2015年10月31日

カートゥーニスト

今日は、ちょっと楽しいことを書きたいと思います。

さて記事のタイトル「カートゥーニスト」ですが、これを漫画家と訳してはいけません。一般的にオーストラリアで「カートゥーニスト」とう場合、それは雑誌や新聞などジャーナリズムの媒体に政治および風俗の風刺漫画を提供するプロフェッショナルなアーティストを意味します。

そして、私の最も好きな「カートゥーニスト」が、マーク・ナイト氏でございます。

あのトニー・アボットも、彼の手にかかればこんな感じ。


首相になる前のアボットは、オーストラリア政界のアイアンマン(鉄の男)を自称しており、当時首相だった労働党のケビン・ラッドがいかにもインドア派で運動音痴なイメージなのに対抗してか、フィットでタフというイメージを押し出しておりました。

ライフセーバーやボランティア消防士としての活動もやっており、トライアスロンやサイクリングなどを愛好するアウトドア派といことで、ある時このような写真が紙面を飾ることに。


この「バジースマグラー」姿が国内の話題(と笑い)をさらって以来、首相になった後も、トニー・アボットは、風刺漫画には概ねこの「バジースマグラー」姿で登場いたしました。

えっ?「バジースマグラー」とは何ですかって?

「バジー」というのは鳥のセキセイインコのことで、「スマグラー」とは物を違法にこっそりと持ち込む人という意味ですね。「バジースマグラー」というのはオーストラリアのスラングで、男性用のピチピチフィットの水泳ビキニパンツのことなんです。前の部分にこっそりとインコを隠し持っているように見えるというところから来た言葉のようでございます。

さて、カートゥーニストのマーク・ナイトですが、彼が描く政治家なりスポーツ選手なり、漫画の対象となる人々はですねえ、本当にいつも感心させられるんですけど、非常にうまく特長がとらえられているので一目で誰かが分かります。

描画力が優れているのは当然のことですが、描画力だけでは「カートゥーニスト」としてこれほどまでに他より抜きん出ることはできませんよ。

彼の絵は、構成がうまいし、題材の捉え方が秀逸!

ぜひ、マーク・ナイト(Mark Knight)のフェイスブックページツイッターページで、思わず笑っちゃう風刺漫画の数々をお楽しみください。(といっても、オーストラリアの時事問題が分かっていないと楽しむのは無理か…。)

ちなみに、現首相マルコム・ターンブルの絵も一つ。


いやあ、うまいわぁ!


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2015年10月30日

健康だということ

昨夜、夜中に目が覚めた時、いつもはしないのだけどベッドサイドに置いているiPhoneでメールをチェックしたら、日本にいる私の最も大切な友人のJ子からメールが来ていた。

最近何度か彼女にメールを送ったものの返事がないので、実はとても心配していたのだ。彼女自身か彼女のご家族に、何かあったに違いないと思っていた。

メールは短く、彼女のご主人であるKさんに肺がんが見つかったと書いてあった。自覚症状が全く無かったので疑いもしなったらしい。会社の健康診断で見つかったとのことだった。不幸なことに肺がんは進行しており、他の部位に転移のあるステージ4とのことで、メールからは彼女の動揺が感じられた。

私たちは、健康である間は「健康だということのありがたさ」に気づかない。

私は膝を傷めて歩くことが困難になった時、「歩ける」ということがどれほどありがたいことかを思い知ったけれども、そういうことがなければ気づきもしなかっただろう。

「食べ物を食べることができる」のも当たり前のことであって、だれも「食べることができる」ことに感謝などしない。私は、昨夜も、娘が夕食のドライカレーを食べているのを見て「ああ、食べているなあ」と感激した。毎日、娘が食事をするのを見るたびにそう思う。

夫も私も、精神的な病気で苦しんだ時期があり、今でも抗うつ剤を飲み続けていてほぼ普通に生活しているけれど、時々大きなストレスを感じた時に、心の安定はとても微妙なバランスでなんとか保っているだけなのだと自覚させられる。また、あの闇の淵に落ちそうになるからだ。そういう時は、生きているということを意識されられる。そして、「今日」をしっかり生きようと思ったりする。

しかし、安定してくると、そんなことは忘れてしまう。歩けることのありがたさも、すでに感じることがない。

健康だといういことは、当たり前のことではないのに、つい忘れてしまう。

J子へ

私は、あなた達家族の幸せな生活が一日でも長く続くことを願っています。Kさんが、Kさんらしい人生を、できる限り積極的に生きていかれますように。

そしてJ子のために、こんな遠くにいる私には何もできませんが、毎日お祈りしています。



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2015年10月29日

ヘビの目撃情報多発!

こんな早い時期にブラウンスネークを見たことない!
裏庭に出た!我が家のある地域は農村部じゃないのに!
ショッピングセンターの横で見た、ブラウンスネークだった!

先日、運転中にラジオで3AWを聞いていたら、次々に聴取者から電話が入り、まるで今年はヘビが異常発生でもしているかのような話でした。

ブラウンスネーク、ご存じですか?


ブラウンスネークは、オーストラリアで最も危険な毒ヘビランキングのナンバーワンで、このヘビは、はっきり言ってどこにでもいますから遭遇する確率は高いです。

一昨年、ヒールズビルの義母を訪ねました時に、みんなで牧場に散歩にでかけたんですが、きれいな景色にうっとりしながらおしゃべりをしていましたら、義母や子供たちが私の足元を指差して大騒ぎするので下を見たら、小さめのブラウンスネークが私の足の間をくねくねと動いておりました。

野菜畑の横にコッパーヘッドというヘビが出たこともあります。あの時は、夫が殺しました。

洗濯物を干していて見たこともありますが、あのヘビは草の中に消えました。

まだ小学校で教えていた頃に、私の教室の横に出たこともあります。あれはタイガースネークだったような気がするな。すぐに校内放送で生徒たちに近寄らないようにと注意した覚えがあります。動物園の人が来て捕獲してくれました。

一番遭遇する確率の高いブラウンスネークは、かなり獰猛で動きが速く、オーストラリアで毒ヘビにかまれて亡くなった人が一番多いのはこのヘビです。人だけじゃありませんよ、もっと犠牲になっているのは犬です。フェンスで囲った裏庭で自由に放し飼いにしている家庭が多いですし、犬は好奇心が強いのでヘビに近寄りますから、怒ったヘビに噛まれるのです。

私の親しい友人は、ある日ちょっと出かけて帰ってくると、ついさっきまで元気だった犬がぐったりしているのでびっくり!すぐに動物病院に連れて行き、ヘビに噛まれたと分かりましたが、命は助かりませんでした。

ブラウンスネークもタイガースネークもコッパーヘッドも、非常に危険な毒ヘビです。

今年は、ヘビの出没が例年より早いようなことをラジオで言っていましたが、ヘビは春になって暖かくなると外に出てきます。春は繁殖期でもあります。今の時期にヘビを目撃するのは、特別なことではありません。ただ、温暖化の影響もあって、ヘビが例年以上に早くから活発化しているというのは、本当のようです。

オーストラリア在住の皆さんの中には、ヘビのことをよく知らない方もいらっしゃるでしょう。ヘビの餌となる小動物がいないような街中では見かけることはないかもしれませんが、ヘビのことを少し知っておいてもいいんじゃないかなと思います。

おすすめのサイトはこちら


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2015年10月28日

サチの誕生日

昨夜は、ちょっと(どころか結構)酔っ払いましたけど、家族4人たくさん笑いました。

家の中で笑い声を聞くことがない時期が何度もありました。経済的な苦しさ、「うつ」、そしてサチの病気と…。

だからね、家族4人が声を出して笑った「サチの17歳の誕生日」は、もうそれだけでとても幸せなことだったんです。ジョークを連発する夫と息子のカイ。ろくな写真が撮れなかったんですが、唯一サチがまともに写っている写真から、ふざける夫と息子を切り取りましたのがこれです。


サチが生まれた時のことは、以前に書いたのをお読みいただくとして、それにしても17年は短かったような、長かったような。

親として、サチを病気にさせてしまったことを悔やんでも、今となってはどうにもなりません。しかし、娘は病気で苦しんだ時期を境に、精神的に成熟しました。昨日で17歳になったわけですが、一般に考えられている17歳よりもはるかに大人です。考え方も、言動も、物事に対する非常に客観的な姿勢も。

そして、将来何をしたいのかということを明確にしています。そのためには、何が必要なのか、そして今何をするべきなのかが具体的に分かっています。大量の本を読みます。学校の勉強や課題に100%以上の時間と努力を注ぎ込みます。

明日は、VCE の心理学の試験があります。(今11年生だけど、幾つか12年生の科目をやっているから試験があるんです。)

病気を克服して大きく成長したサチ。我が娘ながら大したものだなあと感心させられます。

昨夜のごちそうは、手巻き「生春巻き」でした。手巻き寿司も準備がラクなごちそうですが、手巻き生春巻きも簡単に準備ができて楽しく、美味しく、ヘルシーで、おすすめですよ。パーティー料理にも最適です。

そして、毎年手作りしているバースデーケーキですが、今年は「低糖イチゴ&ヨーグルトジェリーケーキ」というのを発明してみました。


ごく普通のスポンジケーキを焼いて、それを二枚に切り分け、低糖イチゴ&ヨーグルトジェリーを挟んで冷やして固めたもの。一番上の層はイチゴだけのジェリーです。

「日本のケーキ屋さんのケーキみたい!」
「日本を思い出す〜」
「十分甘い!」



と大好評でして、4人でなんとこんなに食べてしまいました。(ちょっと食べ過ぎ!)

いい誕生日でした。

<追記>

息子のカイが「載せろ〜、載せろ〜」というので、写真をもう一枚!



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2015年10月27日

サチが17歳になりました

「17年前の今日、よく頑張ってくれました。ヒロコのおかげで、ボクの人生にこの素晴らしいリトルサンシャインがやって来てくれたんです」と、夫が夕食に飲むためにシャンドン Domaine Chandon のシャンペンを買ってきてくれたので、今はいい気分どころかちょっと酔っ払いです。

(ここまで書くのに、タイプミスの連発。)

サチの誕生日のことは、明日の朝、書くことにしますので待っててね。

(いやあ、それにしてもふらふらだ…。)


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昨日の記事についてちょっと

人は、平等に扱われるべきですか?
それとも、権利や保障は一部の人のものですか?

何十年も連れ添って暮らす「愛し合うカップル」がいたとしましょう。異性カップルならば、「婚姻」の契約を結んでいようが(つまり「結婚」していようが)事実婚であろうが親族としての権利が認められます。

家族なんだから、どちらかが病気になれば看護休暇を申請できます。養子縁組の権利もあります。財産や生活財を共有する権利もあります。健康保険、年金、労災などの社会保障を受給できます。税制上の優遇、損害賠償、婚姻/事実婚解消による財産分与、遺族補償および遺族補償年金の受給、遺産相続などの権利を認められます。

でも、同性カップルの場合は親族として認められませんから、上記のような権利はありません。

異性カップルならば社会的に承認して法的な保護や保障を与えるけれども、同性カップルならば保護も保障もありませんというのは、差別ではないのですか?

議論の根本にあるのは、人が与えられるべき権利の平等性なんです。


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2015年10月26日

同性婚を支持します

私のブログの記事が、毎日冗長ぎみであることを少し反省して、今日は短く。

同性婚についてです。

私は宗教的な教えや慣習に全く縛られない無宗教者ですし、物事を論理的に捉えたい人間です。人の性嗜好には様々なタイプが有り、これはヒトが誕生して以来存在し続けている事実だと思います。私の友人の一人は同性愛者です。

同性愛は、特別なことでも異常なことでもないのです。私は、かねがね同性婚は認められるべきだと考えております。

しかし、オーストラリアでは、まだ認められておりません。

世界的な同性婚を認めようという動きに反して、あの大馬鹿たれのトニー・アボット率いる政権政党である自由党が、同性婚反対というよりも「なんとしても阻止!」的態度を露わにしておりましてですね、2013年にオーストラリア首都特別地域(ACT)で成立した同性婚法の無効を求めて連邦最高裁判所に提訴するなどという呆れた行動に出まして。結果、同性婚法は無効となったんですよ、皆さん!

そもそも、前労働党政権のその前の自由党政権時に首相であったジョン・ハワードが、同性婚を不可能にするための下地を作っておりましてね。ご存知でした?婚姻法を改正して、婚姻は異性間に限られるという法律を作っていたんです!(同性婚絶対阻止にかける意地を感じるでしょ?)

国を率いるリーダーたちがこんな具合じゃあ…。

ところがご存知のように、国民の嫌われ者であった失言放言の「マッド・モンク」トニー・アボットは、あっけなくクビになり、自由党の党首がマルコム・ターンブルという人気者に変わりました。政権党首は自動的に首相となりますので、現在のオーストラリアの首相はターンブルです。そして、ターブルは同性婚を支持しております。

遅かれ早かれ、オーストラリアにおいても同性婚は認められるでしょう。

先日、ニュージーランドのラグビーチーム「オールブラックス」のことをインターネットで読んでおりました時に、偶然発見した動画があります。ニュージーランでは2013年に同性婚が認められましたが、法案審議中の議会で、モーリス・ウイリアムソン議員がおこなったスピーチの動画です。論理的に組み立てた非常にわかりやすいスピーチはユーモアにあふれており、法案に反対する方が間違っていると思わせる説得力があります。



スピーチの日本語訳はこちらのサイト「日刊ニュージーライフ」でお読みいただけます。

そして法案は可決し同性婚が認められたわけですが、可決が発表された時、大きな拍手に包まれた議場の傍聴席にいただれかが歌を歌い始めます。それは、ポカレカレ・アナ Pokarekare Ana(ニュージーランドに伝わる民謡を元に作曲されたラブソング)だそうです。一人の歌声は、やがて大合唱となって議場に響き渡ります。

感動的です!



オーストラリア議会でも、このような光景を見てみたいです。

(しかし、オーストラリアには伝統的なラブソングなどないのよね。国民的な歌「ワルツィング・マチルダ」は、羊泥棒が追いつめられて沼に飛び込んで死ぬというストーリーだから、同性婚成立の喜びの歌にはならないし…。)

おっと、結局、今日の記事も長くなっちゃった。


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2015年10月25日

髪型を変えても気づかない男たち

一昨日ヘアカットに行きました。

いつもショートカットなのですが、耳が隠れてしまうほど伸びていて、スタイリングに手間がかかるようになっていたものですから。

ドライヤーでガーッと乾かしただけで、それなりにOKというくらいの短いのが好きなんです。ヘアワックスでちょっと乱れた感じにスタイリングしてもらって、耳もすっきり出たからイアリングも見えるし、春らしい軽い感じになりました。

「ここまで読んで、今日の記事はつまらんな…」と思った貴方は、男性ですね。

ここからが本題です。

家に帰りましたら息子のカイが起きていました。この日は学校がなかったので、昼近くまで寝ていたのです。

「あら、起きたの?」
「ああっ、おはよう」
「おはようじゃないでしょうが!もうお昼よ!」

会話はこれだけ。息子はすぐにPCのある部屋に行ってしましました。日本アニメを視聴しながら学校の課題である「超短編アニメーション」の制作に取り組む一日の始まりです。私の髪型の変化には気づきません。

午後3時半頃、娘のサチが学校から帰ってきました。

「あっ、いいじゃない。うん… I like it! 」

私と顔を合わせた瞬間に髪型の変化に気づきました。新しい髪型を褒めてもらったお母さんは、かなりご機嫌です。

さて夕方、夫が帰宅しました。仕事の話。道路の渋滞の話。そして、すぐに夕食となりまして、話題が今日何をしたかということになって、私がヘアカットに行ったと言ったとたんに、夫と息子の視線が私に!(そう言われてみれば、なんだか違うような…)という顔をしている男たち。

いつもこういう調子です。なぜ、男たちは気がつかないのか!面白いでしょ?きっと気づかないだろう思っていたけど、これほど見事に気づかないから可笑しくてね。

男性は気づきにくいということは、医学的にも広く認識されています。男を責めてはいけません。脳の作りが違うのですから。気づかないだけではありませんよ。私達女の気持ちを察する、というのも苦手なようです。近くにあるものがよく見えていないらしいというのも、不思議ですが本当です。

夫は、しょっちゅう何かを探していて見つからず、結局私を呼ぶんですが、呼ばれた私は瞬時にそれを見つける、多くの場合は直ぐ目の前で、ということが良くあります。

実はですね、結婚してしばらくした頃に、「夫は、どうして察してくれないのだろう、何故気づいてくれないのだろう」と、夫婦関係が悪化した時にですね、夫本人から読むことを勧められた本があるのです。

ボクを責めないでください!ボクの鈍感は脳のせいなんです!この本を読んで理解してください!」ということで、読まされたのがこれです。


私は地図を読むのは得意ですので、この本に書かれていること全てに共感したわけではないのですけどね、「なるほど」と合点がいくことがたくさんありました。

男たちの脳は、右脳と左脳の連携が悪いために、生まれつき不得意なことがいろいろあるんですね。自分が感じたことを自覚して言葉や態度で表現することもその一つ。女なら普通にできる「空気を読む」とか「察する」といった機能も弱い。また、男たちは、ものの見え方も女とは違うらしい。

生物学的に脳の作りが違うのだということを理解してからは、「夫はひどい!」と責めてもしようがないと納得できることが増えました。(いつでも理解してあげられるほど、度量が大きい奥さんではありません!)

こんな本もありますよ。


女性の皆さん、「気づいて欲しい」「察して欲しい」と、願い続けるのは無駄なことです。男たちには、言葉にして言ってやりましょうね。

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2015年10月24日

冷ご飯の美味しい食べ方

夫がお気に入りの「残った冷ご飯の食べ方」がすごい。

私はもとより息子のカイも娘のサチも、美味しいとぜんっぜん(力を入れて発声)思わないし、できれば食べたくない料理の一つなのだが、夫は本当に美味しそうに食べる。

美味しそうに食べるというのは、彼にとっては美味しい食べ物だからであって、実はこれは本当は美味しい食べ物で、私たちの先入観が問題なだけなのかもしれない。

だって、最近スーパーマーケットで売ってるのを見たんですもん。買ってでも食べたい人がいるってことは、美味しい食べ物なんでしょう。

その食べ物とは、「ライスプディング」です。


見た目は、私達が「おじや」と呼ぶ、汁気のほとんどない雑炊のようです。かなり甘いです。夫は、必ず干しぶどうも一緒に入れて煮ます。

作り方は超簡単!

1. なべにミルクと干しぶどうと冷ご飯を投入。
2. お好みの量の砂糖とバニラ少々を加える。
3. 火にかけて、おじや状になるまで煮る。焦げつかないようにしょっちゅう混ぜること。
4. 出来上がったものにナツメグを振りかけて食べる。

これは、食べるとしっかり「ご飯の味」がします。

この「ご飯の味」というのがですね、甘いミルクとバニラと干しぶどうの味と混ざるとですねえ、日本人の私の舌には非常に「間違った味」なわけですよ。
(ご飯にコンデンスミルクと干しぶどうを混ぜて食べてご覧なさい、皆さん!)

しかも、夫はナツメグをふりかけるんです。ナツメグ!皆さんお好き?はっきり言って、臭いだけ!

こうなるともう、このライスプディングは、できればどころか絶対に口にしたくない食べ物と化すのですが、夫はこれを本当に美味しそうに食べる。

チョコレートライスプディングというバーションもあるんですよ、皆さん!

熱々ご飯にコンデンスミルクとチョコレートと干しぶどうを混ぜて食べれるか!

生まれ育った習慣というのはね、大したもんですね。

私にとってご飯に合う味というのは、やっぱり「塩・しょうゆ・味噌」が基本なんです。

皆さんは、冷ご飯をどうやって食べてます?(温め直して普通にご飯として食べるというのは、なしでお願いします。)

おにぎり、焼き飯、雑炊&おじや、オムライス、ドリア、電子レンジ煎餅…。

いろいろありますけど、私の最近のお気に入りは「ライスバーガー」でございます。

ライスバーガーのバンズ(?)を作るのに、温めたご飯に片栗粉とか小麦粉を混ぜるというレシピを良く見かけますが、私は何も混ぜないでご飯だけ。しっかりと潰れるくらい押さえて焼けば大丈夫。簡単に作れます。
レシピはこちら

中に挟む具の味付けは、やっぱり「塩・しょうゆ・味噌」が基本でしょ!一番簡単なのは、肉と野菜を炒めたの。これを、温めなおしたご飯の横に添えて食べるのではなく、ライスバーガーにするだけで、あら不思議、とってもごちそう風。

娘のサチのために、この一手間を頑張るお母さんです。(その理由は、私がブログを再スタートした理由を読んでお察しください。)


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2015年10月23日

韓国食品店で大興奮

オーストラリアに住み始めた頃は、日本食材を手に入れるために「すずらん」という日本食品店まで片道1時間半も車を走らせたものでした。

日本食といえば「寿司」というわけで、持ち寄りのパーティーであるとか、ちょっとした集まりには「手巻き寿司を持ってきて!」とリクエストされることが多かったのだけど、穀物酢と海苔がないことにはねえ、海苔巻きは作れないでしょ?

鰹節だとか、日本のマヨネーズだとか、お好み焼きソースだとか、カレーのルウとか、豆腐とか、日本人の家庭には必要じゃないですか。

当時、私はヒールズビルという町のはずれの山の麓に住んでおりましたので、買い物には常に苦労しておりました。(あとヘアカットも大変な苦労だったっけ…。)

ところがですね、今やメルボルンは「食材天国」とも呼ばれており、世界中の食材が容易に手に入るのですよ。普通のスーパーの品揃えもかなりのものです。アジア系の人口が急増しているのに正比例して、アジア系の食品店も各地にオープンしております。

以前住んでいた Ringwood という街にもアジア食品店がオープンし、大抵の食材はそこで手に入るようになりました。40分も車を運転して「すずらん」まで行く必要がなくなったのでございます。私が和食を作るのに欲しいと思うものはたいてい売っています。

でも、タカラの「本みりん」がしょっちゅう品切れ状態なんですよね。(Coles で売っているミツカンのみりん風調味料は、奇妙な臭いがしますよねえ。あれはダメよ。)

だから、「本みりん」だけは、ある中国人経営の八百屋(というか、今時は何と呼べば良いの?)まで足を運ぶ必要がありました。

そして、先日のこと。

息子のカイを Mitcham という駅に送っていった時にですね、ハングル文字が大きく書かれた店を発見!中国語で「超市」とも書かれているけど、それって「スーパーマーケット」?更によく見ると(ヒロコさん、わき見運転は危ないですよ!)日本語で「マート」とも書かれているではありませんか!

確かに、店の中には食材が並んでいる気配がします。窓際にはハングル文字が書かれた(ように見える)インスタントラーメンが山積み!さらに、食品以外の日用品も見える。確かに「スーパーマーケット」の気配なんですよ!

早速行ってみました。

KT Mart

店内、韓国語が飛び交っております。韓国語の歌が流れております。でも、なんだか聞いたことがある歌だなあと思ったら気がついたの!平井堅の「瞳をとじて」じゃないですか!(韓国語だけど…。)

さて、店内を埋め尽くすハングル文字に圧倒されながら見て回ると、商品のパッケージが日本の商品パーッケージとそっくり。売られている食品も、日本食品と同じものがたくさんあるのです。お菓子類は特にそっくり。韓国の皆さんと我々日本人の食生活は、似ているのでしょうか?


いやあ、それにしても通路が狭い!狭いから商品を至近距離で見ることになり、余計に圧倒されるんですハングル文字に!(全く意味わからんし!)

あっ、「本みりん」!


ありましたよ、タカラの「本みりん」。しかも、ボトルのサイズが大中小とそろっています。さらに、本みりんの周囲をよく見れば、見慣れた日本語が棚を埋め尽くしているではありませんか!そこは日本食品のコーナーだったのです。なんでもあります!桃屋の「ごはんですよ」とか柚子の絞り汁まであります!

私、興奮しましたです!(つい日本語が乱れてしまうほど感激。)

冷凍食品コーナーは大きいです。そして、そこでさらに大興奮。

ああっ!「塩サバ」がある!

パッケージはハングル文字ですから、どれが何の魚かよく分からないのですけどね、鯖は私が最も愛好する魚でして、一目で鯖だと確信したのですけど、確認のため棚の値札に書かれた英語の商品名を読むと「Salted Mackerel」と書かれていました。

私、飛び上がりたい気持ちはなんとか抑えたんですけど、「やっぱり塩サバじゃん!」と大きな声を出してしまいました。

さらに「おでんセット」を発見。納豆もいろんな種類を売っています。餃子類の品揃えは素晴らしいけど、私は餃子は手作り派ですからね。それにしても、買い物かごはどんどん重くなります。

冷蔵食品コーナーも大変大きいです。キムチの品揃えがすごいです。種類もサイズも見たこと無いレベルです。バケツサイズでも売っています。

あああっ、ちりめんじゃこ!


ハングル文字は読めないし、英語では「Baby Anchovy」と書かれていましたが、これはもうちりめんじゃこ以外の何物でもないのですよ、皆さん!

その佃煮も売っていましたが、私は自分で佃煮を作ることにして一袋購入!(大好物のイカナゴの釘煮を熱々ご飯にかけて食べる自分を思い出して、唾液異常発生!)
佃煮の作り方

ドアを開けた途端、キムチの臭い(あるいは匂い)にノックアウトしかけます。


日本のビールも各種売っています。日本酒も。


あまりに感激したので、店長さん(若いお兄さん)に許可を頂いて写真を撮ってきました。

メルボルンの Box Hill より東の地域にお住まいの皆さん、KT Mart(韓国スーパーマーケット)は、Whitehorse Rd と Mitcham Rd の交差点のところにあります。 (Google Map)

ウェブサイトを見ると、メルボルンのクイーン・ヴィクトリア・マーケットの近くにも店舗があるようです。


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2015年10月22日

家で日本語を話す理由

人口の半分がオーストラリア国外で生まれたか国外で生まれた親を持ち、今や250以上の言語や方言が話されているというメルボルン。人口の3割は、家で英語以外の言語を話すそうですが、我が家でも家の中では日本語が話されています、主に私によって。

夫も息子のカイも娘のサチも、日本語を聞いて理解できるし話そうと思えば話せるのですよ。(特に息子のカイは長年に渡る日本アニメ視聴のかいあってかなり流暢な日本語を話します。)しかし、彼らは自分たちにとって話しやすい母語である英語で会話しようとするのは道理至極。

たとえ私が日本語で話しかけても英語で返してくるというわけです。

私は頑なに日本語を使っています。だって、私が家で英語を使い始めたら彼らは日本語を聞く機会がほぼなくなって、忘れてしまうのは必至。(息子のカイにはアニメがあるけど。)

私はねえ、家にいる時ぐらいは「話したいことを話しきれる」日本語をしゃべりたいのです。

ところが、夫と息子と娘に理解してもらうためには、語彙のレベルを落とさなければなりません。そうしないと、「それどういう意味?」「ん?なんのこと?」「分からない!英語で言って!」(これらは英語での発言)の連続で会話が成立しなくなります。

必然、語彙は落ちる一方。

話していて言葉が見つからず、仕方なくその部分は英語にして話す、というようなことをしているうちに、最近の私の日本語はどんどん英語日本語入り乱れた非常に好ましくない様相を呈しており、こんなんじゃダメだとは思います。

問題はこれだけではありません。

実は、私、夕食の時などに家族で会話していてですねえ、彼らのモグモグしながらの(つまり明瞭に発声しない)超高速英会話に時々ついて行けないんです。

「えっ?今、なんて言った?」「それ、どういうこと?」

盛り上がった会話に冷水を浴びせるような発言を繰り返すのは良くないと自覚するお母さんは、分からなくなったら諦めて黙って食事を続けるわけですよ。

すると、突然「わぁはははっ!」と笑い声が上がったりする!

笑い転げる三人。でも、なぜかお母さんだけは笑わない…。(だって理解することを諦めて聞いていなかったんだもの。)

あれっ、どうしたのお母さん、今の話が可笑しくないの?という三人の視線が私に向けられる。こういう時ね、結構辛いですよ…。

私はね、心配なんです。私が年老いて第2言語である英語を忘れた時、家族とコミュニケーションがとれなくなることがね。バイリンガルで若い時には英語を流暢に話していた人でも、認知症になると英語が出てこなくなり、母語である日本語でしか意思疎通が図れなくなるという話をよく聞きますしね。

夫の叔母は、長年、看護師としてギリシャ人の老人ホームに勤めましたが、メルボルンのギリシャ系とイタリア系のコミュニティーは非常に結束が固く、どちらも高齢者介護のシステムがしっかりしています。国を出てきた同国出身者同士、助け合うのはあたりまえという意識が強いんですよね。彼らの老人ホームでは、英語を忘れていても忘れていなくても、話しやすい母語でコミュニケーションでき、食べ慣れた食事ができるのです。

メルボルンには、日本人のための老人ホームはありません。

子供や孫たちが日本語を理解できない場合、年老いて日本語しか話せなくなったらどうするのでしょうね。

誰でも、いつかは歳をとるんですし…。


海外在住の皆さん、お住まいの街では、こういう外国出身者の高齢者介護とかどんな事情なんでしょう?


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2015年10月21日

日本人やめました

私、日本人をやめました。

今や、オーストラリア人なんです。ていうか、まあオーストラリアの市民権を取ったということなんですがね。


大きなきっかけとなったのは、日本のパスポートの期限が切れてしまっていることに気づかず、簡単に更新できなくなり、再び戸籍謄本を取り寄せて申請し直すはめになったこと。(永住ビザの更新だって面倒くさいですしね。)

また、オーストラリアに20年も住んでいるのに、オーストラリアという国に参加できない不満もあっったのです。選挙権のことですけど…。私の1票で何かが変わるとも思えませんが、あの間抜けのトニー・アボットがこれ以上馬鹿な真似をしないように、私だって何かしたかったんです!

オーストラリアに永住するなら、どう考えてもオーストラリアの市民になるべきだし、その方が便利です。「日本の国籍を失ってもいいのか」とのお言葉には、「いいんです!」とお答えします。

そもそも、このグローバルな時代において、国籍って何なんでしょう?

私は、どこかの国に所属していたいという希望はないんです。日本という国には所属していたくないという希望はありました。あの国は、基本的に出る釘を打つ国であって、息苦しい社会の構造や自由や個性を尊重しない仕組みや人々を縛る慣習の数々。もともと、日本人をやめたいという気持ちがあったから脱出して来たんですからね。

私はオーストラリアに住んでいるわけだし、夫も子供たちもオーストラリア市民ですので、とりあえず私もオーストラリア市民となって社会活動に参加し、貢献できることはしていこうかと。また、国境をまたいでの移動にはオーストラリアのパスポートを使うのが便利であろうと。

そんな理由でですね、市民権を申請しまして、市民権テストも受けまして、呆気無く市民権をいただきましたので、早速パスポートも作っていただきまして、それ以来、何事も便利この上ないんですよ!

日本のお役所には、私忙しすぎてまだ足を運ぶ暇がなく、オーストラリア人になった旨の報告をいたしておりませんので、お役所のデータ上は何も変わっておりません。しかし、気持ち的には、日本という国に所属するという意味での「日本人」は、やめたんです。

将来、どの国のパスポートを持とうが、私は死ぬまで「日本という文化を背景に持つ人」ではあるでしょうが。

杉本良夫さんの「日本人をやめる方法」を読んだことがありますか?おすすめしますよ。



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2015年10月20日

セラピー犬として幸せに

(昨日のつづき)

モリーがいなくなって2ヶ月になろうかという頃、アドバイザーから電話がありました。

「モリーは元気ですか?アセスメントはどうなりましたか?」
「アセスメントは合格でした」
「ああっ、よかった!」
「でも、条件付きでということなんです。合格だけど継続的に観察が必要との報告でして…」
「何が問題なんでしょう…?」
「ええ、それで今日はお電話させていただいたんですけど、モリーは階段に何か問題がありましたっけ?」
「階段?」

我が家にはいたるところに階段がありまして、家の中にも外にも、高いの低いのいろいろあって、モリーはまだヨチヨチ歩きの頃から階段には慣れ親しんでおりました。

バスルームが2階にあるのでシャワーの時には2階に上がるのですが、その階段が比較的薄暗いためか下りる時に怖がったことがありました。

それ以外は、公園にある階段の間から下が透けて見える怖い階段もショッピングセンターの超高階段も、陸橋の階段も、モリーはいつでもへっちゃらでした。

「家の階段を下りるのを怖がったことはあるんですけど…」
「いえいえ、下りるのではなくて上がるほうが問題らしいんです」
「階段を上がるのが?モリーは階段を上がるのはへっちゃらでしたよ」
「そうでしたよねえ」

アセスメントの時に、階段が上がれなかったんですって。

トレーナーの皆さんは、犬のことを大変よく理解するプロですから、モリーは結果的には階段を上りましたけど不安を見せたというのが「要観察」との条件付き合格になった理由だそうです。

そして、本格的な訓練が始まりました。

ところが…。

ある日、またアドバイザーから電話が。

「モリーは盲導犬にはなりません(Molly is not going to be a guide dog.)」
「やっぱり階段がダメですか」
「階段というかですね、いろいろ不安があるようなんです。トレーナーがこれ以上無理をさせるのは可哀想という判断をしたようで、訓練は中止したという報告です」

後日、トレーナーの方ともお話をする機会があったのですが、モリーは階段だけでなく、他の犬に対して、また人が大勢いる場所で「不安」を見せるんだそうです。「Too anxious」と表現されていましたが、盲導犬になる犬は、どのような状況でも自信を持って行動できないといけないんです。

「やっぱり、突然知らない人の家に行かせたりしたのが問題だったんでしょうか?」
「そんなことはないですよ。引き取っていただいたパピーウォーカーはベテランで、今まで何匹も育てていますし」
「私の膝のせいで、トレーニングが十分ではなかったんでしょうか」
「そんなことはないですよ。モリーは残念ながら盲導犬に向いていなかったということです。よくあることです」

そして、アドバイザーの話によると、モリーは視力を失った男の子がいる家族にセラピー犬として引き取られることが早速決まったとのことでした。

セラピー犬も、目の不自由な方の大きな助けになります。視力を失って精神的に不安定になる人も多く、そうした人を慰め励ます大きな力になることができます。また視力障害のある子供が、盲導犬と一緒に暮らすことになる将来の生活に備えて、犬のいる生活や犬の世話に慣れるためにペットとして引き取られることもあるのです。モリーは、後者の方でした。一時的にその家族の家で暮らすのではなく、ペットとして引き取られるとのことでした。

「その男の子のご家族は、大変喜んでいらっしゃるんですが、様々な準備が必要でしてね、その子の家に行くのは2週間後なんです。それまでの2週間ですが、モリーを預かっていただく家族が必要なんですが、興味がありますか?」
「あります、あります、預かりますっ!」
「ああ、でも、ヒロコさんは膝が痛いんでしたよね…」
「いえ、もう大丈夫なんです。モリーがいなくなってすぐに手術をしたんですよ!今では普通に歩けるんですっ!」
「そうなんですか!じゃあ、預かっていただけるんですね!」
「はい!今から行きます!」

実際は、翌朝まで待たなくてはなりませんでした。電話があったのは夕方で、外は真っ暗でしたし。私は、早速、夫に電話をしました。

「ええっ!ほんとに!やったぁ!ヒロコ、今すぐ行って!」
「今はダメでしょ。もう真っ暗だし、犬舎も閉まってるよ」
「いや、あそこはいつでも人がいるよ。行けば開けてくれる!」と大興奮。

まあ、こうしてモリーが我が家に戻って来たのでした。

引き取りに行った時は、皆さんご想像のとおりでね、「モリー!」と呼ぶと向こうから猛スピードで走って来まして、私に飛びかかってきました。顔をペロペロと舐めまくり、ちぎれんばかりにしっぽを振り、ヒンヒンと鼻を鳴らして狂っちゃいましたね。

盲導犬にならないのだから、もうどんな遊びをしてもよいと言われまして、フェッチ(ボールを投げて取って来させる遊び)や綱引きや庭を駆け回る遊びを思う存分やらせてやり、私達は2週間大いに楽しく過ごしたんです。

おトイレに外へ出してやったら
泥遊びをしていたらしい

再び訪れた別れは、最初の時ほど辛くなかったです。その男の子の家族に愛され可愛がられると分かっていたし、おばあさんになるまでずっとその子と一緒に楽しく幸せに暮らしていくことだろうと思うと、安らかな気持ちで2回めの「さようなら」を言うことができました。

しばらくして、その男の子の家族からGuide Dog Victoria を通して写真をいただきました。

心配顔のモリー

ぬいぐるみに囲まれてちょっと戸惑い気味。モリーの「心配顔」は、すぐに「幸せ顔」に変わったことでしょう。


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2015年10月19日

さようならモリー

(昨日のつづき)

ある日のトレーニング中のこと、私の右膝にピキーン!と痛みが。

私の右膝は、息子のカイがまだ赤ちゃんだった頃に、抱っこしながら階段を下りていた時にひねってしまい、3ヶ月ほど痛みが続いて大変だったことがあるんですが、それ以来、何かのひょうしに度々痛くなる古傷でして。

ピキーン!ときた時は、「おっと、またいつもの膝痛だぞ」と思っただけだったのです。

しかし…。

膝が痛くなれば、痛みが治まるまであれですよね、無理に歩きまわらないようにするとか、無理をせずにしばらく安静にしておくとか、普通そういう対処法で回復を図るものでしょ?

モリーのトレーニングは、毎日2回おこなわなければなりませんでした。

膝が痛くても我慢して歩き続けるしかなかったんです、毎日2回。しかも結構な距離を。

商店街とかショッピングセンターは、車で10分ほど行かなくてはなりません。モリーを車にのせるのもトレーニングの一部でしたが、モリーはトレーニングが大好きだから自分から喜んで車に乗り、所定の位置にちゃんと座ってくれるので、そこは簡単だったんですけどね。

毎日毎日、膝の痛みを我慢して歩き続けているうちに、痛みは悪化して普通に歩けなくなっていきました。

右膝にはサポーターを、そのうちもっとしっかりと膝を支えるブレースを装着してトレーニングに励みました。賢いモリーは、私がブレースを膝につけ始めると、そのマジックテープの音を聞いてすぐにやってきて、私の前にちゃんと座って待ちます。

可愛いんです、モリーったら。

しかし、膝は悪化の一途をたどり、強い痛み止めまで服用するように。(そう、薬飲んでまで歩いていたの!)そのうち、膝裏に巨大な膨らみが出現。これが痛いのなんのって!

医者に相談の後、MRI検査を受けたところ、右膝内側の半月板複雑断裂と分かり、膝裏の巨大な膨らみ(長さ10cm以上)は、Baker's Cyst (ベーカー嚢胞)といって、膝の裏側の関節包から漏れ出た滑液が溜まって袋状に突出したものなのだそうで。骨液はすでに袋から漏れ出している可能性あり。手術するしかないって…。

この頃はもう、私、杖なしでは歩けないほどになっていました。右膝が痛いから車の運転も大変。

モリーのトレーニングは、距離を短くするとか、夫が仕事の後でやってくれる1回だけで済ませるとかで対応してきたものの、やっぱりこの状態はパピーウォーカーとして無責任だなと…。

モリーが犬舎に戻るまで後1ヶ月ちょっと。

どうするか?

最後の1ヶ月ちょっとは、主に大きなショッピングセンターや駅、公共の交通機関(電車・バス・トラム)、大勢の人がいる様々な場所へモリーを連れて行き、そうした環境に慣れさせる必要があります。それができなくなっているわけです。

この件については、もちろんアドバイザーの方にずっと相談していましたし、実情を報告していましたが、アドバイザーの方から「別のパピーウォーカーにモリーを預けましょう」という話はなかったんです。

私達は苦渋の決断を下さざるを得ませんでした。

モリーは、ベテランボランティアの方が残りの1ヶ月を引き取ってくださることに決まり、別れが突然にやって来ました。

そのボランティアの方のところにはペットの犬もいて、他のパピーもトレーニング中で、モリーにとって良い環境だろうということでした。

ある日の夕方、アドバイザーから電話がありました。翌日の午前中に、モリーを Guide Dog Victoria(ヴィクトリア州盲導犬協会)のオフィスに連れて来て欲しいとのことでした。

「明日の朝、モリーが行っちゃうよ…」
「えええっ?明日?なんでそんな突然!」

詳しいことを聞いていなかった息子のカイと娘のサチは、ショックを隠せず。

盲導犬のパピーは1年しか一緒にいられない。そう納得して接してきても、やはりねえ愛情はわくし、1年近くも一緒に暮らしていればもう家族の一員になっちゃってるし。別れの時が来ると、やはり動揺しますよ!

いつでも一緒だった

翌朝は、夫も娘も息子も、家を出る前にモリーに「さようなら」の挨拶。モリーは分かっていないから、いつもの様に玄関横の窓から、みんなが見えなくなるまで見送ります。それを見てる私は、喉が詰まって苦しくて…。

お父さんが草を切っているのを見る幼いモリー

「さあ、行こうか」

車のキーの音を聞くと、「お出かけだ!」「トレーニングだ!」と思うんでしょうね、大喜びで車に飛び乗るモリー。これがお別れとは知らない…。

パピーウォーカーとして責任を全うできなかったという罪の意識と、モリーとの別れの寂しさで気持ちが悪くなりながら、私はモリーをアドバイザーのオフィスに連れて行きました。 最初のうちは、大喜びで興奮していたモリー。

「じゃあね、元気でね。アセスメントに合格して、立派な盲導犬になれることを祈ってるよ」

去ってゆく私をじっと見ていたモリーが、何かを察したか「ワンワン」と吠え始めました。ワンワン、ワンワン…。ワンワン、ワンワン…。

建物を出るまで、モリーの吠える声が聞こえていました。

(涙がでる…。)

また、この日の天気がですねえ、爽やかに晴れて、秋の青空がきれいでね。天気が良すぎて余計に悲しくなったんでした。

正直なことを申し上げますとね、私はこの時、モリーがアセスメントに不合格して盲導犬になることができず、警察犬やセラピー犬、PR犬にもなれず、ペットとして売りに出されたらいいのに…などと、パピーウォーカーとしては恥ずべきことを考えていました。

もし売りに出されたら、まず最初はパピーウォーカーにその犬を購入する権利があるんですって。

(そんなバカな。あの賢いモリーが、不合格になるわけないだろ。)

さようなら、モリーちゃん。

グッドラック。

その時の私は、モリーが我が家に戻ってくる日が来るなどと、想像だにしていなかったのだった。

なんですって?
もどってきたぁ?
どういうこと?

(つづく)


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2015年10月18日

盲導犬パピーの「モリー」

広大な(ちょっと大げさ…でも郵便受けまで玄関から50メートル)敷地の大きな家に引っ越して、家主である義妹の勧めもあって、犬を飼おうかという話になりました。

しかし、私達のライフスタイルに犬を飼うということが合っているのかどうか、私は不安でした。

何事にも三日坊主傾向のある夫、面倒なことはとにかく避けることを信条とする息子のカイ、精神的に不安定な娘のサチ。

結局、犬の世話は、誰がすることになるのでしょうか?(火を見るよりも明らか!)

「まずは1年だけのトライアルというのをやってみよう」ということで、夫がかねてから興味を持っていた盲導犬のパピーウォーカーをやることにしました。

パピーの世話やトレーニングは、ほぼ私の仕事となることを同意の上で。当時、私は専業主婦状態でしたしね。まあ、仕事と思ってやってみるかと。

セミナーに参加してパピーウォーカーについての講義を聞き、Guide Dog Victoria(ヴィクトリア州盲導犬協会)に申し込み、家の環境チェックとインタビューを受けて合格となりまして、昨年6月に我が家にやって来たのが生後7週目の「モリー」。

不安そうなモリー

まず最初のハードルはトイレトレーニング。将来、指示した時におしっこやウンチができるようにしなければなりません。英語で「Toilet on command」と言います。

2時間おきくらいに裏庭に連れて出て(夜中も)、おしっこやウンチが出た瞬間に「クィックィックス」という声をかけてやるんです。賢いモリーは、「クィックィックス」がトイレの指示だとすぐに理解し、裏庭に連れて出て「クィックィックス」と言うと、おしっこやウンチができるようになりました。家の中での失敗はほんの数回でした。トイレトレーニングは、本当にうまくいきまして「流石にガイドドッグのパピーは賢い!」と感激。


しかし…。

あれよね、皆さん。ラブラドールレトリバーという種類の犬は「破壊者」なんですよね!

デストロイヤー!
デモリッシャー!


家の中をかじるんです。テーブルや椅子や、ソファやキャビネットや、カーペットや壁を、あの小さいモリーが破壊しまくるんですよ!(小さいと言いましたが、小さかったのは最初の1ヶ月くらいなもんで、文字通り「あっ」という間に大きくなりました。)

モリーは、退屈していたってのもあるとは分かっているんです。

なにしろ、モリーがやって来てすぐに翻訳の大きな仕事が次々と入るようになり、私はモリーと仕事との両立に大変苦労しました。モリーがしょっちゅう寝ているのでなんとかやれたんですけど。(毎晩遅くまで仕事したし…。)

退屈だったんだよ。もっとかまって欲しかったんだよ。もっと外で遊びたかったんだよ。走り回りたかったの…。

でもねえ、盲導犬のパピーは、普通の子犬が楽しむ「フェッチ(ボールや木の枝とか投げて取ってくる遊び)」とか「ダグ・オブ・ウォー(綱引き)」とか興奮させる遊びをしてはいけないんです。しても良い遊びは限られているんです。

モリー、遊びたかったんだよな…。

そしてですねえ、私達、ちょっと買い物に出る時などは、クレートに閉じ込めておく(可哀想な気もするけど)という予防策を講じるべきだったんです。

だって、帰ってきたらこの有様。

カーペットの下のクッション材がボロボロに

トイレットペーパーを持ってきて遊んだらしい

モリーったら、やってくれるんです!

怒ってはいけないと言われていました。だから怒ってはいけないのです。「こらっ!モリー!!!」と名前を言うのもいけないんですよ、こういう状況で。

モリーがいなくなった今も、我が家は傷だらけです。カーペットはボロボロです。いたるところの壁に穴が開いています。これもいい思い出…なはずがないでしょ。


さて、一番大事なトレーニングは、外歩き。最初は、ご近所の散歩から始めます。我が家の周りは田舎環境ですから、草と木ばっかりです。

それから交通量のある道へ、人がいるカフェやお店の近く、公園、階段のある場所、歩道橋、商店街、スーパーマーケットの中、そして小さめのショッピングセンター、大きなショッピングセンターと、段階を追って慣らしていきます。

このトレーニング中の大きなハードルは、物の匂いを嗅いだり、遭遇する他の犬や鳥や猫を追いかけたり、地面に落ちている食べ物に気を取られたり、「あれっ、あれは何だろ!」とよそ見をしたり、そういうことをしないようにしなくてはならないということ。

ただ黙々と、何かに気を取られることなく、歩くことにだけに集中して歩けるようにならなくてはいけないということでして、これがまあ犬の本能に反しているわけですから大変なんです。

ラブラドールレトリバーという種類の犬は食いしん坊で食べることが大好きなので、トリート(ご褒美)のドッグフードを駆使して、このトレーニングをおこないます。

おおっ、ドッグフードといえば。

盲導犬パピーはですねえ、決められたドッグフード以外のものは食べさせないんです。そして、ドッグフードは必ずフードボウルに入れて食べさせます。食べ物は家にあるフードボウルに入っているものだけ。だから、モリーは私達家族が食事をしているテーブルにやってきて食べ物をねだることはありません。だって、そこに自分の食べ物はないんですから。道に落ちている食べ物も「おや、なんだかいい匂い」と気にはなっても、そんな所に食べ物があるわけないんですから無視できるようになるんです。そう、彼女の食べ物は、家のフードボウルの中にだけあるんです。

翻訳の大仕事に追われて毎夜遅くまで仕事をしていましたから、私はどんどん疲れていきました。それでも責任感の強いこと有名な私ですから、モリーのトレーニングには全力を尽くします。(正直、モリーは可哀想だなって思いましたけど、これはいつかモリーが助けることになる目の不自由な誰かのためと信じて。)

このトレーニングも、かなり順調に行きました。ただ、どうした理由かいろんな所でしょっちゅう出くわす「フランキー」という名前のビーグルが、モリーを狂わすんです。フランキーに出くわすと、どんなに美味しいドッグフードを手に「Leave it!」の指示をしても、モリーったら完全に狂っちゃってるから効き目なし!

パピーウォーカーの家からGuide Dog Victoria(ヴィクトリア州盲導犬協会)の犬舎に戻り、本格的な訓練を受けるかどうかをテストするアセスメントの時に、もしフランキーに遭遇したら不合格は必至だだなこりゃ!と、いつも冗談を言っていました。

モリーのことは完全に私任せにしていたわけでなく、夫も時間を見つけてはモリーのトレーニングに励みましたよ。夏場は遅くまで明るいので、夫は仕事から帰ってモリーを連れて出かけていくのです。とにかくいろいろな場所に慣れることが必要ですからね。

ところが、そんなある日のこと。

私の右膝に異変が!

(つづく)


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2015年10月17日

ヨーグルト EasiYo イージーよ!

昨日の続きです。

自家製ヨーグルトのことですけど、実は随分以前からヨーグルト作りには取り組んでおりました。お隣に住んでいたマケドニア人老夫婦から頂いたヨーグルトを種菌にして、教えてもらった通りの方法で作り続けていたのです。


この方法がですねえ、いかにもマケドニアの家庭に代々受け継がれたやり方というか、結構面倒くさいのです。(洗い物も大変だし…。)

さらに、作り続けていないと菌が死んでしまうのか弱ってしまうのか、牛乳がうまく固まらなくなるのです。

さらにさらに、今住んでいる大きい家の前に住んでいた、例の全ての部屋の壁紙が違うという古い家には小さな古いオーブンしかなくて、冬場の温度管理に苦労して失敗続き…。

教えてもらった作り方では2リットルの牛乳を使用するので(オーストラリアでは2リットルボトルが一般的)失敗すると2リットルの牛乳が無駄になる。無駄にしたくないから、その失敗したドロドロ牛乳を使ってコッテージチーズを作ったりと、さらに大変な作業になる。(洗い物も大変だし…。)

もっと簡単で、絶対に失敗しなくて、コストもかからないヨーグルト作りはできないものかと、いろいろ調べました。

インターネットで見つけた各種方法を試しました。

そういう過程で偶然に見つけたのが、EasiYo(日本語商品名「イージーヨー」)なのであります。名前がいいでしょ?簡単の Easy(イーズィー)とヨーグルトのYogurt(Yoghurt とも綴りますね)を掛けたネーミングでしょうけど、日本語の「簡単よ!」「イージーよ!」にも掛けてるのかも!(そんなわけないか…。)

そこで購入したのがこれ。Woolworths というスーパーで購入しました。


今は、デザインが新しくなっているようですが、このセットに入っていたのは、シルバーのブラスチック容器(中に赤いプラスチックのブラケットが入っています)とヨーグルトを作るための透明プラスチック容器、そしてフリーズドライの牛乳&乳酸菌のパウダー。

とにかく作り方が簡単なんです!

1.透明容器に冷たい水道水(うちの水道水はおいしいので)を半分ほど入れてパウダーを入れたらシャカシャカ振ってパウダーを溶かします。そして水を1リットルの印まで注ぎ足したら、もう一度シャカシャカ振ってパウダーを溶かす。

2.沸騰したお湯をシルバーの容器の中に入ってる赤いブラケットの上まで入れて、先ほどの透明容器を入れて、フタをする。後は8〜10時間ほど置いておく。

あらっ!!!

日本でも販売しているのならウェブサイトがあるだろうと思ったら、やっぱりありました。自宅で簡単に手作りできる、安心・安全・無添加EasiYo(イージーヨー)ヨーグルト!

作り方も出てる!


とにかく、

イージーよ!

イージーヨーを始めてからというもの一度も失敗なし!だから牛乳を無駄にすることがなくなりました。時間も無駄にしないし、洗い物もない。

お店で買うヨーグルトとは比較にならない生きた乳酸菌がたっぷりの新鮮ヨーグルト。ニュージーランドの自然放牧の乳牛から採れる牛乳使用ですよ!

もう絶対これのせい!

このプロバイオティック豊富なフレッシュヨーグルトを食べ続けてきたせい!花粉症が治ったのは!絶対そうに違いない!

熱く語る私の話を聞いて、抗ヒスタミン漬けになっている私の夫もヨーグルトを食べ始めました。

私のお気に入りイージーヨーは、無糖・低脂肪タイプのこれです。


これに手作りミューズリとバナナとか季節の果物を混ぜて食べるのです。もちろん砂糖とか甘味料・はちみつ・メープルシロップなど入れません。

美味しいよ!
身体にいいよ!
花粉症が治るかもよ!
便秘にも効くよ!

オーストラリア在住の皆さま、Coles はイージーヨーを売っていません。別のニュージーランドメーカーのよく似た商品を売っています。お値段はイージーヨーより安め。試してみましたが、品質はイージーヨーに劣ります。だから私はもう買いません。

Woolworths と BigW がイージーヨーを売っています。

特価の時には1袋 $3.50 くらいで売っていますから買いだめします。$3.50 で1リットルのフレッシュヨーグルトはお得でしょ?

ちなみに、私、味がついているタイプとか砂糖が入っているタイプは食したことがないので、それらの商品については一切わかりません。

グリーク(ギリシャ風)タイプは、濃厚です。ディップとかラム肉に添えるソースとか、ケーキとかにおすすめです。


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