2026年1月5日

適切なストレス対処法

土曜日の夕方頃から、私は頭が重くてクラクラする不快感に悩まされていました。ちょっと動くとハアハアと息が上がってしんどいので、血圧が高いのかもしれないと思って計ってみましたが、血圧は正常でした。

ベッドに横になりましたが、眠くはなるのに夜遅くになっても入眠できなかったので、睡眠薬を飲んで眠りました。

昨日の日曜日も朝から頭が重かったのですが、うちの夫に頼まれていた薬を買いに行きました。ついでにスーパーの買い物もして帰ったんですが、しんどくてたまらないので再び血圧を計りました。血圧は正常でした。

症状が頭痛に似ていました。痛みはないんですけど。そこで、鎮痛薬のパナドールを飲んでみましたら、頭の重さは楽になりました。そして、昨夜は睡眠薬無しで眠れました。今朝は、頭の重さもクラクラもしんどいのも消えていました。

考えてみると、大晦日に映画を観に行った時にうちの夫が言ったことで気持ちが落ち込み、いろいろと思い悩んで寝付けない日が続いていたので睡眠薬に頼っていたんです。あれが良くなかったと思いました。私が利用している「ゾルピデム」という睡眠導入薬は、副作用に「ふらつき、頭痛、倦怠感、めまい」というのがあるんです。

思い悩むようなことがあるとたちまち睡眠に影響が出ます。そして、どうしても眠れない時には薬に頼るしかないわけですが、今回ちょっと安易に薬に頼っちゃったなあと反省しました。昨夜は薬無しでしっかり眠ったので、体調が回復したんでしょう。


健康には睡眠が非常に重要です。そして、睡眠には適切なストレス対処が大事です。

ストレスになる出来事は、私の場合はいつも家族に関係しています。つらい気持ちは、誰かに話すことで楽になることが多いわけですけど、話せる人がいなかった私は、まだ子供だったうちの娘に話していたせいで、娘が不安障害で苦しむことになりました。

大人になって臨床心理士となった娘のことは、今でも頼りにしています。今回も私は娘に相談しました。娘はすぐにやって来て話を聞いてくれましたが、これが娘にとっては負担になっていることを知りました。

娘は、母親である私のことはもちろん、双極性障害で不安定な父親のことも、メンタルヘルスの問題で苦労している兄のことも、常に「自分が助けなくてはいけない」という責任感を感じているそうです。

そして、両親や兄に対して自分が心理カウンセラーになっていることを、時々悲しく感じるんだそうです。本当は、ただの娘であったり妹でいたいのに。

そういう気持ちも誰かに話すと楽になりますからね、娘は私に話したんでしょうけど。それを聞いて、娘に頼り過ぎてはいけないなと思いました。かと言って、私には悩みを話せる人が娘以外にいないので、こうしてブログに書いて気持ちをはき出しているわけです。

まあとにかく、今回は「傷ついて損したわ」という状況でしたので、もう大丈夫です。また日本に行きたいと思っている件についても夫に言いましたら、「自分は大丈夫だから行けばいい」と言ってくれました。しかも「1ヶ月と言わず、好きなだけ行けばいい」と言ってくれましたから、気が楽になりましたよ。


お帰りの前に1クリックを!



2026年1月4日

スターガルト病について

うちの夫が遺伝性の黄斑変性「スターガルト病」(Stargardt Disease)で目が見えなくなって来ていることを度々このブログで話題にしていますが、今日はその「スターガルト病」について少し説明したいと思います。

このブログを継続して読んでくださっている方は、もうご存知だと思いますが、黄斑変性(Macular Degeneration)という病気は珍しい病気ではないんですよ。

網膜の神細胞が高密度で集まっている黄斑と呼ばれる部分が加齢に伴って障害される「加齢黄斑変性」は、高齢者の失明原因の一つです。日本の推定患者数は、70万人くらいだそうです。加齢による黄斑変性は、種類によっては治療法があるんです。

網膜の黄斑部は、いわゆる「見えるもの」の詳細を知覚する部分で、見ようとしているものの像が結ぶところです。視野の中心になります。この部分が障害されると、ものが歪んで見えたり、ぼやけて見えたり、色の見え方がおかしくなったりします。暗い場所では見えにくくなり、障害が進んで光すら感知しなくなれば、視野の中心部分が黒く欠損します。

これと同様の障害が、年齢や生活習慣とは関係なく、遺伝子の異常によって起きるのが「スターガルト病」です。若いうちから、場合によっては子供の頃から発症します。患者数の少ない稀な病気です。

うちの夫は、40歳を過ぎて老眼鏡が必要になった時の検査で網膜にシミのようなものがあると言われ、精密検査を受けたら黄斑変性の始まりだと分かりました。

夫の病気は、簡単に言えば黄斑部の視細胞が徐々に死んで行く病気です。遺伝子によって起きるので、治療法はありません。病気が分かった時、専門医の方には「出来ることは見えなくなる将来に備えることだけだ」と言われました。

進行が遅いことを祈りましたが、診断から5年ほどで症状が現れました。最初に気づいたのは、ものが歪んで見えることだったそうです。視力検査の結果、車の運転に適正な視力が無いことが分かりましたので、運転が出来なくなりました。

毎年、検査を受ける度に眼底の写真を撮ってもらっています。視細胞が死んでしまった部分が黒い斑点のように見えます。写真を比べると病気がどのような進行して来たかが分かります。最初は小さなシミがいくつかあっただけだった黄斑部が、昨年撮った写真では黒い斑点に覆われていました。

夫の視野の中心部は、すでにほとんど何も見えなくなっていて黒っぽくなっているそうです。


例えば、上の写真の犬の顔を見ようとした場合は、下のように見えるわけです。実際には、視野の中心部が黒くなっているだけでなく、歪んでいたりぼやけたりしているそうですけど。


こういう状態なのにまだ文字が読めるのは、黒い部分の中に、まだ見える部分が所々に残っているからだそうです。焦点を合わせる位置を変えて視野をずらし、その見える部分を探しながら見ているのです。


そのまだ見える部分は徐々に失われています。視野の中心の黒い部分は、これから次第に大きくなって行くわけですが、外側はぼんやりとしか見えませんが見えますのでね、失明とは言っても真っ暗闇になってしまうわけではないのです。

自分でやってみると分かりますよ。今見ている視野の中心部を何かで隠してみてください。見ようとするものは見えなくても、視野の外側は見えますから、焦点を合わせる位置を変えると見たいと思うものが見えます。ぼんやりとですけどね。

ただし、ぼんやりとしか見えない視野の外側で文字を読むことは困難であることも、分かると思います。

そして、見たいものを視野の外側で見ようと目をあっちやこっちに動かし続けるのは、とても疲れることなんだそうですよ。

夫の母親が同じ病気なので、夫が将来どういう状況になるかは想像出来ます。夫の母は、何がどこにあるかをよく知っている自分の家の中なら、不自由なく歩き回っていますが、慣れない場所では誰かの介助が必要です。

母親には、目がよく見える運転の上手なパートナーがいますから移動には困っていませんが、うちの夫のパートナーは、めまいの問題がある運転が苦手な私ですからね、私達夫婦はこれから苦労するだろうと覚悟しています。

夫が最初に気がついた黄斑変性の症状は、ものが歪んで見えることでしたが、これまでに様々な見え方の異常を経験して来ました。部屋の中に煙が充満しているように見えると言ったこともありましし、薄暗い夕方になると足元が見えないとか、ブルーベリーアイスをチョコレートかと言ったり、色の見え方がおかしくなりました。

加齢に伴って起きる黄斑変性なら、種類によっては治療法があります。進行を遅らせることが出来ますので、ものが歪んで見えるといった見え方の異常がある方は、早めに診察を受けることをおすすめします。


お帰りの前に1クリックを!



2026年1月3日

裏切ったのは彼女だった

私はもう悲しんでいません。

いや、昨日も一昨日も悲しんでいたんですよ。将来のことを考えると涙が出ました。「食べることしか自分には楽しみがない」と悲しい顔で言った夫は、もうすぐ文字も読めなくなるんだと思うと気の毒で、とても同情しましたから。

目のせいで毎日大変な苦労をしながら仕事をしていて、長時間立ちっぱなしなので膝も痛いと言うし、それでも働けなくなるまで働き続けるしか無いと言うのを聞いて、経済的に夫に頼りっぱなしの自分を申し訳なく思いました。だから、ヨーロッパ旅行をしたいという私の夢は諦めるしか無いと思うと、それも残念で。

これから始まる新たな苦労を考えて、大晦日からずっと悲しんでいたんですよ。娘が話を聞いてくれた時には、目が腫れ上がるほど泣きました。

そんな昨日、うちの夫は仕事から早く帰って来たんです。前の日の超過勤務分を休むことにしたとかで。そして、どういう訳だか機嫌が良くて、声の調子も軽かった夫は、私に「電話した?」と聞きました。

昨日は、私の実家に妹達の家族が皆んな集まっていたんです。それで、夫は私が皆んなと電話で話をしたんだろうと思っていたわけです。

「しませんでした。電話なんてしたら泣きそうだったから」
「泣きそうだった?どうして?レンタルファミリー(映画)を観たから?」
「(何言っとるんじゃ!)違います。あなたが言ったことのせいです」
「え?ボク何を言った?」
「(はあ?)…」

「つらくなるようなことをいろいろ言ったでしょう」と私が言っても、夫は自分が何を言ったかを覚えていないようでした。

「こういうことを言ったでしょう」「ああいうことを言ったでしょう」「こんなことを言われたら私は傷つくし、悲しくなりますよ」と言うと、言ったことは思い出しましたけど、それが私にどういう影響を与えたかなんて気にもしていなかったのでございますよ。

何だそれ!

傷ついて損したわ。


そんなことよりもね、夫には早く私に話したくてウズウズしていた話があったのです。前日の元旦のことです。

元旦はオーストラリアでも祝日ですし、大晦日の夜に年越しパーティーをする人達は皆んな休みたいわけですよ。元旦に喜んで出勤するのは、祝日勤務手当が目当てのうちの夫くらいなもんです。

この日は最低人数のスタッフが勤務だったのですが、新人のスタッフが出勤しませんでした。だから人数が足りなくなって大変だったそうなんですけど、その出勤しなかった新人くんは昨日も出勤しなかったんだそうです。

「あなたのお店はねえ、そうやって突然休む人が多過ぎるのよ。その新人はもうクビね!」と私が言うと、夫は静かに首を振りました。理由があったんです。

その新人くんは、今年結婚を予定していて、婚約者の彼女と2人で家を買うためにお金を貯めていました。普段は家族と一緒に実家に住んだり、時々彼女が住む小さなアパートに泊まったりしながら節約に努め、仕事を頑張っていたそうです。

大晦日も仕事だった新人くんですが、仕事を終えてから彼女を驚かせようと彼女には知らせずに会いに行きました。そうしたら、彼女はアパートにいたんですけど、知らない男と一緒だったんですって。

新人くんは「ブロークンハート」(心が壊れたという意味)のため、翌日の元旦には仕事に来れなかったというわけです。そして昨日も来ませんでした。

新しく始めたこの仕事を頑張っていたのは、結婚と家を買うためでしたからね、お気の毒なことです。うちの夫も大変同情しています。立ち直ってまた仕事にやって来るか、このまま辞めてしまうかです。

それにしても、大晦日から昨日までずっと、私も「ブロークンハート」だったんですけどね、夫は私への同情や反省は無いのですよ。自分が言ったことが私を落ち込ませたことなど全く分かっていません。

言うことも態度もコロコロ変わる夫が言うことを、本気で聞いて深刻にとらえた私の失敗です。


お帰りの前に1クリックを!



2026年1月2日

今日は悲しい話題です

大晦日の水曜日、仕事が休みだった夫と映画「レンタルファミリー」を観に行きました。主演のブレンダン・フレイザーさんの誠実な人柄がはまり役で、映画はとても楽しみましたけど、涙が出るシーンが多かったです。

フィールグッドムービー(Feel-good Movie)すなわち「観た後に気分が良くなる映画」だと言われていますが、家族とか人とのつながりについて考えさせられる映画ですよ。

私は、この映画を観る前に気持ちが動揺していたので、余計に涙が出たのかもしれません。映画を見に行く車の中で、そして映画が始まる前に、夫の目のことについて話をしたのです。

うちの夫が遺伝性の黄斑変性「スターガルト病」で目が見えなくなって来ていることは度々話題にしていますが、夫は目のことをあまり話題にしません。聞いてもなかなか教えてくれないし、聞くと機嫌が悪くなることがあるので、私からはあまり聞かないようにしています。

夫から話してくれるのを待つしかないわけですが、一番最近聞いたのは、左目だけでは文字が読めなくなったということでした。

大晦日に話してくれたのは、最近目が痛いということです。チクチクと痛いのだそうです。夫の目は、網膜の黄斑周辺の視細胞が死んでいるので、視野の中心部分が見えなくなって来ています。ものを見る時には、特に文字を読む時には、細胞がまだ生き残っていて見える部分を探しながら見ています。それは、常に眼球を動かし続けているということなんです。

そのために、目が疲れるのはもちろんですが、痛みを感じるようになっているのだそうです。

最近はサングラスをかけることが増えました。サングラスをかけると視野が暗くなるのでものが見えにくくなるのですが、サングラスをかけないと目がつらいそうです。少しでも楽になるためと目の保護のために、見ることを諦めたと言いました。

しかし、仕事中はサングラスをかけるわけには行きません。コンピューターの画面や商品のラベルなど様々なものを、一日中ずっと見続けているわけです。小さい文字は虫眼鏡アプリを使わないと見えないので、毎日相当な苦労をして見ているそうです。

スタッフの中には、夫がいないところで夫の目のことを話している人もいるようで、仕事に支障が出ていることを誰かが会社の上の人や本部に報告している可能性があります。

ツールショップでの仕事が難しくなっていても、目が見えなくなって車の運転も出来ない自分に新しい仕事を見つけるチャンスは無いと分かっているので、今の仕事を続けられる限り頑張るしかないと夫は言いました。

いろいろと悲観的な話ばかりになりました。血圧や体重のことも話題になりましたが、今の自分には美味しいものを食べること以外に楽しみが無いとか、仕事が出来なくなって生活に困るようなことになったら「メルボルン大学に行くしかない」とも言いました。

「メルボルン大学に行く」というのは、死後に献体をするという意味です。夫はメルボルン大学に献体することを登録しているんです。生きて行く気が無いということですよ。冗談で言ったんでしょうけど、そんな事を言って欲しくないです。

この日は、夫が言うことに動揺してしまったので、映画「レンタルファミリー」で涙が出て困ったのでした。


仕事が出来なくなる時が近づいて来ていますから、収入が途絶えた後にどうやって生活して行くかを考えて、心積もりをしておかなくちゃあいけないと思うんですが、なかなかそういう話になりません。

経済的に夫に頼りっきりの私も無責任だと思いました。こういう状況で、また今年も日本に行きたいとかヨーロッパ旅行をしたいなんて言うのは、無責任過ぎますよね。貯金を旅行に使ってしまうわけには行きませんよ。

オーストラリアでは、老齢年金は67歳になったら受給できます。私が受給できるようになるまで、まだ2年あります。

「National Disability Services」(ナショナル・ディサビリティ・サービス)という政府の障害者支援事業があるんですけど、これに障害者として認定されても、夫が受けられるのは働き続けるためのサポートだけで、障害年金を受給できるわけではないと夫は言いました。

昨年1月の検査で撮ってもらった眼底の写真を見て、仕事が続けられるのはあと1年か2年だろうと私は思ったんですが、左目はもう見えなくなりましたから、右目があとどのくらい見えるかです。今月中に検査に行く予定なので、どのくらい進行したかが分かると見当がつくでしょう。

夫の両親や妹弟は力になってくれるはずだと思っていますが、何事も本人の前向きな気持ちが無いと上手く行きません。夫がまたうつ状態になってしまうことも心配です。

お正月早々に暗い話題ですみません。新年の抱負「日々の様々な小さな選択をより前向きなものにする」を忘れないようにして、頑張ります。


お帰りの前に1クリックを!



2026年1月1日

元旦に思う今年の抱負

皆さん、明けましておめでとうございます。

いよいよ2026年の始まりです。この「2026」という数字ですけど、すごいですよねえ。「ターミネーター」という映画がありますけど、軍事AIコンピューターと人類が戦っている未来から、人類抵抗軍のリーダーであるジョン・コナーの出生を阻止するために殺人サイボーグが送り込まれるわけですが、その未来って2029年の設定なんですよ。もうすぐです。

そんな話はともかく…

大晦日の夜には麺料理を食べることにしている我が家ですが、娘はラーメンを食べている写真を送って来ました。私は具沢山の「かけ蕎麦」を作る予定でしたが、「かけ蕎麦」は作りませんでした。

だって、うちの夫と映画「レンタルファミリー」を観に行って、帰りにスーパーに寄って「かけ蕎麦」の材料を買って家に帰ったら、うちの息子が晩ご飯を作っていたんですもの。

最近メンタルの調子が悪かった息子のことを私は心配していたんですが、その息子が、帰りが遅くなっていた私に気を利かせて、冷蔵庫にある物で晩ご飯を作ってくれていたのです。

だから「かけ蕎麦」を作るのは諦めたんです。ありがたく息子が作ってくれた物を食べました。白ご飯と卵のすまし汁、ニンジンとツナのピリ辛炒めと息子が自分のために買って来ていた冷凍餃子を焼いたのでした。

大晦日に麺料理を食べなかったのは初めてですが、前の晩に「冷やし中華」を食べたから、それで良しということにしましょう。


今日は元旦ですが、特別な感じはありません。うちの夫はいつも通りに仕事に行きました。今日はスタッフの多くが休みを取っているからスタッフが足りないとかで、朝7時から夜の7時までの12時勤務だそうです。

スタッフの勤務シフトを管理しているのは、店長職をうちの夫から引き継いだ若い新店長ですが、この人も今日は休んでいるそうです。

うちの夫は、しょっちゅう早番の出勤で遅番の終業です。いつも2時間ぐらい余分に働いているんです。警備会社からの緊急電話は今でもうちの夫にかかってくるし、スタッフはうちの夫に何でも相談して来るそうですし、「そんなんでいいのか…」と思いますよ。

さて、元旦には今年の抱負というのを考えるものですが、私は今年も「出来るだけたくさん楽しいことをする」を新年の抱負にしたいと思います。3年連続です。おそらくね、これからはもうずっとこれが生き方の目標になるでしょう。

「今年こそ何か楽しいことが起きますようにと祈る」みたいなことをブログに書いていた頃もあるんですが、ある時その考え方が間違っていると気がついたのです。

楽しいことは、起きるのを待っていても起きないんですよね。自分で起こさないと。

「出来るだけたくさん楽しいことをする」という目標があると考え方が前向きになって、「ちょっと気が乗らないな」とか「面倒くさいな」という思うようなことでも、「やってみるか」と考えることが出来ますから。

日々の様々な小さな選択をより前向きなものにして行きたい、それが今年の抱負です。


お帰りの前に1クリックを!