2023年12月9日

暑い日用の晩ご飯メニュー

昨日は最高気温34度の予報でした。実際には33度にもならなかったんですけど、午前中に雨が降った後から気温が急上昇したので湿度がすごかったです。

うちの夫は、勤めているツールショップのスタッフに頼まれてシフトを交換したので仕事が休みだったのに朝から仕事に行って、帰って来た頃から気温が急上昇しました。

仕事には歩いて行きますから、帰って来た時には湿度も高くて暑かったんでしょう。そういう時には扇風機が役に立つんですが、何と夫は家電製品販売店のウェブサイトで、

除湿機を見ていたんです!

「これはヤバい!注意しておかないと買って来るぞ!」と思ったので、除湿機は確かに除湿はするけれども室温が上がる傾向があるから、家の中が快適にはならないと注意しておきました。

納得していたから買って来ないと思います。

エアコンの無いこの家に引っ越して来て以来、耐えられないほど暑い日はまだ一日も無いんですよ。この調子なら、扇風機と蒸発冷却式クーラー(日が沈んだ後なら効果がある)でなんとかしのげるんじゃあないかと思っています。

しかし、昨日は晩ご飯を作る時間になっても気温は30度。西日のせいで危険な暑さになるキッチンでは、私はお料理をしたくないんです。

「晩ご飯作りが暑過ぎる」で書いた通り、私は暑い日用の晩ご飯メニューリストを作っていました。考えるのも面倒な時は、このリストに載っているどれかを作ればいいというわけです。

昨日は、一番簡単に作れそうだった「寿司飯の上にいろいろ乗せたもの」を作ることにしました。鶏肉の照り焼きを乗せれば夫も息子も喜ぶことは確実でしたが、肉なんて焼きたくなかった。

今日は質より量で行こう!

ということで、まずは2合のご飯を炊いて寿司飯を作りました。

その上に、レタスを細切りにしたのを大量に乗せ、炒り卵を乗せ、キュウリと茹でたニンジンとブロッコリを乗せ、ツナマヨに枝豆を加えてかさ増ししたのを乗せ、焼き海苔をいっぱい散らして超大盛りご飯が完成しました。

写真を撮っておけばよかったけど、まあ想像してみてください。

大きな深皿に山盛りですからね、いくらうちの夫が大食いでもこの量は苦労するかもしれないと思いましたけど、

杞憂でしたよ…

夫も息子もぺろりと平らげました。肉無しの晩ご飯でしたけど十分に満足した様子だったのは、やはり腹一杯になったせいだと思いますね。量で勝負したのは正解でした。

いつもは、晩ご飯直後にトーストを焼いて食べたりしているうちの夫が、さすがに昨日は何も食べずにソファーにひっくり返ってテレビを見ていましたから。

暑い日の晩ご飯にこれはいいですよ。刺し身はなかなか手に入らないし高額なので、スモークサーモンとかハムとかでポキボウルのようにすればご馳走感も出ますよね。

よし!来週は火曜日と水曜日が暑いらしいので、どちらかの日はポキボウルにします。スモークサーモンとアボカドを買っておかなくちゃ。

もう一日はカレーを午前中に作っておきましょう。カレーは簡単でいいですよねえ。まだ涼しい朝のうちに作っておけばいいんだから。それに、晩ご飯がカレーで文句を言う人は誰もいないし。

とにかく、暑い日には西日が差すキッチンで火を使いたくないんですからね。天気予報をチェックして暑くなると分かった日には、早めに晩ご飯の計画を立てておくことが肝心です。


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2023年12月8日

ボイルド・クリスマス・プディング

ついに作りました!

何年も前から作ろう作ろうと思いながら作っていなかった、義母(夫の母親)の家族に代々伝わる「ボイルド・クリスマス・プディング」です。

義母は4人姉妹で、長女のジョーンがこのレシピを持っていて、プディングが作れるのはジョーンだけだったんですが、ジョーンには子供がいないし、誰もプディング作りを習っていないので、このままでは失われてしまうレシピだったんですよ。

干しブドウなどのドライフルーツが大量に入ります。それにスパイスをいろいろ加えてケーキ生地でまとめたものをキャリコの布で包んでから長時間茹でて作るんですけど、はっきり言って干しブドウを固めたような食べ物です。

伝統的には、茹でたての温かいプディングにブランデーカスタードというソースをかけて食べます。


見た目はあれですけど、なかなか美味しいんですよ。

もともとは誰のレシピだったかと言うと、うちの夫が大好きだった祖父のセオ(義母の父親)の父親でダンカンという人がいたんですが、そのダンカンのお母さんジョアンが残したレシピなんです。

ジョアンはセオの祖母ですから、うちの夫からすると祖父の祖母ということで「ひいひいおばあさん」ですよ。ちゃんとした日本語では「高祖母」と言うそうです。

うちの夫からすると「ひいおじいさん」にあたるダンカンは、1891年に生まれています。明治24年です。ダンカンには10人の兄姉弟妹がいました。

この大家族のためにお母さんのジョアンが作っていたクリスマスのご馳走デザートなんです。オリジナルのレシピで作ると、ドライフルーツだけで1キロ以上使うので巨大なプディングになります。

私はそれを半分くらいにして、作りやすい量に変更しました。

オリジナルのレシピに書かれていた作り方は、材料を混ぜるところは説明してありましたが、まとめたプディング生地は「6時間茹でる」としか書いてなかったので、もう少し詳しいことを調べて作り方を説明しました。

英語で書いたレシピはこちらです。

作ってみたい方のために、作り方を紹介しましょう。この分量で8人分くらいになります。

60センチ四方以上の大きさのキャリコの布と綿ひもが必要です。

<材料> *オーストラリアの計量カップは250ml
バター 150グラム *柔らかくしておく
砂糖 150グラム(3/4カップ)
卵 3個 *室温にしておく
マーマレード 大さじ1/2 *無くても良い
レーズン 250グラム
サルタナレーズン 180グラム
ブラックカランツ(干しクロスグリ) 120グラム
ミックスピール(レモンやオレンジの皮の砂糖煮みたいなもの) 50グラム
*注意:オーストラリアだと、上記のドライフルーツが全て入ったミックス(Mixed Dried Fruit)を売っていますから、それを600グラム使うといいです。
ブランデー 1/4カップ *ラム酒、ウイスキー、シェリー酒などでもOK
小麦粉 150グラム(1カップ)
パン粉 120グラム(1 & 1/2カップ)
重曹(Bi-carb Soda) 小さじ1/2
塩  小さじ1/2
シナモン 小さじ1/2
グラウンドジンジャー(生姜を粉にしたもの) 小さじ1/2
ミックススパイス 小さじ1/2
ナツメグ 小さじ1/2
アーモンド 50グラム *スリバードアーモンドがおすすめ
キャリコの布にふりかけるための小麦粉

<作り方>
1.ドライフルーツを全部ボウルに入れてブランデーをふりかけて混ぜておく。
2.キャリコの布はきれいな水に浸けてよく洗い、沸騰したお湯で5分間茹でる。お皿に取り出して、冷えたらよく絞っておく。
3.バターと砂糖をよく混ぜる。卵を1個ずつ加えてよく混ぜてクリーム状にする。ブランデーを混ぜておいたドライフルーツとマーマレードを加えて混ぜ、残りの材料も加えてよく混ぜる。
4.キャリコの布をきれいな台の上に広げ、40センチくらいの円状に小麦粉をふりかけて擦り込んで薄い膜状にする。


5.プディングの生地を丸めて中心に置き、キャリコの布できつく包んで綿ひもで隙間ができないようにしっかりと縛る。ひもの先にぶら下げるためのループを作っておく。



6.大きな鍋にお湯を沸かし弱火で3時間茹でる。蓋をして茹でてください。お湯が減ってきたら熱湯を足してください。
7.茹で上がったらざるに取り、5分程度水を切る。(すぐに食べずに保存する場合は、どこかにぶら下げて乾燥させます。)キャリコを開いてプディングを切り分け、温かいうちにブランデーカスタードソースをかけて食べる。


このプディングは、クリスマス前に作っておくことが出来ます。当日食べる前に1〜2時間茹でてください。部屋にぶら下げて何ヶ月も保存できるという説もありますが、冷蔵庫で保存した方がいいと思います。

ブランデーカスタードソースは、オーストラリアではスーパーで売っていますが、簡単に作れますよ。


やっと作って写真も撮って、私のウェブサイトに載せたので、このレシピが失われる心配は減りました。

まあ、あれですよ、ジョアンには11人も子供がいたんですから子孫は大勢いると思います。だから、どこかの枝分かれでこのレシピが引き継がれている可能性はありますけど。

うちの夫の祖父セオの枝では、義母の世代で途切れる可能性があったわけですからね。

セオの兄弟姉妹の子供や孫達とは、私はフェイスブックを通して知り合いになりましたが、このレシピを見つけて作ってみようと思ってくれる人がいるかも知れません。

うちの子供達がいつか作ってみようと思うかもしれないし。もちろん、家族以外の人達にも作ってもらえたら、それは嬉しいことです。

とても達成感のあるレシピ作りでした。


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2023年12月7日

クリスマスツリーと義母

今年もクリスマスツリーを飾りました。かれこれ20年以上使っているツリーです。子供達と一緒に厚紙や色紙で手作りした飾りはもう処分しましたけど、子供達が小学校で作って来た飾りがまだいくつか残っているので、毎年ツリーを飾りながらあの頃のことを懐かしく思い出します。


私達家族は無宗教なのにクリスマスを祝うのかと、自分でも葛藤があった時期があるんですけど、我が家のクリスマスツリーはイエス・キリストの誕生日がどうのこうのとは無関係のただの季節のイベントだと割り切って楽しむことにしました。

そもそも、イエス・キリストが生まれた日とは全く関係のない12月25日がクリスマスという祝日になったのは、この日に人々が収穫を感謝する冬至のお祝いをしていた習慣と関係しているわけですしね。

日本人同様に、オーストラリア人というのは冠婚葬祭を除けば無宗教の人がほとんどです。皆さんクリスマスはイベントとして楽しんでいるだけですから、私もツリーを飾るくらいは楽しもうかと思って。

うちの家族はねえ、いつの間にか季節の行事を何もしなくなってしまったんですよ。きっかけは、子供達がクリスマスと同じくらい楽しみにしていたイースターでした。

子供達にとって、イースターはイースターバニーというウサギが家の周りにチョコレートエッグを置いていく日なんです。イエス・キリストの復活とは関係ないです。

クリスマスはサンタクロースがプレゼントを持って来てくれる日ですが、それと同じくらい夢のある話なんですよ。イースターの朝は、カゴを片手にチョコレートエッグを探すのが子供達の楽しみなんです。

ところが、ある年のイースターの朝、チョコレートエッグ探しのことを話していたら、うちの夫が突然「あー!アレは親がやっているんだよ!イースターバニーなんているわけないじゃないか!」と怒鳴って、子供達にバラしちゃったのです。

その時うちの娘はまだ7歳でした。イースターバニーのことをまだ信じていたのに、怒鳴られたこともショックだったでしょうけど、「親がやっているんだよ!」には大変ショックを受けたそうです。

今から思えば、当時の夫は双極性障害2型の「躁期」だったんだろうと思うんです。躁期の症状に怒りやすいというのがあるんですけど、あの頃はとてもイライラしていて大変機嫌が悪かったんです。

あれをきっかけに、私達家族はイースターには何もしなくなりました。クリスマスの飾り付けとかプレゼント交換もやめてしまいました。

バレンタインデーとかハロウィーンなんかも夫が商業主義がどうのこうのと批判するので何もしなくなり、私達がお祝いするのは誕生日だけになってしまったんです。

子供達が小さかった頃は、日本の季節の行事もメルボルンでやろうとしたんですけど、続けるのは難しかったです。今ではお正月もお祝いしなくなりました。1月1日はただの普通の日ですよ。うちの夫はいつも仕事だし。

私はね、私達家族が何も楽しまなくなってしまったことをとても残念に感じていたんですよ。

それで、数年前からクリスマスツリーだけは飾るようになりました。私が一人でやっています。最初は「なんでクリスマスツリーなんか飾ってるんだ」と批判していた娘や夫も、今年は何も言いませんでした。


以前は、クリスマスの日には義母の家に家族や親戚が集って、プレゼントを交換したりご馳走を食べたりするのが恒例になっていましたが、最近はそういうこともしていません。

うちの夫が行きたくないと言うからです。

夫は毎年クリスマス前後は勤めているツールショップが忙しいのですよ。26日は「ボクシングデー」という祝日なんですが、この日は1年で最大のセールが行われる日なので毎年ヘトヘトになります。

唯一の休みがクリスマスの25日。その唯一の休みの日に、遠くの義母(夫の母親)の家まで行って疲れるのはイヤだと言うんです。

いつも、到着したらすぐに仕事を割り当てられ、あれをしろこれをしろと義母に指示されて大忙しなので、確かにとても疲れるんですけど、料理も片付けもしない夫は、今では車の運転もしなくていいんだから、疲れる理由がないだろうとも思いますが、行くだけでも疲れることは疲れます。

クリスマスに義母の家に集まることが楽しみになっていないというのは、やはり理由があるんですよ。基本的に大量に飲み食いするだけですしね。

うちの息子や娘も行きたがらないのですが、義母の家で過ごすクリスマスが楽しかったという思い出が無いというのが理由だと思います。

子供の頃はプレゼントが楽しみだったはずですが、義母がくれるのはバスタオルだったりプラスチックの収納ケースだったりしたんです。

ネジや釘などの小さな金具や部品を分類して収納するプラスチックケースを、アクセサリーを入れておく宝石箱にと言ってくれた時のことは、いまだに語り草ですよ。

少し大きくなってからは、仕事を割り当てられて大忙しでしたしね。知らない人達が来ていることもよくあったし、同年齢のいとこ達がいるわけでもないので遊べないし、楽しかった思い出は無いんだろうと思います。

義母は、私達家族と義弟家族と、できればドバイ在住の義妹も皆んな一緒に集まって、盛大にやりたいんでしょうけど、私達は今年も行きません。娘がシェアハウスで一緒に暮らしている日本人の皆さんが、今年も我が家にいらっしゃることになっています。


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2023年12月6日

キッチンのシンクと食器洗い

この家に引っ越してきて1ヶ月以上が経ち、家の中も夫の持ち物以外は片付き、使いにくかった薄暗いキッチンにも慣れました。

薄暗いのはいいんです。電気をつければいいのでね。

いろいろ不便なところはありますが、蛇口をひねれば水もお湯も出て、食器洗い機もあるから毎食後に皿洗いをする必要もなく、ガスコンロはちゃんと火がつくし、オーブンは調子がいいし。

文句なんか言ってはバチが当たりますけど、一番不便なのはシンクと水道の蛇口でしょう。


典型的な古いタイプのシンクと蛇口です。

以前住んでいた家の水道の蛇口は下の写真のようなタイプで、棒1本で温度調整も水量調整も簡単に出来ました。自分で選んで買って来て取り付けたんです。


スパウトの長さも高さもちょうど良くて使いやすかったんですけど、この家のスパウトは短すぎるし低すぎるんです。

食器は食器洗い機で洗いますから、シンクで洗うのは鍋やフライパンや調理道具ですが、鍋なんてね、小さな鍋でも洗うのに苦労するんですよ。すすぐのに苦労するんです。スパウトが短くて低いから。

シンクは小さなシンクとそれより少し大きいシンクの2つが付いていますが、オーストラリアの古い家はどこもこのタイプです。

大きな鍋やフライパンも右側の大きめシンクで洗えますが、オーブンのトレーなどの大きな物はシンクに入りませんから、洗うのは大変です。

「なんでこういうデザインにするのかなあ、ホントに不便!」とイライラしながら洗っていたら「そうだった!」とオーストラリア式食器洗いのことを思い出しました。すっかり忘れていましたよ。

このタイプのシンクはね、オーストラリア式食器洗いには最適なのです。短くて低い水道のスパウトもこれで正解なのですよ。

もう10年以上も前ですが「超高速で食器洗いをする裏ワザ」という記事を書いています。義母(夫の母親)の食器洗いが私の2倍は速いということについて書いているんですけど。

義母の食器洗い方法、それがまさにオーストラリア式なんです。義母の姉妹も義母の友人達も、皆んな同じ方法で洗います。

どういう方法か?

はい、説明いたしましょう。

1.やや大きめの方のシンクに水をため、洗剤を投入して洗剤液を作る
2.食器に食べ残しなどが残っている場合はかき取って、必要なら小さいシンクで軽くすすいでから、洗剤液に入れて洗う
3.洗えたものを水切りカゴに並べる

はい、終わり!

洗うのが鍋でもフライパンでも手順は同じことです。オーストラリア式には、洗剤液で洗った後に水ですすぐという手順がないんです。

だから、このデザインのシンクで完璧なんですよ。


オーストラリア式食器洗いを初めて見たのは、もう40年近く前のこと。ホームステイした家で見ました。その家の奥さんは日本人でしたが、泡がついたまま水切りかごに並べていました。

さすがに驚いたので水ですすがない理由をたずねたところ「オーストラリアの食器洗剤はすすがなくても大丈夫なの」という返答だったんですよ。

「さすが、水が貴重なオーストラリアのような国では、そのような商品が存在するのか」と感心したんですけど、洗剤のボトルには「洗剤で洗った後は、きれいな水でよくすすいでください」と書いてあるんです。

人によっては、水切りかごに放置して自然乾燥させると洗剤が食器に残るから良くないと考えるようで、そういう人達は、ティータオルと呼ばれる大判の布巾で全部拭き取ります。

拭き取った後のティータオルは、もちろん黒ずんでいますよ。

自然乾燥にしろ拭き取るにしろ、私はオーストラリア式は受け入れられません。やはりきれいな水ですすぎたいです。それをするには、この小さなシンクと短くて低い水道のスパウトは不便でしようがないんです!

 
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2023年12月5日

自分の子供が同性愛者だと分かったら

うちの娘が同性愛者だということは、このブログで度々話題にしています。娘が書いても良いと言ってくれているので書いているんですけどね、私の記事がどこかで悩んでいる誰かの力になることを願っています。

正直言うと、私は同性愛者やトランスジェンダーの皆さんに対して偏見を持っていた時期があります。まだ日本に住んでいた頃です。

日本という国は、LGBTQI など性的マイノリティーの人達を「普通ではない人」とまるで異常者扱いする社会でしたよ。差別的な蔑称がいろいろありました。

そして、自分の親を含めて身近な人達がそうした蔑称を平気で使ったり差別的な発言をしたりするのを聞いて育ったわけですから、私が偏見を持っていたとしても無理もないんですけど。

オーストラリアに移住して、人種も民族も宗教も異なる様々な人達がいる社会に住むようになってからは、性的指向とか性自認の多様性を知る機会も増え、同性愛者の友人もできて、いろんな人がいるんだ、人は皆んな違って当たり前なのだということを、意識して暮らすようになりました。

重要なのは、違いを理解して受け入れられるかどうかということはまた別にして、皆んな違うんだという事実を認識することです。そして、皆んな違うけど、実は皆んな同じ人間だということにも日々気付かされるわけです。

一方、社会には違いを理由に同じ権利を認められていない人達がいるという問題にも気づくのですよ。そうした違いを理由に人を差別することを宗教が教えていたりもするのです。

うちの子供達が通っていた小学校では、キリスト教会の人が来て宗教について教える宗教学習の授業があったんですけど、神様の教えに従わない子供は地獄に行くと教えられた日に、うちの娘が怯えて帰宅したことがありました。

私達はすぐに学校に連絡を取り、うちの子供達を宗教学習の授業に参加させないようにと頼みましたから、二度と神様の教えがどうのこうの地獄がどんな場所かなどという話を聞かなくて済みましたけどね。

私達家族は、子供達が小学生の頃から家庭でよく社会問題を話題にしたんです。差別や紛争の原因にもなる宗教の問題点とか、性的マイノリティーの人権問題などもよく話題にしました。

ですからね、うちの娘は自分の両親が同性愛への偏見など持っていないと知っていたはずなのに、自分の性的指向に気づいた頃から悩み続け、それを確信してからは不安に苛まれていたそうなんです。

もしかしたら、私達両親に受け入れてもらえないかもしれないという恐怖を感じていたのでしょう。

うちの娘が「私は女の子が好き」とカミングアウトした時、私は少し驚きましたけどショックなんて感じませんでしたし、そういう性的指向があるということを事実として受け入れただけでした。

その時、娘は大変感情的になっていたんですが、「あなたが好きになる人が女でも男でもその間でも、お父さんやお母さんには問題ではないことは知っているでしょ?」と言うと「うん」と言って落ち着きました。

「あなたが幸せならそれでいいのよ」と話すとやっと安心できた様子でした。

もしも、私達夫婦が同性愛者に対して偏見を持っていると知っていたら、どれほど苦しんだでしょうかね。

オーストラリアでは、2017年の12月に同性婚が合法化されたんですが、その時ある議員が「オーストラリアという国をさらに公正で平等で偏見のない国にしていきたい!」と話していましたが、実際に次々と不平等な法律は廃止されたり改正されたりして、この国はさらに前に進んでいます。

言っておきますが、議員がそういうことをやってくれるのを待っているわけではないですよ。この国では選挙が国民の義務になっていますから、政治に関する意識は高いです。

社会に問題があれば、それを解決するための法律を作り、新しい社会のあり方を作る、そういう仕事をしてくれる人を選んで議会に送り込んでいるわけですから、国を変え前に進めているのは国民なんです。


どうして今日こんなことを書いているかと言いますと、うちの娘が知り合いになった日本人の方の話を聞いたからなんです。

その方は22歳の聡明な若い女性です。同性愛者であることをご両親にカミングアウトしたんだそうです。そうしたら、ご両親はヒステリックに激昂して、この方を受け入れようとはしなかったそうです。

つらいことがたくさんあったのでしょう。この方は日本を出てオーストラリアにやって来ました。ワーキングホリデービザで来ているそうですが、もう日本に帰りたくないとおっしゃっているそうです。

多くの面で世界から遅れているように見える日本社会も、性的指向や性自認の多様性に関しては変化して来たのだろうと思っていたんですけど、まだまだ根強い偏見が残っているのですね。

この方のようにつらい経験をされている方は、きっと多いでしょう。カミングアウトをすることも出来ないまま、偽りの暮らしをしている人も大勢いらっしゃるんだろうと思います。

親を悲しませたくないからと嘘をつき続けたり隠し続けたりするのも、つらいことですよ。

日本に帰りたくないのなら、日本以外の国で生きて行けばいいと私は思いますよ。グローバルな今の世の中、様々な理由で日本社会に見切りをつけて別の国で暮らしている人は大勢いますからね。

この方の場合は、ご両親が偏見を捨てて態度を改めない限り、将来的に幸せな親子関係は望めませんから、ご自分の幸せのためにはご両親と距離を取るしか選択肢がないと思います。

苦痛や不安をもたらす親や家族とは距離を取り、安心や幸福を感じられる人間関係を別の場所で作るべきです。そのためには、自立して行きていく覚悟とそれを支える経済力が必要ですし、日本以外の国で生きて行くなら語学力も不可欠ですよ。

日本よりも生きやすい国はたくさんあります。

同性カップルが異性カップルと全く同じ権利を認められて社会生活を営めて、家族を持つことも出来て普通に子育てが出来る。特別なことではないと思いますけど、そんな当たり前のことが出来ない国に見切りをつけるのは、当然の選択です。

世界的に見ると、平均して10人に1人は自分を LGBTQI など性的マイノリティー だと自覚しているそうです。「一般的に分類されている生物学的男女で異性愛者」という枠に入らない人達が人口の1割もいるのですよ。その1割の国民を差別している国に所属し続ける必要はないでしょう。

ご両親に受け入れてもらえなかったことはお気の毒ですが、それを悲観しても仕方がないです。残念ながらあなたの親は偏見がある人達だったという事実を受け入れて、彼らとは距離を取りなさい。

あなたがしっかりと生きて、同性のパートナーとともに幸せになって行く様子を見れば、ご両親もいつか自分達の誤りに気づくかもしれません。

頑張って自分の人生をフルに生きてくださいとエールを送りたいです。


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