ある日のトレーニング中のこと、私の右膝にピキーン!と痛みが。
私の右膝は、息子のカイがまだ赤ちゃんだった頃に、抱っこしながら階段を下りていた時にひねってしまい、3ヶ月ほど痛みが続いて大変だったことがあるんですが、それ以来、何かのひょうしに度々痛くなる古傷でして。
ピキーン!ときた時は、「おっと、またいつもの膝痛だぞ」と思っただけだったのです。
しかし…。
膝が痛くなれば、痛みが治まるまであれですよね、無理に歩きまわらないようにするとか、無理をせずにしばらく安静にしておくとか、普通そういう対処法で回復を図るものでしょ?
モリーのトレーニングは、毎日2回おこなわなければなりませんでした。
膝が痛くても我慢して歩き続けるしかなかったんです、毎日2回。しかも結構な距離を。
商店街とかショッピングセンターは、車で10分ほど行かなくてはなりません。モリーを車にのせるのもトレーニングの一部でしたが、モリーはトレーニングが大好きだから自分から喜んで車に乗り、所定の位置にちゃんと座ってくれるので、そこは簡単だったんですけどね。
毎日毎日、膝の痛みを我慢して歩き続けているうちに、痛みは悪化して普通に歩けなくなっていきました。
右膝にはサポーターを、そのうちもっとしっかりと膝を支えるブレースを装着してトレーニングに励みました。賢いモリーは、私がブレースを膝につけ始めると、そのマジックテープの音を聞いてすぐにやってきて、私の前にちゃんと座って待ちます。
可愛いんです、モリーったら。
しかし、膝は悪化の一途をたどり、強い痛み止めまで服用するように。(そう、薬飲んでまで歩いていたの!)そのうち、膝裏に巨大な膨らみが出現。これが痛いのなんのって!
医者に相談の後、MRI検査を受けたところ、右膝内側の半月板複雑断裂と分かり、膝裏の巨大な膨らみ(長さ10cm以上)は、Baker's Cyst (ベーカー嚢胞)といって、膝の裏側の関節包から漏れ出た滑液が溜まって袋状に突出したものなのだそうで。骨液はすでに袋から漏れ出している可能性あり。手術するしかないって…。
この頃はもう、私、杖なしでは歩けないほどになっていました。右膝が痛いから車の運転も大変。
モリーのトレーニングは、距離を短くするとか、夫が仕事の後でやってくれる1回だけで済ませるとかで対応してきたものの、やっぱりこの状態はパピーウォーカーとして無責任だなと…。
モリーが犬舎に戻るまで後1ヶ月ちょっと。
どうするか?
最後の1ヶ月ちょっとは、主に大きなショッピングセンターや駅、公共の交通機関(電車・バス・トラム)、大勢の人がいる様々な場所へモリーを連れて行き、そうした環境に慣れさせる必要があります。それができなくなっているわけです。
この件については、もちろんアドバイザーの方にずっと相談していましたし、実情を報告していましたが、アドバイザーの方から「別のパピーウォーカーにモリーを預けましょう」という話はなかったんです。
私達は苦渋の決断を下さざるを得ませんでした。
モリーは、ベテランボランティアの方が残りの1ヶ月を引き取ってくださることに決まり、別れが突然にやって来ました。
そのボランティアの方のところにはペットの犬もいて、他のパピーもトレーニング中で、モリーにとって良い環境だろうということでした。
ある日の夕方、アドバイザーから電話がありました。翌日の午前中に、モリーを Guide Dog Victoria(ヴィクトリア州盲導犬協会)のオフィスに連れて来て欲しいとのことでした。
「明日の朝、モリーが行っちゃうよ…」
「えええっ?明日?なんでそんな突然!」
詳しいことを聞いていなかった息子のカイと娘のサチは、ショックを隠せず。
盲導犬のパピーは1年しか一緒にいられない。そう納得して接してきても、やはりねえ愛情はわくし、1年近くも一緒に暮らしていればもう家族の一員になっちゃってるし。別れの時が来ると、やはり動揺しますよ!
いつでも一緒だった |
翌朝は、夫も娘も息子も、家を出る前にモリーに「さようなら」の挨拶。モリーは分かっていないから、いつもの様に玄関横の窓から、みんなが見えなくなるまで見送ります。それを見てる私は、喉が詰まって苦しくて…。
お父さんが草を切っているのを見る幼いモリー |
「さあ、行こうか」
車のキーの音を聞くと、「お出かけだ!」「トレーニングだ!」と思うんでしょうね、大喜びで車に飛び乗るモリー。これがお別れとは知らない…。
パピーウォーカーとして責任を全うできなかったという罪の意識と、モリーとの別れの寂しさで気持ちが悪くなりながら、私はモリーをアドバイザーのオフィスに連れて行きました。 最初のうちは、大喜びで興奮していたモリー。
「じゃあね、元気でね。アセスメントに合格して、立派な盲導犬になれることを祈ってるよ」
去ってゆく私をじっと見ていたモリーが、何かを察したか「ワンワン」と吠え始めました。ワンワン、ワンワン…。ワンワン、ワンワン…。
建物を出るまで、モリーの吠える声が聞こえていました。
(涙がでる…。)
また、この日の天気がですねえ、爽やかに晴れて、秋の青空がきれいでね。天気が良すぎて余計に悲しくなったんでした。
正直なことを申し上げますとね、私はこの時、モリーがアセスメントに不合格して盲導犬になることができず、警察犬やセラピー犬、PR犬にもなれず、ペットとして売りに出されたらいいのに…などと、パピーウォーカーとしては恥ずべきことを考えていました。
もし売りに出されたら、まず最初はパピーウォーカーにその犬を購入する権利があるんですって。
(そんなバカな。あの賢いモリーが、不合格になるわけないだろ。)
さようなら、モリーちゃん。
グッドラック。
その時の私は、モリーが我が家に戻ってくる日が来るなどと、想像だにしていなかったのだった。
なんですって?
もどってきたぁ?
どういうこと?
(つづく)
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