられ続けても、応援し続けて来たファンは大興奮となりました。12年ぶりの勝利でしたからね。

そして、その一勝のおかげで、もしもデンマークに勝ったら決勝トーナメント進出も夢じゃあないという期待が生まれまして、デンマーク戦の昨日の真夜中、「フェデレーションスクエア」はすし詰め状態。

見よ、この人の波を!


そして、両チーム無得点で迎えた後半、レッキー選手が見事なゴールを決めて、何と本当に勝っちゃったんです。

そうしたらもう、皆さん喜び大爆発でこんなことに。


発炎筒とビールは禁止ということだったんですけど。

私はね、「サッカールーズ」が勝ったことよりも、皆さんがこんなに喜んでいるのを見て興奮しましたよ。

集まった人々を見ると分かるんですけど、見事にありとあらゆる人種がいるんです。多文化多民族の街メルボルンですから、それは見慣れた光景ですけど、見た目だけじゃあなくて、宗教も信条もいろいろ異なる人々が、サッカーのために一つになっているでしょう。

ラグビーとかクリケットの試合でも人々はここに集まりますけどね、こんなに多様な人種の人々がこんなに大勢しかも真夜中に集まったのは見たことがないです。サッカーは、ちょっともうレベルが違います。

さて、決勝トーナメント初戦の相手はアルゼンチンですよ。「サッカールーズ」がワールドカップの決勝トーナメントでアルゼンチンと対戦するなんて、誰が想像したでしょうか。夢みたいな話なんです。

試合は日曜日の早朝です。「フェデレーションスクエア」には、ものすごい数の人々が集まりそうですよ。

日曜日は、お天気サイコー花粉も大量の予報です。


「フェデレーションスクエア」はね、フリンダース・ストリート駅のすぐ隣りというロケーションがやはり便利でいいんですよ。

アルゼンチン戦のキックオフが朝の6時なら、朝一番の電車で行けばたいていの人は間に合うでしょう。「フェデレーションスクエア」に入りきれないほど人が集まるかもしれません。

オーストラリアの他の州には、「フェデレーションスクエア」のような大きな公共広場は無いんだそうです。だから、こうして人々が集まって興奮と喜びを共有できるメルボルンをうらやましく思っているそうですよ。

ニュー・サウス・ウェールズ州をはじめ、日曜日にパブリックビューイングができる場所の準備をしている州もあると聞きましたけど。

メルボルンには「フェデレーションスクエア」があってよかったですねえ。

私も若かったら行ってみたいわ!

今は目が回っているから無理だけど。


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2022年10月18日

難解なペルシャ語

私がいつも野菜を買いに行く八百屋は、白人やアジア系の人が働いていた時期もあるのですが、経営者が変わったのか最近働いている皆さんは中東系の人達です。

ある日、レジの若い女性が隣りのレジの女性と何かしゃべった際に、聞いたことがない言葉だったので「何語をしゃべっているんですか?」と聞きましたら、ペルシャ語だとおっしゃいました。

そのお二人は、イランからの移民だとおっしゃいました。

スタッフは皆んなイラン人なのかと聞いたら、そういうことはなくて、エジプト人とかイラク人とかいろいろで、ペルシャ語をしゃべる人もいれば、アラブ語をしゃべる人もいるし、ペルシャ語でも国が違うと少し違ったりするんだそうです。

私は、今年の3月に、知人のイラン人ご夫婦に招待されてペルシャのお正月「ノウルーズ」をお祝いするイベントに参加したんですけど、その時のことを話したのがきっかけで、野菜を買いに行く度にこの若い女性と話をするようになりました。

2回目の時に「サラーム」とあいさつしました。「こんにちは」という意味です。

これを期に、彼女は私にペルシャ語を教えてくれるようになったんです。

ところが、

ペルシャ語は難しい!

何と言っているのか私には聞き取れないんですよ。喉の奥をこするようにして発音する音が頻繁に登場します。聞こえたとおりに真似して言ってみようと思っても、それが私にはできないの。

フランス語にそういう喉の奥を鳴らして発声する音があるでしょう?あれと同じような音です。

私は一昨年計画していたヨーロッパ旅行でフランスにも行くつもりだったので、フランス語の簡単なフレーズを覚えようとしたんですけど、難し過ぎてやめてしまいましたが、挫折の原因は喉の奥から出す音。

イタリア語やスペイン語はね、言葉を聞いてそれを真似して発音するのはそれほど困難ではないですが、私には「R」をルルルルとやる巻き舌ができませんから、あれも挫折したんですよねえ。

ペルシャ語のあのグニャグニャした右から左へ書くという文字は、絶対に学習できないと確信がありますからね、ローマ字で発音どおりに表記したのを見て覚えるように頑張っているんですが、なかなか難しいです。

八百屋では、3回目の時には、前回教えてもらった「How are you?(元気?)」「I'm fine, thank you. (元気です、ありがとう)」をやろうとしたのに忘れてしまっていて、結局「サラーム」(こんにちは)と「メルスィー」(ありがとう)しか言えませんでした。

「メルスィー」ですけどね、フランス語でありがとうは「メルスィー」と言うでしょ?ペルシャ語でも同じなんですよ。

ただし、本来のペルシャ語の「ありがとう」は違います。

多くの言語には、話す相手によって使い分ける異なる言い回しがありますよね。ペルシャ語にも、家族や友達などに話す時に使うカジュアルな言い回しと丁寧語であるフォーマルな言い回しがあるんです。

丁寧にありがとうと言う場合は「ヘイリーマムヌーン」と言うそうです。最初の「へ」は喉の奥から息が漏れるような「へ」です。超ムズです!

八百屋の若い女性は、いつも元気に私に話しかけてくれて、ペルシャ語を教えてくれるようになっています。

「これから野菜を買いに来てくれる度に、無料でペルシャ語を教えてあげますからね。いつかペルシャ語ペラペラになりますよ」

彼女はそう言いながら、先日は野菜の名前までペルシャ語で言ってくれたんですけど、それを聞き取って真似して言うこともできない私です。

聞いて覚えることが困難なので、発音をローマ字表記したのを見て覚えるように独学を始めたわけですが、ボケ防止には役立つかもしれません。

今日学習したこと。

「チ」(何)
「イン」(これ)
「ウン」(あれ)
「インチエ」(これは何?)
「ウンチエ」(あれは何?)ウンチじゃなかった…


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2022年6月22日

海外滞在中の日本人はどこに行きたい?

うちの娘が住んでいるシェアハウスの住人の一人が引っ越したらしく、新しく入居した同居人は日本人だそうです。

シェアハウスのオーナーさんが半分日本人で、最も信用するのは日本人という方なので、うちの娘が入居者に応募した時の面接では、娘が半分日本人と分かった途端にオーナーさんが即決したというくらいなんですから、このシェアハウスに日本人の方が入居されるのはよくあることだそうです。

メルボルンに来られたばかりのこの方にメルボルンの街を紹介したいと思った娘が、彼女を連れて行ってあげるオススメの場所を私に聞いてきました。

私の返事は、

日本関係ではない場所!

そうしたら娘から直ぐに返事が来ましてね、「そんなあ!日本関係のお店ばかり考えてた!」と言うんです。日本の食材店、日本のパン屋、日本の雑貨店、無印良品やユニクロやダイソーなど日本企業の店、日本食のレストラン、…

あのねえ、その方がオーストラリアにどういう目的で来られているのか知りませんけどね、まず確実に言えるのは、日本以外の文化やライフスタイルに関心があるからいらっしゃっているはずですよ。

だから、オーストラリア的な場所とか、メルボルンは多文化多民族の街というのが特徴なんですからそういう所が良いと私は思ったんです。

計画が狂ってしまって困った娘が、その方を連れて行ってあげるべき場所を教えてくれと言うので、どういうことに関心があるのかその方に聞きなさいと助言しました。だって興味もない場所に連れて行かれても楽しくないですからね。

その方の返事は、「文化的な人や物が集まる場所があったら知りたい」それから「本屋さん、カフェ、安くて美味しいご飯の食べられるお店」ということでした。

うちの娘が「文化的な人や物が集まる場所」を知っているかどうかは不明です。何しろ娘のメルボルン生活は、大学と仕事とクラヴ・マガ(イスラエルで考案された近接格闘術)のトレーニングだけだと思うので。

シェアハウスで娘と日本語で話すようなことになると、その方の英語習得のじゃまになるんじゃあないかと少し気になりますが、シェアハウスでの暮らしはなかなかうまく行っているようです。


日本食材が買える店や日本食が食べられる場所は大事です。まずほとんどの日本人は、絶対に日本の食べ物が恋しくなりますから。

それに、安くて美味しいご飯の食べられるお店やカフェを地元の人に教えてもらえると助かりますよね。

それでもやはり、どういうことに関心があるのかを知らずにいろいろ連れて行ってあげてもね、連れて行かれた方は楽しめなくて「ほとんど迷惑」なんだけど断わると失礼じゃあないかと思って我慢する、連れて行った方は楽しんでくれていないのが分かって「せっかく連れてきてあげているのに失礼な!」と腹立たしく感じるなんてことになるんですよ。

どういうことに関心があるのか、どんな場所に行ってみたいのか、そういうことをちゃんと聞いてから一緒に計画するのが良いと思います。

私はまだ若かった頃に米国のアラバマ州に滞在したことがあるんですけど、英語がまだ不自由だったのと日本人特有の「曖昧が美徳」みたいな意識があって、連れて行かれた場所で非常に苦痛な思いをしたことがあります。

苦痛で耐え難かったのは主に教会関係なんですけど。

皆さん親切心から誘ってくださったんですけどね、何度か教会の集まりに参加してあまりに苦痛だったので断るようになりましたら、皆さん私の気持ちを尊重してくださいました。

思っていることをちゃんと伝えることが重要です。


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2022年3月22日

ペルシャのお正月ノウルーズ(3)

知人のイラン人ご夫婦に招待されたペルシャのお正月「ノウルーズ」をお祝いする年末BBQパーティーは、私達夫婦にとって最も記憶に残る忘れがたいイベントとなりました。

あんなに多民族が集まって知らない言語が聞こえてくるイベントというのは、なかなかあることではありませんが、素晴らしい経験になったと思える最大の理由は、あのパーティーで出会った皆さんが大変感じの良い人達だったということと、興味深い仕事をしておられる方が多かったので会話が楽しかったというのがあるでしょう。

いらっしゃった方達は、ご夫婦の友人や知り合いや仕事仲間でしたが、皆さんお若くて、私達夫婦のようなおじちゃん&おばちゃんはいなかったです。でもね、若い皆さんと話をするのも楽しかったですよ。

ところで、

皆さん、イラン人の女性達は、大変スタイリッシュで美人ですよ。これは断言できます。

彼女達は、オーストラリアに移民してきたからファッションを楽しめるようになったわけではありません。イランの皆さんは、私達が一般に抱いているイランという国のイメージとは大違いで、モダンで進歩的で自由な人達なんです。

奥さんのMさんに、結婚式の写真やイランにいた頃の写真を見せてもらいましたが、私達と変わらない普通の洋服を着ていて、頭をスカーフで覆ってもいなかったし、パーティーなどでは結構肌を露出したすごいドレスを着ていましたし、結婚式の写真なんてマジですごかったです。

メークもすごい、ヘアスタイリングもすごい、ドレスもすごい、ネイルもすごい。スタジオでプロに撮ってもらった写真などはね、本当にもうイランという国のイメージを覆します。

これがイラン人の本当の姿か!

そういう感じでしたよ。びっくりしました。

パーティーでは、ミュージックをガンガンかけて皆さん踊るのですけど、イランにあんなポップミュージックがあるなんて私は知りませんでしたからね。ポップというか、もうロックという感じなんですから。

イランの政治家や宗教指導者達や黒い布をかぶった女性達、あのイメージは本当のイランではないのですよ。95パーセントのイラン人は、自分達のような人々だとSさんはおっしゃっていました。

パーティーで話をした女性達は、鉄道の電気エンジニアとか、人工知能に覚えさせる会話のデザイナーだとか、アルコールや薬物やギャンブルなどの問題を抱える家庭の保護や援助の仕事をしているとか、大変興味深い仕事をされている方が多かったのですけど、中でも私が特に興味を引かれたのは写真家の方でした。

名前を出しても良いと許可をいただきましたのでご紹介しますが、ラマク・バムザーさん(Ramak Bamzar)とおっしゃるカッコいい女性です。ラマクさんは、外見もカッコいいですけど話し方もカッコいいんです。

テヘランの大学で芸術写真を勉強されて、現在はメルボルンの大学でさらに勉強されながら個展に向けた制作に取り組んでいらっしゃいます。

インスタグラムでいくつか作品を公開されていますよ。


最新の作品を見せていただきましたが、大変私の好きなテイストの写真でした。それらの写真はぜひ個展で拝見したいと思います。うちの娘もきっと好きだろうと思いますので、日時が決まったら、ぜひ一緒に行きたいと思います。


パーティーなどで偶然に出会い、この人にまた会いたいなと思うことは時々ありますけど、この日出会った方の多くがそう思うような感じの良い方達でした。

私達は、普段ニュースなどの報道から得る情報によって、特定の国に対して偏った印象を持っていることがあります。イラン、イスラエル、トルコ、こうした国について夫や私が抱いていたイメージは、実際に会って話をしたこれらの国の皆さんによって、全く違うものになりました。

また、パーティーで出会った方達の中には、私達夫婦もそうですけど、異なる民族のカップルも多かったです。

文化が違っても、宗教が違っても、お互いに違いを尊重し、違いを楽しむことは、そんなに難しいことではないと思うのです。少なくとも一般人のレベルでは、異なる民族が共存することは出来るはずなんです。人種と民族のるつぼであるメルボルンでは、そういうことは日常的に感じます。

それなのに、世界では紛争や戦争が続きますね。

残念なことです。

BBQパーティーに呼んでいただいたことをきっかけに、ペルシャのお正月のことやイランの人々の暮らしについて、いろいろ学ぶことが出来ました。大変興味深くて楽しかったです。

一生忘れない出来事になったことは間違いないです。


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2022年3月21日

ペルシャのお正月ノウルーズ(2)

イラン人ご夫婦の山の上の家には、4時半少し前に着きました。

誰もいませんでした。本当に今日この家でBBQパーティーをするのだろうかと疑うほどシーンとしていました。

垣根と道路との間に車を停めましたが、地面にはホウキで掃いた跡がくっきりと残っていて、日本庭園の「砂紋」を思い起こすほどでした。

家の玄関や裏庭へ向かう小道も、落ち葉一つなくホウキできれいに掃いてありました。土と小石の道ですよ。

後で聞いたところでは、年末の大掃除の一環として家の中も外もとにかく片付けて掃除をしたそうです。イランでは、年末の大掃除は欠かすことが出来ないそうです。

家にあるもので洗えるものは全部洗ってきれいにするそうで、絨毯も洗うのだそうです。ですから、絨毯クリーニング屋さんという商売も繁盛しているわけです。

家の外があまりにきれいで、木や花の手入れも行き届いて、私は正直言ってびっくりしましたが、このご夫婦は裏庭のバンガローをAirbnb(エアビーアンドビー)を通じて宿泊施設として貸し出しているのだそうで、そのせいもあって庭もきれいにしているのでしょう。

私達の声が聞こえたのか、旦那さんのSさんが裏庭のゲートから出て来られました。お客さんはまだ誰も来ていなくて、私達が一番乗りでした。

ご夫婦の家は、近年流行りのオープンプランにリフォームした家で、広々としていて素晴らしいインテリアで、どこもかしこもピッカピカで、パーティーの準備は全て整っていました。お正月「ノウルーズ」(Nowrūz‎)の飾り付けもしてありました。


お菓子も飾ってありました。


私が持っていったお菓子は、奥さんのMさんがすぐに開けました。イランではきっと贈り物はすぐに開けるんですね。そうしたら何と、飾ってあったお菓子とまったく同じものだったんです!

瓶詰めの「サマヌー(小麦とナッツで作る甘いペースト)」は喜んでくださいましたが、お菓子や「サマヌー」をもらったから嬉しいというのではなくて、そうした物を売っている店を探してわざわざ買いに行ってくれたということを大変感謝してくださいましてね、Mさんは次々にやって来るイラン人のお友達に「ヒロコが買って来てくれたのよ」とお菓子や「サマヌー」を見せていらっしゃいましたから、私もそれが嬉しかったです。

美味しそうな料理がたくさん並んでいました。どの料理にも、料理の説明と使った材料が書かれた札が付けてありました。ベジタリアンやヴィーガンの人もいらっしゃるので、料理にこういう説明を付けておくのは良いアイデアですね。私も真似しようと思います。


お酒類もしっかり準備してありましたよ。


イラン人はイスラム教徒だからお酒は飲まないだろうという先入観は吹き飛びました。

次々にお客さんが到着し、家の中も外も人で一杯になりました。お客さんは20人くらいいたと思います。多くはイラン人でしたが、うちの夫のような何世代も前に祖先が移民してきたオーストラリア人もいましたし、トルコ人、インド人、イスラエル人と、大変国際色豊かな集まりでした。アジア人は私だけでしたが、私が日本人と分かると皆さん好意的でね、それも嬉しかったです。

ペルシャのお正月「ノウルーズ」(Nowrūz‎)は、イランに限らず、ペルシャ人が住んでいる国々でお祝いされます。中央アジアの国々、トルコの東部やアフリカにまでに及ぶ広い地域で祝われる祭日だそうですが、私は知りませんでした。

元日は「春分の日」ですが、「春分の日」の前後に様々な行事を楽しむのだそうです。お祝いは13日間続くそうで、13日目には自然の中でピクニックをするのだとか。

いろいろ教えてもらいましたけど、イランの皆さんにとっては、そうした行事に宗教色はなくて、とにかく楽しむのだとのことでした。

年末の行事で有名なのは、火の上を飛び越える行事です。

火を燃やすことで不幸や不運や不浄を取り除き、幸運や無病息災のためなんだそうですけど、火を燃やせない環境では、例えば新型コロナのロックダウン中にアパートから出られなかった人などは、部屋でろうそくを立てて、ろうそくの炎の上を飛び越えたりもしたそうですよ。とにかく火の上を飛び越えなくては年が越せないということなんです。

オーストラリアに移民して来られてからも、こうした伝統を受け継いで新年の行事を続けているイラン人の皆さんの楽しそうな様子を見て、お正月のお祝いをしなくなった自分のことを少し残念に思ったりもしました。

ただね、これには天候の問題があるんです。真冬のお正月の行事を真夏に、それも下手をすると40度超えのような猛暑の中でするのは、正直無理があるのです。

その点、「春分の日」はオーストラリアでは「秋分の日」なわけでして、天候は似ていますし、秋は春よりも天気が安定していて気持ちがいいですからね、いろいろと行事を楽しみやすいとは思いますよ。

さて、

日が暮れ始めてから、男性陣がBBQを始めました。鶏肉や野菜を串に刺したものを炭火で焼いていました。オーストラリアでよくあるガスタイプのBBQとは違って、炭火で焼くと美味しさが格別です。

お肉や野菜が焼けた頃、家の中ではそれ以外の料理の準備ができていました。


イランのご馳走の中心は米料理だそうです。手前の山盛りの米料理に乗っている黒くて丸いのは干しぶどうです。米と干しぶどうを混ぜたお料理というのは初めて食べました。


サラダの向こうに見えている焦げたお米みたいなのは、まさに焦がしてカリカリにしたご飯です。優しい塩味が付いていますが、これがとても美味しかったです。日本でもご飯の「おこげ」というのがありますよねえ。おこげがお好きな方にはたまらない食べ物ですよ。

黒い小さな丸いのはレンズ豆です。サフロンの風味が付いていました。

どの料理もシンプルな味付けです。塩味は強くありません。

そして、

皆さんが食べ終わった頃、室内ではイランのポップミュージックがガンガンかかり始めました。

それは、

踊るためです!

イランの皆さんは踊ります。踊るのがお好きなようです。

皆さん輪になって踊り始めましたが、結構激しい動きです。男性陣が素早いフットワークを見せます。あっという間に皆さん大汗ですよ。

「一緒に踊ろう」と誘われましたが、うちの夫も私もパーティーで踊ったりするタイプの人間ではありませんからね、輪の外で見ていたんですけど、イランの皆さんはすごいです。

これがイランの本当の姿か!

汗を流しながら踊っていたSさんが、何やら叫びながらやって来て、うちの夫を連れて輪の中に入って行きました。

そうしたら、うちの夫も踊り出したんですよ。

Sさんのフットワークをマネをして、腰を動かし、両腕をヒラヒラ動かしながら踊る踊る!

恥ずかしくて直視できません!

でも、うちの夫は偉いなあとも思いましたよ。輪の中に連れて行かれて「さあ一緒に踊ろう」と言われて「いやあオレはいいです」と場をしらけさせるような真似はしないわけですよ。

大笑いしながら、踊る夫を見ていたら、Sさんが私のところにやって来て、私の手を取って輪の中に連れていきました。

人々の視線は私達に集中です。

もう踊らないわけには行きません!

Sさんに動かされるまま中途半端にウゴウゴしただけの私ですが、どうせ踊るんならちゃんと踊ればよかったと少し後悔したんですけどね、実はあの時、私はおトイレを我慢していてあまり激しく動くと危ない状況だったのでした。

次回チャンスがあったらちゃんと踊りたいと思います。皆んな踊っているんだから恥ずかしがっている方がおかしいってことで。

盛り上がるペルシャの年末BBQパーティー、話はもう少し続きます。


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2022年3月20日

ペルシャのお正月ノウルーズ(1)

行ってきましたよ、イラン人のご夫婦に招待されたイランのお正月「ノウルーズ」(Nowrūz)をお祝いするBBQに。

昨日は、朝起きたら頭が痛くて喉も痛くて「さあ困った」と思ったのですけど、パナドールという鎮痛薬はホントによく効きますね。頭痛はパナドールで治り、喉の痛みはリステリンでうがいをしたり、ものを食べたり飲んだりしているうちに気にならなくなりました。

これはもう絶対にBBQに行けるということが分かりましたので、手土産にペルシャのお正月用の何かを買いたいと思い、我が家からそれほど遠くない所にあるペルシャ菓子を売っているお店に行きました。

「Tavazo Confectionery」というお店です。ドンカスター・イースト(Doncaster East)にあります。近くには「Persian Halal」というハラルフードを売っているスーパーもあります。以前うちの夫の友人でイスラム教徒の方が食事にいらっしゃった時に、そこで鶏肉を買ったことがあります。

「Tavazo Confectionery」というお菓子屋さんに行くと、お店の前にはお正月の飾りが並んでいました。


「ノウルーズ」(Nowrūz)のお祝いでは、「ハフト・スィーン」(Haft Sīn)と呼ばれる、名前が「S」で始まる7つのものを飾る習慣があるそうです。

その7つのものは厳格に決まっているわけではないそうですが、代表的なものは「リンゴ」「ニンニク」「スーマックの実(スパイスみたいなもの)」「酢」「和名ヤナギバグミという植物」「青草(麦の若葉)」「サマヌー(小麦とナッツで作る甘いペースト)」だそうですが、これに加えて「創造の象徴である卵」「統一や明るさの象徴である鏡」「清らかさや恩恵の象徴である水」「活力や人生の象徴である金魚」「商売繁盛や投資の象徴である硬貨」「明るさや熱、光の象徴であるろうそく」、そして「スイセンの花」や「砂糖菓子」なども飾るそうです。

縁起を担ぐという点は、どこの国の文化でも同じですね。

こういうお店にアジア人のおばちゃんが入って来るのは珍しいことでしょうが、私が入って行きますとお店の女性は気持ちよく挨拶してくださいました。私が「ペルシャのお正月をお祝いするイベントに招待されたから何かお土産を持って行きたいのでアドバイスしてください」と言いますとね、満面の笑みで本当に嬉しそうにいろいろ出して説明してくださいましたよ。

お店にたくさん並んでいたハフト・スィーンの一つである「青草」は、後から買えばよかったと思ったのですけどそれは買わずに、小麦とナッツで作るサマヌーの瓶詰めとお正月用クッキーの詰合せを買いました。

このお菓子屋さんには、美味しそうなお菓子がたくさん並んでいましたよ。

私はドバイから帰って来て以来ずっと作りたいと思っているデザートがあるんですが、材料が見つからないから作れないでいたんですけど、このお店ではお菓子以外の食品や雑貨も売られていたので、今度ゆっくり行ってみます。

このお店に無くてもハラルフードを売っているスーパー「Persian Halal」になら売っているでしょう。

さて、

BBQは4時からとのことでしたが、こういうのは4時にBBQをスタートするのではなくて、お客さんたちに4時から来てねということなんですけど、うちの夫は4時からと言われたら4時に行きたい人なので、仕事を少し早めに終わらせてもらうから3時半にツールショップに迎えに来てくれと言われていました。

3時半ぴったりにツールショップに着きましたら、うちの夫はもう駐車場で待っていましたよ。

なんだかもう意気込みがすごい…

まずは高速道路で南に向かいました。

走り始めてすぐ、夫は車内の収納ボックスやグローブボックスをガチャガチャと開けて何かを探し始めました。

「何を探してるの?」
「デオドラント!」
「えっ…」

デオドラントが車の中にあると考えているところがもう理解に苦しむんですけど、オーストラリアの男性は、車の中にデオドラントを常備している人は多いらしいです。

ちなみに、私はハンドクリームは常備していますけど、デオドラントは…。

フランクストン(Frankston)という街の近くで高速を出ると、夫がビールを買いたいから酒屋を探すと言い出しました。言ってくれたら私が準備しておいたのに。

グーグルマップで酒屋を探して、ビールを買いに行きました。すると今度は、デオドラントを買わないといけないからガソリンスタンドに行くと言いましてね。ガソリンスタンドにはコンビニが併設されていますからデオドラントはほぼ確実にそこで売っているでしょうけど。

しばらく走るとガソリンスタンドがありましたので、そこで止まりました。夫はデオドラントを買いにお店に入って行きました。ところがなかなか出てこないんですよ。何でそんなに時間がかかっているのかと思っていたら、巨大な揚げ春巻きをかじりながら出てきました。

BBQに行く直前にそんなものを食べるのか…

揚げ春巻きを食べ終わる頃には、わけがわからない自然保護区みたいな所に入って行きまして、そこからはもうグーグルマップのカーナビが頼りでした。

イラン人のご夫婦の家はモーニントン(Mornington)に近い山の上にありました。

家の前の道路に車を停めると、夫は服を脱ぎ始め、パンツ一丁になって、警告なしにスプレー式デオドラントを大量に噴射!

私は大急ぎで車外に出て、夫の着替えが終わるまで待ちましたがね、

マイペースな夫です。

忍耐、忍耐…

もしも私がビールを買うから酒屋を探すとか、デオドラントを買いに行かなくちゃあとか、おやつを買って食べ始めたりとか、突然デオドラントを噴射したりとか、そういうことをしたらね、夫は絶対に不機嫌になっていたでしょう。

とにかく、

グーグルマップのおかげで無事にご夫婦の家に到着しました。

そして、この日のBBQは、私達夫婦にとって最も記憶に残るイベントになったのでございますが、長くなっちゃったので続きは明日。


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2022年3月3日

平和で自由なメルボルン

ドバイ旅行中ずっと続いた睡眠不足で何をする元気も無いのに、帰国早々うちの夫の同僚のTさんが例の件で話をしに来るとかで晩ご飯を作らなければならず、そのために食品の買い出しに出なければなりませんでした。

翌日には、義弟にタダでもらったレクサスの所有者変更の手続きに、VicRoads というヴィクトリア州の運輸交通局みたいなところに行かなければならないと言われまして。

アレなんですよ、うちの夫は視力のせいで車の運転ができませんし、息子はまだ痔の手術からの回復中で座るということが出来ませんから運転など出来ないのでして、つまり車の運転ができるのが私だけなのでね、睡眠不足がどうの頭がフラフラするがどうのと言っていられないのですよ。

ですから、私は運転して VicRoads まで行きました。建物に入るまで入口の外の列で30分、中に入ってからも30分待たされましたよ。VicRoads の業務も新型コロナのために遅延していましたから、まだしばらくはこういう状況が続くでしょう。

オンラインで出来ることはできるだけオンラインでやって下さいということですが、自動車の所有者変更の手続きは窓口まで行く必要があります。

それはともかく、

メルボルンに戻って来て、スーパーへ行ったり VicRoads のような役所に行ったりしながら、ドバイとの違いを感じたのです。

ドバイという国では、職業によってそれに従事する人種・民族が偏っている印象でした。スーパーで働いている人に白人は一人もいませんでした。

役所のような場所としては、PCR検査受けに行ったクリニックと空港くらいですが、そういう場所はエミラティ(ドバイ人)がほとんどでした。

ブルーカラーの労働(肉体労働や単純労働)に従事するのは、インド系、アフリカ系、東南アジア系です。白人は一人も見ませんでした。

ドバイという街は、裕福な人々と裕福ではない人々という社会の階層が一目瞭然で、その経済格差が人種や民族と結びついているために、人種の格差、民族の格差としてあからさまなのです。

そのような社会を私は大変居心地が悪く感じました。

メルボルンに戻って食品の買い出しに行った時、ショッピングセンターの駐車場でカートを集めていたのは、白人もいたしインド人もいたし東南アジア系もいました。

スーパーのスタッフも、様々な人種がいました。ヒジャブを付けたイスラムの女性もいました。

VicRoads でも、あらゆる人種のスタッフが働いていました。

こういうことはごく当たり前のことなので、以前は特に意識していませんでしたけど、ドバイから帰ってきたら違って見えました。

経済格差はもちろんメルボルンにもありますけど、ほとんどの職業は人種や民族あるいは男女の差別なく門戸は開かれています。教育も貧富の差なく提供されていますから、貧困家庭の子供でも高等教育を受ける機会があり、医師や弁護士やエンジニアといった特別な知識や技術が必要とされる職業につくことも可能です。

ドバイから帰って来て、メルボルンは「平等な社会」だなあと、私は感じたのです。

課題はまだありますけど、不公平や差別は無くなって来ていますし、人種や民族、出身地域、性別、宗教、そうした違いが格差の要因になっていないません。

こういう社会が、私には住みやすいです。


そして、メルボルンは「平和な社会」でもあります。

多文化多民族の街ですから、ありとあらゆる人種や民族が住んでいますけど、人種民族間の争いとは無縁です。ゼロとは言いませんよ、でもほとんどそういう問題は起きません。

人々は「自由」なんです。だから他人の「自由」も尊重するのです。自分とは違う見た目で違う服装で違う宗教を信じていても、そうした違いをどうこう言ったりしないんです。

オーストラリアは、民主主義の国です。議員を選ぶ選挙が「権利」ではなくて「義務」の国ですよ。政権が国民の意志で簡単に変わる国です。政治家はしっかりと良い仕事をしないと次の選挙で落選します。不正を行えば直ちに職を失います。

「平等」で「平和」で「自由」な社会、このような社会に住んでいることの意味を深く考えることは普段はありませんが、ドバイから帰って来てから、そして現在ウクライナの人々が命がけで自分達の「自由」を守ろうとしている報道を聞きながら、メルボルンのような社会に暮らせていることを感謝せざるを得ません。

ウクライナの人々のことは、毎日ずっと頭から離れません。

この21世紀の時代にこんな蛮行を行うなど考えられないことですが、それを命令した狂人がいて、それを止められる人がいないという政治体制があって、命令されたことを実行している人々がいて、この狂人の思うがままの報道を行っている人々がいて、多くの国民が狂人を信じて支持している。

独裁国家というのは、想像を絶します。

ウクライナの人々をもっと助けてあげることは出来ないんでしょうか。第3次世界大戦になることを避けるためと言いますが、国際社会はこのままウクライナを見殺しにするのでしょうか。

何も出来ない自分に無力感を感じますが、ウクライナの人々が「自由」を守りきれることを心の底から祈っています。


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2021年7月22日

インスタントラーメン考

子供の頃から食べ続けているインスタントラーメン。健康に悪いという意見も知っていますが、私はあまり気にしていません。

インスタントラーメンは、日清食品創業者の安藤百福さんが発明したものというのが定説ですが、発明したとされるのは1963年です。その発明以来、半世紀以上に渡って多くの日本人がそれを食べて来て、特に大きな健康被害も起きておりませんのでね。

それになんと言っても、インスタントラーメンはお手軽で、

美味しいですから!

オーストラリアに住み始めた頃、日本のインスタントラーメンは日本食品店まで足を運ばないと手に入りませんでしたが、どういうわけだか「出前一丁」だけは田舎のスーパーでも手に入りました。

この「出前一丁」が私にとってはカルチャーショックだったのですよ。日本に帰る時にお土産に買って帰ったくらいです。

何がカルチャーショックだったかと言いますと、日本では「出前一丁」といえばオレンジ色のパッケージの醤油味ごまラー油付きでしょ?

オーストラリアでは、この基本のオレンジ色「出前一丁」はだけではなく、パッケージの色も青や緑や茶色や赤と様々で、フレーバーも牛肉味、海鮮味、豚骨味、激辛味と様々な「出前一丁」が売られていたのです。

どの「出前一丁」のパッケージにもあの出前坊やが載っていました。日清食品の製品ですけど香港製造で、パッケージは中国語でした。

中華圏の「出前一丁」は、現在さらに多彩になっていて、パッケージの色も紫とか黒とかも出ていますよ。キーワード「出前一丁」でグーグルしてご覧なさい。出てくるのはほぼ中国語のサイトです。

メルボルンでは、近年「出前一丁」は多くのスーパーから姿を消しつつありまして、新たに登場したのはパッケージの日本語も懐かしい「日清らーめん」です。製造国はインドネシアですけど。

東京しょうゆ、北海道みそ、九州ぶらっく(豚骨黒ごま)の3つのフレーバーで、5パック入りで売っています。大手のスーパーならどこの店舗でも売っています。


日本のラーメンは大変人気があるので、この「日清らーめん」5パック入りもよく売れているようです。

我が家でも常にパントリーに常備していますが、うちの息子がしょっちゅうお昼にラーメンを作って食べます。

ちゃんとエライのは、ラーメンの麺だけ食べないこと。

ラーメンを食べる時には、必ずゆで卵とネギ、醤油味なら海苔も加えています。豚肉の薄切りがあればそれを焼いて入れたり、ハムやフィッシュボール(肉団子サイズのかまぼこみたいなの)を入れたりもします。自分なりのラーメン像というのがあって、一応それに近づけたラーメンを作って食べるのです。

インスタントラーメンは手軽に作れるだけではなくて、栄養もちゃんと取れるのですよ。

そして、やはりね、なんと言っても、

日本のインスタントラーメンは美味しいです!


日清ラーメンが容易に手に入るようになって嬉しいことは嬉しいのですが、私がここ数年ずっと食べたいと思っているのは、サッポロ一番の「塩ラーメン」です。

アジア食品店などに行く度にラーメン売り場に足を運びますが、売られている日本のラーメンは、日清のラーメンばかりですね。

サッポロ一番の「味噌ラーメン」と「塩ラーメン」は、実は私の最も愛好するインスタントラーメンなんですけど。なかなか見つかりません。

サンヨー食品さんには、ぜひオーストラリアでの販売網を開拓していただきたいものです。

日本以外の国のインスタントラーメンやヌードルが簡単に手に入るので、そういうのも時々買って食べてみますが、上の写真の右端に少し写っているちょっと変わったチキンの絵が付いた韓国製ラーメンね、あれは要注意ですよ。

私はある知人に勧められて食べてみたことがあるんですけど、あまりの辛さに頭の血管が切れるかと思いました。

東南アジア系のインスタントヌードルにも強烈に辛いのがあります。私が買ったインスタントヌードルには、小袋入りの唐辛子の粉が付いてきました。唐辛子の粉は入れずに、ソースだけ使って作りましたけど、そのソースは赤かったんです。一口食べて口が死にかけました。

あれに唐辛子の粉を追加する人もいるのですよね。だから小袋入りの唐辛子の粉が付いているんでしょ?

味覚が違うということですけど、いやあ今思い出しただけで汗が出て来ました。


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