2012年8月31日

ウォーキングに出たのはいいが...

今朝は、Panadeine Forteを飲まなくても、夫や子ども達のランチの準備や洗濯物干しなどができるほどに腰の具合が良くなっていた。そこで、ウォーキングを今日から始めることにした。

医者からは、腰痛には腰の筋肉を鍛えるのが一番効果があるからとにかく歩けと言われてはいたのだが、毎日の家事や買い物、庭仕事は結構歩いているのと同じ運動量があるはずと言い訳していた。

一昨年だったか、ひどい腰痛から回復した後、「歩くしかない!」と自分を励まして、毎日のウォーキングを日課にしようとしたことがある。しかし、ただ歩くのはとにかく退屈。ジョギングにしてもランニングにしても、それをやっている20分だか30分の間が耐えられないほど退屈すぎた。

腰痛体操なるものもやっていたし、思いのほか体中の筋肉を動かせるおなじみの「ラジオ体操」もやっていたが、腰の具合が良くなるといつの間にかやめてしまった。やっている間が退屈すぎて、時間を無駄にしている気分になるのだった。

しかし、もうそんなことは言ってはいられない。

腰痛に苦しんで人生をむだにしないために、健康な老後のために、腰の筋肉を鍛えなければ!腰がこんな状態では仕事もできないんだし...。

もう中途半端はしないぞ!ウォーキングをこれからの自分の日課にするのだ!

しかし、まだ腰は痛いのだから無理をせず、「今日の目標は20分」と決めた。10分行ったら帰ってくる!

なんだか、腰に爆弾を抱えている気分のまま歩き出す。

微妙にバランスがずれるとピキーン!と左腰に痛みが出るので、良いバランスを保つように注意しながら歩く。

冷たい風!帽子と手袋はしてきたが、マフラーも巻いてくるんだったな...などど後悔しながら黙々と歩く。

早く10分がたたないかな、そうすれば帰れるのに...などと、早くも情けないことを考えながら歩く。

ところが...

10分が近づく頃、道は下り坂となった。下り坂は楽チンと思ってはいけない。下り坂は危険なのだ。ピキーン!という痛みが頻繁になってきたなと思ったら、左の足の付け根あたりに電気が走るような痛みが発生し、その痛みが消えなくなった。

そのうち腰にも脚の付け根にもピキーン!が連発。

「これはヤバイ、もう帰ろう...」と思った時には、もう急激に悪化しており、痛みのせいだか運動のせいだか良く分からないが、汗がにじむ。

10分間歩かなければ家には帰れない。

Ringwoodの街の中でも、我が家のあるエリアは住人がお年寄りばかりである。治安が良くて静かなのは良いが、とおりに人影などない。もちろんタクシーなど来ないし、だいたい私は携帯もお金も持ってはいない。いよいよ動けなくなったらどうしようか...と心細くなりつつ、必死で歩く。

「ああぁ...、ウォーキングに出るのはまだ早すぎた!」

「誰かぁ、私を迎えに来てよぉ!」

弱音を吐きまくっているうちにあっけなく家に戻った。10分間歩いても大した距離を行ってはいなかったのだ。

しかし、やっぱりウォーキングはもうこりごりだ!

...というのは冗談です。もっと良くなってから再挑戦します。


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2012年8月30日

春だ、イチゴが安い!

昨日のメルボルンは、まさに初夏のような陽気。暖かいというよりも、ちょっと汗ばむほどだった。

普通、春の晴れた日は花粉症がひどくなるから嫌なのだが、昨日はなぜか何ともない。腰が痛くなかったら思わず畑に出て行くところだった。

いつものようにColesに買い物に行ったら、イチゴが1パック1ドル60セントの特売だったので1パック買って来た。春だよねえ。ブルーベリーも安かったですよ。

「ああぁ...、いい気もちぃ!」

青く晴れ渡った空!

吹く風はまだひんやりとしていて、くしゃみも出ないし、目もかゆくないし、最高の春の日。

買ってきたイチゴで何か作ろう!

何か、息子のカイや娘のサチが喜ぶものをイチゴを使って作ろう...、と考えた時、はっきり言って迷う必要はほとんどない。あの子達は、岡山県の総社に住んでいた頃に、ケーキ屋さんで買ってくるイチゴのショートケーキが大好きになった。

オーストラリアでは、日本における「スポンジ+たっぷりのホイップクリーム+イチゴ」を典型とするショートケーキのような菓子は、あまりなじみがない。私が子ども達の誕生日に作ってやったことはあったが、日常的にケーキというのは「ショートケーキ」のようにファンシーではないのだ。

カイとサチは、大きくなった今でも、「イチゴ」→「イチゴのショートケーキ」と回路がつながっているらしく、イチゴで何を作ろうかと問えば「イチゴのショートケーキ」と答えるのはまず間違いない。

そこで、スポンジケーキを焼いて、イチゴのショートケーキを作りました。クリームがちょっと足りなかったけど...、まあ仕方ない。

早めに作って、冷蔵庫でひんやり冷やしておきました。

さて、午後3時半頃、まず自転車通学のカイが帰って来た。カイはいつも自分の部屋に直行するので、当然冷蔵庫の中のケーキには気づかなかった。

しばらくして、徒歩&バス通学のサチが帰って来た。サチは、いつも冷蔵庫に直行する。私は、仕事を続けながら耳を澄ませて聞いていた。

「キャーァァァ!ヤッターァァァ!」

ドドドドド...。(カイが部屋から降りてくる音)
「どうしたん?」(実際には'What the hell?'と言ったんですけど...。)

いやあ、学校から帰ってきて冷蔵庫にイチゴのショートケーキを見つけたら、そりゃうれしかったでしょうね。

絶対に失敗しないスポンジのレシピで簡単に作れます!
それぞれ大きな一切れを皿にのせてテーブルへ!

黙々とうれしそうに食べている息子のカイと娘のサチ。大きくなっても、小さい頃と同じようにうれしそうに食べている...。

それを見ていた私も、とってもうれしいのだった。


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2012年8月29日

「Panadeine Forte」という薬

腰痛がひどくても、毎日横になっているわけには行かない。

昨日は、仕事関係のお客様を夕食にお呼びしていたので、私は和食でおもてなしをすることが期待されていた。しかし、腰は痛い。長時間キッチンに立って料理をするなど無理な話だった。

それに、ウェブデザインの仕事のほうも、パソコンの前に長時間座っていることが困難なために、最近あまり進んでいない。

このような時に、助けてくれるちょっと怖いくらいに良く効く薬がある。それが「パナディン・フォルテ Panadeine Forte」という薬だ。


この薬、私は常用している。なにしろ腰痛という持病があるもので。

「パナディン・フォルテ」は、コデイン Codein とアセトアミノフェン Paracetamol を組み合わせた薬で、オーストラリアでは医師の処方箋無しでは買うことはできない。

Paracetamolは、どこのスーパーでも売っている「パナドール Panadol」という非常に一般的な鎮痛解熱薬の主成分で、私のようにアスピリンにアレルギーのある人にとっては、安心して飲める薬として人気がある。

Codeineは、モルヒネから作られる。モルヒネと同様な鎮痛作用があるが、作用はモルヒネに比べればずいぶん弱いので、依存性も弱い。私が「パナディン・フォルテ」を飲み続けることに若干の不安があるのは、この依存性の点である。

 「パナディン・フォルテ」を飲むと、10分ほどして頭がボーッとしてくる。眠くなることもある。その意識がぼやけやようなボーッとした感じが体中に広がっていって、そのうち腰の痛みをほとんど感じなくなるのだ。

このおかげで、昨晩は、立ち歩くことも困難だった私が、各種和風の和え物&煮物そして定番の餃子を作ることができたのだが、あんなにボーッとなった状態で料理をしたのは初めてで、気がついたことがあった。

キッチンにおけるパフォーマンスが著しく低下するということ。たくさんの料理を一度にやっているので、同時にいろんなことを考えなくてはならないし、覚えておかなければならない。ところが、いつもは簡単にできるそういうマルチタスクが昨夜は困難だった。

「ええっと...、何をやってたんだったかな?」
「ええっと...、今度は何をしようと思ってたんだっけ?」

短期記憶障害とでも言おうか。段取りが悪く、テキパキと動けず、時間がかかる。

薬の影響としか考えられない。

今朝も、腰が痛くて動けなかった。まあね、昨日は食材の買い物から家の掃除、そして料理と、痛い腰に(薬のせいで痛くなかったわけだが...)ムチ打って、一日かなり無理をしたわけだから。

しかし、横になっているわけにはいかないので、また「パナディン・フォルテ」を飲んだ。これで、また今日一日活動できたわけだ。翻訳の仕事も入っていたので、結構長い時間パソコンの前にすわっている必要もあったし...。

いいのかなあ、こんなことで。

私は、抗うつ薬も毎日飲んでいるし、花粉症がひどい日は抗ヒスタミン薬も飲むし。薬無しでもやれる日は、できる限り飲まないように注意はしています。


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2012年8月28日

メンソレータム薬用リップスティック(2)

唇の荒れに苦しむ息子のカイと娘のサチ、そして私。

カイとサチは、気色の悪い味がするBlistexのリップバームに慣れたと見え、あまり不平を言わなくなったが、一向にコンディションは良くなっていない。

特にカイは、鼻炎もちであってしょっちゅう鼻がつまっている。特に夜は、口をあけて寝ているらしいので、毎朝起きると唇のコンディションは著しく悪化しているのだという。

しかも、ガサガサの唇の皮をむしり取るという悪癖のために、ところどころ炎症まで起こしている。

「もう、わかってるよ!お母さん、うるさい!」と言われようとも、リップクリームを塗れと励まさずにはいられない。ニキビよりも唇のほうが心配になってきている。

私といえば、結局QVのリップバームをどこの薬屋でもPricelineをはじめとするコスメ関係のお店でも見つけることができず、あきらめモード。

それでも、もう一度だけ試してみようと思い、「スーとさわやか&荒れた唇をリペアする」と書かれた青いパッケージのリップバームを購入して、使ってみた。

おいおい、やっぱりすごい味がするじゃないの。

「スーッとさわやか」というのは、炭酸のレモネードというかスプライトのような味がするからであった。

もうだめだ!

やっぱり唇の保湿には、メンソレータム薬用リップスティックでなくては!

そして、ついにSOSを送ったのが、岡山に住む親しい友人のY子。(ホントはJ子だけど...。)

昨年、金平饅頭を送ってくれた優しい友人だ。彼女に、メンソレータム薬用リップスティックを3本も送ってくれと頼んだ。子ども達は、もうあの気色の悪い味がするリップバームで不平を言わなくなっているのだから私の分を1本だけ頼めばいいものを、あつかましく3本も頼んだ。

頼んだ翌日に送ってくれたY子。その小包が、今日届いた。



なんと、見たこともないメンソレータムの新商品と思われる「口紅がいらない薬用リップ」というのと「高保湿たっぷりうるおう」というのまで、合計5本も!全部無香料で、気色の悪い味はもちろんしない。しかも、一気にコンディションが改善した。

そして、上の写真で、メンソレータムの下に並んだ3個の包みを見よ!

これぞ、私が生まれ育ったふるさと岡山県成羽町の銘菓「金平饅頭」です!金平饅頭のことは、昨年の記事で読んでくださいね。

この心づかい、うれしいです!

「まあ、金平饅頭まで入れてくれてる。ありがたいわねえ。じゃあ、お茶でも入れておいしくいただきましょうか...」ということにならなかった。

私達は、日頃からこういうものに飢えているので、しかも最近また厳しい家計のやりくりのためか、カイとサチはお菓子類に「かつえて」いたのもある。

「おおぉっ、金平饅頭!」
「じゃあ、一人一個ずつね!」
「ナオキのお母さん、ありがとう!」
「Yちゃん、ありがとう!」
「うわっ、うまっ!」
...と、一気にいただいてしまいました。

何かお返しがしたいです。

Y子さん、このブログ読んでるでしょ?何かオーストラリアから欲しいものがあったら教えてください。それとも、ナオキ、今度の休みに遊び来る?


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2012年8月27日

オーストラリア人のルーツは囚人

「ルーツ」というTVドラマをご存知の方は多いだろう。1977年にアメリカで制作されたTVミニシリーズで、アメリカの歴史を語る時、避けては通れぬ黒人奴隷の問題を真っ正面から描き、社会現象とも言える大反響を巻き起こしたドラマだ。

この番組放送後、世界的に自分の「ルーツ」探しが流行った。

オーストラリアでも、自分達の「ルーツ」をテーマにしたTVドラマが制作されたのだが、それが今日紹介したい「Against The Wind アゲインスト・ザ・ウインド」である。


オーストラリアという国は、ご存知のように英国の囚人流刑地として始まった。

流刑植民地の開発が始まったのは1788年のこと。初代総督として有名なアーサー・フィリッ プを船長とした移民第一団が11隻の船でやって来たのが1788年なのだが、この時の移民約1000人ほどのうち772人が囚人(Convicts コンヴィクツ)であった。

イギリスを出向した時点での囚人数は772人で、航海中に死んだ囚人の数が40人。8ヶ月を要したこの航海におけるこの40人という死者数は、著しく少なかったというのだから当時の航海の過酷さが少しは想像できるというものだ。

これら772人の囚人のほとんどが、ロンドンのスラムに住む貧しい人々で、貧困のために窃盗を働いた者達だった。窃盗といっても、当時は砂糖ひとかけら、下着一枚、わずかな小銭を盗んだ程度でも重い刑罰を科せられてオーストラリアへ送られたのだ。そして植民地建設のために働かされた。

この「Against The Wind」というドラマは、植民地建設が始まってしばらくたった1798年に、当時英国の植民地となっていたアイルランドから囚人としてオーストラリアへ送られた18歳の聡明な少女 Mary Mulvane の15年にわたる人生を描いている。

当時のアイルランドは英国の占領のもとで差別と搾取に苦しめられていた。理不尽な理由によって奪われた乳牛を取り返そうとした罪で流刑となった少女のドラマが、史実に基づくエピソードを交えて語られる。

植民地開拓時に治安維持のために派遣された「ニューサウスウェールズ軍団」の隊員の多くは腐敗しており、政治的特権を利用し、有力者達と組んで莫大な利益を得ている者もいたそうだ。植民地行政を牛耳る彼らの権力は絶大で、それを規制しようとする総督に反乱を企てた「ラム酒の反乱」というのがある。

私は、オーストラリアの開拓の歴史など断片的に知っていただけだったから、このTVドラマのおかげで興味がわき、いろいろな文献を読んでもう少し詳しく知ることができた。

現在のシドニーは近代的なビルが立ち並ぶ大都市だが、最初は囚人たちが建てた小さな家から始まった。 囚人たちのほとんどは、刑期を終えて自由市民となっても本国に戻ることは叶わず、オーストラリアの地で一生懸命に働いて、農地を開き、家を建て、道を作り、鉄道を敷き、この国を作り上げていったのだ。

アボリジニとの問題は、このドラマには描かれていない。テーマが「オーストラリアの歴史」ではなく「オーストラリア人のルーツ」であるからだろう。

その後、オーストラリアが牧羊や農業に適した土地であることや金をはじめとした資源が豊富であることが知られるようになって、オーストラリアへの移民は自由移民が中心となり、囚人の流刑は1868年に廃止される。

以前は、自分が囚人の子孫であるということを恥じる風潮もあったそうだが、現在のオーストラリア人にとって、囚人の子孫であるということは真のオーストラリア人のしるしであり、それを誇らしく話す人がほとんどだ。

私の友人も、自分の先祖はブタ泥棒だと面白そうに話してくれたことがある。前オーストラリア首相のケヴィン・ラッドの先祖も砂糖泥棒の曾々祖父や下着泥棒の曾々々祖母がいるそうだ。

このTVドラマ「「Against The Wind」は、DVD4枚セットで販売されています。レンタルショップにもあるかもしれません。オススメです。

<追伸>

ご心配をおかけしておりますが、腰痛は一晩で大変良くなり、今こうしてこれを書いている間中座っていられるほどです。腰の筋肉を強くするためには、とにかく歩く必要があると再認識いたしました。歩けるようになったら、マスクとゴーグルをつけて歩きに出ます。最低週3回!

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2012年8月26日

腰痛悪化につき今日はお休み

タイトルの通りでございます。

ただ今、ベッドに横になってiPhoneで書いています。

今日は、ある大変興味深いテレビドラマのことを書こうと思っていたんですけど、こういう事情ですので、古い記事でも読んで行ってください。

掃除や庭仕事のやり過ぎっていうわけじゃありません。本人も理由がわからない不気味な腰痛です。


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2012年8月25日

超高速で食器洗いをする裏ワザ

義母の食器洗いは速い。私がすれば、軽く2倍の時間がかかるだろう。 

彼女の家にも食器洗い機があり、ほとんどの食器はこれに突っ込んで機械に洗ってもらっているのだが、高価なウェッジウッドの食器だとか食器洗い機に入らない鍋、釜、まな板の類は手洗いするのは、誰しも同じこと。

彼女のこの「手洗いの食器洗い」が、まあぁ~とにかく速いのだ!文字通り「あっという間に」終わってしまう。

そこで、義母の超高速な食器洗いを可能にしている裏ワザというのを紹介したい。

以下のように行えば、超高速食器洗いが可能になる。

1. 食器に食べ残しなどが残っている場合、あらかじめきれいにかき取っておく
2. 流しに水をため、洗剤を投入して洗剤液を作る
3. 食器を洗剤液に入れて洗う
4. 洗えたものは水切りカゴに並べる

はい、終わり!

速かったでしょう?

裏ワザにあたるのは、4の「洗えたものは水切りカゴに並べる」ですね。洗った後に流水ですすぎなど行うから時間もかかるし水も無駄になるといわけです。 

この裏ワザを初めて見た時、私は全く驚きませんでした。なにしろ、それまでに何度もオーストラリア人家庭においてこの裏ワザを目撃していたのですから! 

初めて見たのは若かった頃にホームステイしたオーストラリア人家庭において。その時は、さすがに驚いたので水ですすがない理由をたずねてみた。 

「理由というのは良く分からないけど、みんなリンスしないわよ。オーストラリアの食器洗剤はリンスをしなくても大丈夫なの」との返答であった。

「すすがなくても大丈夫な食器洗剤か...。さすが、水が貴重なオーストラリアのような国では、そのような商品も存在するのだ。日本でも売ればよいのに...」などと感心する私であった。

ずっとそう思い込んでいたので、義母の食器洗いに衝撃を受けることはなかったのだが、ある時、ふと彼女が使っている洗剤のボトルに記載された細かい文字を読んでみた。洗った後にすすがなくても良い秘密が書かれているかもしれないと思ったのだが、
... 洗剤で洗った後は、きれいな水でよくすすいでください …
えええー! ちょっとちょっとお、洗った後はきれいな水でよくすすげと書いてあるよ!」
「そうぉ? すすがなくっても別に問題はないのよ。何十年もみんなそうしてきたんだし」

義母は気にする様子は全くなく、泡だらけの食器を次々に水切りカゴに並べる。

「だって、ほら見てごらんなさい。洗剤水はこうしてしたたり落ちてしまうんだし、食器に残りはしないのよ」 

食器の次は、鍋にフライパンにまな板と、次々と泡だらけのままカゴに積み上げていくのだった。

オーストラリア人みんなが、こんなやり方をするわけではない。私が思うところ、先祖がイギリス系移民である人達がこのやり方で洗っているようである。夫の家族の先祖はスコットランド移民だ。

ところが、同じ家族であっても、義母の妹は異なる意見を持っている。彼女は、泡だらけの食器を水切りカゴに並べて自然乾燥などしない。洗剤が薄い膜になって食器に残ると思っている。だから、彼女は泡だらけのまま水切りカゴに並べた後、ティータオル(大判の布巾のような布)ですっかりふき取るのだ。

まあ、どちらにしてもすすぎはしないわけです。

ああ、ついでにお教えするとですね、このティータオル、食器をふき取った後は黒ずんでいるんですよ。だって、この食器を濡らしている液体というのは、水と洗剤だけじゃあないですからね。食器を洗ってる水ですから、ソースやら油やらいろいろ混じっているんですから。

確かに泡はしたたり落ちていく

私は、今でもしっかり日本式!絶対に洗剤が残らないように、泡の一粒までもすすがずにはいられない。

義母の家の食器を使うのは、以前はちょっと気持ちが悪かった。彼女が食器洗い機を買ってからは、普段使いの食器に関しては心配がなくなってやれやれである。


私も絶対すすぎますって人はクリックを!



2012年8月24日

もう聞き飽きたでしょうが、目がかゆいんです

二日ほど春の陽気が続いて、天敵である草の花がまたたくまに膨らみ、目がチクチクし始めたのはつい先日のこと。

昨日は、寒冷前線が通過して、北からの暖かい大気が南極からの冷たい大気に入れ替わり、突然大きく気温が下がって、雹は降るわ!強風は吹き荒れるわ!の嵐になった。

雨が上がり、強風がおさまり、静かになった頃、夫がもだえ苦しみ始めた。

「来たー、来たーぁ!」

おお、もうすでに鼻声である。

オーストラリアにおける花粉症というのは、最大の原因となるのが草の花粉であって、「ヘイフィーバー」と呼ばれる云々ということは、以前に書いたことがある。こちらをお読みくださいね。

夫と私は、アレルギーを引き起こす草の種類が異なるらしく、しばしば夫がもだえ苦しむ日に私はへっちゃら、逆に私が惨めに顔を腫らして花粉症用ゴークルとマスクで完全武装の日に夫はへっちゃら、ということがある。

私のヘイフィーバー症状が最もひどく出るのは、大体において気温が高めで乾燥して風の強い日であるのに対して、夫は雨の日やその後にひどくなるようだ。

とにかく、夫は、早速抗ヒスタミン薬を服用し、「鼻がかゆい!くしゃみがでる!」と文句を言いながらも寝た。

今朝は、声が完全に「風邪ひきさん」のようになっており、ティッシュの箱を空にする勢いで洟をかみ続けている。

また薬を飲もうとするので、「その薬は24時間に1錠しか飲んではダメなのに!」と注意しても、首をすくめるだけで私の言うことなど聞かないのだった。

「あーひどい!あー、ヘイフィーバーはつらい!」と嘆きながら仕事に出た夫を見送りながら、「お気の毒にねえ。まあ、私は今日は平気っぽいな!」と安心していた。

ところが!

目が...、目がかゆいんです!

くしゃみは今のところ出ないし鼻も問題ないんですけど、目がとにかく異常にかゆい!

うう...ん、まだ8月でしょ?

今日は気温も低いし、ヘイフィーバーの症状が出る日の条件に合っていないのに、目だけに症状が出ているっていうのは、どういうことなんだろう?やはり、黄色い粉を飛ばしまくっているワトルのせいなのかも...。

花粉症シーズンの収束はクリスマス頃です。こんなに早く、8月から始まってもらっては、辛いんですよ。

オーストラリア在住の皆さん、ヘイフィーバーを発症してはいませんか?私は3年目に始まりました。皆さん、どうやってやり過ごしていらっしゃるんだろう...。

あーあ、とりあえず、私も抗ヒスタミン薬を飲むしかないだろう!

こういう場所には近づいてはいけません


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2012年8月23日

フレスコ画のDIY修復

今日のマイ・トップニュース!

多くの新聞にも掲載されている記事だし、テレビのニュースでもやっていたので、すでに皆様ご存知かもしれませんが、紹介せずにはいられません。

知識と技術が足りない場合、DIY(Do It Yourself)には失敗がつきもの。歴史的価値のあるフレスコ画の修復となれば、なおさらである。

スペインの首都マドリッドの北東にBorjaという街がある。この街のSantuario de Misericodiaという名の教会に19世紀に描かれたイエス・キリストのフレスコ画があった。スペイン人の画家でエリアス・ガルシア・マルティネス(Elias Garcia Martinez)という人が描いたものだそうだ。

19世紀というとそれほど古くはないが、このフレスコ画は地元の信徒にとって大きな誇りであった。

ところが、この壁画は2年ほど前から痛みが目立ち始め、湿気のせいかここ数ヶ月はボロボロと崩れ落ちて「かなり心配せずにはいられない状態」になってきていた。

それなのに誰も修復しようとしない。大切なフレスコ画が失われていくのをただ黙ってみているしかないのか...。

この状況に心を痛めていたおばあさんがいた。81歳になるというこのおばあさん、誰も何もしないのなら自分が直してあげよう!と決意。絵の具と絵筆を手に、剥げ落ちた部分を描き直そうとしたのだ。

実際は、プロによる修復作業が行われることが決まっていた。そのため、関係者がフレスコ画の痛み具合を調べるために教会に行ってみたら、「どうしたのこれっ!」と、びっくり仰天!

フレスコ画は、マルティネスが描いたイエスの面影など完全に無くなっておりました。


「自分が何とかしてあげよう」という純粋な善意からの行為ではあったが、結果的には歴史的な価値のあるフレスコ画を台無しにしてしまったおばあさん。

テレビ局のインタビューに答えているのを見たけれど、「こっそりやっていたわけじゃないのよ。神父様も知っていたし、私が描いているのをみんな来て見ていたわよ。これは、まだ途中なんだから!ちゃんと完成させるつもりだったのに...」と、自己弁護しておりました。

でもですね、やはりさらに筆を加えてもっと台無しにする前に、彼女のDIY修復が発覚してよかったと思います。

現在、おばあさんが描いた部分を取り除き、元の状態に戻すことが可能かどうか、専門家による調査が行われているそうです。

一方、インターネット上では、このおばあさんの絵の方を残すべきという署名運動が始まっているとか...。


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2012年8月22日

目がチクチクするのは...

今日は、気温が20度近くまで上がり、空は青く晴れ、お日様がキラキラして、春らしい一日だった。

郵便局へ出かける用があって外に出ると、まあなんて気持ちの良い暖かさ!

筋肉の緊張がたちまち緩むのが分かる。

「ああ、春だ!気持ちがいいなあ...」と思ったのは一瞬のこと。

突然、目がチクチクし始めた。かゆくはない。ただ、チクチクと刺すような感じだ。

「おおっ、この感じは...」

来たかな?

私は、待ち構えていたものがついにやって来たと確信して、裏庭に行ってみた。

「やはり、来てる。今年も始まるのだな、いよいよ...」

私にとって、最強の天敵がこれ!この写真の草の花は、まだまだ咲きかけ。これらウン億もの花が熟して目に見えない花粉を撒き散らし始めるのは、もう時間の問題である。

つい先日、息子のカイが草刈をしたばかりだというのに、この伸び様はなにっ!ぐんぐん育つのは、畑の春菊だけで良いのに、もうっ!

今度の週末あたり、もしも天気が良かったら、メルボルン中で芝刈り機がうなりを上げることだろう。

あな、おそろしや!

抗ヒスタミン薬とマスクとゴーグルの準備は、すでに完了しております。




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2012年8月21日

春菊 しゅんぎくぅ~

子どもの頃、春菊が大嫌いだった。

理由は一言、「臭い」からである。

鍋物に入れたり、お汁に入れたり、時には春菊のおひたしというのが晩ごはんに登場して、私は閉口したものだ。何でこんな臭いものをおいしそうに食べるのだろうと、不思議でならなかった。

大嫌いな春菊であるから、大人になるまで決して箸をつけることはなかった。

数年前のこと、家族で岡山の総社市に住んでいた時のことだ。会社の近くにあるレストランでよく昼食を食べていたのだが、ある日のランチセットに春菊入りの味噌汁が出た。

その春菊は、見たところほとんど生だった。おそらく生の春菊をおわんに入れて、その上から熱い味噌汁を注いだだけ、というものであったろうと思う。

「おいおい、春菊が入ってるじゃないの...。味噌汁にあの臭いにおいが移っていたら飲めたもんじゃないな...」と思いつつ、汁を一口すすると何とも言えない良い味がした。

「あれ?」

味わったことのなかった初めての味...。

私は、あれほど毛嫌いしていた春菊を口に含んでみた。

「あれ?どうしたのこの春菊...、おいしい...」

とまあ、こんな具合に初めて春菊のおいしさを知ったのです。

それ以来、鍋物やお汁に春菊を入れることはもちろん、春菊のおひたしどころか春菊のサラダまで作って食べるようになったわけ。

ところが、この春菊、私の住むRingwoodでは、決してお目にかかることのない野菜だ。アジア人が多く住む地域の八百屋やスーパーでは、売られている可能性がないわけではないが、私は見たことがない。まず「食べることをあきらめるしかない食品」の一つである。

ところが、先日、近くのアジア食料品店で買い物をしていたら、「春菊の種」を見つけた。パッケージは、表も裏も日本語で書かれていた。値段は2ドルもしなかった。

「おおおっ!もしかしたら、これで春菊が食べられるかもしれない!」と、即購入!

そして、裏庭の箱型の野菜畑の一つに早速その種をまいたのは、まだ秋の頃。(日本の春ね...)

小さな袋であったが、入っていた種が結構な量で、畑の相当広い面積を春菊の種だけに使うことになってしまった。でも、腰痛のために本格的な野菜作りなどあきらめていた頃だったので、正直なところ「もうどうでもいいわぁ」と考えつつ、袋に入っていた種を全部まいだのだった。

さあて、現在、畑の春菊はどんなことになっているのかお見せしましょう。



いつのまにかこんなに大きく育ってる!そろそろ間引きをしなくてはいけません。間引いた分は、お味噌汁かサラダか...。

皆様、畑がない方はプランターにまいておくだけでOKですよ!オススメします!

ああ、こんなに簡単に野菜が育つなら、今度は「ごぼう」と「青じそ」と「みょうが」と「みつば」と「ししとう」と「白ねぎ」の種をまいておこう。(もしも、種が見つかったらね。)

オーストラリアへの植物の持ち込みは非常に難しいけど、以前いろいろな野菜の種を日本から持ち帰ったことがある。空港の検疫ですべて正直に報告することが重要!その際に、それらの野菜の学名を調べて準備しておくこと!そうすれば、係官がデータベースですぐに調べてくれる。私たちが持ち込んだ野菜の種は、すべてOKだった。

問題は、作った野菜を全部食べてしまって種を残さなかったこと。

ああ…


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2012年8月20日

ココナッツクッキー

今日は、久しぶりに元気が出るおいしいレシピを紹介します。熱いミルクティーと一緒に食べると、本当においしくて元気が出る「ココナッツクッキー」です!

これは私のオリジナルレシピではありません。娘のサチが学校の家庭科で習ってきて、私に教えてくれました。

生活が本当に困窮していて苦しかった時、子ども達にひもじい思いをさせたくなくて(いつの時代の話だ!)絶対毎食ちゃんと食べさせる!甘いお菓子もあきらめない!そんな時こそ何でも手作り!と日々奮闘していた私。

そんな時は、基本的な材料だけで作れてしかもおいしいというのが良いのです。このクッキーは、その一つ。

材料がバター、砂糖、卵、小麦粉、ココナッツ粉とたったのこれだけ。

サクサクの軽い口当たりのクッキーで、子供が学校で習ってくるくらいだから、とにかく簡単!あっという間に作れるのが大変よろしい。

お金の心配というか、その日その日をどうやって食べていくかというせっぱ詰まった心配というのは、相当に大きなストレスでして、気持ちは沈むし、心臓はバクバクするし、苦しいんですよ。特に、すでに「うつ」で苦しんでいるような場合は、火に油を注ぐようなもんだ。

そんな時、熱いミルクティーとこの素朴なクッキーで、心も体もホッとするのです。

ココナッツクッキーのレシピを見る

特別の材料がいらないと書きましたが、オーストラリアで Desiccated Coconut としてどこのスーパーでも売られている粉状に細かく砕いたココナッツは、日本で簡単に手に入るのでしょうか。

ココナッツパウダーというやつかもしれませんが、パウダーといっても結構ザラザラとしていて粗目のものです。


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2012年8月19日

Colesの洗濯洗剤 「ULTRA」 大変記 2

土曜日になった。

毎週土曜日は、子ども達の制服や夫の仕事着やタオル類が大量に出て、必ず2杯から3杯の洗濯量となる。うちの洗濯機は、7.5キロサイズだから、一度に結構な量が洗えるのだが、これの2杯とか3杯とかいうと、そりゃあもう相当な量なのです!

さて、Colesの「ULTRA」敏感肌用である。

花王の「Attack」は、まだ1~2回分残っていたが、早速「ULTRA」を試してみることにした。

まず、1杯目は白いもの&色の薄いもの。

「ULTRA」の箱を開けてみる。箱自体は、使われている紙が薄めのため弱い。そして、外箱と内箱のすき間に洗剤の粉が落ち込んでいて、ちょっと気になったが、まあ値段が安いんだからこのくらいは大目に見よう。

洗剤の粉は、「Attack」の粉のサラサラ具合には比べ物にならない粗い粉!結構カタマリになっているが、「Omo」なんかと同じ感じ。

スプーンの柄が短くてやや持ちにくい。でもまあ、値段が安いんだからこのくらいは大目に見よう。

さあて、洗濯開始だ!
うちの洗濯機は、温水の給水弁が壊れているので、いつも冷水だけでやっている。いつもの設定でスタート!

「Omo」とか「Dynamo」は、洗濯をしている最中からあの強烈が匂いが漂ってきて、家中がその洗剤の匂い(臭いと言った方が良いかも...)でいっぱいになるほどだが、「ULTRA」敏感肌用は、そういうことが全くなかった。

ピーピーピーと洗濯機が終了を知らせる!

ふたを開ける。「白いものはちゃんと白!まっ、ひどい汚れの物なんて無いんだから、洗浄力は別に大きな問題ではないんだよ。それにしても匂いがほとんど無いのがよろしいねぇ」と、私は満足だった。

早速、洗濯物をかごに移し、2杯目の黒いもの&色の濃いものを投入して、再びいつもの設定でスタート!

さて、1杯目の洗濯物を干していると、タオルの間から何かがコロリと転がった。8ミリくらいの白いもの。「ああっ、まただれかティッシュか紙をポケットに入れっぱなしだったか!」と思って、その白いものを拾い上げた。

紙ではなかった。

......

それは、洗剤のカタマリだった。

Colesの「ULTRA」の粉は粗めだった。大小のカタマリになった粉も結構あったが、特に気にせずスプーン山盛り一杯を入れたのだ。洗剤の粉のカタマリが、溶けずにそのまま残るとは...!

ほかの洗濯物をパンパンと注意しながら広げてみたら、あゃゃゃ...大小の洗剤のカタマリが転げ落ちた!

うそでしょ?
なんで溶けてないの?

娘のサチは大変な敏感肌で、私もやや敏感肌で、洗濯物に洗剤が残っていたら困るんですよ!

そんな...。
このままじゃぁ、干せないよ!

......

その後のことは、皆様のご想像通りです。

2杯目の洗濯終了後、同じようにチェックしましたら、今度はたくさんではなかったけど、やっぱり溶けなかった洗剤のカタマリが転げ出てきました。クソッ!

ですから、2杯目の分はそのまま再度給水してすすぎ&脱水を行い、その後で1杯目の分を今度は「Attack」にて再び洗濯!

おそらくですねえ、使用前に粉がカタマリ状になっていないかをよくチェックして、固まっているものがあったらスプーンを使って細かく砕き、ちゃんとサラサラの細かい粉状にしたものだけを使って洗えば、大丈夫だったろうと思います。

または、温水を使うと溶けやすいのかもしれません。

しかしですねえ、いくら値段が安いのだからといっても、これは大目に見れないのです!

オーストラリアにお住まいの皆様、Colesの「ULTRA」にはご注意を!


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2012年8月18日

Colesの洗濯洗剤 「ULTRA」 大変記 1

いつも食料品や生活雑貨の買い物に利用しているColesだが、次々とColesブランドの商品を発売している。Colesブランドの商品は、パッケージデザインはダサいし、品質も劣るのだが、何しろ安い。

「いやいや、Colesばっかりに儲けさせてはいけない。オーストラリアの農業と製造業を守るためにも、少しくらい値段が高くても他社の製品を買おう!」と言っていたのは昔の話。

生活が困窮し始めてからは、ColesブランドとALDIブランドの低価格商品をもっぱら購入するようになってしまった。

先日、洗濯洗剤がなくなりそうになった。いつも買ってるのは「Attack」という花王の製品。しかし、「Attack」は、他のオーストラリアで人気の「Omo」「Dynamo」「ColdPower」なんかに比べて値段が高め。だから、買い物のたびに洗剤コーナーをチェックして、「Attack」が特価で売られている時に2箱3箱と買いだめしていたが、ここしばらく特価になっていなかった。

「Omo」とか「Dynamo」とかは、洗剤効果はさておき、とにかく匂いが強くていやなのだ。でも、「Attack」が特価でなかったら「Omo」を買うしかないかな...、と考えながら洗剤コーナーに行った。

「Attack」の価格をチェック...。

ああ、やっぱり定価のまま。高いんだよね...。

で、ふと見ると、「Attack」の真下の棚にColesブランドの新商品「ULTRA」というのが並んでいるではないか!

価格は「Attack」の半額以下のたったの4ドル!

匂いは強くない!というか、ほとんど無い!ほのかに香るのは「Attack」のようななかなか良い匂い!

うちの子供たちは、もう大きくなったし二人ともスポーツをしないから、ソックスやシャツがドロンコになったりひどく汚れて臭くなったりすることも無い。Colesは大企業だ。しっかり市場調査を行い、商品開発にもそれなりの努力をしているに違いない。

「ULTRA」というこの名前が、またなかなかよろしい。「ウルトラ」という言葉は、日本人にとっては非常に良い響きの言葉ではないですか!

Colesの洗濯洗剤「ULTRA」には、2種類ある。青緑っぽいパッケージの普通の洗剤と、もう一つは敏感肌用と思われる「Sensitive」と書かれたピンクのパッケージのものだ。

敏感肌用!

「ようし、これだ!一度使ってみよう!」

私は、迷うことなくこの「Sensitive」と書かれたピンクのパッケージの「ULTRA」を購入したのだった。それがこれ!


さあて、この続きは明日...。

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2012年8月17日

小学校における外国語(LOTE)の指導

かれこれ20年近く前、私が地元の小学校に日本語担当の教員として勤め始めるちょっと前、オーストラリアの小学校で外国語(LOTE)が必須科目となった。

当時、小学校で外国語の指導に取り組んでいるところは少なかった。必須となったからには、どの小学校でも、まずどの外国語を教えるかを決めなければならなかった。そして、その担当の教員確保に大変な苦労をすることになった。

多くの小学校では、外国語専門の教員を雇えず(または見つけられず)、普通のクラス担任の中から外国語担当者を選抜し、その先生が付け焼刃で大学や専門学校の短期コースで学習したあと、「あやしい発音」と「わずかな知識」で教えるしかない状態だった。

特に、当時オーストラリアとの貿易関係上非常に有益と考えられた「日本語」を自分達の学校で指導する外国語に決めたヴィクトリア州の小学校では、大変な苦労があったようだ。

ヴィクトリア州は本来日本人人口が少ないし、特に田舎のほうでは日本人はおろか日本語が少しでも分かるという人などまずいなかった。そこで、どうしたかというと、日本のインターンシッププログラム等に申し込み、日本人に来てもらって、担当教員とともに日本語プログラムを手探り状態で作って行こうとしたのだ。

私は、そういったインターンプログラムでオーストラリアにやって来て、日本語教師の仕事を探していた。そして、ある小学校の「日本語の先生が欲しい」という需要と私の「日本語の先生として就職したい」という供給が一致し、数ヶ月に渡る苦労の末に永住ビザを取得して、日本語の担当教員としてビクトリア州教育省に雇われたのだった。

さて、実際に教え始めたのはいいが、とにかく教材が何もなかった。教科書のようなものはもちろん、指導書もフラッシュカードやポスターのような補助教材も、小学校向けのものは、なーんにもなかった。その小学校になかったというのではない。売られていなかったのだ。

だから、すべて自分で作った。生徒達が授業で使うワークシート(プリント類)、フラッシュカード、ひらがなのポスター、指導内容に合わせたポスターやチャート類から割り箸人形や歌のカセットテープまで。

でも、私は日本人で日本語が分かるのだから、こうした教材の自作は苦労というほどのことではなかった。日本で小学校の教員だったので、教えることにも慣れていたし...。

大変なのは、日本語などろくに分からないのに日本語を教えなくてはならないクラス担任兼任の先生達。近隣の小学校のほとんどは、そういう状況だった。

外国語担当教員など見つからず、クラス担任兼任の先生達が四苦八苦しながら日々格闘していた。だから、日本人の専任教員がいるという話はたちどころに広がって、私の勤めていた小学校には、次々に授業参観の申し込みが!

さらに、「ネットワークミーティング」なる活動が始まり、定期的に地域の日本語担当教員が集まって授業のアイデアや教材を共有した。

共有するというよりも、実質的には、私が指導のアイデアを紹介し、日本語のレッスンも行い、私が作ったワークシートのコピーを皆さんに差し上げる、というようなものだった。

私は、喜んでこの活動に参加していたが、たびたび自作教材をコピーしたり授業のアイデアをまとめたりするのが時間的に負担になってきて、ある時そうしたものをひとまとめの冊子にして、希望の先生達にお分けした。

これが好評であったので、今度はプラスチックのコームで本のようにしたものを50部作って、材料費としていくらかの代金を頂いて希望の先生達にお分けした。50部なんてあっという間になくなった。これが口コミで広がって、さらに50部作ったがすぐに売り切れた。

ある日、私の授業参観に来られた先生が、私が教室に貼っていた自作のポスターが欲しいとおっしゃった。代金を払うから作って欲しいと...。

こうして、私の教材制作の副業が始まり、その後、当時失業状態だった夫とKYOZAIという会社を設立して、本格的に日本語教材の出版と販売を行うようになったというわけだ。

授業のアイデアやフラッシュカードやワークシートなどをまとめた本のほうは、「Idea Book」というシリーズで5冊出版することになった。授業で料理をするための本も出版した。ポスターやチャート、ごほうびシールなども沢山作って販売した。


教材販売の仕事は、夫が木工機械や工具を販売する会社を作った時にやめてしまい、私たちが出版した本も教材もすべて売り切れて何も残っていないのだが、やめてからもう何年にもなるというのに、私のところにはいまだに問い合わせが来る。

時々、テレビで政治家が小学校を訪れたとか小学校の先生や生徒にインタビューをするという状況などで小学校の教室の中が映されることがあるが、今まで何度も私が作ったポスターが貼られているのを見たことがある。

そういう時は、もう本当に感激する。問い合わせのメールや手紙が届いたりすると、本当にうれしい。今でも私が作った教材が誰かの役に立っているなんて...。

特に「Idea Book」シリーズの本は、問い合わせが続いたので、4年ほど前に私が手元に持っていた自分用のものをスキャンして、PDF版として希望の方に販売している。

もう少し詳しいことが分かるウェブサイトがあります。

印刷会社がオリジナルのハードコピーもデータもなくしてしまい、もう作れない「ごほうびシール」は、自分でイラストを描きました。こんなのだったんですよ。





それにしても、無責任な田舎の小さな印刷屋!


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2012年8月15日

世界初たばこパッケージの厳格規制

現在、オーストラリアの連邦政府司法長官を務めるニコラ・ニクソンが保健相だったとき、彼女はたばこ会社にとって世界最強の敵であった。

肝のすわった抜群のリーダーシップで次々に保健改革&プロジェクトを実行した中で、私が最も「すごいなー!やるなー!」と感激したのは、たばこの箱の厳格規制法案を議会に提出した時だ。

「プレーン・パッケージング」と呼ばれるもので、たばこ会社がたばこの箱に購買意欲をそそるようなデザインを施すのはもちろんのこと、ロゴすら入れられなくするもの。

たばこの箱は、全てカーキ色の無地とし、たばこ会社は商品名と社名を、決められた色、書体、サイズの文字で決められた場所に入れることが許されるだけで、マークもロゴも入れてはならない。

こうした統一無地パッケージに加えて、箱には喫煙が健康に及ぼす害について非常に強烈なインパクトのある写真付き警告を印刷する義務があるのだ。

それがこれ。


政府側には、「たばこは人を殺すものであるから、禁煙政策で政府が何をしても間違っていない!」とする断固とした姿勢がうかがわれたが、当然たばこ業界は猛反発した。

そりゃあまあ、企業にとってブランドは商品価値を左右するものだし、こんな世界にも例を見ない規制が行われれば企業利益に関わる死活問題であろう。法案が議会を通ったら、すぐさま提訴すると批判した。

しかし、当時のロクソン保健相は、「たばこ会社は、オーストラリア国民の生命よりも自分たちの利益を優先している。自分たちこそ訴訟中毒を治してはどうか。」と反論。政府はこの法案について包括的な法制答申を受けており、訴訟で負けることはないと絶対の自信であった。

「かっこいい!」「オーストラリアの政治は、なかなかやる!」と、私はますます感激した。

そして、法案は、昨年11月に連邦議会において賛成多数で可決され、たばこ会社はすぐさま連邦高裁に提訴!企業の商標その他の知的財産を商品から削除することは憲法に反すると主張した。

今日、その裁判の判決があった。法案は憲法に反してはいないとの判決で、「政府の勝ち!」というか、結果的には健康に大きな害を及ぼす「たばこの負け!」ということは「国民の勝ち!」ということになる。新法「The Tobacco Plain Packaging Bill 2011」は、連邦総督の裁可を受ければ12月から発効するそうだ。

オーストラリアでは、たばこの自動販売機も設置可能な場所が厳格に規制されており、子どもでも簡単に買えるという状況は存在しない。多くの人は、小売店やスーパーで買い求めるようだ。先日、小さなスーパーで私の前に並んでいた人がたばこを買っていたので、聞き耳を立てて聞いていたところ、なんとその人が買ったたばこは1箱が20ドル近い値段だった。

1箱20ドル!これって、結構な値段ですよねえ。

テレビでは、政府の禁煙キャンペーンのCMが毎日頻繁に放送されているし、連邦政府も州政府も禁煙ウェブサイトを運営しており、ヤメロ!ヤメロ!と言うだけでなくたばこをやめたいと思う人をサポートしている。しかも、英語以外の様々な言語でサポートしてくれる。学校での禁煙教育もしっかり行われているし、オーストラリアの喫煙者人口は徐々に減ってきているのは紛れもない事実だ。

ところで、この人が現在連邦政府の司法長官を務めるニコラ・ロクソン。ちゃんと仕事ができる政治家です。

いいぞお!



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2012年8月14日

どうなる不法ボート難民問題

オリンピックのせいでしばらくTVのニュース番組をほとんど見ていなかった。久しぶりに本気でニュースを見たら、連邦政府議会が大騒動である。

尻に火がついた状態になっていた不法難民対策問題が原因だ。

オーストラリアは世界的にも多くの難民を受け入れている国であるが、労働党政権になってから「人道」「人権」を尊重するあまり違法難民対策が弱腰となり、ボート難民が押し寄せてくるようになった。

その多くは、アフガニスタン、パキスタン、イラクなどの紛争地帯を逃れて命がけでやって来た人々だが、貧困国から豊かな生活を求めて裕福なオーストラリアを目指す人々も大変多い。それらのボート難民は、インドネシアやマレーシアを経由して、密航業者に大金を払って荒海を乗り越えてやって来るのだ。

インド洋上にクリスマス島という小さな島がある。地図で見ればインドネシアの首都ジャカルタのすぐ南のあたりにある。このクリスマス島はオーストラリア領であり、彼らが目指すのはこの島だ。
小さな黒い点がクリスマス島の位置
ところが最近、この密航ボートの遭難が多発して多くのボート難民が亡くなった。政府が早く適切な対策を打ち出さなければさらに同様の悲劇が起きるぞと、弱腰無能の労働党政府への批判が噴出していた。しかし、密航ボートはオーストラリアの領海内に入ると、人命的に救助されることを狙って意図的に沈没させる場合も多いということは一言付け加えておきたい。

オーストラリアは、密航を企てた不法難民であっても、彼らを本国に送り返すことはしない。(ボートでやって来ずに、不法滞在していると送り返されるけど...。)国によっては、死刑または重刑に処されることがわかっている場合、人権保護の視点から彼らを難民認定希望者として、正式に認定されるまでのあいだ収容施設で保護するのだ。 

現在、オーストラリア国内の様々な場所にこうした収容施設があり、多くの難民は長期間そこで生活しながらビザが発給されるのを待つわけだが、今やこうした施設の収容能力は限界を超えている。そして、しばしば、不法に密航してきた彼らが、拘束生活の不満を募らせて暴動を起こしたりする。

前自由党政権は、「人種差別者」「人権無視」と批判されても、違法難民には断固とした強い姿勢で対応していた。

彼らの意思をくじくために、彼らをオーストラリア本土から遠く離れたパプアニューギニアやナウルに建設した施設に収容したり、受け入れを拒否したり、自主的に本国に帰る者には金を与えたりもした。

こうした前政権の政策を批判していた労働党が政権を握ると、パプアニューギニアやナウルの収容施設は閉鎖され、不法難民対策も二転三転しているうちにボート難民が激増した。難民問題に限って言えば、現政権のギラード首相は全く無能である。

議員達は、今や切羽詰って、与党も野党も対立している時ではないとばかりに対策を協議しいる。労働党は難民をマレーシアの施設に収容するという案をあきらめ、野党の主張していた前政権が建設した施設のあるナウルに収容して審査をおこなうという案に落ち着きそうだ。(もう決まったかも...。)

しかし、労働党と選挙協力を続けてきたグリーンズは、国内での審査および難民受入数の増加を主張しているし、どうなることか。

労働党議員は、海外での審査は、ボート難民を減らすことすなわち遭難で難民たちが命を失うのを止めるためだと、世論の批判をかわそうとしている。

はっきり言って、世論はボート難民に同情的というよりも、とにかくボート難民が海を越えてやって来ないようにすることが大事という感じである。不法にやって来たくせに自国に送り返されもせず、保護してもらい食べさせてもらい、テレビも冷蔵庫も洗濯機もコンピューターもある施設で安全に生活させてもらっておきながら、時間がかかりすぎると不満を爆発させたり、暴動を起こしたり、ニュース沙汰の問題を次々と起こす彼らに不快感でいっぱい!自分達の税金が、そんな不法難民のために使われるのは我慢ならない!そういう声のほうが強い。

もっと言えば、非白人の移民が増えすぎていると感じている人が多い。人種差別経験者の私には、オーストラリア人の本音というのが結構分かるのだ。

ああ、くれぐれも言っていきますけど、オーストラリアは日本なんかとはもう比べものにならないほど多くの移民と難民を受け入れていますよ。

現在、政府が野党とも協力してやろうとしていることは、難民希望者達が、命を失う可能性の高い、しかも業者に大金を払わなければならない「危険な密航」ではなく、国連の組織などを通した正規のルートを選択するよう思い直させることなんだそうですが...、難しい問題です。


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2012年8月13日

鈴なりレモン、いくらなんでも...

今日のメルボルンは、真冬から一気に初夏!といった感じの快晴だ。

私は、天気が良いと掃除や洗濯がしたくなる悲しい性分で、恐る恐る外に出て深呼吸をしてみたところくしゃみも出ないし目のかゆみも感じなかったので、安心して家中の窓を開けた。

洗濯、山盛り2杯!
ここしばらく腰痛を理由に掃除をサボっていたシャワーをピカピカに磨き上げる!
家中をダイソンの掃除機で徹底的に吸いまくる!

「ヤルゾ!」と決めたら、ついついやりすぎてしまうたちの私。当然のように腰が痛み始めたが、家の中がきれいになって気持ちが良い。

あまりに気持ちが良いので裏庭に出てみて驚いた。日頃キッチンの窓から見下ろしていたレモンの木に、気持ちが悪くなるほど鈴なりにレモンがなっているのだ。


特に、日が良く当たる側、すなわちキッチンから見ると裏側のあたりは、もう「うじゃうじゃ」といった文法上正しくなくてもそう形容したくなるほど、うじゃうじゃなっている!



「気持ちが悪くなるほど」というのは、その...ですね、たくさんなりすぎていて見た目が気持ち悪いというだけではなく、木の下に山ほど落ちていて、腐り、カビが生えてもいるのです。その写真は撮らなかったけど...。

ここまで鈴なりにたくさんなると、いくらなんでも食べきれないから、いずれこの何百個ものレモンは木の下に落ちて、「腐る」→「カビが生える」→「よろしくない臭いを放つ」→「スズメバチを呼ぶ」といった経緯をたどるのは明らか。

困ったなあ...。

オーストラリア人家庭の裏庭には、たいていレモンの木の1本や2本は植えてあり、ご近所の皆さんや友人達にお分けするということもできない。

時々、家の前に「ご自由にお持ち帰りください」とサインを立てて、レモンをバケツやカゴに入れて置いている殊勝な心がけの人達も見かけるが、そうしたレモンが減っているのを見たことがない。

「ゴミに出せばいいよ」と、夫は言う。

そう、レモンなど果実類は、刈った芝生や草木など庭から出るグリーンゴミとしては出せないので、一般のゴミとして出すしかない。または、自宅の庭で腐らせるか...。

困ったなあ...。

レモンというのがまた、主食にはならないからねえ。おかずにもならないけど。

レモンケーキ、レモンマーマレード、レモネード、レモンチェッロ、レモンドレッシング、レモン系デザート...。無理だ、そんなもん作る材料費のほうが大変だ。

我が家はリングウッド(Ringwood)です。どなたか、レモンいりませんか?何百個でも差し上げます。


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2012年8月12日

27年目の8月12日

日航機墜落事故から27年目だ。

27年前の今日、暑い岡山の実家の居間で、扇風機にあたりながらゴロゴロしていた私。旅行から帰ってきたばかりで、とても疲れていた。

夕方、日航123便がレーダーから消えたとニュース速報の後、どの放送局も特別番組となり、日航機が墜落したらしいと分かって来た時、私は背筋が凍りついた。

前日の11日に、私はその日航123便に乗っていたからだ。

翌朝、墜落現場がテレビに映し出され、衝撃的な悲しいニュースが続いた。

その日から、毎年8月12日になると、あの夏の日、日航機墜落のニュースを聞いた時の衝撃と、一日遅かったら自分があの事故機に乗っていたという恐怖感と、言葉で表現しにくいのだが非常に大きな落胆感と深い悲しみが、トラウマのようによみがえる。

今日は、ふと思いついて墜落事故前日の事故機JA8119のフライト記録というのを調べてみた。インターネットのおかげで、そんなことも調べることができる。

そして、11日の日航123便の機体は、事故機JA8119ではなかったことが分かった。私は、あの事故機に乗っていたわけではなかったのだ。

インターネット上には様々な関連ウェブサイトがたくさんある。今日は、墜落事故の生存者のお一人である落合由美さんの証言や様々なレポートを読んで、本当に悲惨な事故であったとの思いを新たにした。

事故で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りせずにはいられない。そして、空の安全が守られ、あのような事故が二度と起きないことを祈ります。


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2012年8月9日

腰痛...ひどい

今日もまた、私のブログを読みにいらしてくださってありがとうございます。

メルボルンは真冬に逆戻りの寒さが続いています。今日は、風も強くて、冷たい雨に時々雹が混じって吹きつける天気でした。

私は、ここ数日腰痛がひどくなっておりましたが、今日はもう立っていることも座っていることも横になっていることも苦しいほど悪化しております。

腰に負担をかけるようなことって、一体何をしたのかと考えてみても、いつもよりもキッチンに立って料理をしていた時間が長いのとPCの前に座っていた時間が長いくらいのことで、腰痛が悪化した原因が不明でした。

でも、一つだけ思い当たることが...。

1週間ほど前だったか、我が家のアンティック食器洗い機の上段のバスケットが片側だけ下に傾いてしまっていたのを渾身の力で直そうとしたのです。

アンティックだから、どこもかしこもがたついているし、ネジは硬く固まっていてびくともしないし、結局自分では直せなかったのだけど、あの時、結構無理な体勢でバスケットを動かそうと力を入れたよなあ...。

もしもあれが原因なら、私の腰はさらに弱ってきているということか、情けない...。

とにかく、ここまで書いたところで、もうこれ以上座っていられません。

ですから、皆様おやすみなさい。


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2012年8月8日

メンソレータム薬用リップスティック

今日は真冬に逆戻りの天気とはいえ、春が近づいて来ていて、恐ろしいゴールデン・ワトルがいたるところで真っ黄色の花粉を飛ばしまくり、天気が良い日はご近所で芝刈り機の爆音がとどろくようになって来た。

くしゃみ鼻水鼻づまりと目のかゆみに苦しむ季節の到来間近ということだ。

最近は鼻の調子が悪い日が多く、せっせと洟をかんではいるものの無意識のうちに口で息をしているのであろう。唇が荒れて困る。

子どもの頃から唇の荒れには「メンソレータム薬用リップスティック」を愛用してきた。
ところが、ここ数年使い続けた「メンソレータム薬用リップスティック」が2本とも、ついに無くなってしまった。

なぜこのようなことがブログのテーマになるかといえば、オーストラリアにおいては、この「メンソレータム薬用リップスティック」が手に入らないからだ。

私は、日本にいる家族か友人に、「メンソレータム薬用リップスティック」を一本送ってくれるように頼もうかとも思ったが、「いつまでも日本製品に頼るようなことを続けているわけにはいかぬ。オーストラリアにはオーストラリアの薬用リップスティックがあるのだから、それを使えばよいではないか!」と自分に言い聞かせた。

そして試したリップスティックは、これまでに5種類。

そのうち2つはNIVEAのもの。子どもの頃に、NIVEAのクリームで顔がかぶれて大変な思いをしてからは決して手を出さなかったNIVEA商品。使ってみたがやっぱりよろしくない。

残りの3つは、テレビのコマーシャルで見たBlistexという商品。薬屋のおねえさんに相談の上、この商品が人気であると聞いて購入したが、これがなんとバニラアイスクリームの味がするのである!

娘のサチが使っているBlistexの薬用リップスティックも使ってみたが、これはレモネードの味がする。もう1つのBlistexは、甘いイチゴの味がする!

それぞれに気色の悪い味がするが、「メンソレータム薬用リップスティック」のように劇的に唇の荒れを改善するような効果は無い。

現在は、それら5種類のうちのどれも使ってはいない。だから唇が荒れ気味である。

明日、食料品の買い物に行くので、ついでに薬用リップスティック探しもする予定です。この間、ブログでオススメしたスキンケアのQVシリーズに薬用リップスティックもあるらしいので、探してみよう思っております。

それがダメだったらどうするか...。


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2012年8月7日

五輪でサッカーやってるの?

ロンドンオリンピックも残すところわずかとなった。

インターネットで競技の予定や結果を毎日調べているのだが、やはりライブで競技の映像を見れないために、だんだん興味を失ってきている。しかも、「見たい!」と思う競技に限って放送されないし。

卓球の「泣き虫愛ちゃんがうれし泣き」とか「サッカーの日本女子チームが決勝に進出」なんていうニュースを読むと、うれしくなってなんとか少しでも映像を見れないものかと四苦八苦している。

日本のニュースサイトはもちろんのこと、アメリカのサイトやイギリスのサイト、なんと書いてあるのかさっぱり分からないが中国語のサイトなどでも、見れる映像がないかと探してみたが、ダメだ...。

「この映像は、あなたがお住まいの国あるいは地域からはご覧いただけません」
冷たいお言葉の繰り返しである。

YouTubeも厳しく監視されているのか、ロンドンオリンピックの競技映像はない。

つまり、卓球もサッカーも、チャンネル9が放送してくれない限り、オーストラリアにいる私にはどうすることもできないということだ。

AFL(オーストラリアルールのフットボール)がチャンネル9の大スポンサーだから、サッカーのニュースは報道しないと夫が言ったが、そのとおりであった。

これまで毎日、文句を言いながらもチャンネル9のオリンピック放送を見てきたが、今まで一度たりともサッカーのことはコメントしていない。

他の競技については、チャンネル9のウェブサイトを見てくれというのでウェブサイトをチェックしてみたら、サッカー関係の記事はほんのわずかしかなく、競技予定は書かれていても、どの国が勝ち進んでいるのかは書かれていないので驚いた。

卓球のニュースを放送しないのは、まあ分かる。オーストラリア人にとって卓球は非常にマイナーなスポーツであるし、このスポーツに本気で取り組んでいる競技人口は本当にわずかであろう。

しかし、サッカーは世界的に超人気のあるスポーツで、オーストラリアにおいてもヨーロッパからの移民をはじめとして、AFLが恐れるほどに競技人口もファンも増えてきているのだ。

しかし、チャンネル9のオリンピック放送には、サッカーの「サ」の字もない。
一切、全く、なーんにも、サッカーについては絶対に報道しない。

だから、私の友人など、「ロンドンオリンピックでサッカーやってるの?」と、信じられないことを言うありさまなのである。

日本男子チームと日本女子チームがそろって準決勝に進出し、女子はさらに決勝にまで進んでワールドカップ決勝の再現となる対アメリカ戦!

試合を見たくてたまらないのに、それを見れないどころか、結果も自分でインターネットのニュースサイトで調べなくては分からない。

この苛立たしい、もどかしい、じれったい、ストレスのたまる状況を、お分かりいただけますでしょうか!?


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2012年8月6日

尊厳死を考える

夫の親しい友人が、今、尊厳死を望んでいる。しかし、メルボルンのあるヴィクトリア州では、その希望はかなわない。

彼は、昨年、末期の大腸がんであると宣告された。しかし、手術と放射線治療が功を奏して体調が回復した。術後の検査で、すい臓にがんが転移していることが分かったが、幸運にも転移した場所が良かったので、手術により仕事に復帰できるほどに健康が回復した。

ずっと比較的体調は良かったが、やはり、がんは肺や肝臓など様々な臓器に転移していた。

彼の妻は、数年前に若年性アルツハイマー型認知症を発病し、非常に短期間で記憶を無くした。夫であるその友人のことも認識ができなくなり、生活能力も全て失った。妻が妻ではなくなった後、病院にその人を見舞うたびに、彼は慟哭していた。

彼の妻は、今年の4月ごろに亡くなった。

彼は、息子や娘達家族と絶縁しており、親しくしている家族も親戚もいない。二人の親しい友人が昨年以来ずっと彼の面倒を見てきた。その二人の友人のうちの一人が、私の夫というわけである。

体中に転移したがんは、もう手の施しようがないと分かり、彼は自分の葬式を手配し、残される愛犬の新しい飼い主を探し、自宅や車の処分方法も詳しく決めた。二人の友人が、ずっと力になって、そうした手配も手伝った。

2ヶ月ほど前から、体調は急激に悪化し始め、度々病院に担ぎ込まれるようになったが、少しでも体調がよくなるとどうしても自宅に帰りたいと言った。家に帰っても、数日のうちに再び激しい痛みに襲われて、病院に逆戻りとなるのだったけれども、二人の友人が、その都度世話をしてきた。

しかし、胃も腸も消化機能をなくし、食事ができないどころか水分の吸収さえ困難になった。肺ががんに侵されて呼吸も困難になってきた。

先週病院に見舞った時には、まだ元気そうに話をしていた彼が、今はチューブにつながれてベッドに横たわっている。

彼の精神は穏やかだ。もう死を受け入れる覚悟ができている。

これから、さらに激しい痛みと苦しみが待ち受けており、その痛みや苦しみを和らげるためにモルヒネを打たれ、意識を失い、自分が自分ではなくなることが分かっている。

自分という存在がなくなってしまった後に、何日間生き続けるのであろうか。いや、そのような状態を生きていると言えるのだろうか。

彼の愛する人は、もうこの世の人ではない。彼には、親しい友人が二人いるだけである。

彼は、最後まで世話になったこの二人の友人に、感謝と別れの言葉を述べて、まだ自分が自分であるうちに自分の人生を終わりたいと考えるている。

彼のような考え方は、間違いだとは言えない。それは、個人の選択である。

しかし、ほとんどの社会では、この選択は許されない。

無駄な延命治療だけはしないようにという希望が聞き入れられるだけである。いや、その希望さえも聞き入れられない社会は多い。

彼が、早く、安らかに、最期の時を迎えられるようにと祈るばかりだ。


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2012年8月3日

ヒトを外見で判断しては...

ヒトを外見で判断してはいけないと分かっているし、するべきではないと経験的にも十分理解している。

でもですねえ...、「生理的にダメ」というのは、どういう理由なのだろう。その人が、立派なヒトだと分かっていても、どうしてもそのヒトの外見を受け入れがたい気持ちになるというのは、なぜなのだろう。

私には大好きなTV番組があった。大変興味深く、面白く、勉強になるし、私はその番組のホストの大ファンであった。その人の話を聞いていると元気が出るし、やる気も出るからだった。

そのTV番組の名前は、「ガーデニング・オーストラリア Gardening Australia」 という。80歳を越えるまで長年その番組のホストをつとめられたピーター・クンドールさんは、有名な園芸家であり環境保護運動家でもある。

ピーター・クンドールさんは、彼独特の「情熱がにじみ出るような」語り口で、花や野菜や果物の育て方を教えてくださったのだが、園芸の話をしながらも、私達が食する野菜であるとか自然環境について常に考えさせる機会を与え続けてくださっていたと感じている。

下は、今年85歳になられたクンドールさんが、環境保護や気候変動について話している動画です。



クンドールさんが番組をお辞めになった後、新しいホストに代わったのだが、番組は突然に面白くなくなり、ただのちょっと退屈な園芸番組になった。

その後、ホストが再び交代し、現在ホストをつとめているのが コスタ・ジョージアディスというギリシャ系オーストラリア人の園芸家。このヒトが「問題のヒト」なのだ。

このヒトも、情熱があふれ出す語り口で、大変園芸に造詣が深く、知識も豊富で、ABC放送の人気番組のホストにふさわしいヒトなのだろう。私の友人などは、ホストがこのコスタ・ジョージアディスに変わってから番組が面白くなったと言う。

ところが、私は、このヒトの外見が非常に苦手だ。直視できない。

批判されることを恐れずに書けば、生理的にダメなのだ。

このヒトが登場すると、「うへっ!」と感じて、首筋の裏のあたりがゾゾゾ...とするので、目を閉じて聞こうとするのだが、このヒトの強烈で超個性的な一目見たら決して忘れられない顔がまぶたに焼き付いているものだから、どうしても聞いていられず...、とうとうこの番組を見なくなってしまった。

このような不謹慎なことを書いてはいけませんよね。批判されても仕方がないと覚悟しています。

でもですねえ、私は不思議なのですよ。どうして、このヒトの外見が、私にとって生理的にダメなのか。

コスタ・ジョージアディスさんをご存じないですか?

Googleで、Costa Georgiadis とキーワードを入れて画像検索すると、このヒトの写真がいっぱい出ます。

「ガーデニング・オーストラリア Gardening Australia」 は、毎週土曜日夕方6時半、ABCで放送中!


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