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2022年10月8日

寿司ロールと物価のこと

私がオーストラリアに住むようになった30年近く前からほとんど物価が変わっていない日本。デフレ経済が長引いていましたが、ついに最近物価が上がり始めたそうですね。

上がり始めたと言っても、オーストラリアの物価に比べると食品や日用品などは大変安いように見えます。

昨日、私は久しぶりに寿司ロールを買いました。

いつも買い物をしているスーパーのすぐ前に寿司ロールのお店がオープンしたので、時々買って食べたい誘惑は感じていましたけど、あんなものは自分で簡単に作れるんだからと今まで我慢していたんです。

昨日は、出かけたのがちょうどお昼頃で、そういう時間帯にお腹をすかせて買い物に行くと、つい無駄なものを買いがちなんですけど、「まあいいか」と思って2本買いました。

2本で7ドル40セントでした。

細巻きと太巻きの中間ぐらいの太さの海苔巻きを半分に切ったものが2本です。要するに海苔巻き1本分ですよ。それが740円という感じです。

お店で買う食べ物が高いのは、働いていらっしゃる皆さんの賃金が高いことも影響しています。

オーストラリアの最低賃金は、時給21.38ドルあるいは週給812.60ドルですよ。週給812.60ドルということは、4週間つまり約1ヶ月で3,250.40ドルです。

大雑把に換算すれば、最低賃金は1ヶ月32万円以上ということです。これから19%の税金を引かれると、25万9千円です。

ちなみに、オーストラリア人の平均年収は、92,000ドルだそうです。920万円ということです。この場合、32.5%の税金を引かれます。

日本の大卒の初任給が1ヶ月20万円くらいだと聞いて驚きましたよ。物価も上がっていないけど、給料も上がっていないのですね。

デフレが終わり、インフレが始まって物価が上がり始め、皆さんの給料も上がり始めているんでしょうか。


物価が高いと感じることはありますが、私達家族は外食することがほとんどありませんし、食品も加工した食品をほとんど買いませんから、それほど物価の高さを意識することはありません。

魚やシーフードは高いですよ。肉も安くはありませんけど、それほど値段の高さを意識することはないんです。

ところが、レストランやテイクアウトのお店の食べ物はバカ高です。先日うちの息子が友人とラーメンを食べに行って、トッピングとか無しの基本のラーメンというのが20ドルだったと言いました。

それにチャーシューだとかゆで卵とかトッピングを頼むと、ラーメン1杯が30ドルくらいになってしまうんだとか。

30ドルって皆さん、3千円よ!

レストランでもね、1品の値段が30ドルくらいしますから、飲み物も入れると2人で1万円くらい行っちゃうのが当たり前。

寿司ロール2本で7ドル40セントなんて、そんなことで驚いちゃあいけないんです。

先日ね、うちの夫の父親が売りに出した家がなかなか売れないので、値段が高すぎるんじゃあないのかと思って不動産のウェブサイトを見てみたら、ごく普通の家が9千万円とか1億円とかしているので驚きました。

いつの間にこんなことになってたの!

近頃の住宅ローンの借入金額の平均は、9千万円を超えているんですって。

オーストラリアは人口が増え続けていますので、住宅価格が大きく下がることは考えられません。最近金利が上がって住宅の価格は少し下がってはいますけどね。

ちなみに、住宅がこんな値段になっては、もう賃貸しか選択肢が無い人が多いわけですが、メルボルンの賃貸アパートの平均家賃は、週430ドルだそうです。

1週間430ドルということは4週間で1,720ドルですが、子供がいる家族で寝室が3つも4つも必要だと、2000ドル以上はしますよ。そして、家賃は値上がり続けています。

低所得者向けの住宅は多くないので、長い順番待ちができています。

最近はガソリンも値上がりしていますし、ガス代電気代もすごいです。

最低賃金で26万円近い手取り収入があっても、生活は楽ではありません。

何らかの理由で働けなくなって、生活保護のようなものに頼るしかなくなると、暮らしていくことは大変難しいです。

私は新型コロナが始まった頃から収入がほとんど無くなってしまったので、今はうちの夫の収入が頼りですけど、夫が目が見えなくなって働けなくなったら、どうやって暮らしていくんでしょうかね。

障害者保険と年金と、スーパーアニュエーションという個人が老後のために積み立てていく義務的な貯金で、何とかやっていけるでしょうけど。

少し不安ではあります。公的医療が無料というのは、大きな助けですね。


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2018年8月20日

ゴミの減量化進む

我が家が出すゴミがかなり減っています。

理由はゴミを減らそうと気をつけているからです。

まず、先日記事にも書きましたが、コンポスト容器が届いた日から、生ゴミは全てコンポストに入れるようになったことでゴミがずいぶん減りました。毎日野菜をたくさん使って料理をしますから、どうしても生ゴミがたくさん出るんです。今までは普通のゴミとして出していたんですから、その分が減っただけでゴミが減ったわけです。

生ゴミと言えば、ゴミを焼却処分しないで全部埋めるオーストラリアでは、スーパーや飲食店や家庭から出る大量の生ゴミが腐って悪臭を放つ埋立地の近くには誰も住んでいないのかと思ったら住んでいる人がいるんですよ。風向きが悪いと耐え難い悪臭に悩まされるそうですが、そりゃそうだろう。

それはともかく…

次は、ゴミが増えそうな商品は買わないこと。食品・生活用品なら、できるだけゴミが出ない商品を選ぶ。野菜や果物は、袋や容器に詰めて売られているものは買わない。特にプラスチックのゴミが出るものは、極力買わないようにしています。

自分で作れるものは買わずに作るようにし始めてから、加工食品をほとんど買わなくなりました。ミルクは作れないけど、ヨーグルトは自分で作っていますし。デリとか肉屋・魚屋で買えるものはそっちで買えばゴミが減ります。とにかく、プラスチックやナイロンで包装されている食品は、できるだけ買わないことです。

我が家は、菓子類も買いません。菓子類はゴミがたくさん出ますからね。シリアルも買わなくなりました。グラノーラを定期的に焼いています。

こうしたことを完璧に徹底的にやっているわけじゃあないんですよ。ちょっと気をつけているだけです。それだけで、ゴミの量を随分減らすことができているんですよ。本気でやれば、もっと減らせるでしょうね。

ゴミを埋立地に埋めた場合、たとえ悪臭を放っても生ゴミは早く土に戻ります。紙や木材のゴミもそうです。一番土に戻りにくいのはプラスチックで、今一番問題になっているのがそれ。

出すゴミの量に応じて自治体に支払う税金が変わるようにすれば、もっと多くの人がゴミの減量化に取り組むんじゃないのかなあと思うんですけどね。


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2018年4月13日

初めてのデート

これが「初めてのデート」なのかどうか分かりませんけど、本人はそう言っています。

現在19歳のうちの娘です。

ハイスクール時代はずっと精神的な病気で不安定でしたからね。特にパニック障害が出てからは学校に行くのが精一杯でしたし、親しい友人が家に来ることはあったけど、誰かとどこかに出かけるなんてことは考えられませんでしたから。

昨日、講義を休んで(サボって)その相手さんとギャラリーへ行ったんだそうです。

ちなみに、メルボルン大学では、すべての講義(レクチャー)はビデオ撮影されてオンラインで見ることができるので、復習したい人はもちろん病気や何らかの理由で講義を受けられなかった人は、自宅なり図書館なりで講義のビデオを見ることができます。

ところで、

その「初めてのデート」の相手さんですが、哲学のクラスで知り合った人で、女性だそうです。昨日のデートで、彼女がもうすぐ30歳だと分かったそうです。この方、もちろんとっくに大学は卒業して、現在は理学療法士として働いているそうですが、最近哲学に興味を持ちメルボルン大学で哲学の勉強を始めたのだそうです。

それはともかく…

皆さんもすでにお気づきのように、娘の「初めてのデート」の相手は女性なのです。これまで親しくなった数人は全て女性でして、昨年は大学の心理学の講師に片思いしていましたが、その先生も女性でした。

ハイスクール時代、摂食障害を患い自傷を繰り返していた頃に、ある日お父さんとお母さんに言いたいことがあると言いましてね、

「私は女の子が好き!」と告白したことがありました。

「でも男の子が好きになっていた頃もあるじゃないの?」とお母さんが言いますと、幼い頃にはそういうこともあったから男も女も好きになるのかもしれないと言いましたが、小学校で初めて意識して本気で好きになった子は女の子だったんだそうです。

「はい、分かりましたよ、女の子が好きなのね。あなたが好きになる人が女でも男でもお母さんはあなたがハッピーならそれでいいのよ、知ってるでしょ?」
「うん知ってる、でも一応言っておこうと思って…」

私達の家族は、考え方が大変リベラルで、無宗教主義ですし、LGBT(性的指向に関すること)にも偏見はないですし、私はフェミニストですし、子供達もできるだけあらゆることに偏見を持たないように育てたと思うのですけどね。

娘とは、女同士ということもあって、あらゆることを話し合うのですけど、うちの息子はどうなんだろう。最近、すっかりひきこもりアーティストのようになっていますからねえ。少なくともガールフレンドはいないようです。時々出かけて一緒に食事をしたりするのも男達だし。

かりに、彼がいつか「オレは男が好き!」と告白しても、全く平気な私です。

うちの子供達に、いつか異性のパートナーと結婚して家庭を持って私に孫を抱かせてほしいなんていう希望は、微塵もありませんから。いい仕事について社会的に成功してほしいとも思わないし。

早く自分で食べていけるようになって独立してほしいとは思っているけどな。

とにかく、その「初めてのデート」というのが素晴らしかったのだそうで、昨夜からハッピー過ぎる娘です。


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2017年5月9日

私たちは食べ過ぎなのか

週に一度、一週間分の食品をまとめて買う大きい買い物は、土日は避けるようにしています。何しろ駐車場が混むので。でも、先週は木曜日も金曜日もバタバタしていて、結局土曜日の朝早くに出かけました。

いつものように、必需品はできるだけ最安のALDI で買って、ALDI では手に入らない食品や日本食材をショッピングセンター内のColesとアジア食品店で買って、もちろん合計は軽く200ドルを超えました。

「パンやミルクは仕方がないとして、それ以外は一週間これでやりくりするのよ!」

と宣言したというのに、今日はすでに冷蔵庫がスカスカ。特に野菜があまり残っていないし、バナナももうなくなっている。卵もうちの夫がまとめてゆで卵にしてしまったので、料理に使えるのがない。

2日前に作ったグラノーラももうない。

ALDI のライスクラッカー(サラダ味のせんべいみたいで美味しいんです!)も2パック買ったのにもうなくなっている。野菜も果物もたっぷり買ってきたと思っていたのに。

なんでこんなにすぐに冷蔵庫が空になる?パントリーが空になる?私達家族は食べ過ぎなのか?

「私達、一週間に軽く300ドル以上は食べてるよ!」
「四人家族なんだから仕方ないでしょ」
「それにしても、グラノーラとバナナの減り具合は尋常じゃないよ!」
「食べないわけにはいかないでしょ」

毎日娘を駅まで送り迎えしなくてはなりませんので、そのついでに必要なものは買ってくるんですけどね、下手すると400ドル位は食費に使っているかも...。いやいや、400ドルは超えているかもしれない。

家計に占める食費の割合を考えて見ると(「エンゲル係数」というやつですけど)、我が家は低水準生活グループに入るのは確実だな。

うちの夫も息子も、食べ過ぎていることは身体を見れば明らかなわけですからね、食費を減らしたいものですが、家でしっかり食べさせないと自分で食べ物を買って来るから困るんです。

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2017年4月23日

靴を脱ぐという習慣

オーストラリアの家は、もちろん基本的に日本の「玄関」のようなものはありません。日本では、玄関でほぼ必ず靴を脱ぐけれども、オーストラリアの多くの家庭では、家の中でも靴を履いたままでいる。

ソファやベッドにまで土足で上がるという習慣には、正直閉口したものですけど、最近それが変わってきています。

家の中では靴を脱ぐ家庭が増えてきたのでしょう。室内履きやスリッパがたくさん売られるようになりました。私がオーストラリアへ来た頃には、そういいうものを探すのに苦労したものです。

家の中では靴を履かない主義のオーストラリア人達は、大抵入口のドア付近に脱いで置いておくようですが、これがねえ、あれなのよ。

我々日本人は、玄関で靴を脱いだ時に、脱いだ靴を脱ぎ散らかさずに、きちんと向きを変えて揃えて置いておくということを教えられるでしょ?

そういうのを何年もしてきていると、それはもう体が覚えちゃっているので、無意識でも靴は揃えて脱ぐのです。

昨日、野菜畑にロケットとほうれん草を取りに出た時、入り口のドアの前に脱いだ自分の室内用つっかけを見て「習慣というのはすごいなあ」と改めて実感しました。


外履き用のクロックスが泥に汚れていたので外に脱いであったのです。そこで履き替えたから、自動的に室内用はドアマットの上にこういう状態になっていたということ。

ところがねえ、オーストラリア人達は靴を揃えるということはしません。

小さい頃から教え込んだはずのうちの息子も娘も、靴をそろえることができません。うちの夫なんてもっとひどい。揃えて置くべき明確な一線がないというのも、原因だと思うんですよ。

とにかく、入口のドア付近に、あっちに向いたりこっちに向いたり、時にはひっくり返ったりしている靴、靴、靴。

靴箱や靴ラックを用意しても、そこに脱いだ靴を揃えて置くということはできないんです、あの人達は。

「脱いだ靴を揃えなさい!」

と口を酸っぱくするのはもうやめました。

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2016年10月29日

お掃除大変すぎ

掃除が大変すぎて、筋肉痛になってるんです。

家の中はね、どんなに大きな家でも限度というものがありますから、掃除機をかけるにしても拭き掃除にしても、とりあえずある程度の達成感を感じつつ終りを迎えることができますよ。

たとえ数日中に再び同じ行為を繰り返すことになるとしても。

しかし、外の掃除は終わりが来ない。

私達家族が住んでいるこの家の敷地が広すぎるんです。そして、家の周りのテラコッタのタイルで覆われた部分も広すぎる。なんでこんなに広いのか...。

一年中落葉するユーカリの葉っぱが、掃いても掃いても溜まってゆくし、ちょっと風が強いと小枝がいっぱい落ちてきて、掃かないでおくと非常に見苦しいのよ、目立つから。

そして、テラコッタタイルは家の周りから畑の向こうのゲートまで続いております。夫が草を切ったあとは、このテラコッタの道に切った草や土や小石がいっぱい溜まるの。これも掃いておかないと見苦しいだけではなく、これが土になってそこから草が生え、テラコッタタイルを破壊していくし。

玄関前から表のゲートまでは数十メートルに渡ってテラコッタではなく小石や砂を混ぜたコンクリートで舗装されているんだけど、そこにも落葉した葉っぱや木の実や種や枯れた花などオーガニックゴミが溜まります。

以前この家に住んでいた家族は、家の中の掃除はクリーニング業者に、家の外の掃除はガーデニング業者に頼んでやってもらっていたらしいです。引っ越した時に、そうした業者の連絡先が置いてありましたから。

しかし、我々はギリギリでやりくりして生活しているんですから、掃除を業者に頼むなど...。

やはり、ほぼ専業主婦状態の私がやるべき仕事。しかしねえ、最近本当に疲れてきたわ。外掃除は吸血害虫の問題もあるし、花粉がいっぱい飛んでいるしね。

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2016年10月22日

Carpe diem 今を生きろ

ラグビーの平尾誠二さんがお亡くなりになったとのニュースに、衝撃を受けたというか気分が沈んだ私です。

同年代の有名人が亡くなったというニュースは、メンタルに悪いです。

私は若い頃からラグビーファンで、「北の鉄人」新日鉄釜石ラグビーチームの日本選手権7連覇に興奮した世代でございます。主将の松尾雄治さん、カッコ良かったですよねえ。

その新日鉄釜石の8連覇を阻んだのが神戸製鋼で、釜石を応援していた私にとって敵チームの主将であった平尾誠二という髭の男は憎らしかったですよ、あの時は。

でもね、ラグビー好きの人間で伏見工業高校ラグビー部のストーリーを知らない者はいないのです。名監督&教育者であった山口良治監督に説得されて、平尾さんがほぼ決まっていた花園高校への特待生としての進学を蹴って「不良の学校」伏見工業へ入学したという話は後から知ったことだけど、あの映画か漫画のようなストーリーの中心にいた選手であった平尾さんには、注目せずにはいられなかったですね。

彼はね、ルックスが端正なラグビー選手という、めったにいないタイプの選手でしたでしょ?顔がハンサムだというだけではなくて、姿形も美しいという。しかもラグビー選手としての能力も日本国内では卓越していたし。

「膵臓がんで闘病していた」と書いているサイトがありましたけど、膵臓がんは千代の富士と同じ病気ですよ。うちの夫の友人もそうでした。

早期発見が非常に難しいので、早期治療ができない。膵臓の周りには他の臓器や重要な血管があって膵臓がんはこれらに染みこむように広がっていくので、大抵見つかった時点で余命宣告が出るほど、完治がほぼ不可能ながんだと聞いたことがあります。

まだ53歳だったのに。

ワタシ的には「人生50歳から」なんですよ...。

「Carpe diem」というラテン語の格言。

「Seize the day」という意味で、「その日をつかめ」すなわち「今を生きろ」「今日この日を精一杯生きろ」ということなんですけど、自分の生きている毎日が「何となく目的無しのただ時間が過ぎるだけのような毎日」である気がしまして、「こんなんでいいのか!」と考えてしまいます。

人生短いのよ。特に50歳代は、残りが後どのくらいかわからないの。

「人生50歳から」なんて言っていられないな。毎日を精一杯生きていかないと、いつ終わりが来るかわからないんだわ...。

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2016年7月25日

スカウトされたって

3週間毎日楽しんだツール・ド・フランスが終わりました。1週目の終わり頃からチームスカイのクリス・フルーム選手がずっと黄色いジャージを維持して2位以下との差を広げ続けましたので、誰が勝つか!というワクワク感はあまりない今年のツール・ド・フランスでした。

最終日の第21ステージ、3週間走り通したライダー達がパリに凱旋する様子は毎年鳥肌モノです。空からの映像も素晴らしいんですけどね、かの有名な凱旋門にまさに凱旋した選手たちが最後の戦いを繰り広げる様子を低い位置から凱旋門を見上げるように映し出した映像には感動しましたね。

フランスという国は本当に見所満載の国です。いつか行きたい!

「そのためには、こんな貧困生活をしていたんじゃあダメだわ!仕事を頑張らなくっちゃ!」ということでですね、今日は朝から翻訳の仕事に追われ、途中で腰を休めるためにケーキを焼き、また仕事。あっという間に一日が終わって今度は晩ご飯の支度に追われ…。

夕方、夫と息子のカイが帰ってきました。

「オレねえ、今日スカウトされた」
「スカウト?何のスカウト?モデルとかじゃないわよねえ?」(お母さん、何を言うか!)
「仕事関係?」
「うん」

話を聞くと、息子が通う学校 AIE(Academy of Interactive Entertainment)に、あるゲーム制作会社のスカウトがやって来たんだって。その会社は、現在は主にスマートフォン用アプリ制作をやっている会社だけど、VR(バーチャルリアリティ)ゲームの開発を始めることになり、キャラクターデザインが出来る人材を探しているとのこと。

 AIE という学校は即戦力養成学校のようなところですから、こうしたエンターテインメント系の会社がよくスカウトにやってくるのです。

話を聞いた先生たちが即座にうちの息子を推薦したんだって。

ですから、その会社のテストを受け(デザイン力チェック)OKだったら即雇用という話になったそうです。息子は現在 AIE の「ゲームアート」コースの2年目の途中でまだ終わっていないんですけど、どういうことになるんだろう…。

まあ、息子のキャラクターデザイン力は優秀ですから(親バカじゃないのよ!本当に上手いのよ!)とりあえず卒業後の就職浪人を心配する必要はなさそうで、お母さんは嬉しいです!

ほんとに上手いのよ!漫画風から日本のアニメ風からジブリ風からコミカル物からシリアス物から、キャラクターを描かせたら大したもんなんだからね!

それを聞いて、さらに勉強に身が入る娘のサチ。こちらは精神科の医者を目指しておりますので勉強一筋。

なんでもいい、独り立ちして何とかやっていってくれたらそれでいいの!

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2013年1月26日

アワードナイトで受賞

夫が勤める会社では、昨年が大きな節目の年になったこととビジネスが順調ということで、そうしたことを祝うための「アワードナイト」というイベントが昨晩催された。

私はおしゃれなドレスなど持っていないので、きちんとしたパンツに一番ドレッシーな感じのスミレ色のトップを着て出かけたのだが、到着してみて焦った。みなさん大変ドレスアップしているのだ。

(ドレスコードは聞いていなかったぞ!)

場所は、メルボルンの南東モーニントン半島の南の方にある大変おしゃれなワイナリー&レストラン。新しく開通した高速道路のおかげでリングウッドから40分ほどのドライブだった。

このワイナリー&レストランを借り切って、飲み物類はシャンペン、ワイン、ビール、ソフトドリンク、カクテルとなんでも飲み放題。食事はフルコース。音楽は、3人のエンターテイナーが生歌。費用は全て会社もちである。

ヴィクトリア州以外の州のスタッフもニュージーランドのスタッフもパートナーと一緒に出席していた。彼らの飛行機代も滞在するホテル代も(もちろん奥様&恋人などパートナーたちの分も)全部会社もちなんだそうだった。

(すごい太っ腹ですねえ。)

社長の挨拶に続いて、いきなり「かくし芸大会」となった。

1番はウチの夫。全員外に出てもらい、ウッドデッキとワイナリーのブドウ畑の間のスペースでムチを披露した。次は、ニュージーランドスタッフチームのダンス。これは有名なハカで締めくくりとなったが、大爆笑のパフォーマンスだった。次は、シドニーのスタッフがコメディーを披露。しゃべりだけで笑いを取るのは難しいものだが、お腹がよじれるほど笑った。

かくし芸を披露したのは、これらの3組だけだった。ちょっとがっかり...。3組には、よくやってくれましたというご褒美が与えられた。夫はチョコレートとワインをもらった。

食事をいただきながら、アワード(賞)の授与も行われ、というかこれが本来の目的だったわけだけど、夫は最も優れた製品知識と実演の技能を認められ、「デモンストレーション賞」というのをもらった。大変うれしそうだった。

このイベントで、会社の社長二人をはじめとして多くのすばらしいスタッフの人たちに会いました。

二人のまだ若い社長のスピーチや、スタッフの人たちの話から、またイベントの雰囲気やイベントの準備をしたスタッフに対する感謝の表し方とか様々なことから、夫が勤めるこの会社は大変に良い会社であることが分かりました。

夫は自分の仕事自体も大好きなのだけど、勤める会社がこのように良い会社で、スタッフも良い人ぞろいで、このような良い仕事に就けたことは幸運だったなと思います。

長い間無職で、生活も困窮し、「うつ」も悪化して、私たち夫婦も苦しい時期が続いたけど、全てのことが少しずつ良い方向に向かって来始めた気がします。


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2012年12月21日

ブログを書いている暇がない

なんで、ブログを書く暇がないのか?

クリスマスのプレゼントを作っているからですよ!

今年のクリスマスシーズンは、娘のサチからの提案(というか宣言!)でクリスマスをお祝いしないことになり、クリスマスツリーも出さなかったし、家の中にクリスマスっぽいものは何もなく、やや寂しいながらもそれはそれで楽チンだったのに...。

クリスマスの日も特別な予定などなかったのだけど、やはり今年も義母の家に行ってクリスマスランチを食べることになった。

生活に困窮している私達家族がプレゼントなどに無駄金を費やすことを良しとしない義母のポリシーにより、プレゼントもしないということだった。彼女からは、クリスマスプレゼントとして映画「ホビット」の家族チケットをもらうのだそうだ。チケットを買ってくれたとは聞いていたが、それが私達家族へのクリスマスプレゼントとは知らなかった。

そうしたら、突然、夫の弟が上海からクリスマス帰国!彼のガールフレンドもクリスマスにはやって来るということになった。彼女はスペイン人で、前回彼女がメルボルンに来た時には、しっかりプレゼントをもらっている私達。このクリスマスに彼女が手ぶらでやって来るわけがない。

そこへ来て、義母のパートナーの息子も、クリスマスにはクイーンズランドからやって来るということになり、...集まる人数がどんどん増える!

彼らは「クリスマスをお祝いする人達」なのだから、こうしてみんなが一堂に会すれば恒例のプレゼントタイムが行われることは必至。こりゃ、手ぶらでは行けないでしょ?

でもですねえ、本当に生活の方は厳しいやりくりをしている私達家族は、プレゼントに費やす余裕がないのです。

じゃあ、手作り!

というかねえ、実はここ数年、少なくとも私と子供たちは「クリスマスプレゼントは手作り派」なんです。夫は「妻にお任せ派」だから気楽なもんだ。

息子のカイは、毎年毎年「ミスター・チョコチップクッキー」だから、今年もチョコチップクッキーを作るのだろう。考えなくていいから楽チンだ。

娘のサチは、ラムレーズン入りチョコレート・トリュフとチョコレートブラウニーを作るといって材料の準備をしている。

私は、ここ数年は毎年手作りクラフト物をプレゼントしてきた。手編みのマフラーとか巾着袋、きれいな布で縫ったバッグやポーチなど。オリジナルデザインのエプロンも何度か作ったが、大きめに作ったのに小さすぎて着れないということもあって、身につけるものはサイズが難しい。

年々レベルアップしてきていると自負しているので、しょうもないもんを差し上げるのはプライドが許さない!というわけで、ここ3日ほど猛制作中なのです!

義弟への「手編み耳あて&ポンポン付き帽子」と彼のガールフレンドへの「名前入りの黒いおしゃれエプロン」が完成!

義母へプレゼントは悩みに悩んで、裏庭で摘んできたラベンダーでポプリを作ることにした。「全然お金をかけずに作った」というのが、彼女には重要なのだ!ラベンダーは、現在いい感じで乾燥中。クリスマスまでにはポプリになるだろう。

義母のパートナーには、まだ思案中で、オリジナルプリントTシャツかニット帽か...、今日中には決めなくちゃ...。そして、彼の息子には、スペースインベーターの「冷蔵庫マグネット」を購入した。彼はスペースインベーダーが好きで、彼の家の居間にはあの懐かしのスペースインベーダー・ゲーム機があるほどなのだ。

明日は、友人宅で毎年恒例の「クリスマス・イブ・イブ・パーティー」があるので、何か食べ物を作って行かなくてはならない。

ああ、ブログを書いている暇などないはずなのに、こうして書いているのは気分転換のため!さあ、また制作に戻りましょう。おっと、その前に、急な翻訳の仕事が入ってたいたのを忘れてた!くそっ、忙しい時に限って急な仕事とは...。


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2012年12月12日

親バカの自慢話です

今晩は、子供達が通うハイスクールの「プレゼンテーション・ナイト」というイベントがあった。今帰ってきたところなのだが、家の中が暑いのでエアコンで涼みながらこれを書いている。

プレゼンテーション・ナイトについては、昨年も記事を書いたのでそれをお読みいただきたい。

年度末に学業で優秀な成績をおさめたとか、学校の活動において顕著な活躍をしたとかいう生徒を表彰したり、奨学金の受賞者などを発表したりするイベントなのだが、プレゼンテーションの合間にブラスバントや合唱グループおよび個人の生徒達による演奏や歌唱があり、もちろんたくさんのスピーチもあって、昨年も今年も2時間半の長丁場であった。

昨年は、息子のカイと娘のサチの両方にイベントへの招待状が来たのだが、サチは行きたくないと言うのでカイだけが出席した。ところが、ステージ上で賞状をもらうカイの表情がヘンテコだと思ったら、ナント賞状には、「あなたの賞状がなくなってしまったんです。できるだけ早く見つけて渡しますから許してね!」と書かれていたのだった、という話は昨年書いた。

学年が上がるにつれて成績優秀で表彰される生徒の数は減少する。今年10年生となったカイは、残念ながら受賞を逃したので、今年は娘のサチにだけ招待状が来た。

サチが今年は出席するというので、夫と二人で今年も行ってきたのだ。チケット代一人5ドルを払ってね。

7年生たちの表彰が終わり、いよいよサチたち8年生の番が来た。

学業で成績優秀というカテゴリーの「アカデミック・エクセレンス賞」の表彰が始まり、まず受賞する賞の数が6つの生徒達から名前を呼ばれた。サチは、3科目で受賞だと言っていたのだが、前期後期でそれぞれ独立したユニットとみなされるらしい。じゃあ、3科目かける2で6だろうと思ったら、サチの名前は呼ばれなかった。

次は7つ、8つ、9つ...。

サチの名前は呼ばれない。

「次は、10個の賞を受賞する生徒です」
先生が名前を呼ぶのだが、サチの名前が呼ばれない。

(おかしいなあ。「アカデミック・エクセレンス賞」の受賞ということだったのに、違うの?)
どうしてサチの名前が呼ばれないのかしらと少し心配しながら、もしかしたら...と期待が高まる。

「さて、次は11個の賞を受賞する生徒で、3人います」

一人名前が呼ばれた。そして、二人目、それがうちのサチだった。夫が隣で「オイッ」と小さくうなり私の腕をつかんだ!びっくりするやら、誇らしいやら...。

サチが受賞したのは、英語2つ、フランス語2つ、科学2つ、数学、演劇、美術、保健衛生、家庭科の11個。

家では勉強をしている姿を見ることはめったにないし、夫も私も「勉強しろ」とか「宿題をしろ」とか言うこともない「ほったらかし主義」の両親だけど、ちゃんと頑張っていたんだなあ。

ステージでは、むっつりとまるで怒っているような顔のサチだったが、家に戻ると兄であるカイの部屋まで走って行き、バーン!とドアを開けるなり「11個よ!」とうれしそうに自慢していた!

小学校では繰り下がりのある引き算でつまづき、九九がなかなか覚えられず、割り算で苦労しまくった。英語のスペリングも読解もスピーチも、本当に苦労した。(ああ、この子はお勉強の方はあれだな...)と思っていたあの頃とは、まるで別人です!

というわけで、今日は親バカの自慢話となりました。


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2012年11月10日

ドロシー・ロー・ノルトの言葉

私は、海外にお住まいの方のブログを読むのが好きだ。もともと、外国の文化にとても興味があった。

現在は、オーストラリアのメルボルンに暮らしているけれども、子供達が生まれてからは、何度か家族で日本に行った以外は、どこにも旅行をしていない。

イタリアやスペインをはじめ、トルコやフィンランドやスコットランドや、行きたかった国がいっぱいあるのに...。メルボルンは地球の果てだから、行きたい国々は全てとても遠い。

だから、そうした国々に住んでいらっしゃる方々のブログを読んで、皆さんの暮らしの様子からその国々の文化を少し知ることができるのは、とても楽しいのだ。

そして、今日ふと思ったのだが、ブログを書いていらっしゃる方の多くが、子育て真っ最中の若いお母さん達だ。親兄弟姉妹と遠く離れた外国で、異文化の中での子育てに奮闘中というのが、読んでいて微笑ましくなる。

自分が子育てに奮闘していたころのことを思い出して、今日は久しぶりに子供達が幼かった頃の写真を出して見た。大変だったけれど、楽しいことのほうが多かった。

でも、夫と一緒にビジネスを立ち上げてからは、本当に忙しくなり、特に夫がほとんど家にいないような「母子家庭」のような生活になってからは、ストレスがたまって本当に大変だった。「ウツ」にもなったし...。

余裕が無くなり、「優しいお母さん」じゃなくなることも良くあった。「ガミガミ母さん」や「イライラ母さん」にしょっちゅう変身していた私。

神経が高ぶって、イライラが抑えられないような時、自分を落ち着かせるために読んでいたのが、ドロシー・ロー・ノルトの有名な詩だ。

Children Learn What They Live
By Dorothy Law Nolte

If children live with criticism, they learn to condemn.
If children live with hostility, they learn to fight.
If children live with fear, they learn to be apprehensive.
If children live with pity, they learn to feel sorry for themselves.
If children live with ridicule, they learn to feel shy.
If children live with jealousy, they learn to feel envy.
If children live with shame, they learn to feel guilty.
If children live with encouragement, they learn confidence.
If children live with tolerance, they learn patience.
If children live with praise, they learn appreciation.
If children live with acceptance, they learn to love.
If children live with approval, they learn to like themselves.
If children live with recognition, they learn it is good to have a goal.
If children live with sharing, they learn generosity.
If children live with honesty, they learn truthfulness.
If children live with fairness, they learn justice.
If children live with kindness and consideration, they learn respect.
If children live with security, they learn to have faith in themselves and in those about them.
If children live with friendliness, they learn the world is a nice place in which to live.

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、 子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる


我が家の子供達は、現在、気難しいティーンエイジャーで、体は私よりもはるかに大きくて大人同然。でも、まだまだ子供です。久しぶりにこの詩を読んで、最近叱ってばかりで褒めることを忘れていたと反省しました。


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2012年11月9日

薬代に200ドル超え!

今や、生活費の高い都市ランキングで世界第7位というメルボルン。家賃も、電気ガス水道料金も、電話料金も、食料品も、とにかく何もかも高い!ものすごく高い!

今月は、引っ越す前の家の電気料金と水道料金の残りの請求が来たし、引越しのために電話会社のTelstraへの支払いが通常よりもかなり多かった。さらに、車の登録料700ドルというのが来た。

おまけに、家族・友達・親戚関係の誕生日の連続で出費がかさんだ。

ティーンエイジャーの子供達の食欲は凄まじくて、できるだけお金をかけずに栄養のバランスが良いちゃんとしたものを食べさせようと料理を頑張っているが、最近は1週間250ドルではとてもやっていけない。もちろん外食など一切しない。

もうすぐクレジットカードの支払いもしなければならないし、いくつか月々の支払いが残っている。来週は、子供達を皮膚科の専門医に診てもらいに連れて行かねばならない。

すでにギリギリの状態なのに、どうやってやりくりしていこうかと頭を悩ませているのだが、こういう時に限って、私達家族の薬がなくなった。同時に全部の薬がなくなることはめったに無いのだが、今回はまさに「マーフィーの法則」である。

子供達はニキビ治療の薬を飲んでいる。私は、抗うつ薬を毎日飲んでいる。夫は、コレステロールを抑える薬と10年以上前にパニック障害の治療に飲み始めた薬を今でも飲んでいる。そして、我が家の四人全員がアレルギー体質であって、この時期は花粉症のために抗ヒスタミン薬を欠かすことができない。

薬はどうしても必要なので、仕方なく買いに行った。100ドル以上は行くだろうと覚悟していたが、今日買った薬代は、200ドルを超えた!

ああ...。


生活が困窮してCenterlinkから生活保護の給付金をもらっていた頃は、「ヘルスケアカード」というものももらえた。このカードがあれば、GPでの診療費も無料だったし、薬が大変安く買えた。家族全員の薬を買っても50~60ドル程度だった。

現在は、夫の収入額のために私達家族は毎月ギリギリの生活ではあっても、低所得世帯向けの様々な恩恵は受けられない。

私がもっとしっかり稼げばいいのだよな。何とかしなくちゃあ...。

ウツの方は、もう大丈夫な気がするんです。腰は...、ううん...腰はねえ、就職するにはかなり厳しいと思います。

だから、日頃やっている翻訳とウェブデザインの仕事を増やすしかないだろうとは思うんですよ。でもね、こういうことを考えると、たちまち心臓がバクバクするのはどうしたものかなあ...。


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2012年10月15日

やっとつながったインターネット

Telstraぁあ!

いいかげんにしなさいよ!

こんなことじゃ、Optusとか他の会社に行っちゃうよ!

私達は、長年電話も携帯もインターネットも全部Telstraのサービスを利用してきた。Telstraのサービスに満足だったし、何と言ってもオーストラリア最大の通信会社であるから、一番信頼できるであろう信じてきたわけだ。

引越しにともなう電話とインターネット接続変更の手続きのことでTelstraに電話をしたのは、10月1日の月曜日であった。システム上接続が4日間途絶えるとのことだったが、電話の方は約束どおり新しい電話番号ですぐにつながった。私達家族は4日の木曜日から引越し先の家に住み始めたのだが、電話の方は何も問題はなかった。

しかし、インターネット接続は8日の月曜日から利用できるとのことであった。引越し先の家には、すでにブロードバンド用のケーブルが引かれているので、作業はTelstraサイドのみであって私達がすることは何もないとのことであった。

月曜日が来た。しかし...、つながらない。

電話で問い合わせる。

ヘンテコなアクセントの英語をあやつるオペレーターに夫が事情を説明したところ、何と私達のインターネット接続変更の申し込みが正しく処理されていなかったとのことであった。「必ず今週中に接続します!」との話だったが、先週のこともあるわけだし、木曜日に再度確認の電話を入れた。

私達の注文は、まだ「オープン」であると言う。つまり、木曜日の時点で、まだ何も作業が行われていなかったわけだ。どんな大変な作業なんだろうか!スイッチを入れるだけのことじゃないの?

とにかく、このオペレーターは、金曜日の「午後5時」にインターネットにつながるようになると約束した。

金曜日の午後5時10分。

まだ...つながらない!

最初の電話での申し込みから2週間近くもたっているのである。怒った夫がオーストラリアのスーパーバイザー(責任者)につなげ!とオペレーターに言うと、このオペレーターは、カスタマーサービスの時間を大幅に過ぎてはいたが、親切な態度で調べてくれた。そして、私達の家のインターネットは、確かに「午後5時7分」につながっているはずだと言う。

しかし、つながらないのである!

すると、今度は技術スタッフにつないだ。このスタッフは、まるで初心者を扱うように夫に対して「ああだ、こうだ」と指導をおこない、接続を試みた。

しかし、やっぱり、どうやっても、つながらない!

技術スタッフは、どうしてつながらないのか自分には分からないから、15日の月曜日に技術者を私達の家に行かせて、問題を解決すると約束した。

そして、今日のことである。

やって来た契約スタッフの男性は、私の話を聞くと、ロシア語っぽいアクセントの英語でこう言った。

「あいつらを信用しないことですよ!インターネット接続にADSLを利用しているのなら作業はTelstraのスタッフがスイッチを入れ替えるだけですから簡単なことです。でも、ケーブルを利用しているのなら、特に賃貸住宅の場合は、必ず技術者がケーブルをチェックして接続作業をしないと、あなた達のように何日も無駄に待つことになります。」

引越し先の家には、インターネットかFoxtelの有料テレビかよく分からないポイントが2つあって、私達はその両方でいろいろやってみたのだが、何が問題でつながらないのか全然分からないのだった。

そのロシア語っぽいアクセントの英語を話す技術者は、ケーブルを延長してくれ、外で作業するもう一人の男性と声を掛け合いながらなにやら機械をガチャガチャやって接続させ、モデムを設定し直してあっという間に私のPCをインターネットにつながらせると、疾風のように去っていった。

ものすごいスピード!

あっという間のできことであった。

よろしいか、Telstraをご利用の皆さん。オペレーターをすっかり信用しておとなしく待っていると大変な目にあいますよ。「あいつらを信用しないことです!」 ケーブル接続を利用しているなら、技術者に来てもらって、接続をやってもらうのが一番の近道であります。

あーあ、2週間長かった!


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2012年10月4日

「もの」がたくさんありすぎる暮らし

インターネット接続が途絶えると聞いていたのに、まだ何も変わりなく接続できるようなので、ちょっと休憩がてらに書こうと思う。

引越し5日が過ぎ、家の中のものはおおかた引越し先に運び込み終え、残るのは大型白物家電とベッドとなった。

しかしまあ思わずにはいられないのは、何でこれほど大量の「もの」があるのか!ということだ。

最も数が多いのは夫の所有物で、ガレージ、ワークショップ、オフィス、寝室にまさにゴミ屋敷状にあふれかえっていた大量の「もの」が、運んでも運んでも運びきれないほど大量にあるのだった。

夫は、何ごとも「必要だ!」と思ったら買わずにはいられない性質であって、さらに整理整頓ができないので、持っているはずだが見つからないという「必要なもの」があれば、時間をかけて探すのではなく結局また買ってしまうのだ。

そうやって買ったもの以外に、他人から譲り受けたものも非常に多い。夫はチャリティー関係の団体に属しており、他のメンバーから不要になったものをしょっちゅうもらって来る。誰かが要らないから捨てると言うと、「じゃあ取り合えず自分がもらってあげるか」と思ってしまうのだ。

団体のメンバーには高齢者が多く、メンバーが亡くなるとその人たちの服をもらって来る。だから夫は、例えばビジネスシャツなど数十枚は持っていた。

夫ばかりを責められない。キッチンには、これまた大量の食器や道具類が戸棚の中に山ほど詰め込まれていた。私が買ったものもたくさんあったが、他人からの贈り物というのがたくさんあった。クリスマスのプレゼントとしてもらった実用的ではない「もの」達である。

本...、これがすごすぎる。買いすぎだ。特に夫は!

我が家の生活が困窮し始めてからは、買いたくても何も買えなくなった。だから、最近は持ち物が増えてはいないはずなのに、やはり増えていた。夫がアルバイトでやっていたリフォームや庭仕事や大工などの「何でも屋」の仕事に必要だった様々な「もの」である。

これまで引越し続きだった私達家族。でも夫はいつも忙しく、海外にいたりして、引越しの作業にあまりかかわってこなかった。子供たちも幼くて、引越し作業は大奮闘する私と引越し業者の仕事であったのだ

夫と子供たちは、今回の引越しで、自分たちが「もの」をたくさん持ちすぎていることに気づいたはずである。

これから次の引越しまでには、不要な「もの」は売るなりオプショップに寄付するなり捨てるなりして、とにかく持ち物を減らさなくてはならない。


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2012年10月2日

疲労困憊!引越し大変...

引越し4日目が終わった。今日も息子のカイと娘のサチと私の3人だけの作業でした。

ただただ、疲れ果てております。腰痛もひどくなってますし、早く終わりたいです。でも、まだまだたくさん残っています。特に夫の持ち物と夫の服と夫のオフィス家具と白物家電全部。

Telstraに引越し先の電話とインターネット接続の手配を頼んだところ、電話は月曜日につないでくれるんだそうですけど、インターネットの方は明日から4~5日接続が途絶えるんだそうです。で、いつ接続してくれるのかは分からない。明日から4~5日ということは月曜日には接続してくれるのか?どういうこと?

まっ、インターネットにつながらなくなるわけだし、引越し作業で疲労困憊していることでもありますし、ブログは明日からしばらくお休みです。

あっ、そうそう!

引越し先の家ですけど、キッチンが大変狭くてダイニングテーブルを置くスペースが全くありません。リビングスペースは、テレビとソファを置く場所を除いて、そのほとんどをホームオフィススペースにしてしまったので、ダイニングテーブルは置けません。

私達、どこで食事をしたらいいのか困っております。夫はソファで食べればよいと言うけど、ソファに座ってひざにお皿を載せて食べるの?毎日?それは嫌だ、絶対!

コーヒーテーブルを食卓にして床に座り(座布団でも敷くか...)、日本式に食べるほうがまだましだ。

ううん...、どうするかなあ。


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2012年9月30日

引越しスタート

ゴールドコーストから帰って来た私達家族は、早速引越しを開始した。

何しろ、我が家は生活のやりくりが厳しいので、引越し業者を頼むことなどできない。

他人の引越しは率先して手伝いに行く夫は、頼めば手伝いに来てくれる友人が大勢いるというのに、全部自分でやると言う。

我が家には、通常の家庭の軽く2倍近い量の物がある。家具や電化製品などは普通であるけれども、ホームオフィスのデスクやキャビネットをはじめとする家具&事務用機器道具が山のようにある。

持っている書籍類の数も普通ではない。友人が「本を買うのを止めれば家が建つ」と冷やかすのも納得の数量の本が山のようにある。

ガレージには、夫の木工用の電動工具&道具類をはじめ、庭仕事用のチェーンソー、ガーデニング用の電気道具各種、シャベルにつるはしに斧にノコギリ多数に鉄の棒に、板に材木にシートにロープに...、ああもう気が遠くなるほどの量の物がある。

私のデスクは常に整理されているので、荷造りも簡単だしデスクの分解も簡単にできるが、夫のデスクや仕事用の持ち物は「ゴミ屋敷状態」であるから、一体どうやって荷造りするのか心配だ。まさか、結局私にやらせるのではないだろうな...と不安。

今週末と次の週末で運び切らなければならない。

平日は、夫は仕事だから重い家具などはとても運べない。今週はまだ学校が休みだから、子供達の力を借りて、私のカローラで少しずつ運べるものを運んでいくしかない。

現在住んでいる家から引っ越す家は、車で5分ほどである。とにかく少しずつせっせと運ぶしかないのだ。

でもですね、昨日今日と作業をしながら気づいたのですけど、来月16歳になる息子のカイがいつの間にか随分力持ちになっており、でっかい本棚を一人でヒョイとかついで運んだりしているのですよ。

「さすが男!たくましいじゃん!」と、ちょっぴり誇らしい気分の母なのでした。

ところが私は、ホント役に立たない!トレーラーを牽引して運転することはできないし、夫の仕事用のバンを運転するのもあまりに下手すぎてストップがかかり、やっぱり腰痛がですねえ、すぐにひどくなるものだから、荷物運びもできない。

だから荷造り専門!
食事の準備専門!
そうじ専門!

それでも、もう今日は腰が限界を超えている!子供たちが結構頼りになるので助かった...。


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2012年9月5日

家賃の安い家を探して

度々ブログに書いてきたことだけれども、我が家の家計は大変に厳しい。

夫が就職して毎月決まった収入が期待できるようになってからは、その日その日をどうやって食べていくかというほどには困窮していないけれども、毎月ぎりぎりの状況でやりくりしている。

私は「うつ」のち「腰痛」でとても就職できる身体ではないので、まだ共稼ぎというわけにいかない。

夫は以前やっていた会社が破綻した後、結局個人破産を避けられなかったので、これから3年間は、現在勤めている会社から給料やボーナスを全額受け取ることができない。法律で決められた額以上の収入を得ることはできないのだ。

つまり、私が就職して稼ぎ始めない限りは、現在の厳しい家計は3年間続くのである。(だから、とにかく早く腰痛をなんとかしたいのだが...。)

我が家の家計を最も苦しめているのは、毎月2千ドル近いこの家の家賃だ。

月2千ドルという家賃は、メルボルンにおいては決して高いものではない。Ringwoodの街でも、私達家族が住む北のエリアでは、寝室数3つでそこそこきれいなガレージ付きの家ならば月2千ドルくらいは当たり前だ。

家賃の安い家に引っ越すしかないとずっと思っていたので、不動産サイトを時々チェックしていたところ、先日1軒の家を見つけた。

家賃が週当たり今住んでいる家よりも100ドル安く、子供達の通うハイスクールに歩いていける距離だからバス代も節約でき、エリア的にも静かで安全で、家自体も外から見た感じではこじんまりとしていて大変感じがよい。

心配は、サイトに掲載してある写真が、家の外の写真ばかりで家の中はこれ1枚しかないこと。家の中を写した写真が掲載されていないのは、まずあまり積極的に見せたくないからだ。

小さいキッチンには食器洗い機が見あたらない...

しかし、3年間の辛抱だ!
そう、3年間だけなら、どんなにボロの家でも何とか我慢できる!

月あたり400ドルも家賃が安いのだし、このエリアで、3寝室の家で、この家よりも安い物件はめったにお目にかかれない。

そこで、今日この家を見に行ってきたんです。

家の周りはきれいでした。裏庭もなかなか良い感じ。物置き小屋と作業小屋と鶏小屋と立派な物干しがあります。

肝心の家の中は、か...壁紙がですねえ、「ヴィクトリア時代のものか!」というくらいレトロ調ですが気にしません。カーペットも目が回りそうなんですけど、これも我慢できます。

キッチンが大変せまくて、ダイニングテーブルを置くスペースもありません。(今住んでいる人達は一体どこで食べているのだろう?)食器洗い機もやっぱりありませんでしたから、手で洗うしかない!

トイレも一つしかないから朝のラッシュが思いやられます。

でも、我が家に欠かすことができないホームオフィスを作れそうなスペースはあります。でっかいエアコンがついています。(これ重要!)

とにかく、場所は最高!仕事にも学校にもショッピングセンターにも近い!

だから、申し込みをすることにしました。私達以外に2家族が家を見に来ていたけど、さあどうなるか...。


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2012年8月6日

尊厳死を考える

夫の親しい友人が、今、尊厳死を望んでいる。しかし、メルボルンのあるヴィクトリア州では、その希望はかなわない。

彼は、昨年、末期の大腸がんであると宣告された。しかし、手術と放射線治療が功を奏して体調が回復した。術後の検査で膵臓にがんが転移していることが分かったが、幸運にも転移した場所が良かったので、手術により仕事に復帰できるほどに健康が回復した。

ずっと比較的体調は良かったが、がんは肺や肝臓など様々な臓器に転移していた。

彼の妻は、数年前に若年性アルツハイマー型認知症を発病し、非常に短期間で記憶を無くした。夫であるその友人のことも認識できなくなり、生活能力も全て失った。妻が妻ではなくなった後、病院にその人を見舞うたびに、彼は慟哭していた。

彼の妻は、今年の4月に亡くなった。

彼は、息子や娘達家族と絶縁しており、親しくしている家族も親戚もいない。二人の親しい友人が昨年以来ずっと彼の面倒を見てきた。その二人の友人のうちの一人が、私の夫というわけである。

体中に転移したがんは、もう手の施しようがないと分かり、彼は自分の葬式を手配し、残される愛犬の新しい飼い主を探し、自宅や車の処分方法も詳しく決めた。二人の友人がずっと彼の力になって、そうした手配も手伝った。

2ヶ月ほど前から、体調は急激に悪化し始め、度々病院に担ぎ込まれるようになったが、少しでも体調がよくなるとどうしても自宅に帰りたいと言った。家に帰っても、数日のうちに再び激しい痛みに襲われて、病院に逆戻りになるのだけれども、二人の友人がその都度世話をしてきた。

しかし、胃も腸も消化機能をなくし、食事ができないどころか水分の吸収さえ困難になった。肺ががんに侵されて呼吸も困難になって来た。

先週病院に見舞った時には、まだ元気そうに話をしていた彼が、今はチューブにつながれてベッドに横たわっている。

彼の精神は穏やかだ。もう死を受け入れる覚悟ができている。

これから、さらに激しい痛みと苦しみが待ち受けており、その痛みや苦しみを和らげるためにモルヒネを打たれ、意識を失い、自分が自分ではなくなることが分かっている。

自分という存在がなくなってしまった後に、何日間生き続けるのであろうか。いや、そのような状態を生きていると言えるのだろうか。

彼の愛する人は、もうこの世の人ではない。彼には、親しい友人が二人いるだけである。

彼は、最後まで世話になったこの二人の友人に感謝と別れの言葉を述べて、まだ自分が自分であるうちに自分の人生を終わりたいと考えるている。

彼のような考え方は、間違いだとは言えない。それは、個人の選択である。

しかし、ほとんどの社会では、この選択は許されない。

無駄な延命治療だけはしないようにという希望が聞き入れられるだけである。いや、その希望さえも聞き入れられない社会は多い。

彼が、早く、安らかに、最期の時を迎えられるようにと祈るばかりだ。


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2012年7月14日

下がれ!住宅価格

先進諸国の中でも、オーストラリアは後退のない順調な経済発展を続けているとか、急成長を続ける資源産業への海外からのさらなる巨額投資でブーム状況だとか、物価も上がっているが平均所得も著しく上がっているとか...、そういったニュースを聞くたびにため息が出る。

メルボルンのあるヴィクトリア州には、稼ぎ頭の資源産業がないので、われわれ一般市民が感じる社会の経済状況というのは、決して良いものではない。

製造業・サービス業を中心とした会社の破綻やリストラが続いており、それは中小企業にとどまらず、「ええっ、あの会社が!」と驚かされるような有名企業も含まれている。

しかし、全般的には、資源産業絶好調のせいで物価は上がり続けており、食品や日用品など生活必需品の価格はうなぎのぼり!7月から導入された炭素税の影響もあって、電気もガスもガソリンも水までも、多くの人が支払いが困難になるほど値上がりしている。

しかし、最も高すぎると感じるのは、住宅価格だ。

住宅価格の異常上昇は、値上がりを続けるオーストラリアの不動産に対する海外からの投資も拍車をかけた一因といわれている。メルボルンに近いエリアでは、平均的な住宅の価格が、1億円以上なんてのが当たり前で、隣家とくっついたタイプ、集合住宅タイプ、小さくて古い家、そういうちょっと安めの住宅でも7~8千万円というところか。

私達が住んでいるRingwoodは、メルボルンからはかなり離れているが、ごく普通の築30~40年くらいの3ベッドルームの家が5千万円も6千万円もする。

夫婦共稼ぎで結構な収入があっても、住宅の購入は非常に困難になっている。

私達は、食べるのに苦労している状況であるから、住宅の購入なんてはなっから考えもしない。夫の仕事の関係で引越しが続いたせいもあり、私達はずっと貸家暮らし。現在住んでいるこの間取りのヘンテコなボロ屋敷、家賃は1週間450ドルである。

この家の前に住んでいた家は、素晴らしかったが1週間に500ドル以上払っていた。家主が投資目的で買っていた物件だった。その人はまだメルボルンの家が安かった頃に買っていた住宅を値上がり後に売って大もうけ。不動産バブルといわれながらぜんぜんバブルがはじけないメルボルンの不動産への投資を続けたそうだ。買っては売り、買っては売り、たちどころにウン億円も儲けたらしい。当時5軒の投資目的の住宅を所有していた。

その家主が、突然その家を売りさばく決心をしたものだから、我々は引越しを余儀なくされたのだが、その時、このボロ家以外に良さそうな貸家がなかったものだから、仕方なく1年の契約で我慢して住むことになってしまったのだ。もう3回目の冬を迎えているが...。

こんなボロ家に週450ドルの家賃。1ヶ月あたりにすると約二十万円というところか。この月二十万の家賃がわれわれを苦しめ続けてきた。

「もっと安い家に引っ越せばいいじゃないの?」と、お思いでしょうね。

しかし、引っ越すためにはそれなりの費用が必要なのですよ。引越し業者の費用や新しい貸家の敷金とかね。電話を移すとか、インターネットの手続きをするとか、まとまったウン十万円の費用がなければ、引っ越したくても引っ越せないのです。

今日の「The Age」新聞に、ここ1年でメルボルンの不動産価格が5%下がったという記事があった。多くの専門家は、不動産バブルははじけないと断言している。一時的に価格が下がることがあっても、大きく値崩れするようなことはありえないんだそうな。

なにしろ、メルボルンの人口は、凄まじい勢いで増え続けており、慢性的な住宅不足が問題になりつつある。「一般労働者が支払い可能な家賃の住宅不足」と言い換えた方が良いのではないか?

ああ、しかし、これをきっかけに、本当に住宅価格が下がってくれたらどんなに良いか...。


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