何年も前から作ろう作ろうと思いながら作っていなかった、義母(夫の母親)の家族に代々伝わる「ボイルド・クリスマス・プディング」です。
義母は4人姉妹で、長女のジョーンがこのレシピを持っていて、プディングが作れるのはジョーンだけだったんですが、ジョーンには子供がいないし、誰もプディング作りを習っていないので、このままでは失われてしまうレシピだったんですよ。
干しブドウなどのドライフルーツが大量に入ります。それにスパイスをいろいろ加えてケーキ生地でまとめたものをキャリコの布で包んでから長時間茹でて作るんですけど、はっきり言って干しブドウを固めたような食べ物です。
伝統的には、茹でたての温かいプディングにブランデーカスタードというソースをかけて食べます。
見た目はあれですけど、なかなか美味しいんですよ。
もともとは誰のレシピだったかと言うと、うちの夫が大好きだった祖父のセオ(義母の父親)の父親でダンカンという人がいたんですが、そのダンカンのお母さんジョアンが残したレシピなんです。
ジョアンはセオの祖母ですから、うちの夫からすると祖父の祖母ということで「ひいひいおばあさん」ですよ。ちゃんとした日本語では「高祖母」と言うそうです。
うちの夫からすると「ひいおじいさん」にあたるダンカンは、1891年に生まれています。明治24年です。ダンカンには10人の兄姉弟妹がいました。
この大家族のためにお母さんのジョアンが作っていたクリスマスのご馳走デザートなんです。オリジナルのレシピで作ると、ドライフルーツだけで1キロ以上使うので巨大なプディングになります。
私はそれを半分くらいにして、作りやすい量に変更しました。
オリジナルのレシピに書かれていた作り方は、材料を混ぜるところは説明してありましたが、まとめたプディング生地は「6時間茹でる」としか書いてなかったので、もう少し詳しいことを調べて作り方を説明しました。
英語で書いたレシピはこちらです。
作ってみたい方のために、作り方を紹介しましょう。この分量で8人分くらいになります。
60センチ四方以上の大きさのキャリコの布と綿ひもが必要です。
<材料> *オーストラリアの計量カップは250ml
バター 150グラム *柔らかくしておく
砂糖 150グラム(3/4カップ)
卵 3個 *室温にしておく
マーマレード 大さじ1/2 *無くても良い
レーズン 250グラム
サルタナレーズン 180グラム
ブラックカランツ(干しクロスグリ) 120グラム
ミックスピール(レモンやオレンジの皮の砂糖煮みたいなもの) 50グラム
*注意:オーストラリアだと、上記のドライフルーツが全て入ったミックス(Mixed Dried Fruit)を売っていますから、それを600グラム使うといいです。
ブランデー 1/4カップ *ラム酒、ウイスキー、シェリー酒などでもOK
小麦粉 150グラム(1カップ)
パン粉 120グラム(1 & 1/2カップ)
重曹(Bi-carb Soda) 小さじ1/2
塩 小さじ1/2
シナモン 小さじ1/2
グラウンドジンジャー(生姜を粉にしたもの) 小さじ1/2
ミックススパイス 小さじ1/2
ナツメグ 小さじ1/2
アーモンド 50グラム *スリバードアーモンドがおすすめ
キャリコの布にふりかけるための小麦粉
<作り方>
1.ドライフルーツを全部ボウルに入れてブランデーをふりかけて混ぜておく。
2.キャリコの布はきれいな水に浸けてよく洗い、沸騰したお湯で5分間茹でる。お皿に取り出して、冷えたらよく絞っておく。
3.バターと砂糖をよく混ぜる。卵を1個ずつ加えてよく混ぜてクリーム状にする。ブランデーを混ぜておいたドライフルーツとマーマレードを加えて混ぜ、残りの材料も加えてよく混ぜる。
4.キャリコの布をきれいな台の上に広げ、40センチくらいの円状に小麦粉をふりかけて擦り込んで薄い膜状にする。
5.プディングの生地を丸めて中心に置き、キャリコの布できつく包んで綿ひもで隙間ができないようにしっかりと縛る。ひもの先にぶら下げるためのループを作っておく。
6.大きな鍋にお湯を沸かし弱火で3時間茹でる。蓋をして茹でてください。お湯が減ってきたら熱湯を足してください。
7.茹で上がったらざるに取り、5分程度水を切る。(すぐに食べずに保存する場合は、どこかにぶら下げて乾燥させます。)キャリコを開いてプディングを切り分け、温かいうちにブランデーカスタードソースをかけて食べる。
このプディングは、クリスマス前に作っておくことが出来ます。当日食べる前に1〜2時間茹でてください。部屋にぶら下げて何ヶ月も保存できるという説もありますが、冷蔵庫で保存した方がいいと思います。
ブランデーカスタードソースは、オーストラリアではスーパーで売っていますが、簡単に作れますよ。
やっと作って写真も撮って、私のウェブサイトに載せたので、このレシピが失われる心配は減りました。
まあ、あれですよ、ジョアンには11人も子供がいたんですから子孫は大勢いると思います。だから、どこかの枝分かれでこのレシピが引き継がれている可能性はありますけど。
うちの夫の祖父セオの枝では、義母の世代で途切れる可能性があったわけですからね。
セオの兄弟姉妹の子供や孫達とは、私はフェイスブックを通して知り合いになりましたが、このレシピを見つけて作ってみようと思ってくれる人がいるかも知れません。
うちの子供達がいつか作ってみようと思うかもしれないし。もちろん、家族以外の人達にも作ってもらえたら、それは嬉しいことです。
とても達成感のあるレシピ作りでした。
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