2026年8月3日

嵐のように出発しました

うちの夫は、今朝3時45分時に家を出てクイーンズランドのモートン島に行きました。昨日の記事に書いた通り、従弟がやっている牡蠣の養殖場の手伝いに行ったのです。

私は夜中に運転などしたくないのでね、メルボルン空港まではウーバー(タクシーみたいな配車サービス)で行きました。4時出発のはずだったのに15分も早くやって来たウーバーの運転手は、先月モートン島に一緒に行った友人のエクリーさんです。

産業エンジニアだったエクリーさんは、最近リタイヤ生活になっていたんですけど、趣味のゴルフやサイクリングばっかりやってられませんから退屈ですし、毎日家にいると奥さんもストレスが溜まります。

それで、ウーバーの運転手を始めることにしたのです。得意な運転を生かせる仕事でもありますし、社交的なエクリーさんには合っているじゃあないかと思います。働きたい時にマイペースでやれますしね。

早朝4時出発というのが気になってよく眠れなかった私ですが、3時過ぎに目が覚めてしばらくすると、夫がシャワーを浴びている音が聞こえました。見送りくらいはしなくちゃあいけないので、3時半に起きました。キッチンに電気はついていましたが、夫はいませんでした。居間にも電気がついていましたが、居間にもいませんでした。

夫は寝室で何かを必死で探していました。「おはよう」と言いながらやって来た私を見るなり、夫が言いました。

ズボンが見つからないんだよ!

「ファスナーで半ズボンにも出来るやつ!カーキ色の!モートン島から帰って来た日にはいていたから家にあるはず!」
「知ってるわよ。そのズボンならちゃんと洗濯して、その引き出しに入れておきました」

ズボン類を入れている引き出しを開けると、私が置いた場所にそのズボンはありませんでした。

「どうして荷造りを出発の朝にするのよ!昨夜のうちにやっておけば探す時間もあったのに!」
「荷造りはちゃんと昨夜やった!そのズボンは今朝はいて行こうと思ったら見つからなかった!」
「旅行カバンに入れてるんじゃあないの?」
「入れてない!」

「入れてない!」と言いながらも、夫は旅行カバンをチェックしていました。私もそのカバンの中は見ましたけど、2〜3週間も行くというのに半分ほどしか入っておらず、しかも衣類はほとんどなくて、カバンの中はグジャグジャだから何が入っているのかよく分かりません。

「とにかく、そのズボンは洗濯して畳んでここに入れたことを覚えているんだから、ここにないってことは誰かが出したんです。そして、私や息子が出すわけがないんだから、アナタが出したはずですよ」

その時です。

ピーン!

着信音が鳴りました。エクリーさんが15分も早くに到着。夫はますます焦ります。私がズボンを探している間に、夫はバスルームから歯ブラシと歯磨きを持って来て、そのまま旅行カバンに入れました。

「あのズボンじゃないと困るのなら、ブリスベンに着いてから買いに行くしかないわよ」

コンコン!

ドアをノックする音がしました。エクリーさんは車で待っていましたが、夫が出て来ないので様子を見に来たのです。夫はズボンのことはあきらめて、その時はいていたフリースのトラックパンツのまま行きました。

「こんなに慌てて行ったら忘れ物をするわよ!携帯、財布、眼鏡!」

夫は嵐のように家を出て行きました。何か忘れて行っている気がします。


モートン島の牡蠣の養殖場には4月と7月にもそれぞれ2週間ずつ手伝いに行っていますが、今回は2〜3週間になるそうです。帰って来るのがいつになるか分からないので、帰りの便は予約していないそうです。

仕事に戻るのがいつになるか分からない状況で、どうやってこんなに長く仕事を休むことが出来るのかについては、ここに書かないことにします。これについては、私はストレスを感じているんです。

今日はブリスベンの従弟の家に一泊して、明日の朝ブリスベンの港からバージ船に車を乗せてもらってモートン島まで行くそうです。モートン島にはスーパーが無いので、食料や生活必需品をブリスベンで買って持って行かなくてはいけませんから、今日は買い物ですよ。ズボンも買わないといけないでしょうしね。

何を忘れて行ってもブリスベンで買えますが、「薬だけは忘れるな」と昨晩私は念を押しました。うちの夫はですね、毎日5種類の薬を飲んでいて、どれも飲まないと困ったことになる薬なんですけど、特に双極性障害のための2種類の薬は大事です。

「はいはい、分かっていますよ」と言って薬の準備を始めた夫は、「薬を買いに行かなくちゃあいけない」と言いました。3週間分の薬は無かったのです。モートン島に行くことが急に決まったので仕方がありません。

昨日は日曜日でしたから、近所の薬屋はその時もう閉まっていました。夜遅くまで営業していると夫が思っていた薬屋も閉まっていました。ブリスベンに着いたら薬も買いに行かなくてはいけませんよ。

旅行に行く時はね、荷造りはもちろん、着て行くものだって私なら前日に準備しておきます。忘れると困るようなものがあればチェックリストを作って確認しますけど。うちの夫はいつもこのようにバタバタするのでございます。

薬の処方箋を忘れて行っていたら最悪です。


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2026年8月2日

また手伝いに行くそうです

うちの夫が、明日からまたクイーンズランドのモートン島で従弟がやっている牡蠣の養殖場の手伝いに行くと言っています。

従弟の兄(夫にとってはもう一人の従弟)が先週倒れて入院していた関係で、手伝いに来ることになっていた家族が来れなくなったんだそうです。従弟が一人で作業するしかない状況になっていると聞いたうちの夫が、「だったらボクが行ってあげます」と手を挙げたようなんですけど。

会社勤めなんですからね、手伝いに行くには仕事を休まなければいけないんですよ。そして、モートン島は岡山と北海道の知床岬くらい離れているので、ちょっと手伝いに行ってくるという距離ではないんです。

4月と7月にそれぞれ2週間ずつ手伝いに行っていますから、これが今年3回目になります。有給休暇はまだ残っているそうですが、残りはわずかだと聞いています。今回は病気休暇を使って行くとも言っていますが、そんなことして大丈夫なんですか?

そもそも、

こんなに仕事を休めるものですか?

うちの夫が手伝いに行けば従弟は助かるでしょうから、会社が認めてくれるのなら私は反対する気はありませんけど、休み過ぎてクビになるんじゃあないかと心配です。


時々話題にしている地域営業責任者の人は、うちの夫との間に確執があるんですけど、私はね、その人は何とかしてうちの夫を辞めさせようとしているんじゃあないかと思っているんです。そのために夫からリーダーとしての仕事を全て奪って、やる気を失わせようとしているんじゃあないかと。

夫が勤めるツールショップ会社には、半年間に会社から正式な警告を3回受けると解雇されるという規則がありまして、これまでその地域営業責任者の人が本当に些細なことを本部にチクったせいで夫は何度か警告を受けたことがあるんですが、病気じゃあないのに病気休暇を取って休むというのは警告の理由になると思うんです。

有給休暇もない、病休もダメとなれば、無給で休む気かもしれませんけど、牡蠣の養殖場の手伝いは「手伝い」なんですから、従弟から報酬をもらうわけではありません。ホントにもうどうするの?

夫はどんどん養殖場にのめり込んでいますよ。毎日朝から晩まで、空いた時間には牡蠣の養殖産業関連の資料を読み、動画を見て養殖について学び、エクセルという表計算ソフトで経営改善計画に取り組んでいます。

再び養殖場の手伝いに行くことについては、私がどう思うかなんて最初っから関心がありませんし、本人が行くと決めたら行くんですから、私も生活に困らないのなら受け入れるしかないわけですけど。

現在日曜日の朝ですが、夫はいつも通りに仕事に行きました。モートン島に行くことはまだ決まっていませんが、行くなら出発は明日だそうです。「クビになったらなった時」と覚悟はしていますよ。


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2026年8月1日

躁モード突入で夜中も仕事

先日、早朝4時頃に目が覚めたら、寝る前に切ったはずのセントラル暖房がついていて、キッチンの方からは物音が聞こえました。様子を見に行くと、うちの夫が起きていてデスクで何かしていました。

「ずいぶん早起きね」と私が言いますと、興奮してじっとしていられないという様子で「いろいろしなくちゃいけないことがある」と言い、両腕を上下に振りながらこう言いました。

今は躁モードだから!

そうだろうと私は思っていましたけど、自分で言いましたよ。

今朝は、私がトイレに起きた夜中の3時半には、暖房も電気も全部ついていて、夫はデスクで何かしていました。躁モードも本格的になって来ています。

うちの夫は双極性障害2型(2型は躁状態がそれほどひどくない)なので、薬のおかげで比較的安定していますけど、「躁うつ」の波があるんです。気分が「躁」の方に振れてくると、明るく元気いっぱいになって喋る声が大きくなります。誰でもそういう時はありますよね。でも、双極性障害の「躁状態」の場合は「ちょっと普通ではない特徴」が加わります。

うちの夫が「躁モード」の時には、往々にして何かすごいアイデアを思いついていることが多くて、そのことに夢中になって取り組み始めます。そのことが頭から離れなくなるのでしょう、夜も寝ずに取り組むようになります。

現在取り組んでいるのは、クイーンズランドのモートン島で従弟がやっている牡蠣の養殖場の経営面の改善計画だそうです。大学の先生もやっている従弟は今のままでは養殖場を続けていくことが困難なので、この養殖場を売ろうとしているわけなんですが、なかなか買い手が見つからないのですよ。

従弟の養殖場は、あまりにも人間の労働に頼るやり方なのです。これを改善すれば買い手も見つかるだろうということらしいんですが、改善計画には多くのリサーチと多くの計算が必要です。夫はチャットGPTというAI(人工知能)サービスを使って取り組んでいるそうです。

昨晩は、先月モートン島に一緒に行った友人のエクリーさんがやって来て、夫の相談に乗っていました。エクリーさんは産業エンジニアで、他のエンジニアが作った設計書や計画書を精査して問題がないかを調べる仕事をしていたので、さすがプロと思うような細かい質問を連発していました。

自分がやろうとしている計画を興奮して話していたうちの夫ですが、エクリーさんに鋭い指摘をされ、答えられない質問を連発されて、次第に静かになりました。高額な費用がかかる改善計画のようです。エクリーさんのおかげで改善計画自体が大きく改善されたそうですよ。

牡蠣のことはよく知っているけど経営については能力不足であるらしい従弟を助けるために、うちの夫は夢中で取り組んでいるわけですが、これが時間の無駄になるのか従弟の助けになるのかは分かりません。


偉大な功績を残した歴史上の政治家や科学者、俳優、作家、画家、音楽家など芸術家達の中に、双極性障害だったと分っている人やそうだったのではないかと推測されている人は多いですけど。

双極性障害の夫と暮らしてきた私には、良く分かるんですよ。この病気の人が、時に素晴らしいことを成し遂げる理由が。

うちの夫が躁モードの時に見せる集中力や創造力、次々にアイデアを思いつく発想力、夜眠らなくても働き続けられるほどの行動力には、目を見張らされます。へっちゃらで高額な買い物をするとか、怒りやすくなるという問題はあるんですけどね。

双極性障害の人は、うつモードになると気分の落ち込みとともに深い内省が生まれるので、独自の感受性や洞察力を生み出すこともあるそうです。

かつては躁うつ病と呼ばれていた双極性障害ですが、これは病気なんですからね、本人はもちろん苦しむわけですし、生活上の支障をきたすことは多くて家族も苦しみます。

私もつらいことはいろいろあったし苦労もして来ましたが、人間の脳というのは本当に興味深いとも思います。夫の躁モードは、今のところはヤバいレベルではないので、とりあえず私は見守っています。


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2026年7月31日

忘れるのは物だけじゃあない

うちの夫が勤めるツールショップ会社で、各店舗の店長の上に立つ役職である地域営業責任者との確執から、夫が店長職を奪われた上に新人スタッフのトレーニングなどの仕事も一切するなと言われ、ただの店舗営業スタッフの一人になってしまったという話は、これまでに何度も書いていますけど。

鍵も取り上げられましたので、朝一番にお店に行って鍵を開けたり最後まで残って施錠をしたりという責任もなくなりました。今では商品を売ることとお客様への対応だけが仕事なわけですが、給料は減っていないので考えようによっては楽なのですよ。本人はやりがいを失った気分のようですけど。

新しく店長になった若いK君は、うちの夫のやり方を追従せず、いろいろ変更しました。

例えば、スタッフ用の飲料水とかトイレットペーパーとか洗剤といった必需品ですが、うちの夫は勤務時間外に自分が買いに行っていましたけど(と言っても夫は車の運転が出来ないので私が運転をして買いに行っていたのですよ)、新店長K君はオンラインで注文して配達してもらうように変更。

もっと前からそうするべきだった!

配達料がかかるとうちの夫は批判していましたが、配達料も会社が払うんですからいいんですよ。店長が自分の家族を使って勤務時間外に買い物に行く必要なんて無いんです。

また新店長K君は、効率化のためにスタッフのシフト勤務時間の変更をいちいちスタッフに伝えたりせず、スタッフ各自が会社サイト上の勤務表で自分の勤務時間をチェックするようにと変更。

このやり方に、いつまで経っても慣れないのがうちの夫です。チェックするのを忘れてしまうんです。

うちの夫は、朝一番に行って鍵を開けていたくらいですから基本的には早番シフトなんです。店長だった頃にはしょっちゅう遅番まで残って最後の施錠も自分がして帰るなんてことをやっていましたが、もうそういうことをする必要はありません。

ところが、他のスタッフの事情によっては、うちの夫が遅番シフトになることもあるわけです。ところが、勤務表のチェックを忘れるために、自分が遅番に変更になっていることを知らずに朝早く出勤することがしょっちゅうあるんです。

昨日もそうでした。

昨日は6時半過ぎには家を出ましたよ。ツールショップまで歩いて10分もかかりませんから、そんな時間に家を出ると敷地内にも入れず、フェンスの外側で鍵を持っているスタッフが来るのを待たなくちゃあいけなかったでしょう。

普段は夕方5時半までには帰宅しますから、我が家の晩ご飯は早いんですが、昨夜は6時になっても6時半になっても帰って来なかったので、晩ご飯は冷めてしまいました。もちろん息子も私も先に食べました。

木曜日は夜の7時までの営業なので、スタッフが急病か何かで足りなくなって最後まで残って働いているのだろうと思いました。

やっと帰って来たのは7時半頃でした。

「ただいま…」
「おかえり!今日は長い一日だったわねえ。スタッフが足りなくなったの?」
「いや、今日はボクは遅番シフトだったみたい…」
「それを知らずに早く行ったの?」

要するにですね、また勤務表のチェックを忘れていたので、自分が遅番シフトになっていることを知らずにいつものように出勤したのですよ。遅番のスタートは10時だったのに。

3時間も早くに出勤してしまって、10分もかからないんだから一旦家に帰って来ればいいのに、そのまま朝の7時から夜の7時まで仕事をしたそうです。3時間の無給労働ですよ。こういうことをしょっちゅうやっているのでございます。


今日は勤務表をチェックしたんでしょうか。私は知りませんけど、いつも通り6時45分に家を出ました。開店時間の5分前に着くのでちょうどいい時間です。6時半に出ては早過ぎです。

私が「行ってらっしゃい」と言ったすぐ後にハッと気づいて、「携帯、財布、眼鏡…」といつもの決まり文句を言い始めると、「おっと、まだ行けない」と言いながら戻って来ました。

私が座っていたデスクの横の自分のデスクまでやって来て、「携帯、財布、眼鏡は持ってる」と言いながら携帯と財布を取り上げました。

やっぱり忘れていたか!

このように、ちょっともう常識では考えられないレベルで忘れ物をするわけですが、これね「整理整頓が出来ない」とか「物をよく失くす」のと同じ原因があると思うんですよ。脳の作りの問題だろうと私は思っています。

不注意とか集中力不足と言うよりも、別のことに集中し過ぎて他のことを考えられなくなるようですし、記憶の一時保存に不具合があるんじゃあないかと思います。認知症の始まりとは思いません。こういう傾向は若い頃から変わりませんのでね。

知能指数は高い人ですけど、学業や仕事で見せる能力とのギャップが大きいです。最初は私も「だらしない」とか「怠け者だ」とか「義母のしつけがなっていない」とか思ったりもしたんですけど、ちょっと異常ですからね、脳の作りが違うんだと思うようになったんです。

まあとにかく、家を出る時の忘れ物防止の決まり文句は一生言い続けるでしょうね。勤務表のチェックも、私が時々思い出させないとダメかも知れません。


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2026年7月30日

戻って来たあの女性

「あの女性」というのは、近所のショッピング・スクエアの隣りにある自然保護公園にテントを張って暮らしていたアフリカ系の女性のことです。


このブログを読み返してみると、最初にこの女性のことを書いたのは昨年の9月です。「ホームレスのアフリカ人」という記事が最初です。私達の家の前の道路と歩道の間にある芝生帯にテントを張っていたんです。

自然保護公園のどこかにテントを張っていることの方が多かったですが、自然保護公園というのは公園と言っても木と草があるだけで、その中に散歩道が作ってあるわけなんですけど、自治体が所有し管理している土地ですから、そこに無断で住むのは違法です。

道路脇にテントを張って住むのはもちろん違法ですから、この女性は頻繁に場所を変えていました。

この辺りは閑静な住宅地でホームレスの人を見かけることはまったく無かったので、女性のことを心配した人は多かったのですよ。道路脇にテントを張っていれば目立ちますし、この女性は家々をノックして歩いて食べ物を恵んでもらっていたそうですから。

昨年の10月、私が日本に行っていた間に、うちの夫は地域の「町内会」のような組織の人と知り合いになって、この女性のことが話題になったそうなんですけど、この女性のことを心配して自治体に電話をした人が多かったので、自治体も警察もこの女性のことを把握していましたが、法律を犯していない以上、強制的にどこかに移動させることは出来なかったそうです。

無断でテントを張っていることだけが違法行為でしたが、頻繁に場所を変えて素早く移動していたので、何も出来なかったそうなんです。

メルボルンには、経済的に困っている人達を助ける公的な組織もありますし、宗教団体が行っているサービスもいろいろあって、この女性に支援を申し出た人は何人もいたそうです。家庭内で暴力等の問題が起きていたのなら、その支援もします。

ところが、この女性はあらゆる支援の申し出を断り、テント暮らしを続けていたのです。見かけなくなったのは、今年の3月頃でした。

やっと、支援を受け入れたのかトラブルが解決したのか、いずれにしても良かったなあと夫とも話していたんですけど、先日うちの夫がその女性を見かけたのです。自然保護公園にテントを張っていたそうですが、テントはボロボロになっていたと言いました。

そして昨日の朝、仕事が休みだった夫を駅まで送って行った時に、道路脇にテントを張っているのを見ました。


この一画は土地が整地されてから2年近くになるのに一向に工事が始まらなくて、どんどん荒れて来ている場所なんですけど、よく見ると芝生帯ではなくてコンクリートの歩道にテントを張っています。前の晩は大雨が降ったので、テントに水が入ったのではないですかねえ。

この写真を撮ったのは朝の7時半頃でしたが、通勤や登校で人通りが増える時間になる前に、この女性はテントをたたんで移動するはずでした。でも、昨日はお昼前に私が車で通りかかった時にもそこに居ましたし、夕方うちの息子が仕事から帰って来る時にもいたそうです。

どんな事情があるのか分かりませんけど、朝の気温が0度くらいまで下がることもある真冬にテント暮らしは厳しいでしょう。テントの傷み具合からすると、もしかしたら別の場所でずっとテント暮らしをしていたのかもしれません。

支援しようとした人達も自治体も警察もこの女性のことを知っていますから、この状態が長く続くとは思いませんけど、とても気になります。


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