2018年1月5日

ポケモンGOで減量中

毎年お正月には、「新年の抱負」ということで、今年こそはこれを達成したい宣言をする人がいますけど、うちの娘が夕食の時にそれを皆んなにたずねました。

発言したのは私だけ。

私はですね、今年はメンタルを安定させ、もっと家の外に出る、住んでいる街以外の場所に行くことが目標であると言ったんですが。

他の誰も達成目標など発言しませんでした。

特に息子はビミョーな表情を浮かべておりまして。それを見たものですから、お母さんは「アンタの目標はとにかく一日も早く就職することでしょう!」と、思わず出かけた言葉を飲み込んだのでした。

そんな息子、ゲームのグラフィックアーティストになる夢を持ち続けるのはよろしいが、やはり仕事をして収入を得ることが大事です。昨年やった店舗の改築工事の仕事は、夫の勤める会社のツテがあったからできたものです。

いっこうに仕事探しなど始める様子のない息子。

人間モルモット(治験のアルバイト)に再挑戦すると言って、減量のために夜の散歩を始めたのですが、これがナント三日坊主にならずにずっと続いておりまして、人間モルモット再挑戦は本気のようです。

私「それにしても、運動嫌いのカイ(息子の名前)が、よく続けられわねえ。ウォーキングなんて最も退屈なのに!」
夫「ポケモンGOありがたいですねえ」

聞くところによると、いっとき世界中で大ブームとなったポケモンGOというゲーム。当時はスマホを持っていなかったひきこもり息子は、世間のブームからは取り残されていたのですが、昨年の11月、誕生日に夫の父親から iPhone をもらって、現在ポケモンGOにのめり込んでいるんですって。

21歳になってポケモン?

いいんですよ。ポケモンだろうが何だろうが、歩くことは健康には良いことなんだから。事実、店舗の改築工事アルバイトで大減量した後、着実に健康そうな身体つきになってきているし。

毎日昼前まで寝ていて、その後夜中まで絵を描いたり YouTube を見たりゲームをしたりする生活ですからね。身体を動かそうと思うだけでも大変よろしい。

お帰りの前に1クリックを!



2018年1月4日

したくないならしなくていいのか

元旦の朝、私は再び具合が悪くなりかけていました。

岡山の田舎に住んでいる高齢の両親に電話をかけなくてはいけないと思い、緊張と不安で心臓のバクバクが始まっており、深い溜め息と深呼吸を続けていたのでした。

ここのところがね、分からない人には分からないんだろうと思うんです。

実家の両親に電話をかけて「明けましておめでとう」と挨拶することが、なぜそれほどのストレス要因になるのか。

原因の分析をここに書き始めると大変な時間がかかりそうなので、それはしませんが。

とりあえず携帯電話に明けましておめでとうのメッセージだけは送りました。メールのように、顔を合わさず声も聞かず一方的なコミュニケーションなら問題なくできるのです。(それをコミュニケーションと呼べるかどうかは別問題。)

お正月には私が電話をかけてくるのを期待しているはずの両親。

その期待に応えるのは当たり前だ!
新年の挨拶は社会マナーの一つであって、しない方がおかしいのだ!
学校の先生をしていたような人間が、挨拶の電話一つできなくてどうする!
しなくてはならないことだから、しないという選択肢はないのだ!



しなかったら、親や妹達からどんなふうに思われるかなあ。
父親が怒って私を罵倒している様子が、目に見えるようだな。
歳をとった母はきっと心配しているだろうな、悲しいだろうな。



親を見捨てて外国に行ってしまった長女と、私を恨んでいるだろうな。



妹たちは私のことを何と言っているのだろうか。

怖い! 電話をしなくちゃ!

私は追い詰められて行きました。電話一つのことで。

ところがね、

冷静になって考えてみたら、

孫がいてもおかしくない年齢になったおばちゃんが、遠く離れた国に住む高齢の両親に電話をすることがストレスになって苦しんでいる図…というのが見えたのです。

ちょっと、おかしいじゃないの?

なんで、そこまで親のことを気にする必要がある?

日本の社会マナーというものにとらわれ続ける必要がある?

したくないなら「しない」という選択が、なぜできない?

こうして、朝からずっと元気が出なかった私は、

電話をしなかったのでした。

心の奥に、

「ああ、恥ずかしい…」

という気持ちがあります。

「私って非常識だな…」「電話一つ出来ないなんて情けない…」

と考えてしまいます。

とにかく当たり前のことと社会的に認識されていて自分でもそう考えることが「出来ない」とか「しない」と選択することは、大変難しいことです。

慣習とかしきたり、一般常識、世間体、周囲の期待、いろんなものにとらわれた生き方からなかなか自由にはなれません。その社会を離れて生きているのに。

正月とは関係なく、母に電話をしてみようという気持ちになれたら、その時に電話します。

お帰りの前に1クリックを!



2018年1月3日

休まないで歩け?

昨年のカレンダーを片付けながら、

「2017年は早かったねえ」
「そうねえ、365日あっという間に終わっちゃったねえ」

と言った途端、私の頭の中では水前寺清子さんが「365歩のマーチ」を歌い始めていました。

あの有名な歌は、子供の頃に耳にタコができるくらい聞き、自分でも歌っていましたからね、1番の歌詞くらいは今でも覚えていました。
幸せは歩いてこない だから歩いてゆくんだね
一日一歩 三日で三歩 三歩進んで 二歩下がる
人生はワンツーパンチ 汗かきべそかき歩こうよ
あなたのつけた足あとにゃ きれいな花が咲くでしょう
腕を振って足をあげて ワンツー ワンツー
休まないで歩け…
えっ?

休まないで歩け?

なんだそれ〜!

休まないで歩いちゃダメよ。

休みながら歩かないと苦しくなっちゃうじゃないの。

休みながら、よそ見をしながら、自分のペースで行けばいいのよ。時には脇道にそれてもいいんだし、そっちの方が面白そうだったらそっちへ行けばいいの。最初に決めた目的地へ必ず行かなくちゃあいけないなんてことはないんだからね。

脇道にそれずに早く目的地に着くのが良いことでもなければ、それができた人が優れているわけでもないのよ。

途中で歩き進むのが困難だと思ったら、引き返してもいいのよ。

歩き続けるのがつらくなったら、歩くのを止めてしまってもいいんだからね。その場に留まってそこで生きていくという手もあるんだし。そのうちに、また歩きたくなったら歩けばいいの。

決まりなんてないし、そもそも歩かなくちゃあいけない理由もない。

何のために歩くの?

人は皆んな歩くべきだと感じているから歩くのなら、何故歩くべきだと感じているのかを考えてみましょう。

誰かがそう言ったから?

歩かない人間は怠け者とでも思ってる?

貴方が歩きたいと思っている場合は、どうぞお歩きなさい。走りたくなったら走ったってかまわないのよ。長距離を走ることが得意な人もいるんだしね。

でもね、

歩きたいと思っていないのに歩く必要はありません。

休みたいと思っているのに歩き続ける必要はありません。

戻りたいと思っているのに進み続ける必要はありません。

歩いている道が自分にはきつ過ぎたり、退屈過ぎたり、自分に合わない道である場合もあるんだから、そういう時は立ち止まってよく考えてみましょう。

そして、次の行動は「前に進み続ける」ではなくてもいいのですからね、よく考えて自分で決めましょう。

お帰りの前に1クリックを!



2018年1月2日

夜遅く犬が吠えた理由

先日、夜もふけた頃、北隣の家族が飼っているロティーという名前の犬が突然吠え始めました。

明らかに最高警戒レベルの吠え声で、ワンワンじゃなくてグワングワンと凄まじい。ロティーが吠えるせいで、東隣のテイラーさん家の犬も道路向こうの家の犬も吠え始めました。

ロティーの吠え声の大きさから、彼は生け垣の我が家側まで出て来て吠えているらしいことが分かりました。

そのうち、唸り声も混じり、狂ったように吠え始めました。

ああ…

またカンガルーが来てるな!

最近、本当によく来るんです。

翌朝、洗濯物を干しに外に出た時に驚いたのですがね、ざっと数えただけで23ヶ所に残された落とし物(うんち)。相当大きな群れが来ていたものと思われます。(少し古いのもありました。)

そして、

あまりにその量が多いから、

臭いのなんの!

洗濯物干し場の周囲には特にたくさんあって、洗濯物を干すのがためらわれるほど臭くてね。

うっかり歩いていると踏んでしまうし。

困ったなあ…

と思っていたら、元旦の朝、うちの夫が久しぶりに草刈りをして、カンガルーのうんちは草と一緒に粉砕されて飛び散った模様です。

とりあえず、踏んでしまう危険はなくなったけど、

気持ちは複雑。

その後、全てが粉砕されたわけではなく、元の形を残したままそこら中に飛び散っていることを発見! 

もう乾燥しちゃって硬くなっているるけどね。

お帰りの前に1クリックを!



2018年1月1日

2018年は爆睡でスタート

皆さま、明けましておめでとうございます。

この一年が、皆さまにとって良い年でありますようにお祈り申し上げます。

さて、昨夜は散々な大晦日でした。我が家の北隣の家族がですね、またパーティーをやっていたのです。ニューイヤーズ・イブのパーティーは、音楽と踊りがつきもので、まさかバンドを呼んでいるのか自分たちがバンドをやっているのか、カラオケにしては音楽がライブっぽいし、音楽の音量がすごかった。

かなり大勢集まっている様子で、人々の声もゴーッとかウォーッとかワァーとか非常に盛り上がっておりました。

大変に広い敷地のお隣さんですが、パーティー会場の後ろの生け垣のすぐ裏に我が家があって、生け垣に一番近い部屋は私の寝室であるということを知ってもらいたいものだ!

しかし、その騒音で眠れないということはなかったのです。

実はね、昨晩、キャット・スティーブンス(Cat Stevens)改めユスフ・イスラム(Yusuf Islam)のドキュメンタリーを見たもので、その後 YouTube で懐かしいキャット・スティーブンスのヒット曲の数々を聞いているうちに11時が過ぎてしまったのです。

「おっと、もうこんな時間か。早く寝なくちゃ!」

急いでシャワーを浴びて(なぜ急ぐ必要があるのか?)電気を消してベッドに横になっていると、突然「地響きのような轟音」が遠くから聞こえてきました。

花火か? 年が明けたのかな?

時計を見ると、12時3分。

メルボルンなどで花火を上げているのだろう…



はっと目が覚めて、「あれっ、今寝てた?」と思って時計を見ると、何と4時37分。

寝てたわ、睡眠薬を飲まなかったのに…



はっと再び目が覚めて、「あれっ、私また寝てたわ」と思った時には、ブラインドの隙間から青空が見えており、時刻はもうすぐ8時。

8時!

どうしたの、私!

睡眠薬無しで、どうしてこんなに眠れたワケ?

脳みそというのは、本当に不思議なものですね。本当に、私ったら、突然どうしたんでしょうか?

まあ、何はともあれ、爆睡は健康回復の証ですからね。今朝はこうしてブログを書いていても、心臓がバクバクしていないし緊張していないのが自分でも分かるから。

2018年、大変良いスタートでございます。

お帰りの前に1クリックを!