2015年10月22日

家で日本語を話す理由

人口の半分がオーストラリア国外で生まれたか国外で生まれた親を持ち、今や250以上の言語や方言が話されているというメルボルン。人口の3割は、家で英語以外の言語を話すそうですが、我が家でも家の中では日本語が話されています、主に私によって。

夫も息子のカイも娘のサチも、日本語を聞いて理解できるし話そうと思えば話せるのですよ。(特に息子のカイは長年に渡る日本アニメ視聴のかいあってかなり流暢な日本語を話します。)しかし、彼らは自分たちにとって話しやすい母語である英語で会話しようとするのは道理至極。

たとえ私が日本語で話しかけても英語で返してくるというわけです。

私は頑なに日本語を使っています。だって、私が家で英語を使い始めたら彼らは日本語を聞く機会がほぼなくなって、忘れてしまうのは必至。(息子のカイにはアニメがあるけど。)

私はねえ、家にいる時ぐらいは「話したいことを話しきれる」日本語をしゃべりたいのです。

ところが、夫と息子と娘に理解してもらうためには、語彙のレベルを落とさなければなりません。そうしないと、「それどういう意味?」「ん?なんのこと?」「分からない!英語で言って!」(これらは英語での発言)の連続で会話が成立しなくなります。

必然、語彙は落ちる一方。

話していて言葉が見つからず、仕方なくその部分は英語にして話す、というようなことをしているうちに、最近の私の日本語はどんどん英語日本語入り乱れた非常に好ましくない様相を呈しており、こんなんじゃダメだとは思います。

問題はこれだけではありません。

実は、私、夕食の時などに家族で会話していてですねえ、彼らのモグモグしながらの(つまり明瞭に発声しない)超高速英会話に時々ついて行けないんです。

「えっ?今、なんて言った?」「それ、どういうこと?」

盛り上がった会話に冷水を浴びせるような発言を繰り返すのは良くないと自覚するお母さんは、分からなくなったら諦めて黙って食事を続けるわけですよ。

すると、突然「わぁはははっ!」と笑い声が上がったりする!

笑い転げる三人。でも、なぜかお母さんだけは笑わない…。(だって理解することを諦めて聞いていなかったんだもの。)

あれっ、どうしたのお母さん、今の話が可笑しくないの?という三人の視線が私に向けられる。こういう時ね、結構辛いですよ…。

私はね、心配なんです。私が年老いて第2言語である英語を忘れた時、家族とコミュニケーションがとれなくなることがね。バイリンガルで若い時には英語を流暢に話していた人でも、認知症になると英語が出てこなくなり、母語である日本語でしか意思疎通が図れなくなるという話をよく聞きますしね。

夫の叔母は、長年、看護師としてギリシャ人の老人ホームに勤めましたが、メルボルンのギリシャ系とイタリア系のコミュニティーは非常に結束が固く、どちらも高齢者介護のシステムがしっかりしています。国を出てきた同国出身者同士、助け合うのはあたりまえという意識が強いんですよね。彼らの老人ホームでは、英語を忘れていても忘れていなくても、話しやすい母語でコミュニケーションでき、食べ慣れた食事ができるのです。

メルボルンには、日本人のための老人ホームはありません。

子供や孫たちが日本語を理解できない場合、年老いて日本語しか話せなくなったらどうするのでしょうね。

誰でも、いつかは歳をとるんですし…。


海外在住の皆さん、お住まいの街では、こういう外国出身者の高齢者介護とかどんな事情なんでしょう?


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2 件のコメント:

  1. うぉんばっと2015年10月25日 19:17

    私の場合日本語は犬としか話してませんね。職場に日本人はいませんから話す機会がまったくありません。かといって日本語を忘れるか?といったら逆で日本語に飢えちゃっているので動画みたりと日本語三昧です。

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  2. 日本語はあなたの母語だから、将来ボケても忘れませんよ。ところで、ウォンバットさんの犬は日本語を理解します?しますよね。犬にとっては英語も日本語も違いはないんだから。モリーはね、夕方、私が「お父さん帰ったよ!」と言うと、玄関横の窓に直行してワンワン吠えてました。

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