2021年3月18日

衝撃的なドキュメンタリー映画

本日の記事は、ドキュメンタリー映画「Tell Me Who I Am(邦題: 本当の僕を教えて)」について、冒頭からネタバレ全開で書いて行きますのでご注意ください。

私は、このドキュメンタリー映画のことも、主人公のお二人、アレックス・ルイスさんとマーカス・ルイスさんのことも全く知らなかったのですけど、偶然に知ることになったきっかけはこの動画でした。


お二人の話に興味を持ちましたので、昨晩 Netflix で映画を見てみました。ストーリーの概要を予め知ってから見たにもかかわらず、大変衝撃を受け、引き込まれました。


このドキュメンタリー映画の主人公であるアレックスさんとマーカスさんは一卵性双生児で、幼い頃から一心同体と言ってもよいほどの強い絆で結ばれていました。

実の父親は生後まもなく事故で亡くなり、再婚した母親と新しい夫との間には二人の子供が生まれています。

継父は、自分の子供ではない双子に非常に冷たく、厳格で気難しく、愛情の欠片も見せない人だったそうです。

このドキュメンタリー映画は、双子の一人アレックスが、18歳の時にオートバイ事故で記憶を無くしてしまうところから始まります。

アレックスは18年間の記憶をすっかり無くしますが、唯一覚えていたのが双子の兄弟であるマーカスのことでした。

自分が誰なのか名前すら覚えていないわけですから、自己というものを完全に失ってしまったアレックスは、唯一覚えていて信頼していたマーカスからありとあらゆることを教えてもらい、自分というものを一から作り上げて行くことになります。

それは、歯磨きの仕方とか靴の紐の結び方といった普通なら当たり前にやっているようなことから始まって、全てを一から学んでいく必要がありました。何もかも忘れているんですから。

友人達や恋人も見ず知らずの他人になっているので、マーカスに教えてもらいながら、人間関係もゼロから作り上げて行きました。

子供の頃のことや家族のことも当然教えてもらいます。マーカスは写真を見せながら楽しかった家族旅行のことなどを話して聞かせ、アレックスは想像力を働かせて自分の思い出を作り上げて行きました。

記憶を失ってゼロから築き上げたアレックスのアイデンティティーは、全てマーカスが話して教えてくれたことだったとも言えるわけです。

ところが、家族に関わる話は作り話だったのです。家族旅行など行ったこともなければ楽しい思い出など無かったのです。マーカスが嘘をついたのには理由があったことが後で分かります。

継父が病気になり、死を前にしてこれまでの冷たい仕打ちを謝り許しを請うた時、マーカスは許すことを拒否します。アレックスは、マーカスのその冷酷な態度に驚きます。

継父に続いて母親が亡くなった時、愛情あふれる家族の思い出を作り上げていたアレックスは悲しみますが、自分以外の誰も涙を流さないし悲しそうな様子も見せなかったことで、何かがおかしいと考え始めます。

その後、二人は父親違いの弟とともに、子供の頃から長い間立ち入りを許されていなかった屋敷に入り、様々な異様なものを見つけます。

紙幣の詰められた多くのガラス瓶がカーテンの裏に縫い付けられていたり、バスルームの戸棚にはたくさんの性具(大人のおもちゃ)が隠されていたり、屋根裏には親戚や知人から双子へ送られた何年分ものクリスマスプレゼントが手つかずで置かれていました。双子はクリスマスにプレゼントを貰ったことはなかったそうです。

そして、アレックスが最も衝撃を受けたのは、母親の部屋の鍵がかけられた引き出しの中にあった写真でした。10歳くらいの頃の二人の写真で、彼らは全裸で、頭の部分が破り取られていました。

アレックスは、自分達は虐待されていたのかとマーカスにたずねました。

マーカスは無言でした。ただ「そうだ」とうなずきました。

これをきっかけに、アレックスは、完全に信じていたマーカスが自分に嘘をついていたことを知り、彼に対する信頼を失います。自分が作り上げたアイデンティティーが作り話の上に成り立っていることに衝撃を受け、自分は誰なんだという思いに打ちのめされて、真実を知ろうとしますがマーカスは詳しいことを教えません。

マーカスは、忘れたかった子供の頃の記憶を、アレックスに作り話をすることで自分も忘れようとしていたのです。アレックスには本当のことを教えない方が彼のためだという思いもありました。そして、真実をアレックスに話さなかった最大の理由は、心の傷のせいで「話すことができなかったから」なのでした。

母親が亡くなって、マーカスが嘘をついていたことが発覚した時、彼らは32歳でした。

そして、このドキュメンタリー映画の撮影時、彼らは54歳になっています。本当のことを知りたいと訴えるアレックスに対し、どうしても真実を話すことができないマーカスは、カメラに向かって真実を告白することを決意します。

アレックスはそれを別室でモニターを通して聞いたです。

アレックスとマーカスは、実の母親から性的に虐待を受けていました。同じ屋敷内でも別の場所で生活していた継父は、おそらくそれを知らなかっただろうとマーカスは言いました。

二人は母親の寝室に連れて行かれ、裸にされ、お互いの身体に触れさせられたり、母親が触れたり、母親が彼らの身体でマスターベーションをしたりしました。そして、母親は自分自身が二人の身体をもてあそぶだけではなく、小児性愛者達のネットワークに二人を提供していたのです。

知人の男達に二人を提供する時は、必ずどちらか一人だけを連れて行きました。連れて行った知人の家では、食事をしたりお酒を飲んだりして楽しんだ後、母親は息子をその家に残して家に帰ります。そして翌朝迎えに来るというのがパターンでした。

行く時も帰る時も、車の中では完全な沈黙だったと言います。

慟哭し、時に嗚咽を漏らしながらカメラに向かって語るマーカスは、この性的虐待のことを語ることができるようになるのに何十年もの年月を要しました。

真実を聞いたアレックスは、どうやってこの虐待が終わったのかと聞きました。

それは、マーカスが14歳の時。小児性愛者の虐待に耐えられなくなったマーカスが行為を拒否して家から逃げ出し、地下鉄に乗り、駅から長距離を歩いて家に帰ったのがきっかけだったそうです。

翌朝、息子が家にいることに驚いた母親との間に会話は全くなかったそうですが、それがきっかけで二人が小児性愛者に提供されることは二度となかったそうです。

真実を知ったとは言え、アレックスにとってこの虐待はストーリーでしかありません。しかし、マーカスにとっては現実です。実際に起きた出来事の記憶は深い心の傷になっているのでした。


悲惨な話ですが、このような話は珍しいことではないということを私達は知っています。

自分を保護してくれるはずの大人から性的な虐待を受ける子供は大変多いですが、親や兄弟や親族から虐待されている子供も驚くほど大勢います。

被害者が沈黙する場合が多いので分からないだけで、オーストラリアでも日本でも、非常に多くの被害者が存在すると言われています。

深い心の傷は、思い出さないように閉じ込めておくべきと考える人もいるでしょうが、それでは解決にならない場合が多いことも事実です。

レイプや家族による性的虐待などの性被害は、恥ずかしいという意識や罪悪感などから被害者が沈黙することが多く、そのために被害者が適切な援助を受けられずに長年に渡って苦しむことになるのです。

真実を話すのにどれだけの勇気が必要だったかは、マーカスさんが54歳にしてやっと話すことができたということからも想像できるのですが、本当に話せて良かったと思います。

自分のアイデンティティーが不明確なアレックスさんにとっては、真実を知ることは重要なことでしたし、これによって二人の間には完全な信頼が取り戻されました。マーカスさんにとっても、心の傷を癒やす大きなきっかけになったはずです。

この映画では触れられていませんが、父親違いの弟も、実は小児性愛者達のネットワークに提供されていたそうです。彼等はそれぞれ沈黙していたので、お互いの被害を知りませんでした。

兄弟は心理カウンセラーのセラピーを受けてきたそうですけど、トラウマの治療は近年研究が進んでいます。彼等の心の傷は、兄弟間の愛情にも助けられて癒やされて来たようです。

私がこのドキュメンタリー映画について特筆するべきことだと思うのは、この映画が彼等と同じような虐待の経験を持つ人々に、沈黙することを止めて誰かに話そうとする勇気を与えていることです。

誰にも言えず、自分一人の心の中につらい秘密を持ち続けるのは苦しいことです。

そして、沈黙は解決につながりません。

誰も語らない問題を解決することは困難です。解決するべき問題があれば、声を上げなければならないのです。

現在、オーストラリアでは女性の性被害の問題が話題になっています。言っても信じてもらえないとか恥ずかしいとか、被害者にも非があるとか、こういう問題は黙っているべきとか我慢するしか無いとか、そういう時代錯誤な女性が不利を被る世の中のあり方を変えていこうという社会的な動きが起きているのです。

このドキュメンタリー映画が、社会を変えていく助けになるに違いないと思います。

少なくとも、沈黙していた人々が、この映画を見て声を上げ始めています。

勇気ある告白をしたマーカスさんには、敬意を評したいと思います。



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