2012年7月10日

G4が死んだ...

10年以上も苦楽をともにしてきた私のG4が、ついに死んだ...。

G4というのは、アップル社のコンピューターのこと。ハードディスクが3枚も入っているオーダーメイドの超パワフルコンピューターで、夫が会社を始めた時から、私の片腕となって激務に耐えてきてくれたのだ。

MacのOSが9からXへと進化した過渡期から、私とG4はずっと一緒に生きてきた。

2ヶ月ほど前から、やたらにフリーズするなあと不安になって、もしものときのために膨大な量のデータはバックアップしてあった。しかし、フリーズする頻度は急激に増え、画面が不安定になることもしばしばとなった。

Macのパワーブック(ラップトップ・コンピューターのこと)が死んだ時と同じ感じになってきて、とても心配だった。

いろいろと手を打ってみたが症状は改善せず、死期が近いとさとった私。それでも、G4をあきらめたくない私は、ハードディスクを初期化してOSの再インストールというのを試みることにした。

苦労の末に、やっとメールデータのバックアップをとり、OSのインストールディスクを入れてなんとか起動に成功!

いつもなら1~2分もすればフリーズしてしまうG4が、なんとかスムーズに頑張ってくれていた。初期化が半分ほど進んだところで、やっぱりフリーズ!

「おいおい、もうちょっと頑張ってくれたらいいのに...」

仕方なく、再度初期化を試みる...が、もうそれが終わりだった。何をどうしようにも、すぐにフリーズしてしまうから何もできない。

「ああ、お願い、死なないでよぉ...」

しかし、私のG4は、もう二度と青くもならなかったし、りんごのマークも見せてはくれなかった。

ありがとう、そしてさようなら、私のG4。

新しいMacをいつか買えるようになるまで、私は息子のカイがいつもゲームに使っているDELLのPCを使うしかなくなった。OSは英語版Windows7で、英語版のキーボード、何もかも英語の環境で日本語を書くのは、ちょっと不便です。

G4だったら、入力言語の変更はコマンド+スペースでスイスイできたし、何をするにもとにかく楽だった!

(でもねえ...、しばらくこのDELLのPCを使ってみて思ったけど、Windowsもかなり進化したよねえ!デザイン的にも「Macとは比べものにはなりません!」と、馬鹿にするほど悪くないです。)


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2012年7月9日

チーズはどこへ消えた?

昨日、本棚の整理をしていて、ふと手にした一冊の本。

スペンサー・ジョンソン著 「チーズはどこへ消えた?(原題 'Who Moved My Cheese?')」 話題になった本である。原題は、誰が私のチーズを動かした(どこかに持っていった)か?という意味のタイトルだ。


チーズと二匹のネズミと二人の小人の短いお話である。非常に薄い本だから、すぐに読み終えられる。シンプルなストーリーだが、それは状況の急激な変化や喪失にいかに対応したらよいのかを説く、非常に象徴的な話でもある。

「チーズはどこへ消えた?」は、ある迷路で起こった出来事をめぐるお話。ネズミと小人は、私達の中にある単純さと複雑さを象徴しており、チーズは私達が人生で追い求めるものを象徴している。

私達が人生で追い求めるもの、手に入れたいと願うもの...。それは良い仕事であるかもしれないし、お金であるかもしれない。良い家族、恋人、大きな家、健康、心の平安、名誉... 欲しいものは人それぞれ異なるだろう。

迷路は、私達がその何かを追い求める場所を象徴しており、それは会社であるかもしれないし、学校や、家庭、地域社会と、これも人それぞれであろう。

私達は皆、自分にとってのチーズというものを心に抱いている。手に入れたら幸せになれると信じて追い求める。

でも、迷路の中は曲がりくねっていて先が見通せず、真っ直ぐで楽な道はないであろう。チーズにたどり着くためには自分で道を見つけなければならない。道に迷ってわけがわからなくこともあるし、袋小路に突き当たることもしばしばだ。だいたい、自分が手に入れたいと追い求めるチーズが必ずどこかにあるというわけでもないのだ。

しかし、どうにかしてチーズをやっと手に入れることができた時、そのチーズを誰かにどこかへ持って行かれ、消えてしまったどうする?

チーズに執着していればいるほど喪失感は大きいし、そのチーズを手に入れるまでの迷路の中での苦労が大きければ大きいほど、失った時のショックも計り知れない...。

チーズを持って行ったであろう「誰か」に腹を立てるかもしれない。悲しくて、再びチーズを探しに迷路に出て行く元気が出ないかもしれない。

......

この本によって悲観的だった考え方が変わり、人生へ向き合う気持ちが大いに楽になった私だ。一読をお勧めします。


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2012年7月8日

気がめいる服の買い物

先日、メルボルンの新聞「The Age」に、小さい女性のファションの買い物は、とっても大変!という記事があって、その記事に、オーストラリアでは身長162センチ以下は「Petite(小さいサイズ)」のカテゴリーに入ると書いてあった。

162センチで小さいサイズか...。

私は155センチ(最近ちょっと縮んだが...)で、体格的には普通。ちょっと太めかもしれないが、私の歳ならば標準体重であろうし、身長とて日本人の平均身長と大して変わらない。ただ、手足や首が短い!という恵まれない体形をしている。

ああ、皆さん。オーストラリアでは、服の買い物が全く楽しくないのだ。

まず第一に、デザインが好みではない。ちょっとデザイナー凝り過ぎじゃないの?的ゴチャゴチャした装飾が嫌だ。布地の模様にしても「うへっ...」という感じのが多すぎる。これをわが身にまとうのか...と、想像することすら拒否したい。

次に、サイズがない。私はオーストラリアではサイズ10なのだが、10を買っても丈が長過ぎ!袖が長過ぎ!試着してみると、ほとんどの場合「あっ、こりゃダメだ」と思う。バランスが変で似合わないのだ。

若い人向けのブランドは、サイズ的にはややタイトで中年向けブランドよりはフィットするけれども、いかんせんデザインがね、やっぱり若すぎて...。

ジーンズやパンツ類は、またこれが難しい。私は二人目の娘を産んだ後、ウエストサイズが元に戻らなかった。だからかなり太め。ところが腰周りは細いのだ。歳をとるにつれてお尻がなぜか小さくなった。こんな私が、オーストラリアのジーンズやパンツをはくと、ウエストに合わせた場合、ヒップのところがブカブカで横に飛び出したような状態になる。

オーストラリア女性のヒップの立派さには、しょっちゅう目を見張らされるが、ほっそりした若い女性でも、ほとんどの方は大変立派なヒップをしていらっしゃる。これが、私と同じ中年の女性となれば、どのようなお尻をお持ちかは、容易に想像できるでしょう、皆さん。

だから、本当に、ジーンズやパンツも、サイズが難しい。

靴にいたっては、まず不可能と断言しよう。私の靴サイズは、22センチ。オーストラリアの靴屋では、たいていの場合サイズは6から。うまくいくとサイズ5がおいてある場合もある。しかし、このまれにしかお目にかかれないサイズ5というのは、私が実際にはいてみた感じから言うと日本の23センチの小さめという感じだ。つまり、22センチの足には大きすぎる。

これが何を意味するのか、お分かりでしょうか?めったにお目にかかれないサイズ5ですら大きすぎるのだから、私の足に合う靴はないってこと!靴を買いたくても買えないの!

でも、靴は必要だから、しかたなく子ども靴コーナーに行く...。今じゃ、全く恥ずかしくなくなった。とにかくサイズの合う靴を探す。しかし、しょせんは子ども靴。たとえサイズが合おうとも、ハート形や星がついていたり、リボンがついていたりする。いつだったか、大人でもはけそうなデザインのショートブーツを見つけて舞い上がったことがあった。ところが、よくよく見てみると、サイドにBarbieと刺繍が入っていたのである。ああ...。

夫が仕事でしょっちゅう日本に行っていた頃は良かったなあ。服でも靴でも、オンラインショップで買い、夫の会社の事務所宛に届けてもらい、夫が持って帰ってくれていたのだ。日本製ならば、既製服も靴もぴったり合うのが嬉しいものだった...。

近頃は海外へも送ってくれるオンラインショップが増えたが、高額な送料と手数料を払わされる。

本当に、ファッションの買い物は、まさに頭痛の種ではあっても、楽しみにはならないのであります。

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2012年7月7日

携帯ウォシュレット

今日は、愛用している携帯ウォシュレットについて書こうと思う。

数年前のことだが、理由あってオシリを洗浄する必要が生じたことがあった。

恥をさらす覚悟で書くと、肛門付近の炎症した皮膚がとにかく痛くて、座っていることも困難だったのだが、何が最もつらいかというと排便後の始末なのだった。

紙で拭き取るというのは、もう恐怖すら覚える状況であったので、トイレに流せるウェットティッシュを使い、苦労してその始末をするわけだが、それでも痛みは大変なものであったので、シャワーを利用したりした。

しかし、度々シャワーというのも面倒なことだし、私は、「ああ...、ウォシュレットがあったらなあ...」と、心の底から思ったのだ。

その時、オーストラリアでもウォシュレットが手に入るという話を思い出した。相当な出費が懸念される話ではあるが、もう藁にもすがりたい思いの私は、早速インターネットで調べることに。

「ウォシュレット」というキーワードで検索すれば、当然まずトップに表示されるのはTOTOのウェブサイトである。

「きっと、今ではウォシュレットも進化しているに違いない...」などと考えながらトップページを見ていると、私の目はサイドバーメニューに載っている商品名に釘付けとなった。

携帯ウォシュレット

「これだ!」と確信した私は、商品情報を確認した!

私が持っている携帯ウォシュレット

乾電池で動くのだから、世界中どこにいたって使用可能だ。
携帯に便利な小型サイズ。(しかし、洗浄には十分な水量)
使用方法はいたって簡単。タンク(ブルーの部分)を引き出し、適温のお湯又は水を入れ、ノズルを引き出してスイッチを押すだけ。
水圧は2段階にワンタッチで変更可能。
価格は、5千円くらいだったと記憶している。

即決で購入したのは言うまでもない。

あれから、数年になるが、まだ一度しか電池を交換していない。ずいぶん長持ちするものだ。つまり、あまり電気を消費しないということか。

毎日欠かさず使用しているわけではない。しかし、例の肛門周辺の炎症というのが、冬場に時々発症するものだから必要に迫られたり、気が向いて「今日はウォシュレットしてみるか」と思った日などに使用する。

そして、今、私は、声を大にして、世界中の皆様に、自信を持ってお勧めいたします。

この携帯ウォシュレットという商品は、全くもって素晴らしいの一言につきます!

TOTO様、ありがとうございます、このような素晴らしい商品を開発してくださって。コンセプト、デザイン、品質、文句のつけようがございません。

コンピューター、インターネット、iPhone、自動車、編み針等々、私には無くなったら悲しいものがいくつかあるけれど、携帯ウォシュレットもその一つ。今や、生活に欠かすことのできないものの一つが携帯ウォシュレットなのです。

興味のある方、TOTOのウェブサイトで商品をチェックしてみてください。デザインは新しくなっています。アドレスはこちら。
http://www.toto.co.jp/products/toilet/washlet/travel.htm

私は、Amazonで買いました。


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2012年7月6日

カリース・イーデン

オーストラリア版「ザ・ヴォイス」にすっかりはまってしまった私が、サポートし続けずにはいられなかった、その出場者の名前は、カリース・イーデン Karise Eden という。

最初の「ブラインド・オーディション」で、ステージに背を向けて座っていた4人のコーチが、彼女が歌う最初のフレーズを聴いただけで、ビックリ仰天!「うわっ!すごい!」っと雷にうたれたような顔をして即断でボタンをたたき押す!ところをご覧ください。

このビデオは、YouTubeで百万人以上が見ている短いバージョンではなくて、コーチのコメントも入った長いバージョンの方!最後までご覧ください。


名前をたずねられたカリースが、自信のなさそうな小さな声で「私の名前は、カリース・イーデンです。」と答えると、「ちょっと待ったぁ!あんなパフォーマンスの後でそんな声でしゃべるわけ?」と言われてはにかむ。

本当のカリースは、小さな声で自信なさそうにしゃべる、おびえた子供のような、あの姿のままの女の子だったのだ。

まだ19歳…。

彼女と一緒にオーディションに来て、ステージ裏で様子を見ているのは、彼女がもっと若かった頃に面倒を見てくれた里親の夫婦である。

このパフォーマンスの後、当然メディアが彼女のことを調べて報道した。

どんなにつらいことがあったのか、家庭環境の詳細までは報道されないけれど、「ザ・ヴォイス」のオフィシャルサイトでのカリースのコメントを読むと、歌手になる夢が叶わなかったら、家庭内暴力で苦しむ女性たちのために働きたいと言っているところから、家庭でつらいことがあったのだろうと想像できる。

「自分には何もない」「自分には何の価値もない」…幼い頃ずっとそう思っていたそうだ。

そして、11歳で自傷行為を始めた。今でも傷跡がたくさん残っている。

13歳で家を出た。

里親を転々とし、20以上の保護施設で暮らしたそうだ。

働ける年齢になって、求人に応募し続けるが、彼女を雇ってくれるところはなかなか見つからない。やっと面接までこぎつけた唯一のところがアダルトショップ。ポルノ商品などを扱うその店に、ようやく就職できた。

しかし、自立して生活していけるはずもなく、彼女には自分の家というものがずっとない。「ザ・ヴォイス」に出場する前は、友人の家に住まわせてもらっていたそうだ。

オーディションに一緒に来てくれた里親だったという夫婦は、ミュージックショップを経営していた。楽器に興味をもったカリースが、里親のお父さんにギターを教えてと頼んだ。お父さんは、やるからには必ずまじめに練習をすること...という条件で教えてくれた。これが、カリースの人生を変えたのだ。

ギターが弾けるようになると、自分の思いを歌にしてみたり、人前で歌を歌ったりもするようになった。音楽が、苦しむカリースの「声」つまり「ヴォイス」になったのだ。そして、自分自身を傷つける行為をしなくなったとカリース本人が言っていた。

オーディションの様子を見ながら涙ぐんでいる里親のお父さん。この人が、カリースにギターを教え、音楽で自分を表現する喜びを教えてくれた人だ。

彼女の生きてきたつらい過去が知られるにつれて、ファンが急増した!

しかし、それは、彼女の苦しみとトラブルだらけの人生に同情したからではない。彼女の歌を聴くと、心が揺さぶられるからだ。歌詞にこめられたメッセージが、聞いている人に強く届くからだ。

確かに、他の誰も持っていないような声と歌唱力を持っているカリース。

次のビデオは、バトルラウンドでのパフォーマンス。対戦しているマオリのお母さんもオーディションでの歌唱は素晴らしかった。でもね、カリースは、やっぱり特別とわかるんです、彼女が歌いだすと直ぐに...。


ライブ・パフォーマンスで最も素晴らしかったのが次のビデオ。

あまりに多くの歌手にカバーされすぎている感のある「ハレルヤ」を歌う。

コーチであるシールにアドバイスを受けながら練習した後、レコーディングを行ったスタジオでの様子を録画した映像では、カリースの歌う「ハレルヤ」を聴いて、音響エンジニアのスタッフが涙を流しているシーンがあった。


この生放送パフォーマンスも、非常に多くの視聴者に涙を流させた。私もその一人...。そして、コーチのシールも泣いていた。

そして、いよいよファイナルでの2曲目、つまりまさに最後の最後のパフォーマンスが次のビデオ。カリースが一番好きな曲だという「ステイ・ウィズ・ミー・ベイビー」。 行かないで、一緒にいて...と歌う。


そして、優勝したのは...

もちろん、カリース。

2012年の「ザ・ヴォイス・オーストラリア」の名誉とレコーディング契約を獲得した!

現在、彼女が、番組で歌った曲の数々が、オーストラリアのミュージックチャートの上位を独占状態である。

良かったねえ、カリース。これがきっかけで、アーティストとしての人生が始まったのだよ。本当に素晴らしかったし、これからの彼女が楽しみでならない。


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