2025年12月31日

2025年を振り返って

いよいよ、2025年も最後の日になりました。「今年はどんなことがあったんだっけ?」と一年を振り返るのに、日記代わりに書いているこのブログは役に立ちます。

元旦には「楽しいことが起きそうな予感のする新年」という記事を書いています。2025年の目標は、前年に続いて「出来るだけたくさん楽しいことをする」ことだと書いていますが、その目標以外に大きな願いがあるとも書いています。それは、うちの息子が働き始めることでした。

痔の問題があってこれまでの数年間を無駄にして来た息子は、メンタルヘルスの問題も生じて自分の部屋から出ることがめったにない暮らしが長く続きました。現在も就職は出来ていませんが、今年は働きに行くことが出来たんです。

最初は、治療薬の治験の被験者になってお金を稼ごうとしたんですが、上手く行きませんでした。でも、治験に参加するための検査で腎臓結石があることが分かったのは良かったですし、未知の環境で知らない人と話をするということが良い経験になったと思います。

息子は、ツールショップの新店舗準備のアルバイトに行くことが出来ました。ドリルビットを組み立てる内職も続けました。こうして稼いだお金で、ついに念願だった日本旅行が出来たんです。先月はフォークリフト免許も取得しましたし、来年は就職できるかもしれません。

うちの娘は、臨床心理士になるための8年がかりの勉強がついに終わり、今年は痛みの治療を専門に行うクリニックで働き始めましたが、そのクリニックには半年も勤めず転職しました。クリニックを経営している会社にいろいろ問題があったんです。

新しく勤め始めたのは司法心理学事務所で、犯罪を犯した人の責任能力を調べる精神鑑定をしたり、メンタルヘルスの問題や知的障害のある犯罪者にカウンセリングを行うのが仕事です。週2〜3日は一般の心理クリニックでもカウンセリングを行っています。

娘も、今年は念願だった日本旅行が出来ました。友人に恵まれている娘は、プライベートも仕事も充実しているようですから私も嬉しいです。住む場所が決まっていないということだけが問題です。来年中には良いアパートが見つかって、新しい暮らしが始まるでしょう。


さて、私にとっての2025年は、父親の死というニュースで始まりました。父親のことを考えるとつらかったことばかりが思い出されるので、もう考えないようにしています。

私にとっての今年のハイライトは、19年ぶりに日本に行き、岡山の実家に帰ったことです。それが出来たのは、父親がもうその家にいないという事実が私の不安を消したからでした。

今年90歳になった母と会い、声がかれるほどしゃべりました。妹達やその家族とも会えました。友人のJ子とは小旅行も楽しみました。食べたかった美味しいものを思う存分食べ、メジャーリーグ野球のワールドシリーズもライブ放送で見ることが出来て、1ヶ月はあっという間に終わりました。

また来年も行きたいです。出来れば毎年行きたいです。でも、死ぬまでに一度くらいはヨーロッパに行きたいとも思っているので、経済力のない私はいろいろよく考えて計画しなくてはいけません。

うちの夫はと言いますと、遺伝性黄斑変性「スターガルト病」が進行し続けていて、目はさらに見えなくなって来ています。まだ文字が読めるから仕事を続けられているわけですが、先日は左目ではもう文字を読めないと分かりました。

1月になったらまた目の検査に行って眼底の写真を撮ってもらいます。1年間でどのくらい進行したかが分かると、残る右目が見えなくなるのがいつ頃になりそうか見当がつきます。

うちの夫は、この目の病気に加えて、腎臓を提供した後の血圧問題も続いていますが、私に一番影響があるのは双極性障害による気分のムラです。私が日本に行っていた間は「うつ期」になっていたようです。そういう時には、仕事に行くだけでもしんどいはずですが、食事の準備も洗濯も全部自分でしなくてはいけなくて大変だったでしょう。

双極性障害の人と一緒に暮らすのはいろいろ大変なんですけど、悪い時はあるけど、いい時もあるんですよ。今日は水曜日で仕事が休みなので、私が観たいと言っていた映画「レンタルファミリー」を観に行こうと誘ってくれました。

映画を観る前にどこかでお昼ご飯を食べようとも話しています。こういう不通のことが出来る時は、それをしっかり楽しみたいです。

映画の帰りにスーパーに寄って、晩ご飯の「かけ蕎麦」の材料を買って来ますよ。今晩の「かけ蕎麦」は具沢山にするつもりです。

それでは皆さん、良い大晦日をお過ごしください。


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