2021年8月14日

ごみ屋敷ガレージの今後

車が3台は入る広さの我が家のガレージは、長年ごみ屋敷状態です。

少し前までは足の踏み場もない危険な場所でしたが、ガレージ内に置いている衣類乾燥機を安全に使えるようにするために、乾燥機の周辺だけは私が掃除と整理整頓をしたので、今では少しマシになっていますけど、物で溢れかえっているのは相変わらずです。

ごみ屋敷状態になっている原因は、単純に夫の持ち物が多過ぎることと、そうした持ち物を片付けないからです。

出したら出したまま、開けたら開けたまま、使ったら使ったまま、そういうことを何年も繰り返すとそりゃあ散らかりますよ。

あとね、うちの夫は親切な人ですから、知人が始末に困っているものがあると聞くと、「ボクが処分してあげましょう」「ボクがもらってあげましょう」「ボクが買い取ってあげましょう」と言って、我が家に持って帰るんですよ。

もうそういう事は出来ませんけど。

それから、道具が大好きな人が道具を売っている店に勤めているんですからね、ついつい買っちゃうというのもあるのでして。

そりゃあもうホントにね「一体どうする気よ!」と呆れるほど大量の道具を持っています。

木工関係の書籍も大量に持っています。本に関して言えば、木工関係だけではありません。小さな図書館が作れるくらいの大量の本が、我が家にはあります。本を買うのを止めたら家が買えるぞと友人達によく冷やかされたものです。

このごみ屋敷ガレージにあるものをこれからどうするか、夫は考えたそうです。

このまま放ったらかしにし続けて、いつか自分が死んだら、ガレージにあるお宝はガラクタと一緒にごみとして処分されてしまうに違いない。

それはもったいないし悲しすぎる!

と思ったんだそうで、

そうした道具類は、それらを活用することができる趣味や仕事をしている知人に声をかけて、買い取ってもらえるものは買い取ってもらい、使ってもらえるものは差し上げることにしたそうです。

木工関係の書籍は、売ったとしても大したお金にはならないし、お金にするよりも誰かに譲りたいそうです。図書館に寄付するという手もあるでしょう。

道具にしても本にしても、いずれ目が見えなくなるうちの夫には宝の持ち腐れですからね。思い入れのある道具を手放すのは悲しいでしょうけど、仕方がないのです。使わないのに持ち続けても意味がないですから。

視力は確実に悪化してきているようなので、覚悟を決めたのでしょう。

決めた以上はちゃんとやってもらいたいですよ。実際にはお宝よりもガラクタの方が多いので。

ちなみに、ガレージに置いていた衣類乾燥機は死んでしまい掃除は無駄になったんですが、あの掃除で「キレイで使いやすいワークショップは良いものだ」ということを実感したうちの夫には、少なからぬ影響があったものと思われます。


ごみ屋敷状態はガレージだけではなく、夫のデスクもそうでした。

夫のデスクは私が苦労しながらも定期的に掃除をしていたのですが、もう何年も前にあきらめました。物がありすぎて掃除が不可能になりまして。

デスクもガレージと同じ理由であのような筆舌に尽くしがたい状態になってしまったのでございますが、このデスクが現在は片付いているんですよ。

理由はノートパソコンの画面が見えなくなって来た夫が、大きなモニターを置くために片付けたからです。片付けたと言うか、デスクにあったものをゴミ箱に入れたと言った方が正確ですけど。

片付いたデスクに掃除機もかけてキレイにし、大きなモニターで見やすくなって仕事もはかどり、気分が良かったのでしょう。これから少しずつ持ち物を減らし、不要なものを処分していくそうです。

やっとそういう気になってくれたのは嬉しいですけどね、きっかけは目が見えなくなって来たからというのは、やはりちょっと可愛そうな気がします。

トラックやトレーラーはどうするんでしょうかね。もう乗る人はいませんよ。


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2021年8月13日

入院4日目に退院

入院4日目の朝は、目が覚めた時に病室内がほとんど回転していないと気づきました。

見る角度によってはほぼ普通に見えたし、おトイレにはもう完全に自信を持って一人で行けるようになっていましたから、この日のうちに家に帰れると確信しました。

医者からは、入院は家に帰っても大丈夫だと自分で心配を感じない状態になるまでだと聞いていましたしね。

病院にそのままいても家に帰ってもすることは同じなんですよ。薬を飲んで安静にしていることだけです。私の場合は、家に帰っても世話をしてくれる人がいるわけですからね、病院にいた方が良い理由はありませんでした。病棟は騒々しくて眠れないし、私は家に帰りたかった。病院としても、家に帰ることが出きる患者は帰す、入院期間はできるだけ短くする方針です。

家に帰るためには、歩行状態のアセスメントでOKをもらわなくてはいけません。

前日にリハビリを教えてくれた理学療法士の方から借りた杖(ウォーキングスティック)を使いながら、壁や手すりにつかまらずに廊下を歩く練習をしましたら何とか歩けました。

これならもう絶対に家に帰れます。

早くお医者さん来てちょうだい!

それに、この日の朝は吐き気が無くなっていたので、ついに朝ごはんを食べることができたんですよ。

と言いましても、オーストラリアの公立病院で出される食事に期待してはいけません。

朝ご飯は、ゴルフボールよりも少し大きいくらいの小さな丸いパンが1個とコーンフレークとミルク、カップに入ったお湯(これにティーバッグなりインスタントコーヒーなり入れて飲む)と小さく切ったフルーツのシロップ漬けみたいなの。それだけでした。

それだけでも、食べることができて力がみなぎるようでしたよ。

回診には前日歩行状態のアセスメントに来た男性医師と女性医師との2人が来ました。

元気一杯を演じる私は、おトイレまでなんてヒョイヒョイと問題なく歩き、廊下も杖を使いながらですけど「家にはこれとよく似た杖を持っているんです!」と言いながら、壁につかまらずに廊下の向こう側まで行って帰り(結構無理をして頑張っていたんですけど)、即退院許可が降りたのでございました。

それから1時間後には、いつでも帰ってよろしいということになりました。

この日はうちの夫が仕事が休みで家にいたので、息子が運転する車で二人で迎えに来てくれました。玄関までは車椅子で運ばれました。

家に帰ってから服用しなくてはいけない薬は、いつも薬を買っている薬局に寄って買いました。病院の薬局でもらうと待ち時間がすごいことになりますので。


こうして退院したわけですけど、支払いはゼロでした。

オーストラリアの公立病院での治療は、基本的にすべての国民に対して無料で提供されています。だから、大変なんですよ。医療サービスに莫大な費用がかかりますから予算を削られて、公立病院の数は減らされ、待ち時間がすごいことになっているわけです。

新型コロナの感染者が増えれば、すべての感染者を平等に受け入れて無料で治療するのですからね、感染者が増えると公的医療制度はたちまち破綻してしまいます。

オーストラリアで感染抑制のために非常に厳しい規制とロックダウンが繰り返されている理由の一つがこれです。感染者を出すわけにはいかないのですよ。

とにかく、

私は入院4日目に家に帰ることができたのでございました。

案の定、この話は前回救急車で運ばれた「キッチン転倒顔面強打事件」以来のかつてない面白いストーリーということで、夫はいろいろな人に喋りまくっていました。

別にいいですけど…

しかし、「何かできることがあったらいつでも何でも言って」と助けを申し出てくださった人が大勢いたのも喋りまくったおかげと言うか、ありがたいことです。

ほら、あれですよ、うちの夫が視力のせいで車の運転ができなくなったという「お気の毒な話」の直後のもう一つの「お気の毒な話」ということで、皆さんの同情を集めているというのがあるんじゃあないかと思うんですけど。

とにかく、回転する目まいは消えました。

ふらつきが残っていますが、毎日少しずつそのふらつきも良くなって来ています。

もうすぐ、うちの夫は新しく開店する店舗に勤務し始めますので、早く治って運転ができるようにならないといけません。でも、今回の件で、息子が再び運転をするようになったので、夫の送り迎えを息子に頼めるようになると思います。あるいは、夫はもっとバスを利用することも考えるでしょう。

晩ご飯作りは、仕事で帰宅が遅くなることが多い娘に代わって、息子が担当しています。

先日は、なんとかき揚げ天ぷらを作りましたよ。ざるうどんとかき揚げ天ぷらの晩ご飯でした。一昨日は、いんげんの胡麻和えと塩鮭を焼いたのとお味噌汁とご飯。このお味噌汁は百点満点の出来でした。

息子は私のレシピサイトを見ながら作っていますから、基本的に私が作る料理の味です。

何となく毎日部屋にこもっていた息子が、必要に迫られて運転を再開し、掃除洗濯、晩ご飯作りに後片付けと、大活躍なんですよ。家族からも有難がられていますから、本人も気分が良いのでしょう。昨晩は豚肉と豆腐のピリ辛そぼろを作りながら、歌を歌っていましたからねえ。

私が病気になると息子の自信アップにつながるから、ヒロコはもっと病気になった方が良いと夫は言っています。

何だそれ…


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2021年8月12日

入院3日目に突入

入院2日目の夕方、いくら何でも家族に連絡を取らなければいけないと思い、かばんに入っているはずの携帯電話を看護師の方に頼んで探してもらいました。

朝からかばんの中で iPhone が音を立てていたので、かばんに入っているのは確実でした。ところが、そのバッグは以前うちの夫が仕事で旅行する際に使っていた小さめのスーツケースでして、やたらにたくさんのポケットが付いているので携帯電話はなかなか見つからなかったのです。

「携帯電話は無いですねえ」
「音がしていたので絶対に入っているはずなんです」

看護師さんは手を突っ込んで探していましたが、なかなか見つからないので、中に入っているものを取り出しながら探し始めました。

そうしたら、

あっ!

「ワインが入ってる!赤ワインが1本入っていますよ、ヒロコさん!旦那さん、どうしてワインを入れたんですか!」

何だそれ!

後から分かったことですが、先日うちの夫が車の運転をやめた後、当時勤めていた店舗が家から遠かったために伯母さんの家に数日泊めてもらったのですけど、その時そのかばんを使ったんですよ。そして、そのワインはその時に伯母さんから頂いたものだったのです。

使ったら使ったまま、片付けないで放ったらかしていたかばんに大急ぎで私の着替えを詰めたので、頂いたワインがそのまま入っていたということでした。

かばんにワインが入っていたという話は、看護師の皆さんに大受けでしたけど。

さて…

非常に騒々しかったカーテンだけで隔たれていた短期滞在患者用の部屋から病棟の個室に移って静かになるかと思ったら、この脳神経科の病棟は大声を出す人や大きな音でテレビを見続ける人や大いびきをかく人や重度の病気で咳き込む人や、いろいろな患者さんがおられてですね、うるさくて全くゆっくり休むことはできなかったのです。

これはもう何としてでも早く家に帰りたいと思い始めました。

そして3日目の朝。

目まいはさらに軽減していて、ベッドに横になっている限り、右側を見た時だけは見えるものが回転せずに普通に見えることに気づきました。

MRIの結果を見て医者が3人やって来ました。一人は前日から治療をしてくださっていた女性医師で、もう2人男性医師もやって来ました。

私の目まいの原因は、右側の前庭神経炎、すなわち平衡感覚のコントロールをしている内耳と脳をつなぐ前庭神経の炎症だそうです。何でそんな所に炎症が起きたのか分かりませんが、今思えば先月右耳の奥に違和感を感じたことがありました。チクチクするような感じがありました。

前庭神経炎の特徴として、
  • 激しいめまいは数日続くけど日に日に改善する
  • 大きな目まいの発作は一度きりで繰り返さない
  • 目まいが治った後もふらつきが残る
  • 難聴や耳鳴りなど聴覚の問題は伴わない
というのがあるそうです。

激しい目まいは繰り返さないというのは安心ですが、目まいが治った後もふらつきが残るというのが心配です。現在じっとしていると目まいはほとんど無いのですが、ふらついて普通に歩くことはできない状態です。

治療は薬物療法とリハビリだそうです。

炎症を抑えるためのステロイド薬とステロイド薬から胃腸を保護する薬、それから目まいと吐き気を抑える「抗めまい薬」の3種類の薬を飲んでいます。

前庭神経炎では、ふらつきが数年にわたって続くことも少なくないそうで、そのためにふらつきを改善するリハビリを行います。この運動も指導してもらいました。

家に帰りたいという私の希望を聞いて、3日目の午後、判断のために男性医師の一人が私の歩行をチェックしにやって来ました。

その頃には、私はもうおトイレくらいは結構自信を持って一人で行けるようになっていました。

「じゃあヒロコさん、廊下を歩いてみてください」
「え?廊下を?」
「どうかしましたか?」
「ええその…廊下はちょっと…おトイレなら行けますよ」
「どうして廊下はダメなんですか?」
「何かにつかまらないとちょっとアレなので…」

それでも、なんとかこの日のうちに家に帰りたい私は頑張りましたが、やはりふらつきがひどいので何かにつかまっていないとバランスが取れません。

そこに通りかかった一人の看護師。前日におトイレに行くのを手伝ってくれた人でした。

「何やっているんですか?」
「ヒロコさんが家に帰っても大丈夫かどうかのアセスメント」
「こんなにフラフラなのに無理でしょう!」
「いや、ものにつかまれば動けるんですワタシ」
「つかまるものがなかったらどうするんです!転んで怪我をすると大変ですよ!」
「そうですよねえ、こんなにフラフラじゃあちょっとまだ無理ですよねえ」
「せめてもう一晩入院してください!」

がっくりです…

入院3日目も夕方が近づき、髪の毛はベトベト、身体も臭くなってきていましたので、看護師さんに助けてもらいながら椅子に座った状態でシャワーをしました。ハンドソープを付けて頭を洗いました。

そうしたら、このシャワーで無理をしたせいか吐き気がぶり返し、やっと食欲が出てきて2日ぶりに何か食べられると思っていたのに、再び何も食べられなかったのでした。

入院以来ずっとほぼ絶食状態が続いていました。

この日の夜は、いつも以上に病棟がうるさくて、大声で叫ぶ人や騒ぐ人がいて、夜中の院内放送も度々あってほとんど眠れず、私は4日目には絶対に家に帰ると決意したのでした。

(つづく)


現在は食欲が戻り、一度に食べられる量も増えてきていますが、水曜日に具合が悪くなってお腹にあったものをすっかり吐き出した後、2日以上ほとんど飲まず食わずだったでしょ?

その後少しずつ食べられるようになったと言っても、私が食べたいものは果物と甘いものとスープというわけでして、おまけに一度にお腹に入れられる量がしれているという状況では、身体に劇的な変化が起きますよ。

何が驚いたかって、もうね貴方、脂肪が落ちたと言うよりも筋肉がごっそり落ちたことです。

特に自分でも驚いちゃったのが脚でして、大腿部からお尻のあたりに触れたみたら、

骨しか無い!

というのは大げさですけど、実際そんな感じだったんです。

歳を取るとアレですか、病気になると脚の筋肉から落ちていくとか?

体重が減って嬉しくなかったのは初めてでした。


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2021年8月11日

恐怖の高速回転目まいで入院へ

バスルームの冷たいタイル床の上に倒れたまま数十分が経過して、すっかり身体が冷え切っていた私ですが、意識はずっとあって、絶え間なく襲ってくる吐き気と闘っていました。

目を開けると何もかもが超高速回転して見えるので目を開けるていることができず、起き上がることもできず、毛布をかけてもらっていましたが、ずっと冷たいタイル床に直に寝転んでいたので大変寒かったです。

やっと救急隊員がやって来た時には、本当に安堵しました。ところが、同時に気になったのが、

隊員の大声!

リーダー格の隊員は、お酒でも飲んでいるのかというくらいの大声で話し、狭いバスルームに入って来てからもその大声で話し続けるので、頭に響いて私は苦しかったのですよ。

「あなたは声が大きすぎる…」
「私は自分の仕事をしているだけです」
「もう少し静かに話して…」
「バスルームにいるんだから大きく聞こえるのはあたりまえです」

何だその態度!

話し方にも苦しむ患者への思いやりが感じられない!

大声を遮ろうと耳を覆っていた私の手を払い除けて体温を測ったり、することが乱暴過ぎ!

目まいを軽減する注射を腕に打つのにも、あまりの痛さに呻く私に「この注射はゆっくり打たないといけませんから仕方がないですよ」と、言うことがいちいち冷たい!

目のチェックをすると言って私の頭を持ち上げるのもね、

もう少し優しくやれるだろうが!

「おお、すごい眼振!」「はいはい、これはもう典型的な眼球の横揺れで、すぐ入院しなくちゃあダメです!」

こういうことをね、ずっと大声で言っているんですよ。

結局この隊員の顔を見ることはできませんでした。目を開けることが出きなかったのもありますが、顔を見てやろうと思って根性で目を開けても、焦点が合わないので認識できなかったんです。

とにかく、そのままの状態では担架に乗せることもできませんでしたから、注射の効き目が出て少し目まいと吐き気が落ち着くのを待ちました。

ところが、

この隊員がうちの夫がツールショップのユニフォームを着ているのに気づきまして、なんとツールの話を始めたんです。なんでも特別な道具を探しているらしくて。ツールに関することで相談されたら親身になって相談に応じるのがうちの夫じゃないですか?

そういう道具ならドコソコの街にあるナントカという店が最も良いとか、延々とツール話で盛り上がる男達。

こらあ!私はここに倒れて苦しんでいるんだよ!

あの隊員の名前が分かったら、レビューで低評価してやるんだけどなあ。

床に倒れたままだった時には、もう吐くものも何も残っていないですし吐き気は落ち着いていたのですけど、救急車まで車椅子にストラップで縛られて連れて行かれまして、その動きが吐き気を引き起こしましてね、何も出てこないんですけど空嘔(からえづき)をし続けるという非常に苦しい状況でボックスヒル病院に運ばれました。

我が家からボックスヒル病院までは、15分もあれば行けるはずなのに結構時間がかかりました。救急車の振動や動きで吐き気が悪化して、道中悶え苦しみました。

そしていつものように、病院に着いてもすぐには診てもらえません。

オーストラリアの公立病院は、数が少ない上にスタッフも足りていないので、いつでも忙しくて待たされるんです。

私は救急車から降ろされてから、廊下で相当な時間待たされました。その間、目はずっと閉じたまま。目を閉じていても頭はクルクル回転していますが、つらいのは目まいよりも吐き気の方でした。

やっと救急治療室に運ばれて、その大声の救急隊員とおさらばです。

診察した医師から後で聞いた話では、その時の私の眼振は本当に相当ひどかったそうです。でも医者は、あの大声救急隊員のように「うわあこれはひどい!すごい眼振だあ!」なんて叫びませんでしたよ。

「ヴァーティゴ(Vertigo)」と呼ばれる回転性の目まいの原因はいくつかあります。医者は耳石が原因となっている可能性を念頭にいくつかの治療を試みました。

頭を特定の順番で特定の方向に傾けることで、三半規管に入り込んだ耳石を外へ出す治療を何度か行いましたが、効果はありませんでした。

救急隊員が打った注射も効果がなかったので、別の薬の服用しました。

しばらくしてから救急治療室から短期滞在患者用の部屋に移されました。入院することになると分かっていましたから、うちの夫が着替えをかばんに詰めて持って来てくれたのですが、夫は車の運転ができませんから、息子が運転するしかありません。

うちの息子はもう相当長い間車の運転をしていませんし、最近は何事にも不安が強くて外出も運転も避けているんですけど、それはお尻が痛いからと言い訳もしますけど、今回はもうそんなこと言ってられませんからね。

暗い夜の道を運転して、行ったこともないボックスヒル病院まで、助手席にうちの夫を乗せて運転してくれたのです。二人とも病院内に入ることはできませんでした。新型コロナのせいで患者以外の家族は病院の中には入れません。

短期滞在患者用の部屋のカーテンの仕切りの中で一夜が開け、朝が来ました。

朝になってもまだ目に見えるものは激しく高速回転し続けていて、吐き気が続き、服用した薬も吐き出す有様でした。

再び頭や身体の位置を動かして耳石を外へ出す治療を行いましたが、やはり何の効果もありませんでした。

原因を調べるためにCTスキャンをすることになりました。ところが、私はいろいろアレルギーがありまして、CTスキャン直前の問診の際に、以前頭痛がひどくてCTスキャン検査を受けようとした時に造影剤を注射し始めたら痒くなって検査を中止したことがあると言ったら、検査は即中止となってしまい、再びベッドに戻されました。

行ったり帰ったり、動く度に吐き気が悪化するので大変でした。

もちろん何も食べることはできず、水もほとんど飲めない状態が続いていました。飲んだ薬を吐き出すので、別の吐き気止めの薬も飲みました。

心配しているであろう家族に連絡を取らなくてはいけないとは思っていたんですけど、目が回って苦しくて動けないので、バッグの中で音を出している携帯電話を取り出すこともできないのでした。

2日目の夕方近くになってやっとMRIをしました。

その後、病棟の脳神経科の階に移されました。部屋は個室で、ベッドのすぐ近くにバスルームがありましたので、看護師の手を借りておトイレに行けるようになりました。

スキャンの結果は翌朝医師から伝えられることになりました。

吐き気がおさまり、目まいも少し軽減したので、家族に連絡を取るために看護師に頼んでバッグに入っているはずの携帯電話を探してもらいました。

ところが、携帯電話はなかなか見つからず、代わりにとんでもないものが見つかったのです。

(つづく)


伏せっていた数日の間に辺りは急に春めいて来ました。

木々には花が咲き、新芽も出始めています。

しかし、あの向こうに見えるどんぐりの木(オークの木)ですけど、もう春が来てしまったというのにあんな有様。


あの木はね、通常なら秋にちゃんと紅葉して、冬には葉っぱが落ちるんです。どんぐりの木なんですからね。

ところが、今年はまだ紅葉が進んでいない。

上の辺りが少し赤くなりかけているだけで、緑のまま。落葉もしていないのに春が来てしまって、これからどうするんですか?

春の到来を告げるはずのワトルの木は、現在至る所で満開ですが、上の写真右側に写っている我が家のワトルの木は、今年もボケて夏の終わりから花を咲かせ始め、その後ずっと少しずつ咲かせ続けて来たせいで(今でも少し咲いていますけど)もう蕾が残っていません。

うちの近所にある街路樹なんてね、紅葉もできていないうちに花を咲かせ始めて、おまけに新芽も出し始めて、緑の葉っぱと紅葉した葉っぱと枯れた葉っぱと花と新葉がごっちゃ混ぜという「四季混在状態」になってしまい、非常に見苦しい状態でしたよ。

気候の変化で草木がボケてしまっているんです。

現在8月。メルボルンは暦の上ではまだ冬ですが、外に出ると花の香りでいっぱいです。


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2021年8月10日

それは早朝に始まった

私は、車の運転ができなくなったうちの夫の運転手をやっておりますが、水曜日の朝は6時半過ぎに家を出て、夫が勤めているツールショップに送って行きました。

運転中、突然大きな地震か何かが発生して車が揺れ始めたように感じたのですが、もちろん大地震など起きておりませんで、私は目が回っていたんです。

時々目が回ることについては、先月「めまいの原因はいろいろありすぎ」という記事にも書いたとおりなんですけど、目まいがするのは朝が多くて、時には頭が回転しているような強い目まいがして平衡感覚がおかしくなります。

パソコンの前に座っているだけで頭がくるくる回ったりするとちょっと怖いですけど、そういう強い目まいは時々起きるだけですし、しばらくじっとしていれば消えます。

目まい以外の症状はありません。吐き気もしないし耳鳴りがするとか聞こえにくくなるということもないし、頭痛もしないし。老化のせいだろうくらいに思って医者に相談することもしていませんでした。

自己診断で三半規管に入った耳石のせいか何かなんだろうと思って、インターネットで見つけた目まいを軽減する運動などをやってみたりもしていました。

ところが、

水曜日の朝は、平衡感覚がおかしくなるような強い回転性の目まいが運転中に起きたもんだから焦ったのですよ。

揺れる車を安定させようと思わずハンドルを動かして自分で車を揺らしてしまっているという状況で、これは危ないと思いましたから直ぐに速度を落とし、とにかく真っ直ぐに運転するようにしました。今思えば停車するべきだったでしょう。

運転していた道は、住宅地の中の道で交通量は普段でも多くないのですけど、朝早い時間帯だと車はほとんど走っていませんから危険は無かったですし、しばらくすると目まいは消えたのです。

最近時々目が回るということを知っていたうちの夫も、私が速度を落としてノロノロ運転するものだからびっくりしていました。無事に夫をツールショップに送り届けた後は、特に問題はなく帰宅しました。

ところが、

この日はその後も度々頭がくらくらするものですから、GP(一般開業医)に予約を入れようかと何度も思ったのですけど、午後になってくらくらする頻度が上がって来たので、これはもう医者に相談するしか無いと思いました。

誰かに連れて行ってもらわないと行けませんから、家族が帰ってきたら相談しようと思いまして、早めに晩ご飯のカレーライスを作り終え、オリンピックを見ながら編み物をしていた夕方の5時過ぎ、頭のくらくらはだんだん激しくなって回転の速度も上がり、ここに至ってやっと思ったんです。

これはヤバいかも…

ちょっとベッドで横になろうかとふらつきながら寝室に向かっていた時です。突然視界がフル回転し始めました。

激しく揺れる船の上でクルクルと回転して目を回しているというような状況です。普通に歩くことはもちろん、立っていることもできません。見えるものがビュンビュンと回転して、焦点が合わないので、何もまともに見えません。

うわあ、なんでこんなことになる!

と思った瞬間に吐き気が襲ってきました。

壁や家具にぶち当たりながら何とかバスルームにたどり着き、そこで嘔吐しました。嘔吐も1回や2回では終わらないんです。

そこへ、物音を聞きつけた息子がやって来ました。

うちの息子は未だに2回目の痔の手術の順番待ちをしていて、毎日部屋にこもっているような暮らしです。引きこもりが長引いて外に出て行くことに不安を感じるようになっておりますもので、ますます毎日家に閉じこもるという暮らしになっているんですけど。

バスルームでゲボゲボと吐いている私を見つけた息子は「大丈夫か」と聞きました。

この時点で、私の体力はアウト。

視界が高速回転しておりますので、目を開けてもいられないんですけど、目を閉じていても目は回っているんです。

立っていられなくなって床に倒れました。

激しい吐き気に襲われておりましたので「ここで吐いたら掃除が大変だ」と考えた私は、息子にキッチンのボウルを持って来させそのボウルに吐いたんですけど、過呼吸のために身体が麻痺してしまい、意識が遠のく感じ。

この危機的状況で、息子のアドレナリンが全開しました。

お母さんがぶっ倒れているんですからね、不安がどうのこうの言っていられないんです。頼りの妹も父親もいないんですから、自分がやるしか無いんですから。

火事場の馬鹿力みたいなもんですよ。

息子は、まだツールショップにいた夫と相談の上、救急車を呼び、電話の向こうの看護師とコミュニケーションを取りながら、冷たいバスルームのタイルの床に倒れている私にブランケットを掛け、クッションやタオルを持ってきて来れました。

私が吐く度にそれを捨てて、ボウルを洗ってくれました。

そうこうしているうちに、夫があっという間に帰宅。勤め先が家から近いというのはこういう良いことがありますね。通勤ルートを遠回りして車に乗せてくれている元オーストラリア軍兵士のJさんが、夫を家に連れて帰ってくれたのです。

私の世話は息子が、車庫の車を動かしたりして救急車がアクセスしやすいようにするのは夫が。そのうち懐中電灯を持って家の外をバタバタする夫の姿を見たお隣りのテイラーさんが出てきて事情を知り、雨の中懐中電灯を手に道路脇に立って救急車を待ってくれたそうです。

しかし、救急車はなかなか来ない。

待てど暮らせど来ないのよ〜!前回もそうだった…)

救急車が到着するのに30分はかかったと思いますよ。

冷たいタイルの床に倒れたまま、身動きできない私は「心筋梗塞とか脳卒中とかだったら確実に死んでるな」と何度も思いました。

やっと来てくれた救急隊員は二人とも男で、そのうちのリーダー格の隊員が困った人だったんですけど、その話はまた明日。

(つづく)


ここまでミスタイプの連続!

回転性の目まいはほぼ消えたんですけど、ふらつきがまだひどいのでタイプしている時に間違ったキーを押してしまうんですねえ。

「なんでこうなる?」というくらいに自分の身体のコントロールが利きません。


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