2019年3月5日

ペル枢機卿に有罪判決

先日から書こうかどうしようかと迷っていたんですが、やはり書いておこうと思います。

2017年6月30日に「ペル枢機卿は潔白なのか」という記事に書きましたが、その時の話題はペル枢機卿がついにヴィクトリア州警察に訴追されたというニュースについてでした。

このペル枢機卿に有罪判決が出ていたということが分かったのです。

有罪判決が出たのは昨年の12月のことですが、法律上の理由で報道が禁止されていました。先月26日に報道禁止が解除されたので我々が知ることになったのです。

報道が禁止されたのは、ペル枢機卿に対する次の裁判への影響が懸念されたためで、次の裁判の陪審員達にこの有罪判決が出た裁判の内容を秘密にするためでした。つまり公平な裁判をするためということです。

次の裁判というのが、以前にこのブログでも書きましたが、プールで不適切に体を触られたという当時まだ幼かった被害者二人が起こした裁判で、今回有罪判決が出たのは1996年に起きた教会の聖歌隊のメンバーであった13歳の少年二人に対する性的暴行を含む5つの罪に対しての裁判でした。

私は、この聖歌隊の少年達の裁判は、実は知らなかったのですよ。ほとんど報道されていませんでしたから。

被害を受けたのは、奨学金を得て「セントケビンズカレッジ」という名門の学校に通っていた当時13歳の少年二人です。日曜日のミサの後、こっそりとグループを抜け出した二人が教会内を探検中に入っちゃったのが「サクリスティ(Sacristy)」と呼ばれる聖具室。

この部屋は司教が服を着替えたりするのにも使うそうです。聖歌隊の少年達が入ることはできない部屋です。

ここで儀式用のワインを見つけて飲んでいたところを、当時メルボルン大司教だったペル氏に見つかりました。少年達はペル氏に叱責された後、性器を見せられたり触られたり性的な暴行を受けました。わずか数分間のことだったそうです。

二人の少年達は、この事件を誰にも話しませんでしたが、この内の一人は直後から人が変わったようになり、素行不良となってヘロインに手を出し、学業成績も不振となって奨学金は取り消され、結局31歳の時にヘロインの過剰摂取で亡くなりました。

この人の葬儀の後、もう一人の元少年が母親に事件のことを打ち明けて、警察に相談したことがきっかけで警察の捜査が進み、ついには訴追されることになったのだそうです。

このたった一人の証言だけで、世界のカトリック教会ナンバー3(ローマ法王の側近中の側近)の地位に上りつめていたペル枢機卿が少年に対する性的暴行で有罪となったことに納得がいかない人も多く、そうした人達は「判決が間違いだ」「陰謀だ」「作り話だ」「被害者は嘘つきだ」と批判しています。

でも、昨晩、ABC放送の報道ドキュメンタリー番組「Four Corners」を観た後で思うのは、被害者の話を信じざるをえないということです。

ABC放送の「Four Corners」

ペル氏はこれまで一貫して潔白を主張しておりますし、今回の有罪判決を不服として控訴しています。

豪カトリック教会の虐待問題は、ここ十数年ずっと問題になっており、その度にカトリック教会の最有力者であったペル氏が、非常に尊大な態度で虐待を否定する発言を続けるのを目にしてきた者としては、ペル氏の言葉を信用することは難しいです。

しかしね、今回の聖歌隊の少年達の裁判も、証拠というのが被害者である当時13歳だった人の証言だけでしょ?もう一人は誰にも何も言わずにすでに亡くなっているんですから。

警察はその証言が真実であるといかにして証明したんでしょうか。よくやったと思います。もっと詳しく知りたいです。


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