モーモーと牛が鳴く声が聞こえるので、近所に牛を飼っている人がいることは知っていました。時々牛の糞尿のニオイも風にのって漂って来ていました。
近所に牧場のような場所は見たことがなかったですし、この地域は家の一区画が大きいとは言え、裏庭で飼うには、ヤギやヒツジならともかく、牛はちょっとねえ。どこで飼っているのだろと、我が家でも時々話題になっていたのです。
そんなある日のこと、
いやに外が騒がしいと思って窓の外を見たら、我が家の前の道路に牛がいたんですよ。
「牛だ!牛がいる!」
「どこから来たんだよ!」
「1頭か?いや2頭いるよ!あれっ3頭か?おお4頭もいるじゃん!」
家の前の道路に4頭もの大きな黒い牛!
すると、牛だけじゃあなくて、Tシャツにジーンズ姿のティーンエイジ風の男の子と女の子が、パニック状態で牛を追い立てているのが見えました。
「こらあ!こっちだあ、こっち!」
「そっち行っちゃあダメえ!こっちこっち!This way プリーズ!」
ああ、だめよお、あんなに大声を出して両腕を振り回して追い立てちゃあ。牛が興奮してますます手に負えなくなっちゃうでしょ?ああいう時には、美味しそうなマグサでも持って、食べ物の力で誘導するのが一番なのに。
知ったかぶりの私でしたが、実は経験があったのです。
4頭の牛は道路をすっかりブロックしてしまい、あっちからの車もこっちからの車も身動きできなくて待つしかない。
だから若い二人は、もう必死なのでした。
そうこうしていると、牛が来た方向とは反対の方向からマグサを積んだ軽トラックがバックで近づいてきました。騒々しい一団は、渋滞する道路を軽トラックとともに向こうへ移動していきました。
どうやって四頭の牛を連れて帰ったのでしょうね。あのトラックには四頭もの牛は乗りませんよ。
オーストラリアに住み初めて間もなかった頃のこと。私もまだ田舎生活経験が乏しかった頃のことです。
私達夫婦は、うちの夫の家族と同じ敷地に住んでいたのですけど、夫の両親(二人とも教師)は趣味でやっている牧場で牛を飼っていました。
ある日、そのうちの一頭が柵を超えて逃げ出したのです。
何かの用事で家の外に出たら、玄関の横にいたんです。
何でここに牛が…
その時、家には私しかいませんでした。他には誰もいないのですから、一人でなんとかしなくてはいけません。とにかく、絶対に牛が道路に出ないようにして、牧場に戻さなくてはいけないのです。
そういう時にはね、「怖い」とか「誰か助けて!」というような感情は出てきません。火事場の馬鹿力じゃあないですけど「なんとかしなくちゃ」と必死ですからね。
私は大急ぎで牧場へ走って行きまして、マグサを抱えて戻り、そのマグサ(牛にとってのご馳走)の力を借りて、なんとか一人で牛を誘導し(その距離は100メートル以上)無事に牧場に戻したのです。
これまでの人生の中で、自分を誇りに思う出来事の一つでございます。
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