2024年3月17日

人生における悲運と幸運

昨日の土曜日、私達は親しい友人のエクリーさん夫婦に晩ご飯に招待されて行ってきました。ヴィーガン料理(完全菜食で動物性食品ゼロ)の晩ご飯をいただきました。

最近お酒は飲まなくなっている私も、食前にシャンペンを飲んだりしました。車の運転がありますので、1杯だけのつもりが2杯も飲んでしまいました。

それがいけなかったと思うんですよ。

家に帰ってすぐに寝たんですが、夜中の12時半に目が覚めてしまい、その後は4時半頃まで眠れませんでした。やっと眠った頃に夫が起きる時間が来て、キッチンから物音が聞こえて来るので目が覚めました。

今日はひどい睡眠不足で顔がゆがんでいます。どうして睡眠が足りないと顔がゆがむんですかねえ。


エクリーさん宅ではいろんな話をしましたが、悲しい話題もありました。奥さんの親友だったKさんがついにお亡くなりになった話です。

Kさんは、エクリーさんの奥さんの声楽の先生だった人です。年齢も近かったからでしょう、生徒と先生が親友になったということなんですけど。

「ついにお亡くなりになった」と書いたのには理由があります。

Kさんは長年いろいろな病気で苦労して来られたんです。私は、エクリーさん恒例のクリスマス・イブ・イブ・パーティーで初めて会いましたが、その時にはすでに身体の動きを制御できなくて普通に歩けない状態でいらっしゃいました。

「ハンチントン病」と呼ばれる難病を患っていらっしゃったんです。

毎年1回イブ・イブ・パーティーで会う仲になりましたが、ハンチントン病特有の不随意運動(意志に基づかない運動)は徐々に悪化して、日常生活で多くの手助けが必要になって行かれましたけど、Kさんの旦那さんが家事をすべて引き受けて彼女を支えていらっしゃいました。

Kさんは、数年前にはがんが見つかりました。その時、旦那さんは彼女を支えるために仕事を辞められたんですよ。

Kさんの旦那さんは、オーストラリアでは有名な少年合唱団のディレクターをされていたんです。旦那さんのお父さんがその合唱団の創設者だったそうで、50年間も指導や合唱団の運営に関わってこられたそうですが、合唱団の活動よりももっと大事なことが出来たとおっしゃって辞められたんです。

エクリーさんのイブ・イブ・パーティーでは、彼の献身ぶりが話題になることがありました。心の底からKさんのことを愛しておられて大事にされていることが分かるものですからね、ご病気のKさんはお気の毒だけど、あんなに素晴らしい旦那さんがいらっしゃって幸せだと話していたんです。

旦那さんの献身ぶりも敬服するほどでしたが、エクリーさんが見せるサポートも感心するほどでした。一緒に出かけたり食事に呼んだり、定期的に電話をして会話をしたり、Kさんを精神的にサポートし続けたことを私は知っています。

先月、Kさんの症状が悪化して入院してからは、旦那さんはもちろん常に付き添っていらっしゃったそうですが、エクリーさんも毎日会いに行って励ましたそうです。

Kさんの状態がさらに悪化して会話ができない状態になっていたその日、病院へは仕事が終わった後に寄るつもりだったエクリーさんは、急に気が変わって仕事へ行く前に寄ったそうです。

入れ替わりに、用事があった旦那さんは病室を離れました。その時、病室にいたのはエクリーさんだけだったそうですが、Kさんの呼吸が止まったように見えたんだそうです。やって来た看護師が確認したところ、Kさんはお亡くなりになっていました。

ちょうど病院から出ようとしていた旦那さんにすぐに連絡を取ったそうですが、Kさんが亡くなったとは言えず、呼吸が止まりかけていると伝えたそうです。

大急ぎで病室に戻って来た旦那さんは、自分がそばを離れた間にKさんが亡くなったことを知り、悲しみで文字通りその場に膝をついたそうです。

こういう話を、エクリーさんは泣きながら私に話してくれました。

Kさんは才能のある声楽家であり指導者でもあったそうです。病気のために長年苦しまれましたけど、それは本当にお気の毒だったし悲運だったと思いますけど、あれほど自分を大事にしてくれる旦那さんと親友がいたことは幸運だったと、私は思います。


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