2020年12月5日

くしゃみに耐えてTVドラマ「The Spy」を一気見

最近はTVドラマや映画を見たいと思わなくなっているんですが、先日私が静かに居間で編み物をしているとうちの夫がいつものようにTVドラマを見始めまして。

普段なら、夫がドラマや映画を見始めると別の部屋に行くんですけど、しばらく見ていると、非常にシリアスなドラマでしたが、出演俳優がサーシャ・バロン・コーエンに似ていたので気になりました。

夫に「この人サーシャ・コーエン?」と尋ねると「そうだ」と言いました。

どうもサーシャ・コーエンはスパイらしいと思ったら、そのドラマのタイトルが「The Spy」というのでした。

ドラマや映画を視聴中の夫に話しかけると怒るので、最初は黙っていたんですけど、最初の数話を見ていない私はこの男の任務が何なのかがよく分からず、夫に尋ねたのです。

そうしたら、この男は外見はアラブ人ですがユダヤ人で、イスラエルの諜報機関モサドの工作員で、シリアへの入国を試みているということでした。

そして、中東戦争の頃の政治情勢の話をするもんだから、

あの男の話か!

と思い出したのです。

この男のことは、以前どこかで読んだことがあったのです。

このドラマは、かの有名なエリ・コーヘン(Eli Cohen)というモサドの工作員の話です。以前読んだ時は英語で読んだので、この男の名前は「イーライ」だと思っていたんですけど、ドラマでは「エリ」と発音されていました。

見ているうちに引き込まれて、早く続きが見たいと思っていたんですが、昨晩夫が続きを見始めたので私も見ることにしました。

私はこの男のシリアでの諜報活動について知っていましたが、知っていたエピソードがもれなくドラマでも描かれていました。

どんどん引き込まれていきました。そして、一話が終わると続きが見たくなる。そして Netflix ですからすぐに続きが見られるというわけでして。

ところが、

昨晩は花粉症の症状がひどくて、ドラマを見ている間もくしゃみ連発で鼻が詰まって息が苦しく、本来ならシャワーを浴びて空気清浄機のある自室にこもりたいところ。

でもドラマは見たい!

ということで、

どうしたかというと、

ドラマを見たい方が勝ったんですね。

結局、最後の3話を一気見しました。この男の最後がどうなるのかは知っていたのでドラマの展開も最後まで想像できるのに、非常に引き込まれましたよ。エンディングも良かったです。秀作です。

サーシャ・バロン・コーエンは、私がこれまで見た中では最高の演技でした。



ところで、ドラマが終わったらすぐにシャワーを浴びたのですけどね、シャワーのあるバスルームは窓を閉められないトイレの横にあり、換気扇をつけるとそこから外の空気が吸い込まれるので、いつもシャワー時には症状がひどくなります。

シャワーの意味がないとも言えます。

すぐに空気清浄機のある寝室に行きましたが、鼻が詰まって息が苦しく、とてもじゃないけど眠れないので、結局昨晩は花粉症マスクをして寝ました。

薬が効かないような日には、薬のありがたさを思い知ります。薬が効いていないのではなくて、薬を服用してもそこまで症状がでるということですからね、抗ヒスタミン薬がなかったら生きていけるんだろうか。

花粉のない所に季節移住するしかないですね。


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2020年12月4日

トライフルというデザート

それは1993年のクリスマスのこと。

うちの夫の(まだ夫ではなかったけど)叔母が持参したデザートの一つがトライフルでした。それ以外にも、手作りのデザートを何種類か持参していましたが、私が最も気に入ったのがトライフル。

トライフルというのは、基本的にはケーキとフルーツとカスタードとゼリーと泡立てたクリームを層にしたようなデザートです。材料の組み合わせ、層にするやり方や順番、使うフルーツやゼリーの種類など、とにかく作る人の数だけレシピがあるというくらいに多種多様なレシピがあります。

夫の叔母が作るトライフルは、いちごジャムのスイスロールケーキをスイートシェリー酒でしっかりと湿らせたのに、カスタードとゼリーと泡立てたクリームが入っているという基本はあるものの、いつも少しずつ違います。

スイートシェリー酒の味が強いのですが、それが彼女のトライフルの美味しさの秘密ではないかと思います。

とにかく、私は、その時生まれて初めて食べたトライフルというデザートにイチコロになったのでございますよ。

以来、何か特別なイベントの時によく作るのですけど、大好きだという割にはいつも同じトライフルです。作り方も、材料も、層にする順番も。

先日作った時、新しいトライフル作りに挑戦してみようかなとも思ったのですけど、結局また同じのを作りました。


せっかくなので、写真を撮って作り方をウェブサイトに載せました

トライフルを作る時には、いつもロールケーキもカスタードも買ってきます。フルーツは缶詰の桃を使うので、やることと言ったらゼリーを作ることとクリームを泡立てることだけ。

非常に簡単に作れるのですけど、デザートにトライフルが出てきて喜ばない人はまずいません。

これをお読みの貴方、まだトライフルを作ったことがないという方は、ぜひ一度作ってみてください。

入っているケーキは水分が染み込んでベチョベチョになっているのが正しいので、注意するのはそこです。


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2020年12月3日

心配だけど楽しみな柚子

実は、このことはずっと前に記事に書こうかと思ったのですけど、ぬか喜びに終わりそうな気がして、書くのを我慢していたのです。

私が植木鉢で育てている柚子のことです。

クイーンズランドの苗木屋にオンラインで注文して送ってもらった柚子の若木は、植えて2年間くらいはほとんど大きくまりませんでした。それでも葉っぱが枯れないところを見ると、生きていることは確かという、そんな程度でした。

新しい葉っぱが出て少し花も咲いたのが昨年。そしてついに、ビー玉くらいの大きさでしたがユズの実が一つなったんです。ちゃんと柚子の香りがしました。


お吸い物に入れて香りを楽しんだ後、残りの皮は乾かして七味を作りました。これが史上最高の七味となりまして、七味は手作りに限ると思い知ったわけですが。

今年の冬から春にかけては、気温が低めの雨の多い天気が多かったのですけど、そこそこに暖かい日ももちろんあって、メルボルンのことですから時には汗ばむような日もあったりもして。

そういう天気が良かったのか、雨が多かったのが良かったような気もしますが、柚子の木にですね、今年の春はたくさんの花が咲いたのです。10月のことです。


こんなにたくさん花を咲かせているということは、どんなに下手をしても一つや二つは実をつけるでしょうから楽しみだと記事に書いたのですけど、実はその後、これらの花の後にはたくさんの実ができました。

少しは落ちてしまいましたが、落ちずに大きくなってきている実が、数えてみたら、

100個以上あるんです!

こんなふうに、すでに1センチくらいの大きさになっているのもあります。


こんなヒョロヒョロの木に100個も実がなると折れてしまいますからね、困ったなあといらぬ心配をしつつも、収穫できる日が来るのを楽しみにしています。

私が買った若木は接ぎ木で育てたものでしたが、柚子は種からも育てられるので、たくさん柚子の実ができたら、種から柚子を育ててみようかと思っています。


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2020年12月2日

新型コロナによる死亡者820人

820人というのは、今年新型コロナ禍が始まってから今日までの、ヴィクトリア州(実際にはメルボルン都市圏)で新型コロナが主な原因で亡くなった人の総計です。

ずっと819人だったのですが、つい先日1人亡くなりました。

感染者がいなくなっていたのになぜ死亡者が出るんだろうかと不思議だったのですが、その方は以前感染していたのだそうで、感染者ではなくなってから新型コロナによる合併症で亡くなったということです。だから新型コロナが主な死亡原因ということになったようです。

このウイルスは、感染しても症状が出ない人もいれば、重症化して亡くなる人もいます。命は助かっても後遺症に苦しんでいる人も多いそうですし、後遺症が数ヶ月で終わらずに、これからもずっと続く場合もあるそうですから厄介です。

820人という人数は「820人も死んだのか!」といった感じで受け止められているので、これは「多い」という印象です。

確かに、普通に考えると820人は悲劇的な人数ですよ。

でも、現在世界には、一日で何百人、あるいは千人以上も亡くなっている国がたくさんあります。一日で、24時間で。

新規感染者数にしても、報道される「数」にだんだん麻痺してきているように感じます。

新型コロナ禍が始まった頃は、一日で新規感染者が百人を超えたというようなニュースを聞いて危機感を持ったものですよ。

それが今では、一日で何千人とか何万人とか。アメリカでは連日10万人以上の新規感染者が出ています。まあ、アメリカという国は50の国が集まったようなものですから一概には比べられないのですけど。それにしたって、あまりにも酷い。

日本でも感染者が急増していると聞きます。

メルボルンのように人々の移動を制限し、経済活動まで規制して、長期間ロックダウンをするという選択は、ウイルスの感染拡大を抑制することはできても、経済被害が大きいので政府は市民を経済的に援助しなくてはならず、財政への負担が激甚となりますし、人々のメンタルへの影響が大きいためにホームレスの増加、家庭内暴力の増加、自殺者の増加など、様々な影響が出ます。

そう言えば、日本における自殺者の急増がオーストラリアでニュースになっていました。オーストラリア国内の自殺者に関しては、あまり報道されません。新型コロナが始まってから、連邦政府も州政府も次々に関連予算を増やしてきたことから、自殺者が増えていることは推察できます。

国の経済状態や国民の気質や物の考え方によっては、ロックダウンが困難な選択であることは理解できますが、その場合は別の感染防止策が必要になります。

規制ができないのなら、マスクの着用や手洗いを呼びかけるとか、他人との間に距離を取るように呼びかけるとか、大勢の人が集まることを控えるように呼びかけるとか、せめてこのウイルスの危険を知らせて、個人で感染防止に取り組むことを奨励するくらいはしないといけませんよ。

ところが、政治のリーダー達が国民や州民に感染防止を呼びかけるどころか、意図的にこのウイルスを軽視して「インフルエンザみたいなものだ」「そのうち消える」「気にせずに普通の暮らしをしろ」「皆んなで集っても大丈夫」「マスクなんてしなくてヨロシイ」なんてことを言っていると、悲劇的な状況に陥ることは避けられません。

オーストラリアでは、隔離されている帰国者を除けば、現在ほとんど患者がいなくなり、感染防止キャンペーンが経済復活キャンペーンへとシフトしました。

どうやって経済を再活性化し雇用を生み出すかという所にフォーカスしています。

「在宅で出来る仕事は在宅で」というルールも緩和され、オフィスビルにも人々が戻り始めました。電車やバスの利用者も増え始めました。人々が集まるイベントの規制も緩和されてきています。

メルボルンでは、もうすぐ帰国者の受け入れが再開されます。帰国者に感染した人がいるのは確実ですから油断できません。マスクの着用義務を含め、データに基づいた規制はまだまだ続きます。


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2020年12月1日

ネイティブでも間違うヘンテコ英語

その時、私はキッチンでクリスマス用のカップケーキを試作しておりました。

結構手間がかかるそのカップキーキは、私の「Chestnut Cupcakes(栗のカップケーキ)」をアレンジしたもので、刻んだ栗は生地に混ぜ込まずにカップケーキをくり抜いたところに詰めて、くり抜いた部分を逆さまに置いて、栗クリームに抹茶を混ぜで緑にしたのをモンブラン風に絞り出してクリスマスツリーに見立てたようなカップケーキを作ろうとしていたのでございます。

ところが、スーパーの健康食品売り場で買った抹茶パウダーは発色が悪くて、大さじ1杯も入れてもクリームがあまり緑にならず、クリームもいくら泡立ててもゆるくて、味も変だったから、これは腐りかけていたのかもしれないなどと思い、バタバタしていたんです。

そこにやって来たうちの娘。

「お母さん(私を呼ぶ時はいつも Okaa-san)I will be dinner tonight」
「You will be dinner tonight?ぎゃはははは!」

このヘンテコ英語の間違いに気づいた娘は、

「ええそうよ、私を丸焼きにして皆さんの晩ご飯にするつもりです」

英語で言ったんですけど。

うちの子供達は、基本的に私と話をする時には英語です。日本語を話すことはまずありません。特にうちの娘は、幼稚園少しと小学校1年生を日本で過ごしましたが、その後は英語の暮らしですから、日本語は忘れてしまっておりまして、英語がネイティブなはずなんですけど。

なんだよその英語は!

「晩ご飯は私が作るから」と言いたかった場合は、「I will cook dinner tonight」あるいは「I will be cooking dinner tonight」でないといけないだろう。

「I will be dinner tonight」では「私が今晩の晩ご飯になります」になっちゃって、聞いた瞬間に凄い食卓を想像しちゃいましたよ。


大笑いしながら、私は「チキンを食べました」を英語で言う場合に、日本人が良くする間違いの話を思い出しました。

日本人はですね、名詞には冠詞の「a」か「the」をつけなくちゃあいけないというような呪縛があって、この使い分けで苦労している方も多いのですけど。

マーク・ピーターセン著の「日本人の英語」の冒頭で紹介されている、この「チキンを食べました」という例文ですが、多くの日本人は「I ate a chicken」と言うべきか「I ate the chicken」と言うべきかで悩むんですよね。

「チキンを食べた」って言いたい場合は、「I ate chicken」でないといけません。「a」も「the」も付けないのが正解です。

何故なら、「a」は基本的に「一つの」という意味ですから「I ate a chicken」と言うとニワトリを一羽食べたという意味になっちゃうわけです。一つ以上食べたからと複数形にして「I ate chickens」と言うと複数のニワトリを食べたということになり、聞いている者が想像するのは顔を血だらけ羽だらけにしてニワトリを貪っている様子です。怖いです。

ニワトリを意味する「chicken」は数えられる名詞ですが、鶏肉という食品を意味する「chicken」は数えられませんから「a」はつかないのです。

「a」が間違いなら「the」を使えば良いんだなと「I ate the chicken」と言うと、聞いている者は「え?どのチキン?」と考えてしまいます。「the」は話し手と聞き手の両方が共通に理解している「特定のもの」という意味がありますからね。

使い方がよく分からない方は、「a」は数が一つだということを言いたい時に使い、特定のものについて話したい時には「the」をつける。それ以外は冠詞は付けない方が無難です。


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