2011年11月30日

スピード違反

テイルゲイト tailgate という言葉がある。前を走っている車の後ろにぴったりくっついて走ることを言う。ノロノロ走る前の車にイライラしているドライバーが、嫌がらせのためにわざとする場合も多い。

私は、田舎道を運転すると必ずこのテイルゲイトをされる。メルボルン郊外の田舎道は、制限時速100キロという標識が立っていることも多く、私は高速道路ならまだしも片側一車線の結構狭い道で100キロなどというスピードは怖くて出せない。

ぐにゃぐにゃ曲がっていると、制限時速は大抵80キロということになるが、曲がりくねった田舎道を80キロなどというスピードで走ることは私には到底不可能だ。

必然的に後続車は私の後につかえてくる。ハッと気づくとテイルゲイトされている。後ろの車は私を追い越すチャンスを狙っているのだが、簡単には追い越せない場合も多いのが田舎道。

テイルゲイトされるとプレッシャーを感じる私は、可能な場合は車を左側に寄せつつ後続車に追い越しを促すか、路肩に車を止めてしまって私の後ろにつながっている皆さんに先に行っていただく。しかし、それが困難な場合は、迷惑にならないように、なんとか制限時速に近いスピードで走ろうと渾身の努力をするのであります。

馬鹿でしょう?そんなことする必要ないのに。こういう所にも、うつ病になりやすいタイプの人間の性格が出ているわけだ。

で、今日、ヴィクトリア州警察からスピード違反の通知書が送られて来た。違反を犯した日は先週の日曜日。義妹のリアナが強行スケジュールでドバイから帰って来たので会いに行ったのだ。実家があるヒールズビルの町へ行く途中の道で制限時速70キロの所を74キロで走っていたスピード違反により、罰金153ドルを支払いなさいという通知であった。

信じられない!なによ、これぇ!ひどいじゃあないの!

スピード違反をカメラに撮られた場所というのは、時速100キロから80キロに減速しなくてはならないカーブの先の直線道路部分である。この部分は集落にやや近いために制限時速が70キロに設定されているのだ。

あそこの道は、私にとって「スピードを出さなくちゃあ!」というプレッシャーから解放されるので息抜きの道なのです。いつも、「ああ、やれやれ」と思ってスピードを落としているのに、4キロオーバーで153ドル払えとは!

運転速度が遅すぎて他のドライバーに迷惑になっているという罰金ならまだ分かる!

ヒールズビルへの田舎道を120キロもそれ以上も出してる馬鹿者がいっぱいいるじゃあないか!なんで私のような安全運転ドライバーにスピード違反の切符なんか送ってくるんだぁ!

怒り!怒り!怒り!….ちょっと涙…。

食べるのに苦労している我が家に、罰金を払うお金はありません。もうっ、悲しすぎる。

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筋肉痛ひどい!

日曜日にリフォームしている友人宅の床板張りを手伝い、ひどい腰痛になった。

翌朝目覚めると、腰痛の方は幾分和らいでいたが、脚の付け根と大腿部にひどい筋肉痛が発生していた!日頃の運動不足をさらに実感。

この日はいろいろ忙しく、朝、外出した際、高速運転中にルームミラーが降ってくるというアクシデントに遭遇し、まずこれを修理。その後、家の中を掃除。腰も痛いし脚も筋肉痛なのだから、別にこの日にしなくても良いのに、月曜日にすると決めていたので家中に掃除機をかけてからトイレ掃除もした。

さらに、以前から気になっていた家回りに降り積もった松の枯れ葉をほうきで掃いて、集めて捨てた。

今住んでいる家は、10年以上も借家になっているが、家主が難しい人で家の周りの木を簡単に切ることもできない。家の周囲に植えられた松やワトルの木が巨木に成長していて日光を遮り、家の中は暗いし、枯れ葉や松の実や枯れた花びらや花粉やらが常に降り積もるから汚らしい。

とにかく、家回りの掃き掃除は結構大変だったが、腰や脚が痛くても掃き掃除はできるので、なんとかきれいにすることができた。

ところが…

今日になって、右腕の上腕部と右肩にひどい筋肉痛が発生。その痛みは、こうしてキーボードを打つことすら苦痛なほどひどい!昨日の掃き掃除のせいだ。

あのくらいの掃除でこれほどの筋肉痛になるとは、なんと情けない…。

毎日適度な運動をすることで、体を強くする必要があることは十分理解しております。なんとかしなくてはいけません!

ウェブデザインや翻訳の仕事というのは、一日中コンピューターの前に座ってキーボードとマウスを操作しているわけだから、運動不足は当然のこと、肩こりや腕や手首の痛み、首の痛み、視力の減退など、いろいろな問題が生じます。意識してストレッチや軽い運動はやっているのですがね、十分ではないということだな…。


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2011年11月28日

ルームミラーが降ってきた

車はトヨタ!と決めているわけではないが、初めて買った車はトヨタのカローラ。メタリックブルーとシルバーのハッチバックで、良い車だった。10年乗って、オーストラリアへ来る時に売ろうとしたが買い手がなく、廃車にした。地元の自動車屋に全部任せたので、本当はどうなったのかよく知らないが、もしも話通りに本当に廃車にしたのであれば、もったいない話だ。毎年きちんと整備してもらって、どこも悪くなかったし、スクラッチもなく、まだまだピカピカの良い車だった。

オーストラリアに来て買った車も、トヨタのカローラ。薄赤色のメタリックカラーでハッチバック。91年式のを中古で買った。中古でも日本の新車並みの値段であった。

この車も、毎年きちんと整備してもらっているが、さすがにシートがすり切れてきたり、ボディの塗装がはげてきたり、見るからに「20年乗っています!」な車になった。これまで何度もメルボルン〜キャンベラ間やメルボルン〜シドニー間の往復をしており、走行距離はウン十万キロ!しかし、今でもエンジンは何も問題ないし、多少がたつくが快適に乗れている。ブレーキライトが片方壊れているのが唯一の問題か…。

ところが、今日、信じられないことが起こった。

運転中に、突然何かが顔面を直撃!
ガッツーン!と何かが顔をめがけて降って来た!
車内で!

「なっ、なに?」
一瞬、何が起きたのか理解不能。

そして、左腕の上に落ちているその物体を見てみると、なんとそれはルームミラーだった。「ルームミラー?」と理解不能ながらルームミラーを見上げると、そこにルームミラーはない!当然だ、それが突然取れて落ち、私の顔面を直撃したのだから。

ルームミラー無しで、高速走行しながら車線を変更するのは、大変恐い。ルームミラーがないと分かっているのに、ついついルームミラーがあった場所を見上げながら、ドアミラーで後方車両を確認しながら、なんとか無事帰宅した。

家に戻って後ろのハッチドアを開けたら、ハッチの上についていたはずのブレーキ灯が荷物室に転がっていた。

「……。」

食べるのに苦労している我が家に、車を買い替えるゆとりはない。自分で直します。


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2011年11月27日

DIY 床板の張替え

夫の実家があるヒールズビルに住んでいる友人が、家をリフォームしている。私の夫はその手伝いをしている…というか、その友人に雇われて大工仕事をしているといった方が良いかもしれない。

主に玄関、居間、キッチン、バスルームのリフォームだが、キッチンと居間を隔てる壁を取っ払ったり、セントラル冷房システムを入れて、壁の古いエアコンも取り除いて壁を作り替えるなど、リフォームというよりも大改築となってきている。キッチンは、すっかり新しくなることになった。

リフォームするエリア全体の床をフローリングにしたいということで、夫と友人は古いカーペットやタイル、そしてその下にあるクッション材や接着剤やセメントなどを何日もかけて取り除いた。

そうして、ついにむき出しになった床板をサンダーで滑らかに削った後、いよいよフローリング材を張ることになり、今日は、子供達と私も手伝いに行ってきました。

フローリング用の板は、一方の側面が複雑な形状の凸、他方の側面がまた複雑な形状の凹になっっていて、この凹凸を噛み合させて床を隙間なく覆っていけるようになっている。

床板張りは割と単純な作業であろうと想像していたが、それは甘かった。素人の私達にはそんなに簡単な作業ではなかったのだ。

まず、板の下に湿気予防のシートを真っ直ぐに敷くのだが、これは結構簡単だ。シートが敷けたら、その上に板と板の凹凸を噛み合わせて板を真っ直ぐに張っていく。板はカチッと噛み合ってくれるので真っ直ぐに張っているつもりなのだが、次第に歪みが出て来てしまう。わずか1ミリほどの歪みでも、その歪みのせいで板と板の間にわずかな隙間が生じてくるのだ。これを防ぐために、ひもを張って真っ直ぐ度をチェックしながら行わなければならない。

また、床にはセントラルヒーティング用の温風が吹き出す穴が開いていたり、薪ストーブがあったりするし、壁や柱の形に合わせて板をカットしなければならない。継ぎ目が1列に並んで目立ったりしないように継ぎ目を美しくずらしながら、板目の模様やわずかな色の違いなどにも気を使いながら並べていく。

次第に、複雑な板のカットは夫の仕事、板の長さを測ってカットするのは息子の仕事、板を並べてハンマーでたたき込みながら敷いていくのが娘と私の仕事、というふうに役割分担が決まっていった。

真新しい美しいフローリングの床はとても素敵だ。全ての床を張り終えるのには、もう1〜2日かかるだろう。

板をカットする息子のカイ

板をたたいてはめ込んでいく娘のサチ

新しく張替えた床

子供達は、仕事の合間に友人の犬の散歩を楽しみ、日当を50ドルずつもらい、夕食にBBQハンバーガーをいただいて帰って来た。腰の悪い私は、大して重くはない板ではあったが、あれを何度も運び、屈んで板をたたき込むような作業を1日続けたら困ったことになるぞ…と思っていたら案の定、今は普通に歩くことが困難なほどの腰痛だ。ああ…。

でもDIYの仕事は楽しいです。家のリフォームとか修理とか、大好きです!体がもっと強くて力があったら、こういう仕事がやりたいのにな…。


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2011年11月26日

ピンポンダッシュの三人組

今日はメルボルンは一日中雨だった。

私は、朝からずっと仕事に追われていた。制作中のウェブサイトが思いのほか時間がかかっており、ウンザリしているのだが、とにかく少しでも進めなくては!

息子のカイは学校の宿題があると言って部屋に閉じこもったままだ。

娘のサチは最近アニメ中毒で、ネット上に数えきれないほど存在する日本のアニメ違法アップロードサイトで、アニメを見放題である。こういうのを放任しておくのもよろしくないのだが、私も仕事に追われ、夫も今日は仕事で家にいない。

家族の者が、それぞれ別々に過ごす土曜日であった。

私は、仕事に集中してくると他のことは何もかも忘れてしまう性格で、ハッと気づくともう午後2時。ランチを食べていなかったのに気づく、なんてのは日常茶飯事。

今日も、かなり仕事に集中していたのだろう、何もかも忘れていたのだった、突然ドアベルが鳴った時には!

ピンポン!ピンポン!ピンポ〜ン!

けたたましいドアベルの音。静まり返った家の中で仕事に集中している所へ、こういう大音量のドアベルが突然鳴り響くと、びっくり度は凄まじい。

「いったい誰?びっくりするじゃあないの!一回押せばすむのにぃ…」と心の中で来訪者をののしりながら玄関へ急ぐ。「はーい、どなたですか?」

……誰もいない。

「あれ、いたずらか?」

また仕事に戻る。そして、再び何もかも忘れて集中してきた頃…。

ピンポン!ピンポン!ピンポ〜ン!

もちろん玄関には誰もいやしない。これは、ピンポンダッシュに間違いない。雨の土曜日、子供が退屈してやっているのだろう。しかし、この雨の中をピンポンダッシュして歩いているのか?

今度は娘のサチもイタズラに気づいた。
「誰がやっているのか、突き止めてやる!」

我が家の玄関は非常に分かりにくい所にあって、家と塀の間を奥に入って来ないとドアベルは押せない。誰がやっているにしてもアッパレな度胸である。

サチが玄関に近い部屋の窓から外の様子を見張っていると、やって来たのは小学校3年生くらいの二人の男の子とその弟と思われる小さな男の子の三人組。あっという間に、ドアベルをピンポン!ピンポン!ピンポ〜ン!と押して逃げていった。

後を追うサチ。しかし、少年達の逃げ足は早過ぎた。我が家から道路に出て、左方向に走って逃げたと言う。「ようし、今度はビデオに撮ってやる!」と、ビデオカメラを手に張り込むこと数十分。しかし、少年達はもう戻っては来なかった。

もう夕方だからイタズラはやめたのか、誰かに見つかってしこたま叱られたか、親に見つかったか…。幼い弟が一緒だったから、小さな子供は問いつめられるとすぐに白状してしまうものだからな。

ピンポンダッシュは、3回で終わった。

しかし、夕方から今度は電話が鳴り始めた。Prank Call プランクコールと呼ばれるイタズラ電話である。子供の声で、カーペットクリーニングのセールストークが始まったり、イタズラ電話の内容も結構クリエイティブである。私は全く愉快であった。

ああ、雨の土曜日はよくこんな感じだ。それにしても、イタズラ電話をかけるのにも勇気が必要だろうに。退屈している子供達、親が仕事で留守なのだろうか。

やれやれ…。


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2011年11月25日

Blogger コメント投稿の不具合

Googleの無料レンタルブログサービス Blogger でブログをはじめて2ヶ月がたった。

数ある無料ブログサービスの中から、なぜ Blogger を使うことにしたかというと、なんといってもテンプレートのデザインの豊富さとカスタマイズの簡単さが一番の理由。思い通りにデザインができ(しかも超簡単に)、使い勝手がよく、管理が簡単で、ごちゃごちゃ要らぬ広告がくっついていない!

シンプル、美しい、機能的、簡単。しかも、Googleがやっているんだからきっと良いはずという安心感もあった。

ブログをはじめてから2ヶ月、この間一度もコメントをもらったことがなかった。誰からも…。毎日読んでくれているはずの友人からも。

先週は、10月に私が書いたブータン農業の父とも呼ばれる西岡京治さんについての記事を何百人もの方が読んで下さったことが分かった。ブータンの国王夫妻が日本を訪問され、メディアがブータンについて報道し、西岡さんのことも話題になったのに違いない。

合計2千を超えるページビューがあったので、私も本当にうれしかったのだが、誰一人コメントを投稿してくれる人はいなかった。
「多くの人が読んでくれているのに、コメントを書いてくれる人が一人もいないのは残念なことだ。」と、私はがっかりしていた。

「コメントはちゃんと書けるようになってるわけ?」と夫が聞くので、「書けるようになっているよ!」と言いながら確認してみたら、なっ、なっ、なんと、コメントの投稿欄が表示されないではないか!

えええっ!おかしい!
コメント欄が表示されない!
コメント数も、コメントリンクも、何もない!
こりゃ、コメントが来ないはずだよ!

ブログを作った時に確認した際には、ちゃんと投稿記事の下に「コメント**」という文字があって、それをクリックすると、コメント投稿用のウインドウが表示されていたのだ。

どういうこと?
設定は何も変更していないし、誰でもコメントを投稿できるようになっているはず。

インターネットで解決方法を探そうと検索してみた。すると、私と同様の悩みを抱えた人が大勢いることが分かった。日本語でも英語でも、コメント投稿に関する不具合の問い合わせや悩みがいたるところに載っている。しかし、これだ!という解決方法が見つからない。

考えられる限りのあらゆることをやってみたが、どうやってもコメントに関するものは何も表示されない。半日を無駄にしてしまった。

他の無料ブログサービスへ引っ越すことも考えた。しかし、Blogger の素晴らしさを知ってしまったらそう簡単に他へ引越しなどできない。Blogger は、本当に自由で、制限がなく、使い方が簡単で、一人でいくつでもブログサイトがカ~ンタンに作れて、あのテンプレートのカスタマイズの自由さも、ちょっと他では考えられないのです。

どうするか…。

私は、時々このブログで紹介するレシピを載せるために作ったもう一つのブログサイトがある。ふと、あのサイトはどうなっているのだろうと思い、確認してみた。すると、こちらの方は何の問題もなくコメント投稿に関する全てが機能していた。

そこで、私は試しに、新しいブログサイトを作って、コメントが機能していない2ヶ月前に作ったばかりのサイトのコンテンツをインポートしてみた。そうしたところ、コメント投稿に関する不具合は見られなかった。良かった!

新しいサイトのデザインを古いサイトと同じに整え、古いサイトのアドレスを変更し、新しいサイトに元々のアドレスを付けた。これで、私のブログへのリンクも変更する必要はなし!問題解決である!古いサイトはもう必要なくなったのだけど、とりあえずしばらくはそのままにしておこうと思う。

ですから、Blogger のコメント投稿に関する問題を抱えている方には、この方法をお勧めします。

Blogger のチームからの回答もいろいろ読んでみましたが、この問題が一部のユーザーの一部のサイトに発生している原因が分かっていないのですから、ユーザー側が解決を試みるのは時間の無駄かもしれません。

ここは、Blogger の管理の容易さを利用して、新しいサイトを作って、不具合のあるサイトから引っ越すことです。一番簡単で早い解決方法です。


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2011年11月24日

コスプレ Cosplay

日本語には多くの外来語があるが、近年では大変多くの外国語が「カタカナ語」として日本語化している。意味不明の「カタカナ語」も多い。外国語から日本語に翻訳する人が、適切な言い換え語を思いつかないのか知らないのか、安易にカタカナ語にしてしまう場合も増えているように思う。

オーストラリアに住んでいて、日本語における「カタカナ語」のように、外国語から英語になっている言葉を、最近よく耳にする。

多いのは食材名や料理名で、日本の食材も最近はすっかり英語になっているものが多い。例えば、数年前まではスィーウィード seaweed と呼ばれていた海苔も、今では寿司人気のおかげで誰でもノーリ nori と呼ぶし、コンブゥ、ウマーミ、シィターキー、シメェジ、エノーキ、ナシィ、ダシィ、ミリン、ダイコーン、テリヤキ、ワサァビ、…と、例を挙げるときりがない。

これらの言葉を言い換える適切な英語が存在しないのだから、そのまま言い換えずに使うのが簡単ではある。

食べ物に関する言葉に限らず、日本独自の文化が外国へ紹介される際に、日本語の名称がそのまま使用されることは多い。カラオーキ、ボンサイ、パチィンコ、カラーティ、スゥモウ、ジュードー、シアツゥ、オリガーミ、…と、これまた例を挙げればきりがない。

最近、私の子供達が学校の友達とおしゃべりしたり Facebook などでメッセージをやり取りする際に、マンガ、アニメ、アキバ、オタク、ヴィジュアルケイ、ヘンタイ、コスプレ、…などの日本語をあたりまえのように使っているのに驚いた。こうした言葉もすっかり英語化しているのである。「オタク」って、本当に意味を理解して使っているのだろうか。

恐るべし、日本のポップカルチャー。YouTube や数えきれないほど存在するらしいアニメサイトなどで、オーストラリア人の子供達にも日本のアニメは大変な人気のようである。

息子の友達で、毎年メルボルンで開催されるアニメ博のコスプレ大会に参加している男の子がいる。私の息子もコスプレには大いに関心があるらしい。この「コスプレ」だが、和製英語の「costume play」が英語になった一つの例で、英語辞書には「cosplay」として載っているそうだ。コスプレをする人のことは「cosplayer」と呼ぶのだそうで、英語の「play」と同様の語尾変化をするらしい。

コスプレは、世界的に年々人気が高まり、今や一つの産業となっている。

面白い時代である。


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2011年11月23日

抗ヒスタミン薬漬け

毎日、抗ヒスタミン薬を飲んでいる。飲まなかったら普通の生活は困難である。

一日中くしゃみをし続けるのが、どれほど苦しいことか!
鼻をかみ続けて、鼻の下が擦れてあかぎれのようになって、どんなに痛いか!
まぶたが腫れ上がって目を開けていることすら辛いのが、どんなに大変か!

そういう状態では、仕事など無理だし、家事をする気力もなくなる。抗ヒスタミン薬無しでは、にっちもさっちもいかない。薬が花粉症の症状をすっかり抑えてくれるわけではないが、薬のおかげでなんとか普通の生活が送れるというわけなのだ。

ところが、ここ数日は、抗ヒスタミン薬を飲んでいるのに、少しでも戸外に出るとくしゃみ、鼻水、目のかゆみがひどくなって耐えられない。顔もかゆくなる。

じゃあ戸外に出るなと言われても、そういうわけにはいかない。ゴミを出すとか、郵便を取りに出るとか、買い物に行くとか、一日中家の中に閉じこもっているわけにはいかないのだ。でも、外に出たら終わりなんです。

どうして私の花粉症はこんなにひどいのだろうと悲しくなる。

抗ヒスタミン薬だけではどうにも耐え難いので、抗ヒスタミン点鼻薬と抗ヒスタミン目薬も使い始めた。もう薬漬けである。大丈夫なのだろうかと、一抹の不安を感じながら薬を使い続ける毎日だ。暑くてもマスクを使うしかない。怪しい人と思われても花粉症用ゴーグルを着用するしかない。

でも、恥ずかしいです!はっきり言って、そんな格好で買い物には行けません!

青く晴れ渡った夏空の下、キラキラ輝くお日さまを恨めしく見上げながら、今日も洗濯物を部屋干しする私。家の中もなんだか臭い。

家中の窓を開けて、ひんやりと気持ちの良い新鮮な空気が入ってくるのを想像する。ああ、窓を開けられたらどんなに…。いやいや、それは私には自殺行為。

あと1ヶ月の我慢だ。毎年クリスマスの頃には、少し楽になるのだからな…。

でも辛いです!
毎年のことだけど、本当に大変です!


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2011年11月22日

カンタス労使交渉やっぱり決裂

先月末、労使紛争の続いていた「カンタス航空」は、国内線及び国際線全便の運航を停止させて、世界中で大混乱を引き起こしたが、連邦政府の要請を受けて緊急審理を行った労使裁定機関 Fair Work Australia (FWA) が労組側にストライキの即時中止、労使双方に対して21日間の交渉期間内に労使問題を解決するように命令を出していた。

21日が過ぎた。もちろん、カンタス社の労使は合意には至らなかった。交渉は決裂!「そりゃあそうでしょうよ」と私は思った。

賃上げや労働条件改善に関しては、合意の可能性があったかもしれない。しかし、国際線の赤字に悩むカンタス社経営陣は、とにかくコストを削減したいのだ。そのためには、人件費の安い海外へ一部の事業拠点を移したいのだ。海外子会社を設立するなり、事業の一部を外部委託するなり、契約従業員を増やすなり、コストの削減はカンタス経営陣にとって絶対に取り組まなくてはならない最重要課題なのだ。

しかし、パイロット、整備士、地上職員の3労組は、仕事の保障が最重要ポイントなのだから、絶対にこれを認めるわけにはいかない。労使が歩み寄れるはずがないのである。

21日経っても労使はやっぱり合意に至らなかったので、FWA の強制的な裁定に委ねることになった。しかし、FWA にとってもこの「カンタス航空」の労使紛争に裁定を下すためには、様々な事情を考慮する必要があり、裁定が下されるまでには何ヶ月もかかると見られている。

ただ、どう考えてみても、赤字に悩む「カンタス航空」に対して、コスト削減を不可能にするような裁定を下せるはずがない。コスト削減に取り組まなければ倒産してしまうではないか。「人件費の安い海外へ拠点を移してはダメですよ。オーストラリア国民を雇って、たとえ経費が高くついてもオーストラリア国内で事業は続けなさい。従業員の給料ももう少し上げてあげなさい。人件費の安い外国人を雇ったり、外部委託とかしてはダメですよ。」なんて裁定になるわけがない。

裁定は、経営側に有利な内容になるだろうと思う。

そうなったら、カンタスの従業員達が黙ってその裁定を受け入れるとは思えない。法律的には受け入れなくてはならないはずだが、再び労使紛争の大混乱が起きるかもしれないのだ。


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2011年11月21日

グーグル ストリートビュー

今日は午前中に、食品の買い物に行った。いつも行くスーパーの Coles コールズで、エコバッグ8袋分ほどの買い物をして昼前に帰宅した。

私の家族が住んでいるのは借家だ。大変不自然なレイアウトの家で、道路から見ると家の右端にガレージがある。しかし、玄関はその近くにはない。玄関は、真反対の家の左端の角を曲がって、家と塀の間を奥に進んだ所の壁にトンネルの入り口のように開いている穴の中だ。

ちょっと言葉で説明しても分かりにくいと思う。私は、初めてこの家を見に来た時に、玄関を見つけるのに苦労したのだから。(この家は全く気に入らなかったが、他の物件がなかったので仕方なくこの家に引っ越したのです。)

とにかく、ガレージから玄関がこんなに遠いというのは不便きわまりないないので、車をガレージに止めることはない。いつも車は玄関のある家の左側の壁に一番近い道路に止めている。

今日も、もちろん買い物から帰って道路に車を止め、まずバッグを4つヨイショヨイショと家に運び込み、また道路に戻って残る4つのバッグを両手に2つずつ持った。ところがこれが非常に重い。腰が悪い私であるから、一度に4つも重いバッグを持つのは無理かと思ったが、もう一度道路に出てくるのは面倒なので、腰を気にしつつ、膝を曲げ気味に、十分注意してバッグを全部一度に運ぶことににした。ちょっとゴリラの歩き方に似ていたと思う。

そのとき、向こうから派手なオレンジ蛍光色のワークウェアを着た男の人が、バイクでやって来た。「大きなバイクだな」とは思った…その時。

バイクは私の横を通り過ぎていったが、通り過ぎる際にチラッと見たら、それは普通のバイクではなかったのだ。よく農場などで使われている四輪駆動のオートバイのようだった。蛍光オレンジのベストを着てサングラスをかけた若い男が運転していた。

そして、何が普通でなかったかというと、その四輪バイクにはいくつものカメラが装備されており、前方、後方、左右に加えて、さらに斜め方向を撮影すると思われるカメラも取り付けてあったのだ。

「なんだあれは…?」

ゴリラのように膝を曲げ、腰を伸ばして、重いエコバッグを4つも運んでいた私は、ふと立ち止まって過ぎ去ってゆく四輪バイクの後ろ姿を眺めながら「しまった!」と思った。

あれは、グーグルのストリートビューを撮影しているのに違いない!
「しっ、しまった!撮られてしまった!よりによってこんなゴリラのような格好でエコバッグを4つも一度に運んでいる姿を!」

すると、バイクは我が家の前の道をT字路の所まで行くと、なんと戻って来て、別の路地へ入って行った。ああ、これはもう絶対グーグルに違いない!間違いない!

「くっそぉ!撮られてしまった!見られてしまうじゃないか、世界中の人に!あのゴリラ歩きを!」

グーグルさん、お願いですから私が映っている画像を使わないでくださ〜い。


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2011年11月20日

理想の人生

アラブ首長国連邦のドバイで税理士をしている夫の妹リアナが、週末休暇をもらって実家のあるヒールズビルに帰って来たので、私達家族は今日彼女に会いに行った。

金曜日にドバイから十数時間かけて帰り、土曜日に幼友達リンダの結婚式に出席、今夜の便でドバイに戻り、明日は仕事という強行スケジュールだそうだ。よくぞ帰って来てくれました。結婚式をあげたリンダもうれしかっただろうが、何ヶ月ぶりかでリアナに会えた私達もうれしかった。

リアナが帰ってくると、私の夫は幸せ度が200%アップするようで、昨夜は「ああ、明日はリアナに会えるぞぉ!」と大変興奮していた。母親である夫の母は、毎回リアナが帰ってくると、またドバイに戻っていく時のことを思って感情的になり泣く。まあ、気持ちは分かるが…。

リアナは、夫の家族の中で太陽のような存在である。頭が良くて、美しくて、スタイルが良くて、性格も良いのだが、それ以上に、彼女の「ずっと勝ち組の人生」がポジティブオーラを発散している、それも大きな理由という気がする。

彼女は、生まれつき知能指数が高くてハイスクールは飛び級している。特に数学に強く、大学を卒業後に会計士になった後、ヘッドハンティングと自分自身の努力で上へ上へとキャリアを積み上げ、今では税金のスペシャリストとしてドバイで働いている。食べるのに苦労している私達夫婦とは大違いで、良い給料をもらって人生をエンジョイしている彼女からは、明るいキラキラしたオーラが出ているのが私には見えるのだ。

「キャリアウーマンとしてガンガン働いてしっかり稼ぎ、世界中を旅行して人生を楽しむ」という、私が思い描いていた理想の人生をそのまま生きている彼女をうらやましくも思うが、じゃああなたは子供を産んで母親業優先の生き方を後悔しているのかと問われたら、全く後悔していないと答えるだろう。

私の人生は、若い頃に思い描いていた人生とは大きく違ってしまったけれど、あきらめざるを得なかったことも多いけれど、カイとサチが生まれてからは、母親として、二人を育てることに一生懸命だった。あの子達と一緒に暮らす時間も残り数年だ。ヒトが生まれ育っていく過程をこうして見ることができて、それは素晴らしいことだったと、これは胸を張って言うことができる。

大好きだったダンボール箱の家


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2011年11月18日

褒められて気づいた良さ

自分の子供を育てる上でも、教師として生徒達を教える上でも、良いところを認めて褒めるというのはとても大切なことだと思っている。

誰だって褒められて嫌な気分はしないし、褒められることで自分自身が気づいていなかった自分の良さを自覚できる。「自分にはこんな良いところがあるんだ」「こんな才能があるのだ」と自覚することで、その後の行動や判断が変わってくる。自信もつく。そうして、その子や生徒の良いところが伸びていく。より優れた人間性を持つ良い大人に育っていく。

褒めるということは本当に大切だと十分理解していたが、「褒められる」ことがもたらすポジティブなパワーを、実は今回のブータン国王の日本訪問で強く感じた。

多くの日本人は、自分たちの国が素晴らしい国だとは実感していないだろう。アジアを近代化に導いたリーダーであったという誇りなど感じてはいないだろう。

自分たち日本人が「規律を重んじ、歴史に裏打ちされた誇り高い伝統を持ち、不屈の精神と断固たる決意と秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民だ」とは自覚していないだろう。「兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ強い精神性を持つ国民だ」と感じてはいないだろう。

しかし、ブータン国王はそう繰り返し述べられた。

聞いている我々がちょっと気恥ずかしくなる程の日本に対する尊敬のこもったブータン国王の言葉は、私にとっての「自分の国のイメージ」を少し変えた。自分の国のこんなところがダメだ、あんなところが悪い、と批判するのをちょっとやめて、こんな良いところがある、こんな強さがあると、良い面を見直すきっかけになった。

そして、それは、国とか日本国民とかいうレベルだけでなく、一人の人間としての自分についても同じだ。

自分ではなかなか気づけない自分の良さに気づけるように、家族や友達で、お互いの良いところを褒め合ってみるのもいいかもしれません。


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ブータンブーム

現在、個人的にブータンブーム真っ最中だ。若いワンチュク国王が、大変好印象である。インターネットを英語で検索してみると、様々な国の新聞記事やブログなどが見つかる。YouTube クリップもたくさんあって、国王が国民と親しく言葉を交わしていたり、子供達を抱き上げたり、とにかく気さくなのだ。これはパフォーマンスなのか?と、つい疑った。

いろいろ読んでみると、このワンチュク国王は、本当に気さくで誠実で謙虚な、見た目通りの人であるらしい。

有名な「国民総幸福量」という概念を提唱した、この人のお父さんである前ワンチュク国王がまた偉い。この人は大変開明的な王様で、ブータンを王様が国を治める絶対君主制から民主化させるために、自ら国内各地で国民を説得したという逸話がある。国民が民主化を求めて王様を倒すという話はよくあるが、君主制のままの方が良いという国民を、国の将来のためには民主化するべきだと説得して歩く王様というのは、聞いたことがない。

王様のリーダーシップによりブータンの政治は民主化され、2008年に憲法が公布されて選挙により首相が選ばれ、ブータンは絶対君主制から立憲君主制となった。王様は、民主化に合わせ、同年に退位して長男に王位を譲るとしていたが、早く息子に十分な政治経験を積ませたいからと、2006年の12月に譲位した。

このようなお父さんから「お前は特別な存在ではない。国民と国のために尽くすこと、それがお前の使命である」と教育を受けて育てられた現ワンチュク国王であるから、私達が目にする彼の姿は、パフォーマンスではなく本物なのだ。ブータンに住んでいる外国人のブログなどからも、この若き国王の飾らない謙虚な人柄は知ることができる。

先日、慶応大学で学生達に話をされている映像を少し見たが、「世界は科学の進歩によって発展したけれども、不公平な経済成長や環境破壊という課題が突きつけられている。私達の世代は、真の発展とは何なのかを考え直すことが求められいる。そうすることで本当に持続可能な成長が実現できる」と、とてもインスピレーションを与える内容だった。彼はオックスフォード大学で政治学を学んだそうだ。同大学で彼を知る人の話によると、パーティーなどにはあまり参加しない serious study(真面目に勉強している人)だったそうだ。

このワンチュク国王が、昨日、日本の国会で行った演説が素晴らしいです。震災の後、ブータンの人々がお寺で日本のためにお祈りをしてくれていたなんて知らなかった。私は、この演説を聞きながら、日本人が持つ本来の良い資質や文化というもの思い起こして、忘れかけていた誇りのようなものを感じましたよ。



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2011年11月17日

ブータン国王夫妻

現在、米国のオバマ大統領がオーストラリアを訪問中だ。いきなり、オーストラリア北部のダーウィンにアメリカ軍を駐留させることにしたと発表した。アメリカ軍がオーストラリアに駐留する?そういう話をしに来たのか…。

メルボルンでは、ゴルフのプレジデンツカップが始まっている。有名なゴルフプレーヤーがメルボルンに集結しているので大きな話題になっているが、私はあまり興味がない。

いろいろな話題がある中で、今私が興味があるのは、現在日本を訪問中のブータン国王夫妻のことだ。日本の新聞サイトには、ご夫妻の写真がたくさん掲載されているので、ついついチェックしているのだが、まあなんとお美しいお二人だこと。

すらりと長身でとにかく容姿が美しいが、お二人が着ている民族衣装が素晴らしい。男性用は「ゴ」、女性用は「キラ」と呼ばれるこのブータンの民族衣装は、オリンピックの代表選手も着用しており世界的に有名になっているが、日本訪問中のワンチュク国王は、足元もブータンの伝統的なブーツで決めている!

首相が国王夫妻を表敬訪問した際の写真にワンチュク国王の全身が写っていて、私は国王の赤と黒のブーツに目が釘付けになった。


すぐに他の写真をチェックしていくと、国王はこの赤と黒のブーツの他に黄色と黒のブーツも履いておられるようだ。色に意味があるのかどうかは知らないが、黄色は国王の色と聞いたことがある。

ジェツン・ペマ王妃の民族衣装も、絹だと思うが、色といいデザインといいなんて美しいのだろうとため息が出る。お二人は、自国の伝統文化を守っていこうとする国の姿勢を見事に示していて、さらにそれが格好いい!

日本の皇太子様との会談の際に、日本とブータンとの間には特別な強い信頼関係があると述べられたそうだが、その信頼関係の礎となったのは、「ブータン農業の父」として今でも尊敬されている西岡京治さんだ。西岡さんのことは先日ブログに書いたのだが、ブータン国王夫妻が日本を訪問されたことがきっかけで、西岡さんのことも報道されているのだろうか。もっと多くの人が西岡さんのことを知るきっかけになれば良いのになと思う。

今、ブータンでは恋人達が手をつなぐ習慣が生まれていると何かで読んだ。国王夫妻が、国内の様々な場所に出かける時に、いつも仲良く手をつないでいるのを真似するようになったのだそうだ。

このお二人は、本当に愛し合っていて幸せなのが分かる。ブータンの国民総幸福度の指数もさらに上がっていきそうである。


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万引きを目撃

今日ちょっと外出した帰りに、おなじみの Coles に寄った。必要だったのはミルクとクリームとパンとチーズ。どこのスーパーでも良かったのだが、リングウッドのイーストランド Eastland というショッピングセンターの横を通ったので、そこの Coles へ寄ることにしたのだ。

木曜日の昼前、驚くほどすいていた。いつも買い物客があふれ返っているのに、今日はどうしたのだろう?

このショッピングセンター内の Coles は、相当広い。むやみやたらに広いが、その分品揃えも良いので気に入っているのだ。とにかく私は急いで乳製品のコーナーへ行き、買う予定だったものをかごに入れると足早にレジへと向かった。

レジへと早足に歩いている時、ペット用品が並ぶ通路の横を通った時にチラッと通路の方を見た。女の人が一人だけ、他には誰も買い物客はその通路にいなかった。その女の人を見た瞬間、その人は棚から何か小さな缶詰のようなものを1つ取り、それを自分のショルダーバッグに入れた。

「おかしいぞ?万引きか?」

レジに並んで順番を待ちながら、黙って見なかったふりをするのは正しくないと思い始めた。かといって、根っからの臆病者の私が、その女性に何か言うことなどできるわけがなかった。彼女がショルダーバッグに何かを入れたのは98パーセント確かだったが、入れたふりをしただけかもしれないのだから。(そんな馬鹿な…。)

「今、女の人が棚から物を取ってショルダーバッグに入れるのを見たんですが…」と、レジの人に言ってみた。
「どんな人だったか説明できますか?」
「うす茶色の髪の毛の女の人。ペットフードのコーナーです。」

うす茶色の髪の毛しか思えていない情けない私。かなり身なりの良い中年の女性だと思ったが、どんな色の服を着ていたかとか全然覚えていなかった。(しかし、バッグを説明しろと言われたら絵にかけるくらいあのショルダーバッグは鮮明に覚えていたんですよ。)

「なんだかやましい気分なんです。見た時に、あの人に何か言うべきだったかと思って…。悪い事を目撃して知らぬふりをするのは良くないから」と私はレジ係に言った。

「あなたがそんな事で気分を悪くすることはありませんよ。もしもまた万引きを見たら、サービスデスク(レジの隣にある)へ行って見た事を説明してください。店の者が対応しますから。」
レジの人は、もう気にするなと言ってくれた。

ということですので、私のように正義感が強く悪いことをしている人を見て見ないふりはできないが、何か言う勇気はないという臆病な方は、サービスデスクに迅速に報告し、悪い人を懲らしめてもらいましょう。


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2011年11月16日

心の病気について語ろう

チャンネル10の「The Project」という番組がある。平日の夕方6時半から7時半までの1時間、ジョーク連発のユーモアにあふれたエンターテイメント性のある番組であるが、非常に面白い話題や社会問題を取り上げたりする。

今日、彼らが取り上げた話題の中に、オーストラリアにおける自殺者数の問題があった。

オーストラリアでは、多くの人が心臓疾患と脳卒中で亡くなる。喫煙によって引き起こされる肺がんも死因の第3位に入っている。糖尿病患者も年々増え続けている。運動不足と食べ過ぎによる肥満の増加も大きな社会問題だ。交通事故でも多くの人が亡くなっている。こうした問題はメディアに取り上げられることも多く、政府のテレビコマーシャルなどでも頻繁に啓蒙活動が行われ、学校でも指導されている。

しかし、オーストラリア人の死亡原因の10位に入る深刻な問題であるにも関わらず人々が語ろうとせず、メディアもあまり取り上げないのが「自殺」だ。

メディアなどで自殺問題を取り上げると「それが引き金となって自殺する人が増える」とか「真似をして自殺する人が出る」という考えがあるが、統計的にこの意見を裏付ける証拠は何もないと言っていた。

ならば、なぜオーストラリア人は、うつ病をはじめとする精神疾患についてもっとオープンに話さないのか、もっと啓蒙活動を行わないのか、もっとこの問題に関する情報を広く提供し、苦しんでいる人やその家族にヘルプラインを行き渡らせないのか。番組は、そういった問題提起をし、ヘルプラインの電話番号を十数秒間映し続けた。

自殺率の国際比較を見てみると、現在オーストラリアは世界51位、日本は8位である。日本人の死亡原因では、がんや心臓疾患などに続いて自殺が7位となっている。悲しい数字だ。

私は、自分のうつ病のことを結構オープンに話して来たが、日本にいる自分の家族には詳しいことは言えなかった。理解してもらえないという不安が大きかったからだ。家族の方も何もたずねてはこなかった。話題にしてはいけない事と考えているような印象を受けた。オーストラリア側の家族は、もう少し理解があり、うつ病の事を話題にできる。私の夫がパニック障害で苦しんだ経験があるからだと思うが、心の病気のことは話題にしようとしない人は多い。

人々への啓蒙活動と教育が絶対に重要だ。精神疾患に対する偏見をなくし、正しい知識と治療に関する情報を広め、人々がこうした心の病気を正しく理解するようになれば、おのずと普通に話題にできるようになるはずなのだ。ヘルプラインなどのサポートネットワークをさらに充実させ、無料でいつでも助けてもらえることを広く知らせる事も重要だ。

だから、私も、このブログで機会があればいつでも、心の病気に関する話題を取り上げていきたい。


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2011年11月15日

やーめぴっ!

ついつい自分を追い込んでしまう傾向がある私は、「こうしなくちゃ」「これはやっておくべき」「せずにすませるわけにはいかいない」といつも考えている。

うつ病から回復してからは、このような自分を追い込んでしまう傾向がなくなったわけではなく、自分を追い込んでいる自分に気づいて「ちょっと待て、そこまですることないぞ!」と思えるようになっただけのことだ。

それでも、猪突猛進的にやり過ぎて苦しくなっていることがよくある。

今日は、結構忙しい日だった。やらなければならないことは少ないのに、のんびり暇にしているのは正しくないからと自ら仕事を次々と作って自分を忙しくしていたのだ。

夕食の後、片付けも済ませてほっと一息つこうとした時に、クッキージャーがほとんど空になっているのを見た。
「あれっ、おとといチョコチップクッキーをたくさん焼いたばかりなのに、いつの間に!」

私は、市販のクッキーやケーキをほとんど買わない。とにかくわけの分からない原材料名が小さな文字でびっしり並んでいるような食品をできるだけ食べたくないのだ。家で手作りできるものは手作りしたいので、家族のおやつとなるクッキーやケーキは、いつも自分で作っている。

もう夜9時近い。「今から作るのもちょっとめんどうくさいな、今日は疲れているし…」というのが本音。「でも、作っておかなければ、明日子供達が学校へ持っていくおやつはどうするの?簡単に作れるでしょ?焼いている間に休めばいいじゃん?」といつもの私が言う。

じゃっ、作るか…と、材料を取り出しながら、思わず叫んだ。「やーめぴっ!」

驚いた!こんな言葉が自分の口から出たことに!
普段私が使う言葉ではない。

「やーめぴっ!」というのは、娘のサチが幼い頃の口癖で、家族でゲームをしていて負けそうになったり、たいくつな作業に飽きたりすると、いつも彼女は突然「やーめぴっ!」という言葉を残してどこかへ行ってしまい家族を怒らせていたものだ。

娘の口癖だった子供言葉が、なんということか思わず自分の口から出た!そうしたら、またも自分を追い込んで無理していることに気づいた。そして、クッキー作りはやめることにした。疲れているんだから休むことにした。なんだかいい気分だった。

「やーめぴっ!」って、なかなかいい言葉じゃないか。何となく思わず自分を許してしまえる可愛らしい言葉だ。さいごのところの「ぴっ!」という音のせいかな?

「いったん始めたことはなんとしてでも最後までやり通すのが正しいのだ」というプレッシャーから、不思議なユーモアで「まあ、いいか!」と逃げ道に導いてくれる面白い言葉だ。


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2011年11月14日

Splendor in the Grass

昨日、ピンク・マルティーニのことを書いたのだが、彼らの曲の中で聴いていて涙が出た曲がある。「Splendor in the Grass」という曲だ。

昔「Splendor in the Grass」という映画があった。エリア・カザン監督の映画で「草原の輝き」という邦題がついていた。映画の内容とそぐわないタイトルだと思っていた。

「Splendor in the Grass」というのは、イギリスの詩人ワーズワースの詩からの引用なのだが、「草原の輝き」と訳してしまうとなんだか薄っぺらい。その意味はもっと象徴的で、草原の中に咲く花の輝くような美しさ(いつかは失われてしまうかもしれない素晴らしいもの)というもっと深い意味を私は感じる。

ワーズワースの詩はここで紹介しないけど、ピンク・マルティーニのこの曲は、私の心にストレートに響いた。「生きる」ということを考えさせる歌だ。

私のこの1、2年は、本当に苦しいことや大変なことばっかりで、ぎりぎりのところでなんとか生きて来た、と自分は感じていた。経済的な困窮は大変なストレスで、今も生活は苦しいし、毎日なんとか食べていくのがやっと…。どうしてこんなことになってしまったのか、我が身の不幸を嘆くしかない気分の日々が続いていた。

うつ病になったのも不幸。回復したとはいえ仕事に戻れないのも不幸。腰が悪くてやりたいことができないのも不幸。不満ばっかり…。

ピンク・マルティーニの「Splendor in the Grass」を聴きながら、自分のここ2年ほどのもろもろの不幸を考えていたら、曲が途中でチャイコフスキーの有名なピアノコンチェルトになった。同時に、ビデオの映像が空に上った風船からの映像になる。そして、輝く草原へ。

そこから後を聴きながら、涙が流れ出た私の心の中をうまく説明できません。聴きながら、自分自身の生き方についての問いが生まれたのです。自分にとって、価値のあるものとは何なのか。大切なものは何なのか。自分にとっての「Splendor」輝くような素晴らしいものとは何なのか。



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2011年11月13日

ピンク・マルティーニ

朝日新聞のニューサイトを見ていたら「由紀さおりさん、欧米で大ブレーク 日本語で歌いヒット」というニュースに目がとまった。

由紀さおりさんといえば、子供の頃によくドリフターズの番組に出ていた歌手でルールールールールーという歌を歌っていた人。最近はお姉さんと童謡を歌っていると聞いていたが、その人がiTunesのジャズ部門で1位?欧米でブレークしている?日本語で歌って?

大変興味を持ったので、共演したという米オレゴン州ポートランドを拠点とするジャズオーケストラの「ピンク・マルティーニ」のことを調べてみた。元々は、政治的な動機を持って様々な集会で人集め&資金集めを目的にコンサートを行う音楽家の集まりだったそうだ。ピンク・マルティーニの曲をYouTubeでいろいろと聴いてみて驚いた。このグループの曲は、これまでいろいろなところで聞いたことがあるものがたくさんあったからだ。

テレビドラマや映画で聞いた曲、テレビのコマーシャルで聞いた曲、TVのダンス番組で聞いた曲…などなど。
「ああ、知っている、この曲!この人達の曲だったのか。」
うれしい発見だった。

ピンク・マルティーニ

彼らの音楽は1つのジャンルにとどまらない。「これがピンク・マルティーニの音楽だ」と表現する言葉は見つからない。

ジャズだったり、ラテンだったり、民謡だったり、ポップスだったり、日本の歌謡曲だったり、クラシックだったりする。リーダーのトーマス・ローダデイルのインタビューを聞いてみると、その時々に興味を持った音楽、やりたいと思う音楽をやっているのだとか。

曲を作る人も決まっていない。グループのメンバーだったりその姉妹だったりする。

歌う言葉も、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ナポリ語、日本語、ロシア語と言語の境も超えている。

ヴォーカルのチャイナ・フォーブスは、特に素晴らしく歌唱力があるわけではない。むしろ、声に特徴がないというか普通の声だ。しかし、この親しみやすいというか親近感を感じさせる普通の歌声が、彼らの変幻自在の音楽に合っているし、様々な異なる言語で歌う彼女の語学力も素晴らしい。(最近声帯の手術を受けて現在休養中だそうだ。)

由紀さおりさんの歌う懐かしの日本の歌謡曲も、ピンク・マルティーニが作る音にのると新鮮に聞こえる。由紀さんがフランス語で歌う「Du soleil plein les yeux」には鳥肌が立った。彼女のヴォーカルは美しいです、ホント。

YouTubeでたくさん好きな曲を見つけたので、iTunesで購入しようと思います。


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2011年11月11日

目に見えない敵

今朝は、子供達のランチに卵サンドを作ろうと思い、レタスが必要になった。レタスが必要な時には、裏庭の畑に行かなければならない。

誕生日ラッシュと花粉症のせいで、もうずいぶん長いこと畑を放ったらかしにしていた。キッチンの窓からレモンの巨木の向こうにわずかに見える畑に、シルバービートとカラシ菜が大きく育ちすぎているのは知っていた。

時間がある日は天気が悪く、天気のよい日は忙しかったり、花粉症がひどくて家から出たくなかったりで、畑のことは気にはなっていたが先送りしていた。はっきり言って、最近は雨の日がとても多かったし、ついつい…。

で、レタスを取りに久しぶりに畑に行き、私は目を疑った。ジャングルのように巨大化して生い茂るシルバービートとカラシ菜とルッコラ。私の背丈を超えているのもある。

それらの巨大化した野菜に日を遮られたために、レタスやネギがヒョロヒョロと白く長く伸びまくっている。畑の隅に植えていたミントだけは、力強くそこら中から芽を出して青々と育っている。

病気のようなレタスを数枚摘んでキッチンに戻ろうとしたが、どうしてもそのままにはできず、茂り過ぎているヤツだけを引っこ抜いて畑の横に積んでおくことにした。

雑草も大きく育っていた。なんでこんなに大きくなるんだろう。土がいいのか?雨がよく降るからか?

何もかも巨大化している。

サンドイッチ作りをすっかり忘れて草を抜いていたら、喉が痛くなってきた。目がチクチクしてきた。
「あっ、これはやばい!」

私はすぐに家の中に入り、今日の分の抗ヒスタミン剤を飲み込んだ。くしゃみが始まり、目のかゆさが異常レベルに達してきた。
即シャワー!
鼻の中も喉も洗う!

窓が全て閉まっているのを確認しながら外を見ると、まさに台風一過の青空!メルボルンに大雨を降らせた前線が去り、今朝は初夏の太陽がキラキラと輝いている。空気はひんやりと澄みわたっているように見える!

くそっ!
この澄み渡ったキラキラ輝く空気の中に、見えない敵が漂っているのだ!

毎日チェックしている花粉飛散量予報サイトを見てみる。
「げ、げ、げっ!」
明日の予報は、Extream!



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2011年11月9日

ダイエット開始

毎年10月中旬から11月の中旬まで、誕生日ラッシュ。
家族、親戚、友人家族の誕生日が7回続く。(途中ハロウィーンパーティーというのも入る。)

誕生日には、ご馳走とバースデーケーキが付き物。大人はシャンペンだのワインだのと酒も飲む。それだけ飲んだり食べたりする機会が続くと、体重増加は避けられない。

昨日は息子のカイの誕生日で、夕食は彼のリクエストに応えてカツカレーを作った。でっかい肉厚のトンカツは、久しぶりに食べたせいもあるが大変美味しかった。しかし、あれはカロリーが非常に高い。

カツカレーの後は、ブラックフォレストケーキだ。

このケーキは、実に簡単に作れるケーキだが、チョコレートケーキの部分にはバターをたっぷり使っているし、クリームをたっぷり使って仕上げるので、実はかなりカロリーが高い。

しかし、このブラックフォレストケーキは、ダークチェリーのさわやかな味のせいで口当たりが軽いのが問題だ!要するに、たくさん食べれてしまうのだ。

ああ、私は、2切れも食べてしまった…。

こうして、食べ過ぎ、飲み過ぎ、カロリー取り過ぎが1ヶ月も続いた結果、今朝おそるおそる体重計にのってみると、なんと2キロも体重が増えていた!

「今日から正しい食生活に戻ります。」
「当分ケーキも作りません。」と、宣言したら、娘のサチが「ええっ、それはだめ!」と叫んだ。「だって、バナナが2本黒くなりかけているでしょ?ケーキにしないともったいないじゃない?」

確かに、バナナが2本黒くなりかけている。
どうするか…。作るしかないだろうな、完熟バナナケーキ…。


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2011年11月8日

カイの誕生日

昨日は私の誕生日。そして、今日は、息子のカイの誕生日。なんと、15歳になりました。15歳は、オーストラリアでは義務教育の終了する年齢で、仕事に就いて働き始めることができる年齢でもある。晴れて、カイはアルバイトを始めることができるわけだ。

ああ、しかし、15年も前のことなのだな、カイが生まれたあの日…。

私の妊娠期間は決して楽ではなかった。当時は、小学校の日本語教師だったが、とにかくつわりがひどくて、何ヶ月も吐き気との戦いだった。何か食べているとなんとか耐えられるので、果物を小さくカットしたものを教室の机の上に常備して、それをポリポリと食べながら授業していた。(もちろん校長も他の先生達も生徒達も、了解の上でのこと。)

そして、授業と授業の間にトイレに駆け込み、吐く…という毎日。そうやって仕事をなんとか続けていたのだ。(大変だったんですよ。)

やっと産休に入った頃から血圧が高くなり、体がむくみ、予定日の1週間前には血圧が危険なほど高くなったために入院させられた。血圧は下がらず、むくみもひどかったため、担当の医者から「もう予定日も近いことだし、陣痛促進剤を注射して産みましょう」と告げられた。私の誕生日の前日のことだった。

「明日は私の誕生日なんです。どうせなら同じ誕生日にしたいので、明日お願いします!」と頼んでみたが、病院の都合で出産は翌8日と決められた。

早朝より準備が始まり、8時前には分娩するための部屋に移動した。促進剤の注射をされ、まだ心の準備ができていないというのに、いきなり陣痛が始まった。夫は、前日の夜遅くまで増築していた家のペンキ塗りをしていて、まだ病院に来ていなかったので私は一人ぼっち。心配と、不安と、いきなり始まった陣痛の痛みで心細さは言葉にならない。

しばらくしてやっと夫がやって来た。促進剤が強すぎて陣痛が急激に強くなり過ぎ、どうにも我慢ができなくなってエピジュールをすることになった。大きな病院だから、スペシャリストが必要になるとすぐにやって来てくれる。

昼が過ぎ、午後3時を回り、夕方が近づいても、カイは生まれなかった。(頭がでかくてつっかえていたのだ。)夫は、疲れと寝不足で途中でいびきをかいて居眠りを始め、私は体力の限界が近づいていた。医者達が、やたらに深刻そうな表情になって来ていて、皆さんの私を励ます声にも焦りが感じられ始めた夕方5時半前、ああ、やれやれ、やっとのことで、カイが生まれました。

あの日が…遥か昔の出来事のように思える。

あの小さな赤ちゃんが、こんなに大きくなった。今日で15歳だ。


カイのバースデーケーキは、サチのバースデーケーキと同じブラックフォレストケーキ。二人が一番大好きな「お母さんのブラックフォレストケーキ」です。

ブラックフォレストケーキのレシピを見る


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2011年11月7日

バースデーケーキ

今日は私の誕生日だったので、娘のサチが学校から帰ってから私のバースデーケーキを焼いてくれることになっていた。先日、どんなケーキを作って欲しいかと聞くので、サチが4年生の時に学校の宿題で作ったレモンケーキをリクエストした。

サチがノートにレシピを書いていたのは覚えているが、何の宿題だったのかは覚えていない。もう3年も前のことだ。ただただ、美味しかった…。それだけを覚えている。

ラッキーなことに、このレシピは我が家のレシピブックにメモしてあったので、それを見ながら作ってくれた。彼女によると、このケーキは、夫の母親の姉ジョーンのレシピだったそうだ。

これが完成したバースデーケーキ。(いびつなろうそくの立て方には目をつむってね。)


あの味ならばフルーツサラダと合うはずだと思い、冷蔵庫にあった果物でフルーツサラダも作った。そしたら、思った通り、フレッシュな果物と甘酸っぱいレモンケーキが最高の組み合わせで、最近食べたケーキの中でも最高の美味しさでありました。

いやあ、本当に美味しかったぁ!

レモンケーキのレシピを見る


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映画「ミッドナイト・イン・パリ」

昨日は花粉症がひどくて、一日中家の中にこもっているつもりだったのだが、夫が映画を見に行こうと誘ってくれたので出かけることにした。明日は(つまり今日)は私の誕生日なので、お祝いに映画でも見に行こうというわけで、以前から見たいと思っていたウッディ・アレンの新作「ミッドナイト・イン・パリ(Midnight In Paris)」という映画を見ることにした。


私は、今まで一度もウッディ・アレンの映画を見たことがなかった。彼の映画は、たいていウッディ・アレン本人が主演していて、それだけでもう興味が持てなかったのだ。要するに、彼のようなビジュアルの男は「好きでないタイプ」の典型で、見たいと思わなかったのです。

今回は、主演がオウェン・ウィルソン。この俳優が特に好きというのではないのだが、彼はうつ病で自殺未遂の経験がある。それを知ってからは、オウェン・ウィルソンは、私にとって「うつから回復した者同士」という親近感を持ってしまう俳優なのだ。

この映画、ウッディ・アレンの最高傑作という評判で、映画評論家からは軒並み高評価をもらっているし、あらすじを読んでみると実に面白そうなのだった。

さて、映画「ミッドナイト・イン・パリ」だが、見終わってハッピーな気分になるとても良い映画だった。もちろんパリに行ってみたくなったが、パリという街がどうこうというのではなく、この街での不思議な体験が主人公に「自分の心に従って生きる道」を選ばせる、その過程がとてもイイのだ。

先日亡くなったスティーブ・ジョブズの言葉「みんないつかは死ぬのだ。それを理解していれば、何かを失うのを恐れるという考え方にとらわれなくなれる。限られた時間しかないのだから、他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。重要なのは、自分の心と直感を信じる勇気だ。それは私達が本当になりたいものをすでによく知っているのだから。」

この映画の主人公は、自分が本当になりたいものを良く知っていたけれど、他人の意見や評価の雑音に自分の心の中の本当の声をかき消されていた。パリの街での不思議な体験によって、主人公はその声をしっかりと聞くことができ、自分の心に従って生きる道を歩き始める。ハッピーエンド…。

映画のファンタジー場面に登場する有名人達には大変興奮した。ああ、もしも本当にこんな経験ができるなら、私ならこの人に会いたい、あの人と話がしたいと、いろいろと想像をめぐらせることができた。コミカルな場面のユーモアもほど良く、気持ちよく笑えて、楽しい映画だった。

フランス大統領ニコラ・サルコジの妻カーラ・ブルーニも出演しています。大統領の奥さんが映画に出るっていうのがカッコイイよねえ。


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2011年11月6日

薬が効かない日

油断していた。

昨日は快晴。気温30度。ハロウィーンの頃は寒くて、フリースのジャケットを着ていたというのに、昨日は突然真夏になった。空は青く晴れ渡り、まだ結構涼しかった午前中はとにかく気持ちがよかったので、つい窓を全開した。

抗ヒスタミン剤を毎日飲んでいるので、花粉症の症状が出なければついそのことを忘れる。昨日は、こりゃ洗濯日和だとうれしくなって、通常の土曜日洗濯量トップロード2杯分に加え、子供達のベッドカバー類からバスタオルまで全部洗い、お日さまの下に干した。つまり戸外に干したわけだ。

天気が良い日は、ご近所の皆さんが何をするかと言うと、「バーベキュー」ではなく「芝刈り」である。あっちからもこっちからも、草刈り機の音が響き渡る1日だった。(つまり、芝の花粉が飛び散りまくっていたわけ。)

午後遅くなってくしゃみが出始め、目がかゆくなってきた。窓を閉めた方が良いかなと思ったが、何しろ家の中が暑いので、居間やキッチンの窓は開けたままにしておいた。

くしゃみがひどくなったのでシャワーを浴びたら良くなった。居間とキッチンの窓はそのままにして寝た。(自分の寝室の窓を開けることはまずない。)全ての窓を閉めなかったのは大きな誤りだった。一晩中、くしゃみ、鼻水、鼻づまりでよく眠れず、「こりゃ失敗した!」と開けたままにしていた窓を全部閉めたのも遅かった。もうたっぷりの花粉が家の中に侵入済み!

朝になって、今日の分の薬を飲み、エアコンの空気清浄機能をオン。くしゃみを連発しながらシャワーを浴びて、目も喉も洗ったが、まだ症状は続いている。仕方がない…、家の中でも花粉症用マスクを着用。顔が暑い!

目はかゆくてたまらないが、できるだけこすらないように我慢している。すでにかなり腫れ上がっている。

くしゃみはすでに百回以上出ているが、これほどくしゃみをするとノドの奥が痛くなる。鼻で息をしにくいので、ハアハアと口で息をしているせいもあるだろう。

こういう薬も効かない日は、とにかく家の中にいるのがベスト。今日は何も予定が入っていないから良かった…。


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2011年11月4日

ハエ、ハエ、ハエ

今日、突然暑くなった。夕方テレビのニュースを見ていたら、レポーターがカメラに向かってしゃべりながら、顔にたかるハエをしきりに払っていた。夏が来ていると実感した瞬間だった。

オーストラリアは知る人ぞ知る「ハエ大国」である。広い国土に広がる牧草地とブッシュ地帯。そこに住む家畜や野生動物の糞の量は半端ではない。牛糞、羊糞、ヤギ糞、豚糞、アルパカ糞、野生ラクダ糞…と、オーストラリア中が糞だらけ。また、高い山の上をのぞいて、全国的に気候は年中温暖で、ハエの繁殖には絶好の条件が揃っているのだ。

真夏のメルボルンで開催される全豪オープンテニスの会場でも、プレイ中にしきりにハエを払いのける選手達を見たことのある方も多いだろう。

大都市のど真ん中ですら、窓を開けたら1匹や2匹は家の中に入ってくるくらいハエがいるのだから、牧草地に近い郊外や内陸部に行けば、どれほどたくさんのハエがいるかは想像していただけるかもしれない。しかし、実際には、一般的日本人の皆さんの想像を絶するくらいにいっぱいいるのだ!

夫の実家があるヒールズビルという町は、メルボルンから車で1時間ほど東に行ったヤラバレーという地域にある。近年、ヤラバレーの牧草地は次々にワイン用のブドウ畑に変わってきているが、それでもまだそのほとんどは牧草地である。牛や羊がのどかに草を食む姿を見ることができる。

夫の実家は、このような町のはずれにある24エーカーもの広さの農場を持つ大きな家だ。ある暑い夏の日、私はオーストラリア式バーベキューに招待された。この日のバーベキューのことは、一生忘れることはない。

大きな鉄板に隙間なく並べられた美味しそうなソーセージやステーキ。ジュージューと音を立て、盛大に煙を出しながら肉が焼けていく。すると、どこからともなく黒い点々のかたまりが煙のように現れた。ハエの大群であった!

ハエは、鉄板の上で焼けこげていく肉やソーセージに狙いを定め、猛烈にアタックを始めたが、とにかく鉄板の上は非常に熱いので、やはり肉の上に着陸するのはごく一部の猛者に限られており、多くのハエは辺りをブンブンと大きな音を立てて飛んでいるのだった。私は、生まれてこのかたそれほどたくさんのハエを見たことがなかったので、言葉を失った。

ハエ達が攻撃するのは、肉やソーセージばかりではない。水気のある人間の目や鼻や口の周りは、最大の攻撃対象である。汗をかいた人の服もハエ達は大好きである。バーベキューに集まった人々の背中には、それぞれ何十匹ものハエが取り付いていた。どの人の頭の上にも顔の周りにも、ハエ達がブンブンと飛び交っていた。

しばらくして、焼けた肉やソーセージが次々に大皿に盛られた。ハエにとっては待ちに待ったチャンス!あっという間に黒い点々が隙間がないほど肉を覆った。人々は、それらのハエを気にする様子もなく、ひょいと手でハエを追い払いながら自分の皿に肉やソーセージを取り、テーブルに並べられたサラダやポテトも好きなだけ皿に取ってきて、各自適当な場所を見つけて食べ始めた。

食べている間も、もちろんハエは絶え間なくお皿の上のごちそうと顔を攻撃してくるので、皆さん常に手でハエを払いつつ、誤って口の唾液攻撃にやって来るハエを飲み込まないよう十分注意しながらの食事である。が、しかし、全てのハエを追い払いながら食べることができるわけはなく、数匹は常にごちそうの上にたかっているのだ。

私は、ハエがたかりまくっている肉を、数十匹のハエの攻撃を受けながら食べるということができなかった。というか、あんなにハエがたかっている肉を食べるというのが気持ち悪かったのだ。だって、それらのハエ達は、さっきまで牧場の牛糞にたかっていたのですよ。

あなたは、平気で食べれる?
この状況で?

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2011年11月3日

4コマ漫画

子供達が小さかった頃の写真を整理していたら、息子のカイが小学生の頃に書いた4コマ漫画を見つけた。この漫画は、Tシャツにプリントしてお父さんへのプレゼントにしたもので、傑作だった!

あらすじは、こんなふう…。

1警察官が道で迷子のペンギンを見つけたので、警察署に連れて帰った。「ばかもの!」そんなものをここに連れてくるんじゃない、動物園へ連れて行け!」
2しばらくして…
3「ばかもの!お前は話をちゃんと聞いとらんな!動物園へ連れて行けと言っただろうが!」
4「あ、あのう、ちゃんと連れて行きました。帰りには映画館へも連れて行ったんですが…。」ガクッ…


カイは日本のアニメが大好きで、最近はフォトショップを駆使してアニメ風の絵を描くことに夢中だ。アニメクリエーターになりたいらしい。

競争の厳しい世界だが、まあ頑張ってみたらいいと思う。夢を追うのも大切なことだから。


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2011年11月2日

カンタス労使紛争は停戦中

国内線及び国際線全便の運航を停止させ、世界中で大きな混乱を引き起こした我らがオーストラリアのフラッグシップ「カンタス航空」だが、ようやく運航が正常化したようだ。

運航が全て止まった2日間で7万人が影響を受け、観光業界の経済損失が1日当たり200億円以上だったとか。

連邦政府の要請を受けて緊急審理を行った労使裁定機関である Fair Work Australia (FWA) が労組側にストライキの即時停止を命令した。大混乱と大損害をもたらした労使紛争は、とりあえず一時的ではあるが会社側の狙い通りに一時的に収束した。

カンタス社労使には21日間の交渉期間が与えられており、この期間に同意に至らなければ、FWA の命令によって解決させられることになっている。

新聞などでは、運航停止の引き金となった労組側からの「不可能な要求」というのがいかなる要求であるのか、いろいろ報道されている。

パイロット、整備士、地上職員(主に荷物取扱部門)の賃上げ・労働条件改善要求に関してはおおむね労使間の同意ができていたらしいが、一番の問題となったのはカンタス社の社員ではない契約従業員に対しても同等に賃上げ・労働条件の改善を適応せよという点だったとか。

しかし、カンタス社の社員の皆さん、会社が国際線の赤字で経営が難しくなっているというのに「給料を上げろ」「もっと休みをよこせ」「仕事を保証しろ」「海外へ事業を移すな」「人件費の安い外国人を雇うな」と、よくもまあこれだけしょっちゅうストライキをするものだ。

今日の新聞記事によると、カンタス社は利用客を呼び戻そうと運賃の値下げやフリークエントフライヤーポイントの倍増などを計画しているらしい。また、繁忙期のクリスマスシーズン前に顧客の信頼を取り戻すため、同社の歴史で最大規模となるキャンペーンを展開するのだとか。

しかし、まず安定運航によって顧客の信頼を取り戻すのが一番大切だと思うよ。21日間の交渉期間中だけはストライキを行わないことになっているらしいが、その後はどうよ。フライトのキャンセルや遅延が頻発するようなことがまた起こり始めれば、お客さんは戻ってきません。カンタスは確実につぶれます。


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2011年11月1日

競馬のため学校は休み

学校も会社も今日は休みだ、「競馬」の日なので。

けっ、競馬で学校が休み?

はい、そうです。今日は、「メルボルンカップ」競馬が開催される日で祝日なのです。学校も会社も役所もお休みです。


メルボルンに住み始めた頃、私は小学校の日本語教師だった。競馬で学校が休みになると聞いて、びっくり仰天しただけではない。職員室では、「メルボルンカップ」競馬の前の日、どの馬が勝つかで賭けが行われた。

競馬、賭け事、盛り上がる職員室!

今年の競馬担当の先生より、新聞の特集をもとに、メルボルンカップの歴史やその年のレース出走馬の前評判など個人講義を受け、着順を予想してお金を賭けた。(賭博ですよ、これ。)

いくら賭けたか覚えていないが、2ドルくらいだっただろうか。競馬担当の先生は、誰がどの馬にいくら賭けたかを細かく記録。馬券まで発行していた。翌日、配当金が支払われるとのことであった。(ちなみに、私が賭けた馬が勝ったことは一度もない。)

賭博は俗悪なことという固定観念を植え付けられて育った私には、この職員室で繰り広げられる楽しい賭け事は、まさにカルチャーショックだった。
(競馬だけでなく、フットボールのシーズンが始まる頃にも、今年はどのチームが優勝するかで賭けが行われた。)

「メルボルンカップ」 は、毎年11月の第一火曜日にメルボルンのフレミントン競馬場の芝3200メートルのコースで行われる。この日が祝日になるのは、メルボルン都市圏だけである。(「メルボルンカップ」について詳しいことは、Wikipedia などで調べてください。)

メルボルンの春は、競馬の季節。多くの女性達にとっては、ファッションの季節でもある。ドレスアップして競馬場に行き、シャンペンを飲みながら競馬を楽しむというカルチャーに私は興味がないが、こうした競馬&ファッション関連イベントの経済効果は大きい。

「メルボルンカップ」のこの日、ドレスアップしてフレミントン競馬場まで足を運ばないまでも、自宅のテレビでこの競馬を観戦する人は多い。私が学校でこの競馬にお金を賭けていたように、多くの人が勤め先の会社や役所で、「メルボルンカップ」にお金を賭けている。普段競馬などには関心のないメルボルニアンにとっても、「メルボルンカップ」だけは、それなりに特別なイベントのようである。

さて、私も友人の家で今日のレースを見たが、2011年の「メルボルンカップ」は、Dunaden という馬と Red Cadeaux という馬が同着のように見えた。写真判定でも私には同着に見えたが、鼻毛一本程度の差で Dunaden の勝利となったようだ。Red Cadeaux にとっては悔しいレースとなった。



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