2022年2月28日

ドバイ旅行(3)

前日の夕方、「これから出勤ですか?」という勤めているツールショップのユニフォーム姿の夫と一緒に出かけたレストランで、義妹の友人ご夫婦と一緒に夕食を楽しんだ後、時間は「まだ9時」でした。

私にとっては「まだ9時」じゃあなくて「もう9時」だったんですけど、たっぷり昼寝をした夫と義妹は元気いっぱいでしたし、ご夫婦が誘ってくださったので、レストランから場所をご夫婦のマンションに移して2次会となりました。

昼寝など出来ない私は、その時点でもう眠くてたまらず、まぶたは落ちてくるし、あくびは止まらないという状況でしたが、付き合うしか無いので頑張りました。

11時頃には義妹のマンションに帰ったのですが、この日の夜もなかなか眠れず、やっと眠っても朝4時頃には目が覚めてしまいました。

ひどい寝不足となった3日目は、義妹が計画していた餃子作りの日でした。友人の家に親しい友人達が集まって、私が彼等に餃子作りを教えることになっていたのです。

この餃子作りイベントは、義妹にとってとても大事なことのようでしたから、私も寝不足がどうのこうのと言っていられないのでした。

お好み焼きも作ることになりましたから、前日にスーパーで買ってきた豚のかたまり肉を薄く切るために包丁を研ぐ必要がありました。

うちの夫が、研いでくれるサービスがあったら研いでもらうと言って近くのショッピングセンターまで包丁を持って歩いて行きました。そんなサービスがあるわけがないと私は思いましたが、うちの夫がこうすると言ったらそうさせてあげるしかないのでして。

私もついて行きましたが、ショッピングセンターにそんなサービスをしてくれるところはありませんでしたから、小さなホームセンターのような店で研ぎ石のようなものを買いました。

包丁をその研ぎ石のようなもので研いで、夫が豚のかたまり肉を切ってくれました。少し冷凍しておいた方が切りやすいと言っておいたのに、柔らかいまま切ろうとするので薄切りとは言えない分厚さになっていましたけど、文句を言ってもどうにもならないのでした。

さて、

餃子作りをしたのは、義妹のフランス人の友人Fさんの家です。家が広くてキッチンも広くて道具が揃っているからということでしたが、全く夢のようなキッチンをお持ちで、プール付きの大豪邸にお住まいでした。


ご主人が企業弁護士、Fさんはスマートフォンのアプリを経営しておられるとか。私達夫婦とは住む世界が違うというような暮らしぶりでしたが、お二人ともまだ若い頃に仕事の機会があってドバイにやって来て、キャリアを築いて来た方達でした。

この家には2人のフィリピン人お手伝いさんが住み込みで働いていました。散らかった家の中の片付けもキッチンの汚れ物も洗い物も、全部このお手伝いさん2人がやってくださいました。

義妹の親しい友人達が集まって、3種類の餃子を作りました。豚肉&白菜(椎茸入り)、ケール&鶏肉、そして海老&ネギの3種類です。


私は教えただけで、作業は友人の皆さんがしたんですけど、皆さんすぐにコツを覚えて上手に作りました。




餃子以外に、オーブンで焼いて作るお好み焼きも作りました。


お好み焼きソースが手に入らなかったので私が作ったお好み焼きソースを使いましたが、ほとんどの人がお好み焼きを食べるのは初めてだったようで大変気に入ってくれました。

集まった人達の職業はまちまちでしたが、食品の輸入流通の仕事をしている方の話は大変興味深かったです。ドバイに来る前はパートタイムのセールスマンだったという方もいましたが、この方は今では科学論文や研究報告書などをデータ化して管理する会社にお勤めで、5000人の社員を率いているという話でしたよ。

皆さん若いうちに何らかの機会を得てドバイにやって来て、成長し続けているドバイ経済のおかげでキャリアを築いて来た人達です。

ドバイには、成功へのチャンスがいろいろあるようですね。

大変疲れましたけど、充実した楽しい一日になりました。


お料理の後のキッチンの片付けや洗い物を私は心配していたんですが、2人のお手伝いさんが全部やってくれました。

お金を持っている人達と持っていない人達との階級差のようなものは、ドバイに来てからずっと感じ続けていましたが、私はお手伝いさん達に心苦しくてたまりませんでした。

彼女達にとっては仕事なわけですけど。住み込みなので住居費や生活費がかからず、あのような立派で安全な家に住み、そこそこ良い給料をもらっているのですから、私が心苦しく感じる必要はないのかもしれませんが。

私はお手伝いさん達にお礼を言わずにはいられなくて、洗い物や片付けをしてくれてありがとうと言いに行きました。

義妹はワインをたくさん飲んで運転ができなくなりましたので、運転代行サービスを頼みました。インド系の運転手がやって来てマンションの駐車場まで義妹の車を運転してくれました。

この運転手さんが素晴らしく運転が上手でした。夜遅くにやって来て運転代行してくれたことがとてもありがたかったので、うちの夫も私もお礼を言わずにはいられませんでした。

私達は、食べ物の配達屋さんにもマンションの掃除スタッフにも、おそらく低賃金で真面目に一生懸命働いている皆さんに、毎日お礼を言いまくっていました。

お金を払っているんだから彼等にやってもらって当たり前というような気持ちにはなれないのですよ。彼等がやってくれていることに「ありがとうございます」と感じてしまうのです。

格差というものがあからさまな社会は、何だか居心地が悪いです。


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ドバイ旅行(2)

2日目

前の日の夕方、義妹がパドルテニスをしに行くのに夫もついて出かけましたが、私はまだ動き回る元気がなかったのでマンションに一人残り、することもないのでベッドに横になったら爆睡!

夜中の12時頃まで眠り、その後また途中で目は覚めたものの4時頃まで眠り、元気を回復しました。

やはり睡眠は大切です。

朝バルコニーから外を見ると、数人のインド系男性が公園エリアの掃除をしていました。彼等は、毎日マンションの敷地内のいたる所を掃除していましたが、公園エリアの歩道やスイミングプールは早朝に掃除をしていました。細長い流れるプールは水の中に入って掃除をしていましたよ。

落ち葉やゴミはもちろんですが、毎日少しずつ降り積もる砂を取り除いているようでした。

さて、

2日目の朝、私達は義妹が手配してくれていたボートツアーに行きました。ボートでドバイを海から観光すると聞いていましたが、出発する直前に教えられたのは、2人乗りのスピードゴムボートを自分達で運転しながら「パームジュメイラ」を一周するということでした。


出発場所は、ドバイマリーナです。


私は運転したくなかったので、うちの夫が運転して私は後ろに座りました。夫が視力のせいで車の運転ができなくなって半年以上になりますが、ボートの運転なら私よりも夫の方が遥かに安心です。


朝の9時スタートのツアーは、私達3人以外には1組だけで、元気いっぱいのインド人ガイドを先頭にパームジュメイラを一周しました。半袖シャツでちょうど快適な気温で、海上に少し霧が出た快晴で、大変気持ちが良かったです。


ドバイの王様が第一妃に最初の結婚記念日の贈り物として送ったという島がありました。

島には大きなお屋敷が建っているのが見えましたけど、後でグーグルマップで見てみるとお妃様の広大なお屋敷があり、島の本土側には巨大なヨットが停泊しているのも見えました。アラブの王族はお金持ちだと知っていますけど、想像を絶するレベルなのでございます。

下の写真は、ドバイの有名ホテルの一つ「ブルジュ・アル・アラブ」の近くでガイドが撮ってくれたもの。


ここからぐるりと「パームジュメイラ」の周囲を回り、先端部分にある有名ホテル「アトランティス・ザ・パーム」の近くでも写真撮影。


ボートツアーは素晴らしかったです。

一生忘れない思い出になりました。


ボートツアーの後は、近くのショッピングセンターに寄りました。翌日、義妹の友人達と餃子を作ることになっているのでその材料を買うためです。

買い物の前にベトナム料理のレストランで美味しいお昼ご飯を食べてから、アジア食品店とスーパーに行きました。

ショッピングセンターにはお酒を売っている店もありますが、飲酒はイスラム教では禁忌とされているので入口は目立たないようになっています。

これがお店の入り口です。


このドアを開けて中に入ると黒いカーテンのかかった部屋があり、その黒いカーテンをくぐって中に入ると酒屋があるのですが、取り扱っている商品はそれほど種類が多くなかったです。

スーパーはメルボルンのスーパーも品揃えでは負けるほど何でも揃っていますが、ほぼ全て輸入された食品ですから、生鮮食品はどの国からの輸入品かが分かりやすく表示されていました。


果物類は今が夏の南半球からの輸入品が多かったです。


生鮮食品もあらかじめプラスチックの容器や袋に包装されたものが多かったです。下の写真の冷蔵庫に入っているのは全部野菜や果物ですよ。


さて、豚肉はイスラム教では禁忌ですので「イスラム教徒以外の人のみ」という表示が出ているスーパー内の小部屋で売られています。ハムやベーコンやソーセージなどの豚肉商品もここで買うことが出来ます。

文化の違う国に来ると興味深いことがたくさんあります。

この日の夕方は、義妹の友人のトルコ人とボスニア人のご夫婦と一緒にビーチにあるおしゃれなレストランで食事をしました。ドバイは世界中から人々が集まっていますから、義妹の友人達も国際的です。

ここで衝撃的な出来事が…


何と…

予約がなかなか取れないほど人気があるというこのおしゃれなレストランに、うちの夫は勤めているツールショップのユニフォームを着て行ったんですよ。

わざわざツールショップのユニフォームを着て行ったのではなく、それ以外に着るものがなかったというのが事実なんですけど。

夫はですね、いつも着ている灰色の下着風Tシャツ1枚(上の写真に写っている)と普通のTシャツ1枚と後はツールショップのユニフォームのポロシャツ1枚とユニフォームの黒い半ズボン、これだけしか荷物に入れていなかったのですよ。

靴はね、仕事でいつも履いている安全靴で来ていたんです。

信じられないでしょ!

2日目にしてもう着るものがないからレストランにはユニフォームを着て行くしかなかったわけなんです。

この旅行中、私は毎日洗濯をするはめになってしまったのでございます。(泣)


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2022年2月27日

ドバイ旅行(1)

1日目

ドバイでの1日目は寝て過ごしました。

メルボルンを出た木曜日は、よくあることなんですけど朝の4時に目が覚めましたから、機内で一睡もできなかったということは、ドバイ空港に着いた時点で32時間くらい寝ていなかったわけですよ。

60歳を過ぎたおばちゃんの私には、これはもうとてつもなくしんどいことなのでして、本当にもうフラフラで、何をする元気も無くなっていました。

寝ることしか出来なかったのですけど、私にとって昼間に寝るのは簡単なことではありません。

結局、午前中に1回、午後に1回、それぞれ1時間ほど眠ることができただけでした。それでも随分マシにはなったんですけど。

うちの夫は、義妹と食事に出かけたり、スーパーに買い物に行ったり、義妹がパドルテニスをしに行くのに付き合って出かけましたが、私はずっと義妹のマンションで過ごしました。時々バルコニーに出て景色を見ただけでした。

義妹のマンションは、先日の記事に書いたとおり「パームジュメイラ」という人工島にあります。「パームジュメイラ」はヤシの木のような形をしていますが、マンションやショッピングセンター、レストランなどの多くが「パームジュメイラ」の幹にあたる部分にあります。

ヤシの木の葉っぱにあたる部分には、ホテルや個人の別荘があるんだそうです

マンションのバルコニーからは、ドバイマリーナと呼ばれる地区が見えます。


下の写真は、葉っぱに当たる部分にある個人の別荘です。先端の辺りにヤシの木のようなものが立っていますけど、あれはヤシの木に似せた携帯電話の通信用タワーなんですよ。景観を損ねない工夫です。


義妹が住んでいるマンションは2棟あってV字型に建てられており、2棟の間に住民用のプール、公園、ビーチ、船を係留できるマリーナなどがあります。


敷地のゲートにも駐車場にもマンション入口にも公園エリアにも警備員が常駐していて、住民しか敷地に入って来れませんし、建物に入れるのも住民だけです。厳重なセキュリティーのおかげで、義妹は外出時も玄関に鍵をしないのですよ。ドバイの犯罪率は非常に低いのだそうです。

住んでいるのは賃貸マンションですが、このマンションの部屋を購入した場合、維持費として年間250万円くらい払わなければいけないそうです。

維持費というのは、マンションのメンテナンスだけでなく、掃除スタッフや警備員達の賃金も含まれているわけです。インド系男性の掃除スタッフが、毎日あらゆる場所を掃除していましたから、このマンションはどこもかしこもピカピカでゴミ1つ落ちていませんでした。

居間からの眺めはこんな感じです。


ユーカリの木に囲まれて暮らしている私達の家では、窓の外には木しか見えません。大違いです。天井が高くて大変広々とした部屋です。巨大なエアコンが付いています。

私達の滞在中、義妹は居間のソファーベッドで寝て、一つしかない寝室のベッドは私達に使わせてくれました。


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ドバイ旅行前の準備

ドバイ旅行関連記事の最初は、ドバイ到着前の話。このブログは、日記的な意味合いもあるので、記録として書いておこうと思います。これから旅行を計画される方にも参考になる点があるかもしれません。


新型コロナ

ドバイに限らず、現在オーストラリアから海外に渡航するのに必要な条件は、2つあります。1つはワクチンの接種を2回以上完了していること。もう1つはPCR検査の陰性証明です。PCR検査は、航空会社が認める検査場所で渡航時間の72時間以内に受ける必要があります。

以前は海外に渡航するには政府からの許可が必要でしたが、現在はその必要はありません。夫も私もワクチンは追加接種を含めて3回完了していますし、旅行2日前に受けたPCR検査で陰性でしたから、海外渡航の条件はクリアしていました。

ヴィクトリア州では、1月頃、PCR検査の結果が分かるのに数日もかかるような状況になっていましたけど、私達が午前中に受けた検査の結果は夕方には登録しておいた電話番号あるいはメールアドレスに送られて来ましたから、PCR検査遅延の問題は解決しているようです。

航空会社のチェックインの際に、パスポートとこの2つの証明書を見せる必要があります。帰って来る時はもう少し複雑ですが、それはまた別の記事で書くことにして。

我が家のプリンターは壊れたも同然で、これらの証明書を印刷できませんでしたので、私は証明書をPDFファイルでiPhoneに保存しておきました。

エミレーツ航空のチェックインは、この2つを見せれば簡単でした。

ところが、

出発直前まで荷物も詰めず、ずっと仕事をしていたうちの夫は、証明書のどちらもすぐに見せららるように準備していなかったんです。だからチェックインに時間がかかりましてね。

夫は、PDFにしても他のフォーマットにしても、iPhoneでダウンロードした書類をどこにどうやって保存してどう管理するのかを知らなかったのでございます。

ですからね、夫のチェックインが何とか終わった後、私はiPhoneで書類を保存する方法と管理の仕方を教えましたよ。

こういうことが苦手な方は、証明書は印刷しておく方が良いでしょう。

それから、航空券ですけど、オンラインで手配しましたので、私は紙の航空券無しでチェックインするのが初めてでした。何しろ16年間も旅行していなかったんですからね。どうやってチェックインするのか分からなかったんですけど。

私と同じように紙の航空券無しで旅行したことが無い方、心配はいりませんよ。パスポートを見せるだけです。全て航空会社のデータに入っているので、パスポート番号と名前で購入した航空券の情報はすぐに分かるようになっているのです。

今時はこんなに便利になっているのかと感心する反面、コンピューターシステムがダウンしたらチェックイン作業などできないのだなと脆弱性も感じた次第です。

チェックインは、家を出る前にオンラインでも行えるようになっていますよ。帰国時にはオンラインでチェックインしてから空港に向かいましたが、これもまた大変便利です。


出国

私が最後に国境を超える旅行をしたのは、家族と一緒に日本から帰国した2006年です。あれから16年も経っていますし、新型コロナのために空港での出入国の手続き方法が大きく変わっていました。

出入国の手続きが機械化されているのですよ。もう審査官にパスポートや必要書類を見せて顔をチェックされたり質問に答えたりパスポートにスタンプを押してもらったりというようなことはしないのです。

これにはびっくりしました。

出入国は、まるで駅の改札口のようです。機械にパスポートを入れて、機械が顔認証を行って、ゲートが開けば終わりなのです。

この時、ちゃんとパスポートを機械から取り出してからゲートを通りましょう。うちの夫はパスポートを取り忘れて出てしまい、係の人に迷惑をかけました。

手荷物の検査やセキュリティーのチェックも以前より機械化されていました。人と人が近づいて何かするということを極力無くしているのです。

私は数秒で終わりましたけど、夫はポケットがたくさんある仕事ズボンをはいていたので全身チェックされていました。


メルボルン空港

出国ゲートを出た後、お腹が空いて何か食べたかったのですけど、食事ができるような店は営業していませんでした。多くの店が空っぽでした。

出国ゲートの前には営業している店がいくつかありましたけど。

オーストラリアは2年間も鎖国状態でしたから仕方がないのですけど、国内旅行に続き海外旅行も規制が緩和されて、基本的にワクチン接種を完了していてPCR検査で陰性であれば自由に旅行できるようになりましたので、これから旅行客が増えれば活気が出て来るのでしょうけど、今はまだ大変さびしい状況です。


エミレーツ航空

私達が利用したのは、ドバイの航空会社エミレーツです。

3年近く前に義妹が購入してくれた航空券の有効期限が近づいたので急遽行くことになったドバイ旅行ですが、実はドバイからヨーロッパにも行くことになっていたので、航空券はドバイ経由のメルボルンとヨーロッパの往復券でした。

今回ドバイまで行くことしかできなかったので、ドバイとヨーロッパ間の航空券が無駄になると思っていたのですが、それは間違いでした。

手配していたドバイ経由のメルボルンとヨーロッパの往復券に支払った分の「金額」が使える有効期限が迫ったということなんだそうです。新型コロナのために航空運賃が高騰している今、支払い済みだった「金額」は今回ドバイまで往復するだけの運賃に足りなかったんですって。

ですから、うちの夫が数百ドルですけど不足分を支払ったそうです。航空会社やルートおよび渡航日によっては、航空運賃はかなり高額になっているようです。

ところで、

出発前に、うちの夫はお土産屋でカードを買いました。エミレーツの客室乗務員にメッセージを書くためのカードです。うちの夫はよくこういうことをするのです。今回は、新型コロナで大変な時期が続いている中で、トラブルを起こす乗客もいますしね、そういうい状況で働いているスタッフの皆さんへの感謝を書いたようです。

夫が書いたカードは、スタッフの皆さんを大いに感激させたようで、何人かのスタッフが私達の席にやって来られて大変感謝されました。


フェイスマスクは常時着用

フェイスマスクは、空港内および機内で常に着用する義務があります。ドバイでは屋外でもマスクの着用が義務ですから、私達はメルボルン空港に到着した夕方の6時過ぎからずっと付けっぱなしでした。

夜10時半にメルボルンを出発し、ドバイに到着して、空港から出て、義妹の車に乗り込むまで、約20時間ほどずっと付けていましたけど、なかなか苦しいものがありますよ。私は顔に汗が出ますしね。外したのは食事の時だけでした。

飛行機の客室のような密室状態で一人でも感染した人がいたら絶対に感染りますからね、不快でしたが我慢してマスクはずっと着け続けました。


メルボルンからドバイまでの直行便は、西オーストラリアのパースの上空を飛び、インド洋を横断してインドの南端をかすめるように飛んで、約13時間半でドバイに到着しました。

空席が多かったのに私達は3座席を3人でキツキツに座ったわけですが、3座席や4座席を独り占めしている人も多かったので、大変不公平だと感じた次第です。

私の席の近くに大声を出す子供がいたために眠れなくなり、機内で一睡もできずフラフラで到着したドバイのことは、次の記事で。


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2022年2月26日

ドバイから帰国早々遭遇したのは

今日土曜日の早朝と言うか深夜の1時半頃に帰宅しました。

ドバイ空港でチェックインしたのが木曜日の深夜12時頃で、すぐに日が変わって金曜日の夜中の3時にドバイを出ました。

13時間半後にメルボルンに到着しましたが、ドバイとメルボルンには7時間の時差があるので、到着は金曜日の夜中となり、金曜日まる一日かかって帰国したということになっちゃったのでございます。

帰国便は満席で、小さな子供さんを連れた家族も多く、中には泣きわめくお子さんもいて、その中にはキーキー声で叫び続ける男の子がいましたが、どう見ても普通の叫び方ではなかったですし、それがまた何時間も続くことから、おそらく自閉症か何かのコンディションがあるのだろうと思いました。ですから、その男の子を連れていた若いお母さんに同情しつつ、子供の泣き声は余り気にしないように努めました。

旅行の間、良く眠れた日が一日も無くて、睡眠不足が重なって帰国の日はもう限界に近づいてフラフラだった私は、帰国後に空港から家まで車を運転しなければいけませんでしたから、何としてでも飛行機の中で眠っておく必要がありました。

幸い、ヘッドフォンのおかげで子供の泣き叫ぶ声はあまり聞こえず、少し眠ることが出来ましたので運転が出来る程度には頭のフラフラは改善していました。真夜中でしたし、高速道路は空いていて運転は簡単だろうと思っていたんです。

ところが、

高速道路に入ってすぐ、制限速度が時速60キロになり、そのうち40キロになりました。

「なんで40キロで行かなくちゃあいけないのよお!」と文句を言いつつ、高速道路をノロノロ運転しておりましたら、見えてきたのが、

この先通行止め!

夜中に高速道路の工事をしていたんですよ。

仕方がないから下道に下りましたけど、行ったこともない知らない街のわけの分からない真っ暗な道路を、信号に引っかかりまくりながら帰って来たんです。

途中で、先日夫の有給休暇一日目に、会社のある人に会いに行くからと言うので送って行った時に運転した道路に出ましたから、そこからは道がわかって少しホッとしましたけど、時間がかかりました。

そして、そのルートで家に帰るには、林の中の舗装されていないグニャグニャ道を通らなければいけませんでした。そこを通らないと遠回りすることになるのです。

「ああ、こんな真夜中にあの道を通れば、カンガルーが出るかもしれない!」「どうかカンガルーが出ませんように!」

と言いながら車を走らせたんです。

だってね、夜中の田舎道でカンガルーに激突して車が壊れたり大怪我をしたりという事故は多いのです。うちの義弟もカンガルーにぶつかって車が壊れて新車を買う羽目になったんですから。

そうしたら貴方、

最初の丘を越えて、いよいよ林の中に入って行こうかという所で、暗闇の中、道路の真ん中に立っていたのは、

大きなカンガルーですよ!

「おる〜!」(岡山弁で「いる」という意味)

思ったとおりでした。やっぱりいました。

道路の真ん中に突っ立っていてなかなかどけてくれないので、低速でそろそろと近づきましたら左側へどいてくれました。ホッとして先に行こう速度を上げたところで、道路の右端にもう一頭いるのが見えました。

「来るなよ!」
 
車の中から叫ぶ私の声が聞こえたのか、今にも道路に跳んで入りそうな様子でしたが、入って来ませんでした。

「ああオーストラリアに帰ってきたなあ!」と、私達は叫んだのでございました。


ドバイ旅行のことは、明日からシリーズで書こうと思っています。写真も載せますので、また読みに来てくださいね。

時差の影響もあって眠いですし、まだ頭がフラフラなんですけど、今日の夕方、夫の会社のTさんが例の件で話をしに来るんだそうで、私は晩ご飯を作らないといけませんから寝ていられません。

冷蔵庫が空っぽなので買い物にも行かないといけないし。

先程新型コロナの抗体検査をしたら陰性だったので、3日間も隔離しなくても外出して良いそうですので、買い物に行ってきます。


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2022年2月18日

ドバイに到着

今朝5時前に私達が乗ったエミレーツ航空機は無事にドバイ空港に着きました。 

メルボルンからドバイまでの直行便で、13時間20分の飛行中一睡もできなかった私はフラフラでした。 

メルボルンを出たのが夜の11時前ですから、いつも9時頃には就寝する私は眠くてたまらず、直ぐに一眠りしようと試みたのですが、近くに子供や幼児がいて、大きな声を上げたり泣いたりするものですからね、眠れなかったのですよ。 

おまけに私は窓側の3座席の一番奥で、隣りには巨大なヒグマのような夫が座っているのですし、とてもじゃないけど眠れないわけですよ。 

ところが、私達の3座席は3人がキツキツに座っていましたけど、その向こうの中央の4座席は1人の人が独り占めして寝転んでいました。その向こうの窓側の3座席も1人の人が独り占めでしたし、私達の前の3座席も1人が独り占めで、ファーストクラス並みの快適さで寝ているのでした。 

不公平ですよねえ。 

あんなに空席があるのなら、私達が座った3座席を2人で使えるようにしてくれていたら少しはマシだったのに。 

ドバイについてからの入国審査や税関のことも書きたいことはいろいろあるんですが、それはまた今度。 

空港には義妹が迎えに来てくれました。これから1週間義妹のアパートに泊めてもらいます。 

義妹は「パームジュメイラ」という人工島に住んでいます。

2022年2月17日

最悪のタイミングでドバイ旅行に

うちの夫をよく家まで送ってくださる仕事仲間のTさんと夫が、勤めているツールショップ会社の問題点を改善してより素晴らしい会社にするためのいくつかの計画を練り上げ、それをいかに会社のオーナーに提案するかということについて数ヶ月に渡って話し合いを重ねて来たことは、「することがおかしいのは…」という記事に書いたとおりなんですが。

あの日の朝、Tさんも夫も4時起きして(実際にはもっと早く起きて)仕事に行くまでの間ずっと話し合っていたのは、その前の日に会社のオーナーが店舗にやって来て直接話をする機会があり、オーナーとの会話からTさんと自分がやろうとしていることに非常に前向きな感触を得ることが出来たからだったそうなんですけど。

夫が有給休暇を取った今週に入って、二人の計画は急展開を迎えております。

有給休暇1日目の月曜日には、その計画の一つ「スタッフのトレーニング」に大きな影響力を持つという人が、メルボルン北部のある店舗に来ることが分かったので会いに行くと言って、夫は早朝からユニフォームを着ておりまして、私は1時間12分もかけて夫を送って行ったんですけど。

夫は一日中その店舗にいて、その影響力のある人という方と時間を過ごし、大変疲れたけど行ったかいがあったと言っていました。疲れたのは、帰りにバスを乗り継いで2時間もかけて帰って来たからだと思いますけどね。

有給休暇2日目の火曜日は、息子の手術や夫と私のPCR検査に続いて、夫が同僚のAさんの家にお手伝い(子守り)に行きましたので、私は大忙しの一日だったのですが、夫はずっと誰かと(おそらくTさんと)電話とテキストメッセージのやり取りを続けていました。そしてこの日、Tさんは例の計画の件でオーナーと45分間も電話で話をすることが出来たのだそうです。

Tさんと夫の計画に強い関心を持ったオーナーは、もっとじっくり話を聞きたいということで、来週Tさんはシドニーにある本部オフィスに行くことになりました。

いよいよ計画の提案を行う時がやって来たわけですよ。

しかし、うちの夫はこのタイミングで、

ドバイ旅行!

今更ドバイ旅行をキャンセルするわけにも行かないのですから、本部オフィスにはTさんが一人で行くのです。オーナーとの話し合いまでに、二人が考えた計画をより効果的に提案出来るように準備をしなくてはいけません。

ということで、

有給休暇3日目の水曜日も、夫は一日中誰かと(おそらくTさん)電話をし、パソコンに向かっていました。

提案の内容は二人で何ヶ月もかけて話し合いを繰り返して練り上げているようですが、「店内ディスプレイのやり方の変更」というのもその一部だそうです。もっと売上に直結する効果的なディスプレイに変更したいのだそうですよ。

このディスプレイの変更は、知識と経験に裏打ちされたTさんのアイデアです。これを最も効果的にオーナーに提案する方法は、実際に見せて説明することです。ところが、それができなくなったそうで。

Tさんは自分が提案したい新しいディスプレイに変えてみたんですが、それを理解しないエリアマネージャーがやって来て「何だこれは!勝手にこういうことをするな!」と言って、店の若いスタッフに命じて元に戻してしまったそうなんです。再びディスプレイを変えることはエリアマネージャーに楯突くことになりますから出来ないんですって。

そこでうちの夫が思いついたのは、そのディスプレイをコンピューターで作ってしまうことでした。こういうことに威力を発揮するソフトが「フォトショップ」ですけど、フォトショップを使い慣れているうちの息子がこの仕事を頼まれました。

現在のディスプレイを写真に撮り、それをフォトショップで加工して新しいディスプレイを作るのです。

息子は手術の後しばらく椅子に座れなくなることが分かっていましたから、寝室にコンピューターや絵を描くためのマシンを持ち込んでいましたので、手術直後でお尻が最も痛い時でしたがベッドに横になった状態で頼まれた仕事をしました。

完成したのは昨晩です。1日がかりの仕事でした。

今日も頼まれた次の仕事をしています。ベッドに横に寝転んだ状態でフォトショップをやっているんです。

夫も朝からパソコンに向かっています。有給休暇に入ってからずっと仕事をしています。Tさんだけでなく、仕事関係のいろいろな人達から電話がかかって来るので、一日中誰かと電話でしゃべっています。

まだ旅行荷物の準備もしていませんよ。

今日の午後には空港に向かい、今晩ドバイに向けて出発しますが、空港でも、ドバイに着いてからも、ずっと電話をし続けそうです。

もう旅行どころじゃあないという感じなのでございます。

早く旅行を終えて仕事に戻りたいに違いありません。


旅行中はブログの記事を書けないと思います。どうぞ古い記事でも読んで行ってください。


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2022年2月16日

手術は2回じゃなくて3回だった

うちの息子は、やっと昨日、一年以上待ち続けた2回目の痔の手術を受けることが出来ました。手術費用全額自己負担で民間の病院で手術を受けました。切ったり取ったりいろいろやっているのでお尻が痛いのは当たり前ですが、手術が終わって安堵しています。

手術をしてくれた専門医は、公立の病院で手術を受ける予定にしていた当初から担当してくれていた方で、かれこれ2年以上の付き合いになるわけですが。

最後の診察から10ヶ月以上経っておりまして、この医者が想定していたよりも前回手術した部分が良くなっていたため、3回目の手術で予定していた部分も昨日手術したそうです。

3回目の手術?

息子の痔は、裂肛や痔核やいろいろ複雑で重症とは聞いていましたけど、3回目の手術が必要だったとは知らなかったです。3回目の分も昨日終わったのなら、手術費用の面で助かりました。

ヴィクトリア州では、命に関わらない選択的手術が再開されたとは聞いていますが、実際にはほとんど行われておらず、特に公立の病院では息子の痔の手術のようなものが再開される見通しは無いそうで、今やっておいて良かったですよと医者は言ったそうです。

そして、新型コロナのせいとは言え、こんなに時間がかかってしまって申し訳なかったと謝ったそうです。全く医者のせいではないのですけど。

手術前の準備で、息子は人生初の浣腸をしたそうです。浣腸なんて貴方、長年便秘に苦しんだ私は日常的に使っていましたけどね、人生初なんですから息子には衝撃の体験でした。

看護師の方が「恥ずかしがらなくてもいいのよ!私はもう何百万人もの患者さんに浣腸をやって来たから見慣れているからね」と明るく元気に言いながらやってくださったんだそうですが、息子のお尻を見るやいなや「うわあ!これはひどい!」と思わず叫んで「ああこれは痛いでしょう」「だから手術に来てるわけね」と大声を出したそうです。

「オレの尻はそんなにひどいのか」とがっくり来たそうですよ。

看護師さん、たとえ「これはひどい」と思っても、叫んだりなんかしない方がいいです。

それはともかく…

昨日の手術は予定していた以上の治療ができて、今後順調に治ればこれ以上の手術は必要なく、息子も普通の暮らしができるようになるはずだとのことです。

世の中の多くの25歳の若者と同じように、しっかり働いて稼いで、欲しい物を買ったり友達と遊んだり旅行に行ったり、そういう普通のことが出来るようになるはずです。

それを考えると気持ちも明るくなることでしょう。

まずは、おトイレに行ってトイレットペーパーを使えるようになる日が来るのが楽しみなんだそうですよ。もう2年以上ハンドシャワーと洗い桶の日々です。


ところで、手術の前に何度も電話をしてきた病院の経理担当の方ですけど、前払いであることとクレジットカードは使えないということを念押しするために電話してきた時に、病院使用料は1,365ドルになると言ったんですけどね。

間違いだったそうです。

実際には、1,635ドルでした。息子の口座に準備していたお金では足りなくなりましたが、貯金が少しあったらしくて、それを使って支払いはできたそうです。

困りますよねえ、そういう間違いは。

お金のこと以外にも病院に入ってからいくつかトラブルがあったようですが、自分一人で何とかするしか無い状況ですから何とかしたのです。何事もそんなに心配しなくても何とかなるものだということを経験することは、息子にとっては良いことです。

あの人はもともと心配性なんですけど、痔が悪化して家に引きこもるようになって以来、一時期は寝たきりになって何もできなくなっていましたし、自信を無くしましてね、何をするにしても最悪のシナリオというのを考えて心配し過ぎることが多いので、「トラブルはあったけど何とかなった」という経験は大事です。

息子の手術に関しては冷めた態度だった娘が、昨日の午後家に帰って来ましたよ。やはり心配していたらしいのと、私達がドバイに行くのが今日だと思っていたから帰って来たようです。

私達がドバイに行くのは明日です。

PCR検査結果は「陰性」でしたので、予定通り明日出発します。

それから、義弟にタダでもらったレクサスですが、やっと修理が終わりました。運良く娘が家にいたので、修理工場までレクサスを取りに行くのにタクシーを呼ばずに済みました。


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2022年2月15日

忙しい手術と検査の日

今、お昼過ぎです。やっと一息ついています。

今日は忙しくなると分かってはいたんですが、実際に全く休み無しの午前中でした。

まず朝ご飯を食べて出かける準備をしてから、家を出る前にエミレーツ航空のPCR検査に関する注意事項を再確認しましたら、検査場所の指定が無くなっていましたので予定を変更しました。

先日うちの息子が手術前PCR検査を受けて一日のうちに結果が出た「メルボルン・パソロジー」(Melbourne Pathology)というところに行くことにしました。ここは、血液検査の採血に何度も行ったことがあります。新型コロナのPCR検査もやっているのです。

「メルボルン・パソロジー」の採血検査場は、メルボルンの各地にたくさんあります。私達は、家から最も近いリングウッド(Ringwood)の「メルボルン・パソロジー」を利用しています。

まずは、息子を病院に送っていかなければいけません。

こういうことに不安がある息子ですが、付き添いの家族は病院に入れないのですから一人で何でもやるしか無いのでして、これは息子には良い経験だろうと思います。

息子を病院の前で降ろしてから「メルボルン・パソロジー」に行きました。

ところが、旅行のためのPCR検査は、オンラインで申し込みをしておかなくては検査はできないと言われたんです。つまりオンラインで申し込みができない人は、PCR検査は受けられないということです。

仕方がないので、iPhone で「メルボルン・パソロジー」のウェブサイトにアクセスして、申込みをしていましたら、待合室でそういうことはするなと言われて外に出るように言われました。

外に出て申し込みをしていましたら、申し込むにはパスポート番号を入力しないといけないことが分かり、パスポートなんて持って来ていませんでしたので、結局家に帰るしかなかったのでございます。

家に帰って申込みをして、検査料金を2人分290ドル支払い、レシートを印刷しようとしたらプリンターのインク切れで印刷ができず。今時は印刷したレシートなど不要だろうと思いましたので、IPhone にPDFファイルのレシートを入れて再び「メルボルン・パソロジー」行きました。

レシートの持参はやはり必要でしたよ。

レシートのバーコードの下に書かれている番号が無いと検査は受けられなかったです。長い綿棒のようなもので喉の奥の両側をゴリゴリやって、それを今度は両方の鼻の穴に突っ込んでゴリゴリやって終わりでした。

あの綿棒のようなものを突っ込むのが苦しいとか気持ちが悪いとか聞いていましたが、何ともありませんでしたよ。

私はね、鼻血が止まらなくなって両方の鼻の穴に10センチ以上もある筒型風船みたいなのを突っ込んでパンパンに膨らました経験がありますがね、あの苦しさを100とすればPCR検査など1にもなりません。

それはともかく…

PCR検査の後、冷蔵庫が空っぽで食べ物がないと文句を言っていた夫がスーパーに寄りたいと言うのでスーパーに寄り、例のごとくローストチキンとパンとチーズとアボカドを買って家に帰り、大急ぎでサンドイッチを食べてから夫を知り合いの家に送って行きました。

知り合いの店の手伝いと思い込んでいたのは聞き間違いで、お店の手伝いではなかったんですよ。知り合いというのは同じツールショップに勤めるAさんで、行ったのはAさんの家でした。

手伝いと言うのも、ベビーシッターというか子守りだったんです。

Aさんの奥さんは生まれつき半身不随で、最近は介護が必要になっていらっしゃるそうなんですが、今日は介護の人に来てもらえなくて困っていたんですって。午前中は妹さんが来てくださっていたそうです。

午後からはAさんが仕事を休むしか無いという状況でしたので、有給休暇を取っている夫が手伝いに行ってあげることにしたというわけです。

そういう事なら、私も頑張って運転をしますよ。

Aさんが仕事を終えて帰宅する6時半頃まで、子守りとAさんの奥さんのお手伝いをすることになっています。

やっと時間が出来て、今洗濯をしているところです。もうすぐ病院から電話がかかってくるはずです。電話が来たら息子を迎えに行って、帰って来てから晩ご飯の準備をして、それから夫を迎えに行きます。

忙しい一日です。


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2022年2月14日

新型コロナ感染と運転手業

感染したのは私ではありません。うちの夫でもありません。

まずは、友人のエクリーさん家の下の娘さん、Cちゃんです。

Cちゃんはメルボルン大学の学生ですが、新型コロナのパンデミックが始まってからは大学を休んで働いていました。今年から大学での勉強を再開するはずですが、Cちゃんはヤラバレーの有名なワイナリーレストランで働いています。

不特定多数のお客に対応するのが仕事ですからね、リスクは大きいわけですよ。

軽症だそうです。多くの人が誤解していますけど、軽症というのは「酸素の吸入が必要ないレベル」ということですから、実際には風邪やインフルエンザのひどいやつレベルでも新型コロナの場合は軽症に分類されるんですよ。

Cちゃんは自室で隔離中です。一緒に暮らしているエクリーさん夫婦と上の娘さんが感染したとは聞いていないのですけど、濃厚接触者ですから家族全員が隔離中です。

次に感染したのは、義弟(うちの夫の弟)のスペイン人の奥さん。

彼女は、結婚式をあげる場所として人気のある「Stones of the Yarra Valley」というところに勤めています。ここにはレストランとイベント会場と宿泊施設がありますが、いずれにしても不特定多数のお客さんに対応する仕事ですから、リスクは大きいです。

奥さんが感染してウイルスを家に持ち帰り、義弟も感染しました。義弟は発熱し、風邪とインフルエンザの中間くらいの症状が出ているようです。ちなみに義弟夫婦はワクチンは2回接種済みです。

小学生の娘Vちゃんが感染したとは聞いていませんが、どうなるでしょうかね。

同じ敷地に義母(夫の母親)夫婦も住んでいますが、Vちゃんは毎日のように義母の家に行っていましたから、Vちゃんが感染していたと分かれば義母も心配でしょう。

皆んな軽症で済めばいいですけど。


土曜日に受けたPCR検査で「陰性」と分かったうちの息子は、病院から指示されたとおりに隔離中です。1年以上待ち続けた2回目の痔の手術は、いよいよ明日です。

専門医に払う手術代と麻酔医に払う麻酔代はすでに支払い済みですが、病院の施設使用料は当日の手術前に支払わないといけないそうで、昨日は再び電話がかかってきましたよ。

施設使用料は約1400ドルなのですが、その金額の確認と前払いだと念を押すための電話でした。クレジットカード払いは不可で、銀行口座からの支払いでなければいけないそうです。お金のことばっかり連絡してきます。

明日、私は息子を病院の玄関で降ろしてから、夫と一緒にPCR検査を受けに行きます。喉が痛いと言っているうちの夫も、不特定多数のお客さんに対応するのが仕事ですからリスクはあります。

どうか「陰性」ですように。

夫は今日から2週間の有給休暇のはずでしたが、今朝起きたらユニフォームを着ていました。

夫と同僚のTさんが計画している例の件に関係のある人が、今日メルボルン北部のある店舗にやって来ることになっているので、その人に会うためにその店舗まで行くんだと言いました。

「どうやってそこまで行くの?」
「ヒロコに送ってもらう」
「…」

ということで、行ったこともない街まで運転して来ましたよ。往復で1時間12分かかりました。帰りはバスを乗り継いて帰るそうです。

明日は、息子を病院に送って行ってから、夫と私はPCR検査を受けに行くのですが、夫はその後、知り合いのお店の仕事を手伝いに行くそうです。お店はメルボルン南西部にあって、電車やバスでは行けません。

「どうやってそこまで行くの?」
「ヒロコに送ってもらう」
「…」

帰りも迎えに行かなければいけないんですよ。

明日の午後は、私は息子を病院に迎えに行かなければいけません。その後で、今度は夫を迎えに行くのです。

病院は我が家から西へ15キロ、夫がお手伝いをしに行く店は南東に15キロ。

いろんなことを計画するのはいいですけど、送り迎えをする私のことも考えているんでしょうかね。(考えているわけが無いです。)

運転手業もいろいろ大変ですが、文句を言ってもしようがないので頑張ります。


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2022年2月13日

することがおかしいのは…

昨日の朝、PCR検査を受けたうちの息子の検査結果が夕方に送られてきました。陰性でした。

まあ当然ですよね。ほとんど家から出ることが無いんですから。

うちの夫と私はここ数日ちょっと喉が痛かったので「もしかしたら…」と心配していたんですけど、息子が陰性だったのなら私達もきっと陰性でしょう。

喉も痛いけど疲労感がひどいと言って、夫は昨日の夕方、駅まで迎えに来てくれと頼んで来ました。夕方迎えに行く必要がある時は、いつもなら息子が行ってくれるのですけど、息子は手術前の隔離中で家から出られませんので、私が晩ご飯作りを中断して迎えに行きました。

夫は、家に帰るなりベッドに直行しましたよ。

眠ろうと思えば10秒で眠れるのが特技だと自慢する夫も、流石に帰宅早々直ぐには眠れなかったらしくて、晩ご飯を食べてから6時過ぎに就寝しました。

そんなに疲れを感じていて喉が痛いということは、

やはり新型コロナか?

違うんですよ。これは自業自得なんです。

だってね、昨日は朝の4時前から起きて、

朝ご飯の準備をしていたんです!

全くどうかしているんですよ。

うちの夫をよく家まで送ってくださって、送ってもらったついでにビールを飲みながらおしゃべりする仕事仲間のTさんのことは、何度か記事に書いていますが、このTさんと夫がいつも何を話しているかと言うと、勤めているツールショップ会社の問題点を改善してより素晴らしい会社にするための計画と、それをいかに会社のオーナーに提案するかということだったんですって。

数ヶ月前から話し合いを重ねているそうですが、うちの夫のすぐ上の立場にいる人達から批判されたり余計なことをするなと言われたりして、先週からずっと機嫌が悪かったんですけど。

一昨日、会社のオーナーが店舗にやって来て直接話をする機会があり、うちの夫は初めてTさんをオーナーに紹介することが出来て、さらにオーナーとの会話からTさんと自分がやろうとしていることに非常に前向きな感触を得ることが出来たんだそうです。

それで超気分が良くなった夫は、Tさんとさらにいろいろ話し合いたいことがあったそうなのですが、通常の仕事をしながらでは話をするチャンスはありません。

もっと話し合いたい、でも時間がない、「じゃあ明日の朝、出勤前に朝ご飯を一緒に食べながら話そう」ということにしたんですって。

ところが、そんな朝早くから開いている朝ご版が食べられるような場所が無いということで、Tさんが我が家に来て一緒に朝ご飯を食べながら話をしてから、Tさんの車で一緒に出勤することにしたと言うんですよ。

ちょっと考えられないでしょ?

だってね、以前にも書きましたけど、Tさんの家と我が家は40キロ以上離れているんですよ。

勤めているツールショップから、我が家は20キロくらい北にありますが、Tさんはね、20キロ以上南に住んでおられるのです。真反対に住んでいらっしゃるのですから、仕事の後でうちの夫をついでに送って行ってあげましょうという位置関係じゃあないんですけど送ってくださっているのです。

昨日は土曜日だったので、店舗の開店時間は8時でした。店舗には7時半までに着けば良いので、我が家は7時頃に出れば良いということで、朝ご飯を食べながらゆっくり話をする時間があると言うんですけど。

Tさんの家から我が家まで1時間近くかかるんですよ。我が家で朝ご飯を食べるためにはものすごく早く家を出なくてはいけませんよ。

そこまでするか?

私にはよく分かりませんが、Tさんという方はツールショップに勤めているのは生活のためではなくて、経験とやり甲斐のためなんだそうです。他にも複数の事業をやっていらっしゃるそうで、ちょっとワーカホリック気味。元プロの自転車乗りでもあったそうですが、大学では薬学と教育と工学を勉強して、資格もいろいろお持ちなんだそうです。

うちの夫よりも少し若いですが、体力もあってエネルギーレベルが普通じゃあない方なのです。

お金のためではなくてやり甲斐と経験のために働く会社で見つけた問題点を改善したいと考えるTさんは、Tさんが会社にやって来る前からそのことを考えていた夫にとって「ついに現れた同志」なわけですよ。

ということで、

昨日の朝、私が4時前に目が覚めた時、キッチンには電気がついていて夫が朝ご飯の準備をしていました。私がもう捨てようと思っていたフライパンでスクランブルエッグを作ったようです。大量の卵がこびりついて大変なことになっているフライパンを後で見ました。

5時過ぎに起きた時には、もうすでにTさんがいらっしゃっていて、二人は朝ご飯を食べながら話をしていました。

5時過ぎですよ!

Tさんは4時には起きて家を出たはずです。

二人は7時頃までしゃべり続けて、一緒に出勤して行きました。車の中でもしゃべり続けたことでしょう。私は送って行かずに済みました。


Tさんもうちの夫も4時から一日が始まったわけですけど、エネルギーレベルが普通じゃあないTさんが仕事を終えた後も元気百倍だったのに比べ、うちの夫はヘトヘト。

いつものようにバスで帰って来ていましたが、疲れて眠くてあくびが止まらず、とてもバスを乗り換えて家まで帰る元気がなくなり、駅まで迎えに来てくれと頼んで来たわけです。

そして、6時過ぎには就寝。

12時間くらい眠って、今朝は元気でしたがね。

うちの夫は双極性障害の「躁期」の時には、こういう異常なことをよくやっていました。夜も眠らず仕事をしたり、電話をかけまくったり、気が大きくなって大金を使ったり…

あれ?

ちょっと待ってよ。

そう言えば、ここ数日そんな感じでしたよ。もしかして、今「躁期」なの?

「躁期」は要注意なんですよ。気が短くなって、怒りやすくなって、会社の人ともめて仕事を辞めちゃう(あるいはクビになる)ということが、今までに何度かありましたのでね。

大きな買い物をしたり、ヘッチャラで大金を使う傾向もありますし。

「うつ期」も大変ですけど、家族への影響という点では「躁期」こそ注意が必要なんです。明らかに普通じゃあないことをし始めたり言い始めたら、家族がブレーキをかけなくてはいけません。

最近は安定していて、極端に「うつ」になったり「躁」になったりすることは無くなっているんですけど、少し気をつけて見守ります。

夫は明日から2週間の有給休暇に入ります。


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2022年2月12日

手術費用は前払い

オーストラリアでは、公立の病院で診察や治療を受ける場合は、基本的に無料です。

無料ですが待ち時間がすごいですから、救急でなければGP(General Practitioner)と呼ばれる一般開業医に相談し、必要に応じて病院の専門医の診察を受けられるように手配してもらうのが普通です。

GPの診察料は、メディケア(公費で医療費の一部を負担する制度)でカバーされますから、1回の診察料の自己負担額は大体2〜3千円というところです。

オーストラリアでは、歯科治療はメディケアでカバーされません。公立の歯科医療機関がないわけではありませんが非常に限られていますし、経済的に恵まれない家庭や高齢者、アボリジニや移民など、利用できるのは一部の人に限られます。

経済的にゆとりのある皆さんは民間の医療保険に入っていますから、歯科治療もそれでカバーされますが、民間の医療保険は大変高額ですから、多くの人は民間の医療保険には入っていません。私達もとても入れません。

というわけで、「経済的に困窮している人達」と「経済的にゆとりがある人達」以外にとって、歯科治療は高額すぎるという話はこれまで何度も記事に書いてきました。

私が上前歯の歯茎が化膿して歯根の治療が必要になった時に、新しい歯冠を作ってもらう費用を含めて合計7,325ドル(73万円)かかった話なんかは、まさにホラーストーリーでした。

オーストラリアに住んでいらっしゃる皆さんは、本当に歯は大事にしてください。

うちの息子と娘が親知らずを抜いてもらった手術は、もちろん公立の病院ではやってもらえませんので民間の病院でやってもらいましたが、息子は4本抜いてもらって5,000ドルくらいかかりました。娘は3本だったので少し安くて4,000ドルちょっと。二人分で9,000ドル(90万円)ですよ。

民間の健康保険に入っていない私達が民間の病院で手術を受ける場合、費用はすべて前払いでした。そのへんはやはりシビアなんです。お金を払わないと治療は受けられないのです。

払えない人は、たとえ何年待たされようとも公立の病院でやってもらうしかないのです。歯科は別ですよ。公立の歯科医療機関が利用できる人は限られています。ですからね、歯が痛くなっても治療費が払えない人は地獄を見ることになります。

さて、

前置きが長くなりましたが、来週の火曜日に民間の病院で2回目の痔の手術を受けることになったうちの息子ですが、手術日が決まった途端に次々に請求書が送られて来ています。

親知らず抜歯の時は、歯科外科医に払う手術代、麻酔医に払う麻酔代、そして病院の施設使用料という3つの請求書でしたが、痔の手術の場合も同様です。

1回目の時の費用は、合計で3000ドルくらいでしたが、2回目の今回は少し安いようで、専門医に払う手術代が379ドル、麻酔医に払う麻酔代が650ドル、そして病院の施設使用料が約1700ドルということで、合計3000ドル以下となっています。

手術代が379ドルというのは思いがけず少額です。簡単な手術になるのかもしれません。

ただし、もしも何か問題が起きて、救急治療とか入院が必要になると莫大な費用がかかります。民間の健康保険に入っていないのですから全額自己負担です。そんな事になったら、救急車を呼んで公立の病院に連れて行ってもらわないといけません。私達にはとてもじゃないですがそんな費用は払えませんから。


手術の3日前となる今日、息子は新型コロナのPCR検査を受けに行かなければいけません。これで陰性と証明されれば火曜に手術を受けられるのですが、手術までの3日間は隔離しなくてはいけないそうです。その3日間に感染しないように。

病院には付添いの家族は入れませんので、火曜日は病院まで送って行って、玄関の前で降ろすだけです。夫と私は、その足でPCR検査を受けに行く予定です。私達は、検査で陰性を証明しないと飛行機に乗れませんからね。ドバイに行くのは木曜日です。

息子の手術は日帰りですから、火曜日の午後には迎えに行かなければいけません。

何だかいろいろすることがあって慌ただしいです。

息子の食事も用意して冷凍しておかないといけないし。

気になっているのは、義弟にタダでもらったレクサスです。修理が今週中には終わるはずだったんですけど、終わらなかったんですよ。どうやってレクサスを修理工場から持って帰ればいいのでしょうか。

車の運転ができるのが私一人ですからね、修理工場までタクシーで行って、私がレクサスを運転して帰るしか方法がないです。

ドバイに行く前にすることが山積みです。


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2022年2月11日

宗教の教義に基づいて差別する権利を認める法

現在のオーストラリアの連邦政府首相はスコット・モリソンという人です。オーストラリア自由党の党首です。自由党は国民党と保守連合と呼ばれる連合を組む場合が多いのですが、現在の連邦政権も保守連合です。

スコット・モリソンという人は、キリスト教ペンテコステ派の信者なんだそうです。ペンテコステ派なんて聞いたことがないでしょう?私も聞いたことがなかったです。興味がある方は、Wikipediaを読んでください。

詳しいことを知りませんから批判めいたことは書きませんけど、スコット・モリソンという人は熱心なペンテコステ派の信者なのだそうで、教会の権利を法律で保護する「宗教自由法」なるものの成立を公約に掲げていました。

ところがですね、教会の権利というものの中には、キリスト教の教義に基づいて「人々を差別する権利」というものが含まれるのですよ。ですからね「宗教自由法」というのは言い換えると「宗教の教義に基づいて差別する権利を認める法」ということになるわけです。

LGBTという言葉は、皆さんもご存知ですよね。日本では「性的少数者」とも言いかえられることも多いですが、「性の多様性」や「性自認の多様性」を認める文化の中で非常に頻繁に耳にする表現です。

LGBTとは、レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)の3つの性的指向と、トランスジェンダー(Transgender)という性自認の4つの単語の頭文字を組み合わせた表現ですけど、現在ではこれら以外にも様々な性的指向や性自認の人々が存在することからLGBTQI+(プラス)という表現が使用されることが一般的になっています。

かつて同性愛が犯罪とされていたオーストラリアですが、LGBTQI+の人々の権利を保護するための法律ができ、同性婚も法律で認められ、社会がより多様性に寛容で平等な社会になって来たというのに、宗教上の理由で人々を差別する権利を法律で保護しようとする法案が作られて、昨年から話題になっていました。

差別の対象となるのは、LGBTQI+の人々です。

私はね、最初に聞いた時には「なんて馬鹿げた話だ」「そんな法律ができるわけがないだろう」と思っていたんですけど、少しずつ修正された法案は議会に提出されて審議されるに至りました。

一番大きな争点となったのは、宗教系の学校が性的指向や性自認を理由に生徒や教師を差別することが出来るようにする点でした。オーストラリアの私立学校は、ほとんどが宗教系ですよ。多くはキリスト教系です。

つい先日も、クイーンズランド州の「Citipointe Christian College」という学校が、学年度の始めに保護者や生徒に契約書を送りつけ、それに署名するようにと要求したのですが、その契約書の中に同性愛者やトランスジェンダー(心と身体の性が一致していない人)を獣姦や小児性愛と同類の「異常な性」であって「罪」であると位置づけて、同校では生まれた時の生物学的な性に従う者しか受け入れないと書いてあったことが大問題になりました。

このキリスト教の学校のように、教義に基づいて教師や生徒を差別することが出来るようにする法律を作ろうとしているわけですよ。

ちょっと信じがたいでしょ?

他党の議員からの反対が強くて、法案は何度も修正されましたが、そもそも人を差別する権利を認める法律を作るなんて間違っています。与党の自由党からも数人の議員がこの法案に反対しましたが、当然だと思います。

性指向や性自認だけでなく、あらゆる多様性を認め合おうという社会に変わってきているオーストラリアでは、LGBTQI+であることを隠さずに生きていける人が確実に増えて来てはいますけどね、それでもまだ本当の自分を隠して生きるしかない人が大勢いるんですよ。

LGBTQI+への偏見や嫌悪が社会から無くなっていないからです。

そして、そうした偏見や嫌悪を宗教関係者達が教え続けているのですよ。

幼い頃からLGBTQI+が「異常」だの「罪」だの「神への冒涜」だのと教えられて育った子供達が、偏見や嫌悪を持つ人間に育つのは当たり前でしょう。そして、悲劇なのは、そういう偏見や嫌悪を教えられて育った人が、自分自身がLGBTQI+だと自覚した場合です。

どれほど大きな苦しみでしょうか。それを家族や学校の人々に知られることを恐れるに違いありません。

知られると家族に受け入れてもらえないかもしれないというのは、子供達には強い恐怖でしょうね。実際に家族から拒絶されて家を追い出される子供達もいますからね。

たとえ家族には受け入れられても、学校がLGBTQI+への偏見や嫌悪を教えていたらどんなにつらいことでしょうか。自分がLGBTQI+だと知られたら、いじめに遭うだけではなく、学校にいられなくなるし友達も失うと分かっていたら、子供達は緊張と恐怖の中で生きて行かなければいけません。

悩みや苦しみを誰にも言えず、ただ隠し続けるしかないとしたら、どんなに苦しいでしょう。

LGBTQI+の子供達の自殺の原因がそこにあるんですよ。

ああ…

うちの娘は「同性の女の子が好きになる」同性愛者ですけどね、

どこが罪なんですか!神への冒涜なんですか!

完全に間違っています!

そんな教義を持つ宗教こそ「罪」じゃあないんですか?

「差別する権利を認める法」なんていうものを作るんじゃあなくて、むしろ「差別禁止法」を改定してですね、人を差別する宗教の教義は違法ということにしてもいいんじゃあないかと私は思いますね。

そういう間違った考え方を人々に広めるのも違法ということにすればいいんですよ。


この法案は否決される見通しとなり、モリソン政権は法案を棚上げしたんですけど、一部の与党議員からも反対に合い、様々な修正を余儀なくされた法案は、すでにモリソン政権が宗教団体に約束していた内容にはほど遠くなっていましたから、廃案になる見込みです。

そうなるべきです。

こんな法律を作ってはいけません。

連邦選挙が近づいて来ています。私達の社会をより平等で多様性受け入れる社会にするために適切な人を選んで議会に送らなければいけません。


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2022年2月10日

最悪のタイミングで手術日決定

1年以上も待たされているうちの息子の2回目の痔の手術ですが、新型コロナのオミクロン変異種の感染拡大で、公立病院だけでは新型コロナの患者に対応できず民間の病院にも頼らざるを得ないところまで公共医療システムが逼迫しまして、公立及び民間どちらの病院でも命に関わらない選択的手術は「禁止」となっていました。

幸い入院患者数は減り続けておりますので、先週から命に関わらない選択的手術が再開されました。

再開されたとは言え、公立病院の順番待ちはすごいことになっているわけですからね、このまま待ち続けても一体あと何ヶ月待たされるのか分かりませんので、再び義妹(夫の妹)から経済的支援を受けて民間の病院で費用全額負担で手術を受けることにしたわけですが、ついに連絡がありました。

来週の火曜日が手術日と決まりました。

でも…

ちょっと待ってよ!

来週は、私と夫はドバイに行くことになっているんですよ。

出発は水曜日だと思っていたので最悪のタイミングだと最初は思ったんですけど、航空券を確認したら出発は木曜日でした。手術の翌々日です。

翌々日だとしても最悪のタイミングには変わりないです。

息子は私達が帰国するまで延期してもらうおうかとも言いましたけど、延期するべきではありません。やっと手術してもらえることになったのですから、このチャンスを逃さない方がいいです。

痔の手術は日帰りですし、1回目の手術の時のことを思い出すと、それほど心配はないと思うのですよ。問題はですね、食事の準備をどうするかということです。

最も痛みがひどいのは当日と翌日ですが、まだ私達は家にいるので食事は作ってあげられますし、洗濯もしてあげられますし、何かあったら対応できます。

私達がドバイから帰って来るのは翌週の土曜日なので、木曜日から土曜日までの8日間を一人でサバイバルすることになります。

まあ、うちの娘がメルボルンに住んでいるのですから、何かあれば帰って来て助けてくれるでしょうし、大人なんですから何とかするでしょう。


息子の痔は重症で、手術の順番が回ってくるのを待っている間にさらに悪化して、ほぼ寝たきりのような状態になったんですよ。最初に医者に相談したのは2019年の12月です。

痛みが耐え難いということでしたから、同情した義妹からの経済的支援のおかげで2020年の12月に民間の病院で手術をしてもらいました。

1回目の手術は、痛みの原因となっていた裂肛を治療するのが目的でした。相当悪化していたそうです。悪くなっている部分を切り取ったりなんかしたので、手術後の痛みもかなり強かったらしいです。

少しずつ回復し、2回目の手術を待つこと1年以上。

再び、公立の病院はあきらめて、民間の病院で手術を受けることになりました。担当の医者は、最初から同じ医者です。この方は公立の病院でも民間の病院でも働いていらっしゃるのです。

2回目の手術は主に痔核の治療が目的で、1回目よりも軽い手術になるとは聞いていますが、それにしたって再び切り取ったりいろいろするそうなので、手術後しばらくの間はキッチンに行って自分で食事を作るというのは困難だろうと思うんですよ。

最初の数日分はチンするだけのような食事を作っておいてやらないといけませんよねえ。

手術の後は、排出しやすい柔らかい健康な便が出るような食べ物を食べないといけませんし、便秘にならないようにちゃんとした量を食べる必要もあります。

野菜をしっかり食べないといけないんですから、蒸し野菜をいっぱい冷凍しておこうかな。サラダは作り置きしておけないし、息子は生野菜は好きではありませんから、蒸し野菜がいいですね。

ご飯も1食分ずつ冷凍しておいて、息子が好きな「そぼろ」とか「親子丼の具」とか、チンするだけで食べられるおかずを作っておけば、数日はなんとかなるでしょう。

ちなみに、スパイシーな食べ物は良くないので、カレーライスとかピリ辛ものは良くないんですよ。

とにかくね、必要なら娘が帰って来てご飯を作ってくれるでしょうし、買い物にも行ってくれるでしょう。

翌週には動き回れるようになるでしょうから、何とか一人でやれると思います。


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2022年2月9日

作曲家ジョン・ウィリアムズさん

IMDbを知らない人はあまりいないと思いますが、ちょっとだけ説明すると、IMDbというのは「インターネット・ムービー・データベース」(Internet Movie Database)というウェブサイトです。

映画、TV番組、それらのビデオ、オンラインのストリーミングコンテンツ、あるいはそうしたものに関わる人達に関連する情報を集めたデータベースです。

出演者や制作スタッフの経歴、映画や番組の概要、豆知識、評価、レビューなどが書いてありましてね、なかなか面白いのですよ。

IMDbのウェブサイトのフロントページの下の方に「Born Today」というコーナーがあり、この日が誕生日の人達(データーベースに含まれている人達)を紹介しています。当然リストは毎日変わります。

昨日の2月8日には、知っている人が何人か載っていました。

ジャック・レモンさん(1925年〜2001年)とかジェームス・ディーンさん(1931年〜1955年)とか。ジェームス・ディーンさんは、交通事故で若くしてお亡くなりになりましたけど、生きていらっしゃったら91歳ですね。

昨日90歳になられた方がお一人いらっしゃいました。作曲家のジョン・ウィリアムズさんです。

映画ファンでジョン・ウィリアムズさんのことを知らない人はいないだろうと思いますが、昨日は誕生日だということでABC放送のウェブサイトにジョン・ウィリアムズさんの業績を紹介する記事が載っていました。

ハリウッドの映画音楽作曲家としては、右に出る人がいないと書いてありました。

1970年代から90年代にかけて、スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスが制作した映画を中心に数多くの大ヒット映画の音楽を担当して天文学的なキャリアを築いた方であると紹介されていましたが、若い方はご存知でしょうか。

巨大なサメが登場する「ジョーズ」、説明の必要がない「スターウォーズ」「インディアナ・ジョーンズ」「スーパーマン」はシリーズ化されています。そして「未知との遭遇」や「ET」や「ジュラシック・パーク」などなど。


聞けばすぐにどの映画の音楽かが分かるほど有名な音楽ばかりです。

なんでも北米の興行成績トップ100の映画のうち5分の1はジョン・ウィリアムズさんが音楽を担当しているそうですよ。

上記の映画をよくご存知でない若い皆さんでも、「ホーム・アローン」や「ハリー・ポッター」シリーズはご存知でしょう。


ジョン・ウィリアムズさんはオリンピックの映画も担当しておられますが、私は小学校の先生だった頃に、1984年のロサンゼルスオリンピックの音楽を運動会に使わせていただきましたので、特にその大会の音楽はメロディーを歌えるほどに覚えているのでございます。

先程久しぶりに聞きましたけど、やはり感動します。

改めてジョン・ウィリアムズさんが作曲した音楽のリストを目にすると、本当にすごい数です。そしてその多くが大変有名です。

ジョン・ウィリアムズさんが作曲した音楽の中にはクラシック音楽のチェロやバイオリンの演奏家に度々演奏されている曲もありますよ。「シンドラーのリスト」とかね。


昨日90歳になられたジョン・ウィリアムズさんは、最も評価の高い作曲家の1人というだけでなく、映画の力のおかげで人類史上最も多くの人々がその音楽を耳にした作曲家ということですが、確かにその通りだろうと思いますね。

本当に偉大で、素晴らしい音楽をありがとうございますと申し上げたいんですけど、ふさわしい言葉が思いつきませんので、

スタンディング・オベーションを!


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2022年2月8日

ドバイに行くことになりました

突然ですが、来週ドバイに行くことになりました。

もう3年も前のことですが、ドバイ在住の義妹(うちの夫の妹)が2020年に40歳になるということで、節目の歳でもありますし、盛大な誕生日パーティーを計画したのです。

そのパーティーに是非参加して欲しいということで、彼女は兄と弟を招待しました。兄というのがうちの夫です。もちろん航空券も宿泊代も全て彼女が負担するということで。

いいなあ!いいなあ!私も行きたい!

私の分は自分で払うから私も一緒に行きたいと言ったところ、義妹は私も招待してくれたのでした。

私はねえ、一時期家族で住んでいた日本からオーストラリアに戻った2006年以来、「うつ」を患い、食べていけないような困窮を経験し、13年間どこにも旅行らしい旅行はしていませんでした。

私が旅行したのはたったの1回きり。ゴールドコーストに家族旅行したんですけど、あれも義妹からのプレゼントでした。ところが、私達家族と義妹の5人で旅行するはずが、誰も知らなかったんですけど義母が付いて来まして、ストレスがたまる旅行になったんです。

あのゴールドコースト旅行も10年前のことですよ。

うちの夫は仕事がらみのヨーロッパ旅行やオーストラリア大陸横断旅行や夫の父親主催の家族旅行などで、いろいろ行っているんですけど、私はずっと家にいて子供達の世話をして来たわけです。そんな私に義妹が同情してくれたというわけです。

とにかく、ドバイに行けることになって大喜びしたんですけど、なんと義妹はドバイ旅行だけではなく、私の長年の夢であるヨーロッパ旅行までプレゼントしてくれまして。それは、私の60歳の誕生日プレゼントということでもありました。

とにかく、私と夫は彼女の誕生日をドバイでお祝いした後、フランス・スイス・ドイツ・デンマーク・スウェーデンの5カ国を自動車旅行することになったのでした。

ところが…

新型コロナのパンデミックが始まって…

オーストラリアは鎖国状態に!

外国に渡航するには政府の許可が必要になり、たとえ許可がもらえて出国しても帰って来れるかどうか分からないというようなことになりまして。

ドバイもロックダウンになりましたから、義妹の誕生日パーティーもキャンセルになったし。誕生日は、ZOOMによるオンラインパーティーになったのですよ。

エミレーツ航空は、航空券の有効期限を延長してくれたのですが、航空券購入から3年になる今年、4月までに使わないと期限切れになってウン十万円分の航空券をドブに捨てることになるということが分かったのです。

それでね、オミクロン変異種の感染拡大は確かに心配なんですけど、せめてドバイにだけは行っておこうということになって、夫も有給休暇を取れることになりましたので、突然ですが1週間行って来ることになったのです。

たったの1週間です。ヨーロッパはさすがに今はまだ旅行は無理ですから、行くのはドバイだけです。ドバイでは義妹のアパートに泊めてもらいます。

出発72時間以内にPCR検査を受けないといけません。それで陰性を証明しないと飛行機には乗れません。夫も私もワクチンは3回接種していますから、ドバイ到着後の隔離はしなくてもいいらしいですが、感染したり濃厚接触者になれば話は違って来ます。

運が悪いと、せっかく行ってもアパートから出られないというようなことになる可能性があることは知っています。

帰って来るにも、PCR検査を受けないといけません。帰国後は3日間の隔離をしなくてはいけません。その後、簡易検査で陰性と分かれば夫は仕事に戻れるのです。

検査や帰国後の隔離のために、夫は2週間の有給休暇をもらいました。

行かなかったら航空券が無駄になるから行くという旅行ですけど、どうせ行くのなら楽しんで来たいです。どうなるでしょうか。


それにしても、ドバイとヨーロッパ間の航空券は使えそうにないんですよ。フランスもドイツも今は旅行ができる状況ではないですし、2月のヨーロッパは寒過ぎると夫は言いますし。

4月に期限切れになるまでにはまだ時間があるので、どこかに行けるものなら行きたいですけど、エミレーツ航空でメルボルンから行ける場所は限られていますし、夫はもう休めないでしょうし。

もったいない話なのです。

長年の夢がかなうはずだったんですよ、この航空券で


地図で見ると、本当にメルボルンというのは地球の果てという場所にありますよねえ。どこに行くにしても世界は遠いんですよ。

近いのはニュージーランドですが、ニュージーランドは厳しい入国規制を続けていますから、行くことは出来ません。

本当に新型コロナが恨めしいです。


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2022年2月7日

ラオガンマーのクリスピーチリオイル

日本に住んでいらっしゃる皆さんはご存知ないかもしれませんが、オーストラリアに住んでいらっしゃる貴方なら、きっと見たことがあるに違いないこの商品。


ほとんどのスーパーで売られています。アジア食品コーナーにありますよ。よく見ると種類がいろいろあるんですけど、パッケージが全部そっくりですからラベルを良く読まなければ違いが分かりにくいです。

先日、私がレシピを世界中の皆さんとシェアしているクックパッド英語版で、私のレシピを作ってくださった方が写真を投稿しておられましてね。日本のクックパッドでは「つくれぽ」と呼ばれるやつです。英語版では「クックスナップ」(Cooksnap)と呼ばれます。

そのクックスナップの写真で、目玉焼きの上に何だか美味しそうな茶色いトッピングを乗せていらっしゃったので、それは一体何ですかとおたずねしたところ、「ラオガンマーのクリスピーチリオイルです」と教えてもらったのです。

グーグルしてみたら、

見たことがある!スーパーで売ってるじゃん!

そこで、早速買ってみることにしました。

ところがですね、先程書いたとおり様々な商品があるのです。パッケージがどれもそっくりなので要注意ですよ。私はクックパッド英語版で教えてもらった「クリスピーチリオイル」(Crispy Chilli Oil)というのを探し出して1瓶買いました。

この商品は1瓶が大きいです。

チリオイルというくらいですからラー油のようなものだと思ったんですけど、こんなに大量のラー油は何年経っても食べ切れないだろうと心配でしたが、とにかく1瓶買いました。

開けてみると、ラー油のような赤い油の中にクリスピーな(サクサクした食感の)唐辛子と豆とニンニクが入っていました。あまり辛くないので、ラー油のような辛さをご希望の方は「Hot」タイプを購入された方がいいです。

私が買ったのは、辛さに敏感な私でもあまり辛くないと感じるマイルドな辛さでした。

赤い油をラー油のように使うには辛さが物足りませんでしたけど、入っているそのクリスピーな茶色いものが大変美味しいのです。

ポン酢と混ぜて餃子のタレにしても美味しいし、ネギと混ぜて冷奴に乗せても美味しいし、目玉焼きに醤油と一緒に乗せても美味しいです。

そこで思いついたのが、青ジソを醤油漬けにするのにこれを加えることでした。

植木鉢で育てている2本の青ジソがどんどん育つものですから、先日醤油漬けにしたらなかなか美味しかったのですけど、あれにこの「クリスピーチリオイル」を入れたら、

美味しいに決まっているじゃん!

もうね、食べなくても絶対に美味しいと確信しながら作ってみましたよ。ニンニクのすりおろしも入れました。


<タレの材料>
ニンニク 1かけ *すりおろす
醤油 大さじ1
水 大さじ1
クリスピーチリオイル 大さじ1(油の量は大したことないです)
みりん 小さじ1 *または砂糖小さじ1/4
いり胡麻 小さじ1 *好みでもっと入れてもいいです。

<作り方>
タレの材料を小さめの容器に入れてよく混ぜます。洗った青じそを1枚入れてタレを葉っぱの上に少し広げます。また1枚入れてタレを少し広げ、同じことを繰り返して入れられるだけ入れてください。10枚から15枚くらいは漬けられます。

1〜2時間漬けたら食べ頃です。ご飯のお供に酒の肴にサイコーです。

サクサクした豆が大変美味しいです!



「ラオガンマー」というブランドの名前をグーグルしてみたら、なかなか面白いストーリーがWikipediaに書いてありました。

「ラオガンマー」というのは「老干媽」という中国の調味料ブランドだそうです。「ローカンマ」とも表記されるようです。

創業者は、1947年生まれの女性で陶華碧(タオ・ホァビ)さんという方だそうです。農村の貧困な家庭に生まれ、学校にも通えなかったために会社設立まで自分の名前さえ書けなかったとWikipediaには書いてあります。

20歳で結婚し2人の子供が出来ましたが夫に先立たれ、生計を立てるために行商に出たそうです。行商で資金をためた彼女は小さな食堂を開きましたが、本来のメニューである冷麺よりもそれと一緒に出していた自家製の麻辣醤が人気となったのだそうです。

そこで、彼女は麻辣醤の販売もするようになり、この麻辣醤が他の食堂でも使われるようになると、彼女は食堂をやめて麻辣醤の工場を始めることにしたのだそうです。

1996年には、40人の従業員を雇い「ラオガンマー」(老干媽)と名付けた麻辣醤の製造を始めたのだそうですが、ラオガンマー社の2013年の年商は約37億2000万元。8000ヘクタールのトウガラシ農園を持ち、200万世帯に雇用機会を提供したと書いてあります。

すごいなあ!

2014年時点で、米国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど30か国以上に輸出しているとのことです。

世界中で売れるのは分かりますよ。私も常備しておきたいと思いますもの。大きな1瓶でとても食べ切れないと思いましたが、どんどん食べて減っています。無くなったら絶対にまた買うでしょう。

日本にも「食べるラー油」なる類似の商品があるようですね。

ラオガンマーの「クリスピーチリオイル 210グラム入り」は、3〜4ドルで売られています。アジア食品店に行かなくても普通のスーパーで売っていますから、興味のある方は一度試してみてはいかがでしょうか。


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2022年2月6日

タダでもらって高額出費

義弟(うちの夫の弟)が田舎道を運転中にカンガルーと衝突して車が大破してしまい、それを機に新車を買いました。

ちなみに、カンガルーとの衝突事故は、車が壊れるどころでは済まないことも多いんですよ。義弟が無事で良かったんですけど、車がダメになってしまったのは残念なことでした。

義弟が新車を買ったのを機に、スペイン人の奥さんも新車を買いました。そのため、家族が使って来たもう1台の車が不要になったということで、私達家族にタダでくれました。

我が家には車を必要としている息子と娘がいますからね。娘は働いていますがパートタイムだし、アパートで一人暮らしを始めましたから車を買う経済的ゆとりはありませんし、いまだに毎日家にいて2回目の痔の手術を待っている息子は、わずかな収入しか無いのですから、タダで車をもらえるのはありがたい話ではあります。

もらったのは、1995年モデルのレクサスです。金色のセダンです。デカイです。私なら絶対に買わない車です。

この車をもらうことに一番熱心だったのは、車の運転ができなくなったうちの夫です。

このブログでも度々話題にしていますが、乗ることが無くなった夫のトラックを手放すと、トレーラーを引っ張れる車が無くなってトレーラーが使えなくなるという悩みが、このレクサスで一気に解消したんですよ。

私のカローラはトレーラーを引っ張るパワーが無いのですが、このレクサスにはパワーがあるんだそうです。

さて、

タダでレクサスをもらいましたけどね、

問題は山積み!

この1995年モデルの金色レクサスは、いろいろ問題があって、フロントのバンパーは割れていますし、助手席側のドアミラーは折れて無くなっていますし、トレーラーを引っ張れるパワーがあっても牽引バーは付いていません。

所有者の変更をするのには「ロードワーズィー」(Roadworthy)と呼ばれる「一般道路上での使用に適していることを証明する証明書」が必要なんですが、これを作ってもらうには点検整備をしてもらう必要があります。

昨日の朝、整備工場に持って行ったんですけどね、古い車ですし義弟は定期整備をしていなかったらしくて、いろいろ不良箇所があって修理が必要で、証明書を作ってもらうのに3000ドルかかるそうですよ。

昨日の点検だけで180ドルかかりましたが、修理をして証明書を作ってもらうことにしました。こういうことを決めているのは夫です。

トレーラーをつなぐ牽引バーは、車が古すぎて手に入りませんのでオーダーメイドとなります。トレーラーを牽引出来ることが最も重要なことなのですから、オーダーメイドで牽引バーを作ってもらうそうです。

運転するのは主に息子と娘ですが、もちろん自動車保険に入らなければいけません。

所有者の変更をしたら、車両登録料に強制加入保険料も払わなければいけません。息子にも娘にもそんなお金は無いんですけど、この車をもらいたかったのはうちの夫ですから夫が全部払うんです。

なんだかんだで合計5000ドル以上の出費ですよ。

ああ…


夫にとってトレーラーを所有していることは非常に重要なことらしいです。

ですからトレーラーを牽引できる車を所有していることは必要不可欠なことなのです。自分はもう運転はできないんですけど、息子や娘がトレーラーの牽引が出来るようになって欲しいようです。

つまり、トレーラーを処分する気は全く無いということですよ。私は処分してもらいたかったのですがね。

レクサスをもらったのでトラックは手放す気になっていますが、売るための行動は起こしていませんから、トラックは野ざらし状態で放ったらかしです。

タダでもらったレクサスの5000ドル以上の出費も、トラックを売ったお金でなんとかするというのなら分かるんですけど、夫は緊急時用に貯めて来た貯金を使うつもりです。

トレーラーを牽引するなんて、一年に何度あるでしょうか。

夫はもう商品の配達もしていないし、木を切りに行くこともないですし、ほぼゼロですよ

それでも、トレーラーは手放せないのですねえ。息子と娘にトレーラーの牽引が出来るようになって欲しいらしいですが、娘はすでに家を出ていて、いずれ息子も家を出たら、その時もっとおばあちゃんになっているであろうこの私に、レクサスでトレーラーを引っ張って欲しいと言い出すんでしょうか。

マジでカンベンしてもらいたいわ…

でもね、頼まれたら頑張るだろうな、私は。

先日はトラックでトレーラーを牽引して高速道路を100キロで突っ走りましたからねえ。あんなことは、人生で最初で最後のことだと思いましたけど。レクサスでトレーラーを引っ張る時がすぐに来そうな気がします。


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2022年2月5日

家族のレシピに挑戦中(2)

先月「家族のレシピに挑戦中」という記事を書きましたが、うちの夫の伯母(義母の姉)のジョーン(75歳)から譲り受けた家族のレシピに挑戦しています。

一番最初に挑戦したのは「Dad's Sponge」(お父さんのスポンジ)という名前の付けられたスポンジケーキでした。

そのレシピを書いたのはジョーンなんですけど、レシピに挑戦する最大の難関はレシピの「読解」だったんですよ。

ジョーンの手書きは読みにくいと家族の間では有名なんですが、若い頃の手書きは最近のに比べればキレイに書いているんですけど、やはり読みにくいんです。

「Dad's Sponge」(お父さんのスポンジ)の「お父さん」とは、うちの夫が敬愛していた祖父のセオのことですので、「Theo's Sponge」(セオのスポンジ)と名付けて、私のレシピサイトに載せました。

詳しいことは「家族のレシピに挑戦中」という記事をお読みくださいね。

さて、スポンジケーキに続いて挑戦したのは、「読めないレシピと家族の歴史」という記事内でも紹介した、読解がとても難しかった「Aunty Lorna's Cheese Cake」(ローナおばさんのチーズケーキ)というレシピです。


ローナおばさんというのは、ジョーンの父親セオの妹です。

私は、オーストラリアに住むようになって初めてスコンというものを焼きたいと思った時に、このローナおばさんからレシピを教わりまして、以来30年近くスコンと言えばずっとそのレシピで作っています。

うちの夫は、大学生の頃にローナおばさんの家に住んでいたので大変親しい間柄でした。私達が結婚した時には、ローナおばさんからアイロン台をプレゼントしてもらいましたけど、今でも大事に使っています。

それはともかく…

「ローナおばさんのチーズケーキ」は、かつての一般家庭ではよく手作りされていたコテッジチーズで作るチーズケーキです。

このレシピは、ジョーンが今から60年ほど前に書いたものなんですが、当時のオーストラリアは、単位がヤード・ポンド法でしたし、温度は摂氏(℃)ではなく華氏(°F)だったらしくて、読解と同時に単位の換算をしなくてはいけません。

オリジナルのレシピでは、ローナおばさんはコテッジチーズを3〜4オンス使っていたようです。3〜4オンスというのは85〜113グラムです。

チーズケーキを作ってみたことがある方ならお分かりでしょうが、これはちょっと少なすぎると思いましたので、少し増やして125グラムで作ってみました。砂糖の量は5オンス(142グラム)でしたが、これは多すぎると思いましたので減らしました。

レシピ通りに、まずはケーキ型にビスケット生地を敷き詰めて焼きました。

ケーキ型のサイズは書いてなかったので、小さめの18センチの型を使いました。ビスケット生地の材料も書いてありませんでしたから、自分の「Easiest Sweet Shortcrust Pastry」を使いました。

出来上がったチーズケーキは、レモンタルトとチーズケーキの中間のような味で美味しかったのですけど、最初にビスケット生地を作って焼いておくというのが手間がかかって面倒くさかったですし、チーズケーキの部分が薄すぎると思いました。

そこで2回目は、土台をビスケットを砕いてバターと混ぜたものを敷き詰める方法に変え、コテッジチーズを1カップに増やして焼いてみました。1カップのコテッジチーズは200グラムでしたから、お店でよく売られている200グラム入りが最適です。

美味しいのが出来ましたよ。

コテッジチーズで作るので、「Lorna's Cottage Cheese Cake」(ローナのコテッジチーズケーキ)と名付けました。


土台をビスケットを砕いたのとバターを混ぜたのを敷き詰める方法にすれば、このケーキはむちゃくちゃ簡単に作れます。ビスケットを敷き詰めてから、材料をミキサーかブレンダーでよく混ぜて土台の上に流し入れて、150度で1時間焼くだけです。

英語のレシピはこちらです。


それでは、作り方を説明しましょう。

<使用するケーキ型>
18センチのケーキ型

<材料> *オーストラリアの1カップは250ml
土台
甘いビスケット 100グラム *今回はマリービスケットを使用しました。
バター 50グラム

チーズケーキ
コテッジチーズ 1カップ(200グラム)
塩 1つまみ  *コテッジチーズに塩味がついていない場合
レモンの皮 1個分 *黄色い部分だけすりおろす
レモン汁 1個分 *約50〜60ml
砂糖(Caster Sugar) 1/2カップ
卵(Lサイズ) 2個
小麦粉 大さじ2

<作り方>
1.オーブンを150度に温める。ケーキ型にベーキンペーパーを敷く。
2.ビスケットを細かく砕いて溶かしたバターとよく混ぜる。ビスケットの種類によってはもう少し水分が必要かもしれません。牛乳かクリームを少し加えると良いです。
3.ケーキ型に敷き詰めて、底が平らなもの(計量カップとか)を使ってしっかり押さえつけておきます。
4.チーズケーキの材料をボウルに入れて、ハンドブレンダーでなめらかになるまでよく混ぜる。ミキサーやフードプロセッサーを使ってもいいです。生地をケーキ型に流し入れて1時間焼く。焼けたらクーラーに取り出して冷やす。冷えたら冷蔵庫で冷やす。食べる前に型から出す。


ぜひ作ってみてください。

 
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2022年2月4日

早すぎる晩ご飯と追加カロリー

私が子供の頃、晩ご飯はたいていNHKの7時のニュースを見ながら食べていましたので、晩ご飯は7時頃というイメージがあるのですが、オーストラリアの私達家族の晩ご飯はもう少し早くて、だいたい6時半から7時の間でした。

何故かと言うと、その時間帯に夫が仕事から帰って来ることが多かったからです。

7時よりも遅くなると、子供達がお腹が空いて我慢できませんので、先に食べることにしていました。

ところが、

夫がツールショップに勤めるようになってから、帰りがもう少し早くなることが増えまして。

勤めている店舗から我が家までの距離にもよりますが、平日は(木曜日以外)お店は5時半に閉めますから、店が近かった頃は6時から6時半の間に帰って来るようになりました。

お腹ペコペコで帰って来ますので、帰ったらすぐに晩ご飯を食べたいらしいです。準備ができていないとチーズやクラッカーを食べてカロリーを摂取した後に、晩ご飯も普通通り食べるので、完全にカロリーの摂り過ぎになります。

ですからね、私は6時から6時半の間に晩ご飯が出来上がるようにして来たのです。

タイミングが重要な料理の時は、GPS(人工衛星からの電波で地球上の現在位置を知るシステム)で居場所が分かる「Find My」アプリで夫がどの辺りまで帰って来たかを確認しながら料理をしたりして。

できたての一番美味しいのを食べさせてあげようという努力なのでございますよ。

ところが、

車の運転ができなくなってから勤めることになった店舗は、閉店時間の5時半まで働かずに早番の勤務終了時間4時半で終わって帰って来ることが増えたのですけど、4時半を過ぎてから店を出るよりも少し前に店を出た方がバスの接続が良いというのを発見したらしくて。

夫は超過勤務した時間が溜まりに溜まっているので、その超過時間分を休まないといけないんですけど実際にはなかなか休めませんから、お店が忙しくない日にはその時間分を使って早めに仕事を終えて帰るようになったのです。

聞くところでは、午後4時過ぎに店を出てバス停に行くと、その後のバスの接続が大変良くて、乗り換えのバスを待つ必要も無いんだそうです。

バスの接続が良い時は、2つのバスを乗り継いでも1時間ほどで帰れたりします。

よろしいか皆さん、

4時過ぎに店を出て1時間ほどで帰宅すると、帰宅時間は5時過ぎということになるのですよ。

そして、

夫は帰宅したらすぐに晩ご飯が食べたいのです。

晩ご飯が出来ていなかったら、チーズとかクラッカーとかパテとかを食べちゃうんです。最近だとビールを飲みながら。(ちなみに、私はチーズやクラッカーは頼まれない限り買いません。夫は自分で買ってくるんです。)

晩ご飯ができるのを待ちながらそういうものを食べてですね、晩ご飯が出来たら通常通りに晩ご飯を食べるのは問題なんです。

必然的に、私は晩ご飯の準備をもっと早く始めるようになり、最近は5時前には準備完了しておいて、後は夫の帰宅時間に合わせておかずを焼いたり揚げたり炒めたりするということになっています。

昨日は帰宅したのが5時頃でした。

チーズやクラッカーを食べ始めないように「晩ご飯はもうすぐ出来るからね!」と言ってブレーキをかけ、大急ぎで準備して、実際に晩ご飯を食べたのは5時20分頃でした。

早すぎだってば!


帰宅してすぐに晩ご飯が食べられるとチーズやクラッカーは食べませんが、晩ご飯の後しばらくするとお腹が空くらしいです。そして何を食べたくなるかと言うと「甘いもの」です。食後に甘いものを食べて育っているせいだと思います。

私はデザートはめったに作りませんがケーキやクッキーなどはしょっちゅう焼きますから、家に甘いものがある可能性は大きいです。甘いものが無い時は、グラノーラにヨーグルトをかけたのを食べます。

以前にも記事に書きましたけど、グラノーラは高カロリー食品ですよ。

食後は、果物と紅茶ぐらいにしておけばいいのにと私は言いますが、あの人は私の意見なんて聞きませんからね。

甘いものは、晩ご飯が遅かった時も食べたくなるようです。つまり、晩ご飯ができるのを待ちながらチーズやクラッカーを食べた後、晩ご飯を通常通りに食べて、しばらくしたら甘いものも食べるということです。

完全にカロリーの摂り過ぎです!

もうね、夫の健康のことを考えた料理を作っても意味がないのですよ。そういうのは無駄な努力なんです、ホントにもう。


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2022年2月3日

突然の悲報と家族

英語で「coming for a long time」という表現があります。直訳すれば「長い時間来ていた」という意味です。

「This has been coming for a long time」と言うような使い方をしますが、「いつかはこれが起きると分かっていた」というような意味になります。「This was a long time coming」というような言い方もされます。

前々から発生が見込まれていた出来事がついに起きたという文脈で使われる表現ですけど、発生が見込まれていた出来事なら人々はそれほど驚かないのかもしれませんが、たとえそうだとしても出来事次第では大きな衝撃をもたらします。

例えば、家族の誰かが自殺したという場合です。

先日、夫と私の知人Dさんが亡くなりました。89歳という高齢でした。亡くなられる2週間ほど前に病院に運ばれたという話を聞きました。脳梗塞の疑いがあって救急車を呼んだということでしたが、幸い脳梗塞ではなかったのですぐに退院しました。

そして先週の水曜日の朝、Dさんは普通に起きて来て、奥さんと普通に会話をして、その朝はいつもよりも優しかったと聞きましたが、一人でどこかに車で出かけて行きました。奥さんには何も言わずに。

キーホルダーに付けてある鍵は、置いてあったそうです。後から分かったことですが、彼はキーホルダーから車の鍵だけを外して、黙って出て行ったのです。

奥さんは「あれ、どこかに行ったな」と思っただけで、全く不審に思わなかったそうです。

彼は人気のない場所に車を停めて、排気ガスを車内に引き込んで自殺しました。家族への手紙が残されていて、お葬式についての希望が書いてあったそうです。

Dさんは、何十年も前から不安症を患っていました。症状を悪化させる要因は様々ですが、昨年可愛がっていたネコが死んでからは、気分が落ち込むことが増えていたそうです。

古くなってきた家はいろいろと修理が必要になり、そういうことにも強いストレスを感じていたようです。健康のことが心配だったのかもしれません。

もう人生を終わりにしようと思ったのは何がきっかけだったのか、それは誰にも分かりません。

奥さんにも子供さん達にも、Dさんの自殺は「coming for a long time」だったと聞きましたが、たとえいつかこういうことが起きるかもしれないと分かっていたとしても、実際にこういうことになれば家族は動揺したはずです。

お葬式は近親者だけで行うようにと手紙に書いてあったそうですが、お葬式でやって欲しいリクエストも書いてあったんだそうです。この方はスコットランド移民の子孫であることを誇りに思っておられましたから、お葬式ではバグパイプの演奏もリクエストしていたんだそうで、演奏する曲目も書いてあったとか。

ショックで不安定になっている高齢の奥さんに代わって、子供さん達がお葬式やその後の親族の集まりの食事のことなど手配に忙しかったそうですが、葬儀場はどこも新型コロナのせいでスタッフが足りなくて順番待ちが長くなっているんだそうで、お葬式は来週の水曜日になったそうです。

子供さん達にもいろいろ事情があるようで、他の州に住んでいる方はお葬式に出席しないそうですし、日頃から仲の良くなかった兄弟姉妹間でいさかいが勃発したりと、お葬式を前にすでにいろいろ問題が起きていて、これから財産相続をめぐってどういうことになるのかと、部外者の私達は聞いているだけでしんどくなります。

Dさんが正式な遺言を残しておられたらいいのですがね。


遺言ですけど、ある程度の年齢になったら書くべきものなのでしょうが、私は時々うちの子供達と自分が死んた時のことを話します。

私は、自分が死んだら、まず提供できる臓器があれば提供してもらいます。そして、葬式は不要です。お墓も不要です。将来子供達がどこに住むかも分からないのに、お墓なんて作っても意味がないと思っています。

火葬してもらい、遺灰を2つのきれいな壺か何かに入れて、息子と娘にそれぞれ持っていて欲しいと言ってあります。

将来世界を旅行する機会があれば、いろいろな場所に灰を撒いてくれたらうれしいとも言ってあります。つまり遺灰をずっと手元に置いておく必要はないということです。

子供達に残す遺産など私には無いですし、持ち物も多くはないので片付けに苦労することもないでしょう。唯一頼んでいるのはレシピサイトのことです。何らかの形で残して欲しいと思っています。

ということで、私が死んだら後片付けは簡単ですよ。

でも、うちの夫が死んだら大変です。

夫は葬式をして欲しいと言っています。家族や親戚や友人が集まって自分のことを思い出して語り合ったりして欲しいらしいです。お葬式では、亡くなった人と親しかった人達がユーロジー(Eulogy)という追悼のスピーチをしますが、ああいうのをやって欲しいのです。

そして、遺灰は実家の牧場の丘の上に撒いて、そこに大きくなる木を植えて欲しいそうです。

樹木葬みたいなものです。それもなかなかいいですよね。

お葬式と木を植えること、この2つはそれほど大変なことはないんですけど、夫が死んで大変なのは大量の持ち物の始末ですよ。あの大きなガレージいっぱいの道具やガラクタをどうしろと言うんでしょうかね。

歳をとる前に目が見えなくなることは分かっているんですから、それこそ「coming for a long time」なんですからね、あのゴミ屋敷状態のガレージにあるものを本当に何とかしてもらわないといけません。


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